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同期
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不意に声をかけられた。
「疲れませんか? コーヒーでも淹れてきます」
いらない、と言いかけたけれど、既に真琴の姿はなかった。
時計を見れば作業開始から、既に二時間は経過している。
感覚としては三十分程度だったのだが、集中しすぎていて思ったよりも時間がかかっているようだ。
まぁ、目を通す全体量が半端ではないからな。
目元をもみながら、深く息を吐いた。
ミスの大体の場所もわかったし、一応の修正もかけた。
最終チェックを残すのみだが、本当に取りこぼしがないか、そこが問題だ。
疲れた頭だと、気がつかないかもしれない。
今日は締めて明日にするべきだろうか?
いや、でも確認をしておかなければ、怖くて仕方ない気もする。
なにしろ、失敗の原因を作った奴と作業しているから。
そこが一番恐ろしい、本日最大の弱点だ。
タバコ、吸いたいな。
一本ぐらいなら休憩も必要悪だと、軽く伸びをしてから席を立った。
リフレッシュぐらい許されるだろう。
そのとき、真琴がまだ帰ってきていないのを思い出す。
二人分のコーヒーを入れるだけにしては、少し遅くないか?
同じように残業している他の部署の奴と鉢合わせして、休憩準備をしに動き回っているんだろうか?
そんなはずは……なんて否定できない気がした。
むしろ、ありえる。
そんなに手間は変わらないから。
なんて感じで、安請け合いしてそうな気がする。
会議中の奴に捕まると、四~八人分淹れて、別の階まで配達することになるのに。
自分からよけいな作業まで手を出していろいろと損しているのに、本人は当たり前と感じているのだ。
まぁ、悪いことではないし、それが真琴なんだけど。
必ず戻るにしても何も言わずこの状態で消えるのはあんまりな気がした。
なので、とりあえず方向を変えて給湯室へと向かう。
真琴なら姿がないと探しかねないから、離れるのは短時間とはいえ一言伝えてからにしよう。
そう思っただけなのに。
ムカつくものを見てしまった。
さぼり防止という理由ではないと思うのだが、給湯室には扉がない。
だから、中の様子までよく見える。
給湯室の中でいくつものカップを並べて、真琴はコーヒーを淹れていた。
やはり他の残業者のためにも休憩準備までしていたようだ。
それは想像通りだけどな。
真琴の横に、さっきの犬みたいな新人の圭吾がいた。
その様子からして営業部も残業らしい。
給湯室の壁にもたれるようにして立ち、真琴と談話しながらにこやかに笑っていた。
ただコーヒーを頼んでいるだけには見えず、二人とも馴染んで非常に親密そうだ。
俺が見たことがない表情で笑いながら、真琴は圭吾の脇腹を肘で小突いている。
運動部のじゃれ合いに似て、邪推しようもない健やかな空気だったけれど、やけに仲がよかった。
いつまでしゃべってるんだろう?
待っていても終わりそうにないから近寄ると、俺に気がついた圭吾がハッとしたように笑顔を消し、ビシッと直立不動になった。
「佐竹課長代理! すみません、残業、お疲れ様です!」
ペコペコと深く頭を何度も下げてくる。
他に話を振れないぐらい顔が引きつっているし、わかりやすい奴だとは思った。
見事な米つきバッタぶりで、謝罪要員にはピッタリだ。
よっぽどひねくれたクライアント以外は、もういいよ、と言いたくなるだろう。
素直すぎるのはいただけないと思ったが、謝罪のときには有効かもしれない。
ただ、なるほど、と納得はする。
いまだに俺たちが残っているのは、こいつの尻拭いだって勘違いしてるわけだ。
きっかけは作ったが、今は違う作業をしているのに。
真琴とは残業の話はしていないって証明にもなるが、なら何の話をしていたのやら。
「じゃ、真琴。第二会議室によろしく! またな」
ジリジリっと後退したあげくに軽く手をあげて、そそくさと圭吾は離れていく。
どこまでもわかりやすい奴だ。
俺から逃げたいだけだって、ハッキリと見える態度だった。
あほか、少しは取り繕えばいいものを。
圭吾は会議室に去りながらも時々立ち止まって振り返り、俺と目が合うとウッとひるみながら頭を下げる。
まったく。逃走の最中にわざわざ振り返るなよ。
見送ってるわけじゃないが、廊下にいるから嫌でも見えるからな。
「何、話していたんだ?」
圭吾が去っても変わらない調子で、コーヒーを淹れている真琴に聞く。
