今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 エピローグ

79. 還る場所 4

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「頑張ってくださいよ、お父さん」
 デュランの台詞に、扉を出たばかりのガラルドの背がグラリと揺れた。
「お父さんはよせ。そんな歳じゃないぞ」
 俺は二十五歳で小僧は十三歳だと、立ち止まって真剣に否定する。

 クックッと全員が肩を揺らして笑いだした。
 ムキになるガラルドをいじるのは面白い。
 サガンが頭の後ろで手を組んだまま、シレッと言った。

「あんたならわからんじゃないか」
「そういや、似てるぞ。髪の色まで同じだから、本当は隠し子だろう?」
「確かに! 似すぎていて怖いな」
「似てないところを探してみるか?」
「よせよせ、探すだけムダだ」

 全員に「そっくりだ!」とからかわれて、真に受けたミレーヌが思い切り軽蔑の視線を向けた。
 その冷たい視線に、ガラルドはうろたえてしまう。

「おい、俺はそんな失敗など一度も……」
「一度も……? 心当たりがありますのね?」

 低い声でミレーヌが聞き返した。
 ガーンとガラルドはショックを受けた。
 心当たりなどないが、どうも風向きが悪い。

「おやおや~なにが一度もないんですか?」
「聞くだけ野暮だぞ、失敗してないらしいから」
「へぇぇ~そりゃ大したもんだ」
「案外、気がついてないだけかもな」

「うるさい! とにかく小僧と遊んでくる」
 少しはガラルドも学習していたので、バシッと会話を打ち切った。

 あおり立てる声にのせられたら、ありもしない隠し子疑惑が確定してしまう。
 こんな時に有効な行動は、古今東西、ただ一つ。
 逃げるが勝ちだ。
 クルリと背を向ける。

 暇つぶしの軽口に乗せられて、もっとミレーヌに軽蔑されるセリフを吐くところだったとあせりながら、ガラルドはそそくさと早足で逃げる。
 顔色が悪いので、更に怪しまれるなんてことは自覚していない。
「もうすでに遅いですわよ」と口の中でうめいて、ミレーヌは声をとがらせる。

「なんですの? 大切な話が途中ですわよ! ガラルド様! 一体どれだけの心当たりがありますの!」
「ないない! 一つもない! 気にするな!」
「ないなら逃げる必要はありませんでしょう!」

 ミレーヌが長いワンピースのすそをからげてその背中を追うと、ガラルドが速度を上げて遁走する。

 ウワァっとオルランドは悲鳴を上げた。
 圧倒的にガラルドの力が強いので、引きずられてしまう。

「誰か助けて!」
 叫び声をあげながら、オルランドは二人に挟まれたままの状態で引っ張られた。
 犬も食わないケンカに巻き込まれるのはごめんだった。
 しかも、フライパンを持つミレーヌは脅威なのだ。

 なのに、強い呪によってつながっているから逃げられない。
 今まで他人を翻弄するばかりだった死神も、英雄相手には無力なお子様でしかなかった。

「お待ちなさい!」
 ミレーヌがその後を走って追いかけていく。
「隠し子がいるなら引き取りなさい!」とか「いないと言っているだろうが、そんなものは!」などとムキになって言い合う声が、「助けてぇぇぇ」という悲鳴を引き連れて、しだいに遠ざかっていく。
 声の感じからとりあえず馬場や中庭など、家の敷地内を走り回っているようだった。

 残された者は顔を見合わせた後で、一斉に笑いだした。
 カッシュ要塞から早朝に帰宅したばかりなのに、剣豪のガラルドを追い回す元気があるなんて、ミレーヌもタフな女性である。

「もう大丈夫だよ。時間はかかってもあの子たちは、お互いにないものの補い方だって覚えていけるさ」

 きっと、かけ離れた他人との能力に振り回されることなく、当たり前の人とも協調して生きていける。
 ユラユラ揺れているサリの台詞に、素晴らしい日になったとそろって笑った。

「俺たちに足りないものを、サリ殿もミレーヌ様も持っているからな」
「あんたたち二人は還る場所に相応しい」
「まさか王都で還る場所を見つけるとは」
「それも俺たち全員で共有か?」
「まぁな。めったにないことだが、別にいいさ」

「あらあら。こんなおばあちゃんで悪いねぇ」
「いい女に年齢は関係ないさ」と笑い声がはじけた。

「なぁサリ殿。ミレーヌ様にはしばらく黙っておいてくれないか?」
「俺たちの還る場所だなんて、言えるもんか」
「説明したって、気にしない子だけどねぇ」
「まぁな。でも照れ臭いじゃないか。嫁さんでもない女に、口にする台詞じゃないさ」
 そうだそうだと、そろって笑った。

 サリとミレーヌが、今の還るべき場所だった。
 自分たちの帰りを待つ人が存在する限り、困難が起きても大切な人に再び会いたいと強く願い、生きて帰ると誓って剣を振るう。
 例え災禍で館を失ったとしても、おかえりと迎えてくれる者のためであれば、幾度となく立ち上がり、恐れることなく前へと進むだろう。

 自らの命と魂をかけるに値する存在のことを、流派の使徒は「還る場所」と呼ぶのだ。

 ここにいる全員が知っていた。
 穏やかな時間は永遠に続かない。
 だからこそ流派が生まれ、連綿と長きに渡り継続されてきたのだ。

 それでも、今この時。
 午後の時間には、笑い声が満ちていた。



【  英雄のしつけかた   Fin  】
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