今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

文字の大きさ
80 / 83
閑話休題

煉獄の幻魔堂

しおりを挟む
「なんだこの注文は?」

 ゴードンは届けられた布の包みを開き、出てきた物に眉根を寄せた。
 東流派の精鋭たちが黒熊隊と名乗り、王都に居を構えたのはつい最近のこと。
 そこから届くとなると誰もが武器・防具だと予想するはずだ。
 それなのに、柄が不自然にグニャリと曲がったフライパンと一枚の紙。

 ここは退魔用の武器・防具を扱う工房なのに、何故、巨大なフライパンが届く?

 壊れたフライパンの修理依頼をするにしても、ゴードンは武器を作成する鍛冶屋なのでお門違いだ。 
 反射的に投げ捨てようとしたが短気はいかんと思い返して、ペロリと薄い紙を取り上げる。

【婦女子が片手で扱えるほど軽く、ドラゴンの炎にも耐え、氷魔の槍も防ぐ硬度を持つ、世界最強の実用品を頼む】

 東流派からの直接の依頼だと示す紋章もご丁寧に入っている。
 署名は黒熊隊の隊員たちの連名である。
 不思議なことに、長であるガラルド・グランの名前だけない。

「……ふざけおって、あの熊どもが……!!」

 な~にが世界最強のフライパンだ。
 プルプルと紙を持つ手が震えてしまう。
 武器・防具屋に調理器具を注文するなど訳が分からない。

 そんなものを何に使うというのか?
 武器専門の鍛冶屋に頼む神経はわからないが、調理の腕を磨き世界に誇る料理人を目指すための使用を求められるならまだわかる。
 フライパンそのものはどこまでも家庭用品で、世界最強の、などと御大層な銘文をつける必要はない。

 封書に入っていないからポイ捨てして適当に流そうと思っていたのに、正規の武器注文の様式だった。
 くぅっと低く唸る。
 これでは見なかったことにできない。

 もともとゴードンは、地方を流れ歩く鍛冶屋だった。
 難民の出だが古い血が濃く、周囲から浮いていたからさっさとそこを飛び出し、冒険者になった。
 そのうち武器そのものへと興味が移り、世界各地を転々としながら様々な工房を流れ歩いた。
 大きな都市ではなく、地方を巡れば日常の鍛冶屋が武器の作成をすることも多く、僻地であればある程、古代から伝わる特殊な武器も伝承されていてその魅力に取りつかれてしまったのだ。

 才能がそれなりにあったのと、地方で特殊鍛冶を継承できる人材は少ないことで、銘入りの武器の価値が出てきたのもここ数年である。
 このまま辺境の鍛冶屋で名をあげるのもいいと思い始めたところで、東流派から声がかかった。
 剣豪が拠点を決め自分の隊を持つから、おまえもこないか? と。

 もちろん断った。
 冒険に出たこともあるのだ。
 東流派が世界にとってどれほど必要な存在かは身に染みて分かっているが、そんなしがらみに縛られくない。
 そう言うと思ったと笑いながら、交渉に来たキサルはニヤニヤ笑って言った。

「工房も店舗も全てこっちで用意するし、普段は自由に商売すればいいからさ。急ぎの仕事や特注の品を優先してくれるだけでいい。損はさせないぜ」 
「損はさせないってことは、こき使うぜって意味だろうが!」
「おいおい、お互いに損のない取引ってことさ。お前の腕を買ってるんだよ」

 嘘つき野郎が、と思ったものの。
 少年時代に一緒に冒険してやんちゃをした仲なので、交渉とは思えない気楽さで肩を組まれた。
 ペイッとその手を汚い物のように払っておいたが、確定の声音で取引を持ち出されると、色々とあきらめるしかなかった。

 嫌だといって断っても、どうせこいつらは地の果てまでも依頼を持ってくるのだ。
 他の奴にはできそうもないからと、頭を抱えるような無理難題ばかり要望として出してくるから、俺にだってできるもんか! と叫んだことは数知れず。
 意地でその要望をこなすゴードンも相当の偏屈者だが、毎回毎回常識知らずの依頼ばかり持ち込んでくるから、あんなしんどい思いはごめんこうむりたいのが本音だ。

 多少の損はしてもいいから、自分勝手な奴らの都合でこき使われるのは腹立たしい。
 と思ったものの、箱モノだけでなく財務管理や店員の手配もしてもらえ、流派からの仕事をこなせば財務的に破たんすることもないと請け負われると、大いに心が揺らいだ。

 それに、何度も縁を切ろうと他国に出ても、意味がなかった実績がある。
 とんずら出来たと意気揚々と新生活を始めたころ合いに、憎たらしくなるほど朗らかな笑顔で「よう!」と玄関先に現れたことは一度や二度ではないのだ。
 竜だの魔人だのを日常的に相手にしてる連中に、人間レベルで太刀打ちできると思うのが間違っている。

 逃げるだけ無駄だ。
 ならば、うなずくのが賢い選択だろう。
 そしてゴードンは、黒熊隊と契約することを決めたのだった。

 カナルディア国の王都カナル。
 愛と自由を謳う、物資に満ちた豊かな美しい都市。
 まさか、世界最大規模の都市に自分自身の工房を持てる日が来るとは!
 実際に店舗を手に入れると、気持ちが浮き立つのを押さえられる訳もない。

 新しい店。新しい炉。
 新たな生活の第一歩。
 火をいれ、これから王都の鍛冶屋としての俺の第一歩を踏み出すのだ!