圭吾の逃げ出す有様がおかしかったのか、笑いをかみ殺して肩が震えている。
気を使って思い切り笑いださないのが二人の親しさの証明みたいで、良くわからない感覚を生んでイラリとしていた。
俺には見せない顔をしていたからなおさらだ。
「ああ、新しい企画がたちあがったそうです。これから打ち合わせでもう少し詰めるからって、コーヒーを頼まれました」
「それだけか? ずいぶん親しそうだったけど」
そう言いながら、振り返るたびにペコペコと頭を下げる圭吾に視線をやる。
ちょうど廊下の先にある角を回って、やっと見えなくなった。
やれやれ、落ち着きのない奴だな。
まったく。
コーヒーぐらいは自分で用意して、真琴の手を煩わせるなよ。
守秘義務が出ている可能性が高い会議中に、別部署の人間に休憩準備をさせるべきではない。
同じ会社の人間だとはいえ、まだ俺たちが見てはいけない物や、聞いてはいけない話もあるはずだ。
そんな不確定なきわどい話が、当たり前に飛び交うかもしれない場なのに。
凛子のチームだと聞いているから、後で釘をさしておこう。
それにしてもえらく返事がないな、と給湯室を振り返ると、真琴が驚いたように立ちつくしていた。
淹れたてのコーヒーのかぐわしい香りの中で、大きく瞳を見開いている。
「なんだ?」
その、驚愕しましたって表情は。
真琴もわかりやすい奴だってちゃんと覚えているが、そこまで驚く理由に心当たりがない。
「あの……まさか、妬きもち、とか……?」
「アホ、あいつのせいで残業時間が割り増しなんだよ。気持ち悪いことを言うな」
オズオズときりだされたのに、俺は反射的にはじいた。
さすがにひどい言いようだと思ったけれど、口をついて出た言葉は巻き戻せない。
それでも真琴は、あは、と軽く笑った。
「そうですね。すみません。私、何、言ってんだろ?」
早とちりで困っちゃうなぁ、なんて軽く受け流して泣きもしない。
笑うなよ、そんなふうに。
なんだか必要以上にいらついて、俺の心にさざ波が立った。
かさついた気分だが、苛立ちの原因がまったくわからない。
その心の乱れが、自分でも思いがけない台詞を生んだ。
「あいつとなんでもないなら、今晩、あけといてくれ」
え? と真琴は息をのんだ。
当たり前だ。驚かない訳がない。
俺自身、驚いているから。
何、言ってんだろう?
これじゃ、本気で妬いてるみたいじゃないか。
この状態のあけといてくれって、都合のいい女扱いにしか聞こえない。
前回は成り行きで抱いたうえに、彼女の想いを何一つ聞かずに逃げたのだから。
それでもパッと目をそらして耳元までほのかな紅に染まる真琴の反応に、断らないのを見越していた。
こいつ、本当に俺のことが好きなんだ。
一目で胸のうちまでわかる反応に、心が千路に乱れる。
深くまでつながり、抱いて心が揺れたとしても、俺は真琴を愛していないはずだから。
本当に俺は腐っている。
それでも、欲に満ちた言葉を撤回する気もないのが困った物だ。
真琴を自分の思い通りにして、どうする気だよ。
自分で自分が嫌になるって、こういうことだな。
内心の動揺を押し殺して、背中を向ける。
「悪い、一服してくる。戻ったら仕事はすぐに片付けるから」
そう言って返事も待たずに、給湯室から離れたけれど。
真琴の声が背中を追ってきた。
「あの、圭吾は本当に、ただの同期ですよ」
思わず、足を止めてしまった。
それでも振り切るように、喫煙室に向かって歩き出す。
同期という言葉をきいて、必要以上に苛立った。
真琴の真意はわからない。
いや、本当にただの友達だと言いたかった気がする。
親しさの理由に、納得はしたけれど。
相談しあったり、助け合ったり、愚痴を言い合ったり。
他の奴には言えないことでも、スルリと口をついてしまう。
同期だと関わる時間が自然と長くなる。
心の距離が必要以上に近くなっていくのだ。
俺と凛子のように。
「疲れませんか? コーヒーでも淹れてきます」
いらない、と言いかけたけれど、既に真琴の姿はなかった。
時計を見れば作業開始から、既に二時間は経過している。
感覚としては三十分程度だったのだが、集中しすぎていて思ったよりも時間がかかっているようだ。
まぁ、目を通す全体量が半端ではないからな。
目元をもみながら、深く息を吐いた。
ミスの大体の場所もわかったし、一応の修正もかけた。
最終チェックを残すのみだが、本当に取りこぼしがないか、そこが問題だ。
疲れた頭だと、気がつかないかもしれない。
今日は締めて明日にするべきだろうか?
