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「英雄のしつけかた」 エピローグ
76. 還る場所 1
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風呂場の前。
ウロウロと、ガラルドは扉の前を左右に歩いては、時折耳をつけて中の様子に聞き耳を立てている。
「おのれ、小僧め」とか「あいつばかり良い目を見て」とか、ブツブツとつぶやいている。
「いやいや子供だ」とか「小僧でもわからん」とか独り言が絶えない。
騎士団との会議から帰ってきたばかりのデュランとキサルがそれに気付いて、気味悪そうに廊下の角でUターンした。
はちあわないように中庭を抜け、そっと台所にまわった。
裏口から中に入り、居間兼食堂に向かう。
食堂では警備に出た者の姿はなかったが、残った者がくつろぎながら談笑していたので問いかけた。
「なぁガラルドは一体どうしたんだ?」
朝食をとっている時のご機嫌な顔を見て騎士団に出向いたので、非常に不可解だった。
顔を見合わせたラルゴたちは一瞬沈黙したが、すぐに吹きだした。
「アレか? ミレーヌ様がな、小僧を磨いてんだ」
「ほら、呪具で繋いでるし、離れんからな」
「混浴がうらやましいんだとさ、あの熊も背中を流していただきたいらしいぞ」
「妬いてんだよ。帰って来たときに、サリ殿はガラルドの頭をなでただけなのに、オルランドの奴をお帰りとハグしたからな。あの熊、自分も抱っこされたかったようだぞ」
着替えだって確かに男物ではあったが、レースやフリルのついたビラビラのおしゃれ着をミレーヌが嬉々として用意する姿を見てしまった。
ガラルドはあまりの派手さに「そんなものをどうするんだ?」とちょっと引いていたようだが、それでも「服を見立ててやるのか」とうらやましがっていた。
バカな奴だと爆笑するので、当然だとデュランとキサルも顔を見合わせた。
「いくらミレーヌ様でも、あんなでかい熊を風呂に入れて、着せ替え人形にして喜ばないさ」
「サリ殿が頭をなでてるだけでもメルヘンだぞ。充分甘やかしてもらってるのに、アホか」
そう、福福しい猫がふくれっ面の熊をかまう図は、絵本から抜け出たようにほのぼのしているのに。
それだけでは足りないなんて、自分の年齢を考えろとぼやく。
「小僧の方がしっかりしてたぞ」
「僕はフロぐらい一人で大丈夫だとか、お姉さんぐらいの女はもう知ってるからほっといてくれとか、無駄な抵抗をしていたな」
ただ、ミレーヌは無敵の天然だった。
「知ってるならちょうどいいわね♪ と本物のアライグマになっちまった。ミレーヌ様は、何を知ってると勘違いしたんだろうなぁ?」
実に謎だ。
遠い眼をしているラクシに、キサルがその流れはいかんとダメ出しをした。
「よせ、不潔なお花畑だと知れたら、今後の計画もパァだ。とうぶん小僧には清純派のお子様でいてもらわなきゃいけないんだぞ」
そっち方面について自宅で口にするのは厳禁だと眉をしかめる。
「大丈夫さ。ガラルドがアケスケに言いすぎて、下品な戯言と勝手に信じてくださるさ」
クックッとラルゴが肩を揺らした。
ダテに扉に張り付いている訳ではない。
ガラルドはどこまでいってもガラルドなのだ。
ほら見ろ、と視線を扉に向けた。
三人が帰ってきた。
「本当に大丈夫だったか?」
「どこまでバカなんですの!」
付きまとうガラルドを、ミレーヌが邪険にしていた。
死神の経歴を知っている者からすれば当然の心配だが、この場合ガラルドの味方をする気にはなれなかった。
確かにバカとしか言いようがない。
間に挟まれたオルランドは、悪魔に大切な何かを全て売り渡したような、生気の薄い表情になっていた。
王都で流行している貴族風のフリルやレースのついたシャツに、細やかな刺繍が襟元や袖口に入ったおしゃれ着を着せられていた。
まるで王子様人形である。
幸いなことに派手な顔立ちなので、似合っていたから「お!」と声が上がった。
「ずいぶん見れるようになったじゃないか!」
「いいねぇ王宮でも引けを取らん派手な顔だから、どこにでも連れて行けそうだ」
チラッと視線を向けたがオルランドは何も言わなかった。
無言の抵抗である。
だが、最低だ、と思っているのがわかる表情だった。
そんなことにはおかまいなしに、ミレーヌはルンルン♪ としていた。
「本当に素敵でしょう? 目鼻立ちがハッキリしているとは思ってましたけど、役者さんよりも綺麗ですの! この藍色の瞳と髪の色のコントラストが神秘的ですわ。なんていい出来かしら」
「オルランドは嫌がるけどお湯で洗ったからピカピカだわ」と、ミレーヌはご満悦である。
「最低だ。水浴びに、湯を使うなんて」
ボソッともらす。
ずっと川や泉を利用していたので、湯の風呂は熱くてのぼせてしまった。
それに派手な顔立ちも、どこの国の人間ともわからない多国籍の混在した髪や肌の色も孤独の象徴で、穢れた存在の証拠でしかないので、どれほど美麗だと褒められても大嫌いなのだ。
自分のルーツを探したこともあったのだ。
想像そのままで、戦争で異国からの侵略を受けた際の、どさくさに紛れた副産物だった。
だからまともな親など存在していなかったし、この世に望まれて生まれた訳ではないと思い知っただけだった。
それなのに、ミレーヌだけではなくここにいる全員が、利害関係抜きでもオルランドを歓迎しているのがわかって、居心地が悪かった。