 そう思ったところでの注文がコレ。
 しかも、初仕事である。

 なぜ、なにゆえ、フライパン?
 せめて、ナイフにしてもらえないだろうか?

「……ふざけおって、あの熊どもが……!!」

 他人の人生だからといって、気遣いの一つもないのが腹立たしい。
 細かいことは気にすんなと笑う顔まで浮かんだが、新たな人生の第一歩にフライパンは受けたくない。
 どれほど無理難題でも、命がけの武器・防具の作成依頼なら、心気を注ぐのだが。

 ゴードンは丁寧にフライパンと注文書を包みなおし、文句を言ってつき返してやろうとガラルドの館に足を運ぶ。
 とにかく署名をした連中の一人でいいから捕まえて苦情を申し立てるつもりで、黒熊隊の詰め所をのぞいたら、ちょうどよくキサルが残っていた。

「よう! もうできたのか?」
 ニヤっと笑われて、今朝の今でそんな訳があるかと思いつつ「違う」と正直に答える。
「だろうな~」と笑いながら、キサルはこいこいと手招きした。

「ちょうどおあつらえ向きに、大将が大嫌いな王宮から帰ったところだ」
「大将? おい、台所じゃないのか?」
「まぁ、見ればわかる」

 面白い物が見られるぞ~とウキウキと先導する背中について行き、ゴードンはあり得ない光景に愕然とする。
 なぜか半分服を脱ぎ上半身をはだけたガラルドが、若いご婦人に追い回されていた。

「どうせ全部脱ぐんだから、どこで脱いでも一緒だろうが!」
「またそんなことを! おまちなさい!」

 ゴードンが預かった物とは一回り小ぶりだが、磨き抜かれたフライパンがご婦人の手に握られている。
 ロングワンピースの裾を片手でからげ、ふっくらのんびりしたおっとり娘の外見を裏切る俊足を発揮していた。
 絶妙な距離で剣豪を追いまわすなんて大したものだ。

「……あれはいったい……?」
 瞬きをするのもついつい忘れ思わずつぶやいたら、ハッとキサルは鼻先で笑った。
「傍若無人な長殿おさどのを、まともな人間にしつけてる最中なのさ」

 なんとなく事情を察し「なるほどねぇ……」とゴードンはうなった。
 ガラルドの困った自由人ぶりは、一緒に仕事をこなしたこともあるので、実はよく知っている。
 そして、その頑強な無敵ぶりも。
 ガーゴイルに体当たりされても何もなかったように立ち、双剣持ちの頂点なのに拳骨でブン殴って粉砕するような奴なのだ。
 普通の人間の常識は、一切通用しない。
 頼むから双剣でとどめを刺してくれとぼやかれていたことは、世間に浸透している英雄像を守るため記憶の奥に封印している。

「当たるのか? 剣豪相手に」
「毎回仕留める。剣豪相手に」

 バタンキューと倒れるガラルドを面白おかしく手ぶりで示すキサルに、ゴードンは目を丸くする。
 まさか、剣豪を倒せるとは思わなかった。
 一般人相手に手加減しているのかもしれないが、普段のガラルドを知っていれば冗談としか思えない。

「それで、ドラゴンだの、氷魔だの、訳のわからん注文になる訳か」
 そういうこと、と気さくにキサルがうなずくのを待たず、はぁと一つため息をつき、ゴードンは追いかけっこの光景から背を向けた。
「事情は分かった。必要だって意味もな」

 じゃぁな、と歩きだしたところで、ゴイーン! と鈍い音が響いた。
 パタ、と人が倒れる音まで聞こえた。
 思わず合掌する。

 ガラルドの存在は英雄と呼ばれていても、暴れ出せば制御のつかない化け物と同じだ。
 それがいとも簡単に、あんな御婦人に倒されてしまうとは。

 どうりでガラルドの署名がない訳だ。
 そしてこの調子なら、あのフライパンも壊れる日が近いと予想できた。

 ハハッと腹を抱えてゴードンは笑いだす。
 人生の再出発に手掛けるのが、化け物を人にしつけるための品とは面白い。
 バカバカしい注文だと思っていたが、何世代も使えるほどの最高の品を作ってやろうじゃないか!

「こいつは東の剣豪をぶちのめす武器として承るさ」

 そしてゴードンは、その言葉を裏切らない素晴らしい品を作り上げる。
 頑強な特大フライパンと、対になったフライ返し。
 非常に軽く丈夫で、扱いやすい最高の調理器具が誕生した。
 調理だけでなく、英雄のしつけに使用されたことは公然の秘密だ。

 煉獄の幻魔堂から生まれた武器は数多くとも、戦闘を主目的としない製品が生まれたのは、後にも先にもこの時だけである。





※ いつもはガラルドから離れられないオルランドですが、この日は幸い(?)にも奥義技の現場実地を目的に、ラクシのお散歩ワンワン状態でワイバーン狩りに出向いています。
 そして、シレッと自分のことを一般人だと言い張るゴードンさんは、二つ名持ちの冒険者なので普通ではありません。お前が一般人を語るなとキサルにしょっちゅうどつかれています。二人は仲良し♬
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...