まぁミレーヌは弟という名のおもちゃを得たようなノリだし、双剣持ちも次代を育てたいだけなのだろうけれど。
ウェルカム状態は非常に気持ちが悪い。
ウロウロと、ガラルドは扉の前を左右に歩いては、時折耳をつけて中の様子に聞き耳を立てている。
「おのれ、小僧め」とか「あいつばかり良い目を見て」とか、ブツブツとつぶやいている。
「いやいや子供だ」とか「小僧でもわからん」とか独り言が絶えない。
騎士団との会議から帰ってきたばかりのデュランとキサルがそれに気付いて、気味悪そうに廊下の角でUターンした。
はちあわないように中庭を抜け、そっと台所にまわった。
裏口から中に入り、居間兼食堂に向かう。
食堂では警備に出た者の姿はなかったが、残った者がくつろぎながら談笑していたので問いかけた。
「なぁガラルドは一体どうしたんだ?」
朝食をとっている時のご機嫌な顔を見て騎士団に出向いたので、非常に不可解だった。
顔を見合わせたラルゴたちは一瞬沈黙したが、すぐに吹きだした。
「アレか? ミレーヌ様がな、小僧を磨いてんだ」
「ほら、呪具で繋いでるし、離れんからな」
「混浴がうらやましいんだとさ、あの熊も背中を流していただきたいらしいぞ」
「妬いてんだよ。帰って来たときに、サリ殿はガラルドの頭をなでただけなのに、オルランドの奴をお帰りとハグしたからな。あの熊、自分も抱っこされたかったようだぞ」
着替えだって確かに男物ではあったが、レースやフリルのついたビラビラのおしゃれ着をミレーヌが嬉々として用意する姿を見てしまった。
ガラルドはあまりの派手さに「そんなものをどうするんだ?」とちょっと引いていたようだが、それでも「服を見立ててやるのか」とうらやましがっていた。
バカな奴だと爆笑するので、当然だとデュランとキサルも顔を見合わせた。
「いくらミレーヌ様でも、あんなでかい熊を風呂に入れて、着せ替え人形にして喜ばないさ」
「サリ殿が頭をなでてるだけでもメルヘンだぞ。充分甘やかしてもらってるのに、アホか」
そう、福福しい猫がふくれっ面の熊をかまう図は、絵本から抜け出たようにほのぼのしているのに。
それだけでは足りないなんて、自分の年齢を考えろとぼやく。
「小僧の方がしっかりしてたぞ」
「僕はフロぐらい一人で大丈夫だとか、お姉さんぐらいの女はもう知ってるからほっといてくれとか、無駄な抵抗をしていたな」
ただ、ミレーヌは無敵の天然だった。
「知ってるならちょうどいいわね♪ と本物のアライグマになっちまった。ミレーヌ様は、何を知ってると勘違いしたんだろうなぁ?」
実に謎だ。
遠い眼をしているラクシに、キサルがその流れはいかんとダメ出しをした。
「よせ、不潔なお花畑だと知れたら、今後の計画もパァだ。とうぶん小僧には清純派のお子様でいてもらわなきゃいけないんだぞ」
そっち方面について自宅で口にするのは厳禁だと眉をしかめる。
「大丈夫さ。ガラルドがアケスケに言いすぎて、下品な戯言と勝手に信じてくださるさ」
クックッとラルゴが肩を揺らした。
ダテに扉に張り付いている訳ではない。
ガラルドはどこまでいってもガラルドなのだ。
ほら見ろ、と視線を扉に向けた。
三人が帰ってきた。
「本当に大丈夫だったか?」
「どこまでバカなんですの!」
付きまとうガラルドを、ミレーヌが邪険にしていた。
死神の経歴を知っている者からすれば当然の心配だが、この場合ガラルドの味方をする気にはなれなかった。
確かにバカとしか言いようがない。
間に挟まれたオルランドは、悪魔に大切な何かを全て売り渡したような、生気の薄い表情になっていた。
王都で流行している貴族風のフリルやレースのついたシャツに、細やかな刺繍が襟元や袖口に入ったおしゃれ着を着せられていた。
まるで王子様人形である。
幸いなことに派手な顔立ちなので、似合っていたから「お!」と声が上がった。
「ずいぶん見れるようになったじゃないか!」
「いいねぇ王宮でも引けを取らん派手な顔だから、どこにでも連れて行けそうだ」
チラッと視線を向けたがオルランドは何も言わなかった。
無言の抵抗である。
だが、最低だ、と思っているのがわかる表情だった。
そんなことにはおかまいなしに、ミレーヌはルンルン♪ としていた。
「本当に素敵でしょう? 目鼻立ちがハッキリしているとは思ってましたけど、役者さんよりも綺麗ですの! この藍色の瞳と髪の色のコントラストが神秘的ですわ。なんていい出来かしら」
「オルランドは嫌がるけどお湯で洗ったからピカピカだわ」と、ミレーヌはご満悦である。
「最低だ。水浴びに、湯を使うなんて」
ボソッともらす。
ずっと川や泉を利用していたので、湯の風呂は熱くてのぼせてしまった。
それに派手な顔立ちも、どこの国の人間ともわからない多国籍の混在した髪や肌の色も孤独の象徴で、穢れた存在の証拠でしかないので、どれほど美麗だと褒められても大嫌いなのだ。
自分のルーツを探したこともあったのだ。
想像そのままで、戦争で異国からの侵略を受けた際の、どさくさに紛れた副産物だった。
だからまともな親など存在していなかったし、この世に望まれて生まれた訳ではないと思い知っただけだった。
それなのに、ミレーヌだけではなくここにいる全員が、利害関係抜きでもオルランドを歓迎しているのがわかって、居心地が悪かった。
まぁミレーヌは弟という名のおもちゃを得たようなノリだし、双剣持ちも次代を育てたいだけなのだろうけれど。
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