いや、でも確認をしておかなければ、怖くて仕方ない気もする。
なにしろ、失敗の原因を作った奴と作業しているから。
そこが一番恐ろしい、本日最大の弱点だ。
タバコ、吸いたいな。
一本ぐらいなら休憩も必要悪だと、軽く伸びをしてから席を立った。
リフレッシュぐらい許されるだろう。
そのとき、真琴がまだ帰ってきていないのを思い出す。
二人分のコーヒーを入れるだけにしては、少し遅くないか?
同じように残業している他の部署の奴と鉢合わせして、休憩準備をしに動き回っているんだろうか?
そんなはずは……なんて否定できない気がした。
むしろ、ありえる。
そんなに手間は変わらないから。
なんて感じで、安請け合いしてそうな気がする。
会議中の奴に捕まると、四~八人分淹れて、別の階まで配達することになるのに。
自分からよけいな作業まで手を出していろいろと損しているのに、本人は当たり前と感じているのだ。
まぁ、悪いことではないし、それが真琴なんだけど。
必ず戻るにしても何も言わずこの状態で消えるのはあんまりな気がした。
なので、とりあえず方向を変えて給湯室へと向かう。
真琴なら姿がないと探しかねないから、離れるのは短時間とはいえ一言伝えてからにしよう。
そう思っただけなのに。
ムカつくものを見てしまった。
さぼり防止という理由ではないと思うのだが、給湯室には扉がない。
だから、中の様子までよく見える。
給湯室の中でいくつものカップを並べて、真琴はコーヒーを淹れていた。
やはり他の残業者のためにも休憩準備までしていたようだ。
それは想像通りだけどな。
真琴の横に、さっきの犬みたいな新人の圭吾がいた。
その様子からして営業部も残業らしい。
給湯室の壁にもたれるようにして立ち、真琴と談話しながらにこやかに笑っていた。
ただコーヒーを頼んでいるだけには見えず、二人とも馴染んで非常に親密そうだ。
俺が見たことがない表情で笑いながら、真琴は圭吾の脇腹を肘で小突いている。
運動部のじゃれ合いに似て、邪推しようもない健やかな空気だったけれど、やけに仲がよかった。
いつまでしゃべってるんだろう?
待っていても終わりそうにないから近寄ると、俺に気がついた圭吾がハッとしたように笑顔を消し、ビシッと直立不動になった。
「佐竹課長代理! すみません、残業、お疲れ様です!」
ペコペコと深く頭を何度も下げてくる。
他に話を振れないぐらい顔が引きつっているし、わかりやすい奴だとは思った。
見事な米つきバッタぶりで、謝罪要員にはピッタリだ。
よっぽどひねくれたクライアント以外は、もういいよ、と言いたくなるだろう。
素直すぎるのはいただけないと思ったが、謝罪のときには有効かもしれない。
ただ、なるほど、と納得はする。
いまだに俺たちが残っているのは、こいつの尻拭いだって勘違いしてるわけだ。
きっかけは作ったが、今は違う作業をしているのに。
真琴とは残業の話はしていないって証明にもなるが、なら何の話をしていたのやら。
「じゃ、真琴。第二会議室によろしく! またな」
ジリジリっと後退したあげくに軽く手をあげて、そそくさと圭吾は離れていく。
どこまでもわかりやすい奴だ。
俺から逃げたいだけだって、ハッキリと見える態度だった。
あほか、少しは取り繕えばいいものを。
圭吾は会議室に去りながらも時々立ち止まって振り返り、俺と目が合うとウッとひるみながら頭を下げる。
まったく。逃走の最中にわざわざ振り返るなよ。
見送ってるわけじゃないが、廊下にいるから嫌でも見えるからな。
「何、話していたんだ?」
圭吾が去っても変わらない調子で、コーヒーを淹れている真琴に聞く。
圭吾の逃げ出す有様がおかしかったのか、笑いをかみ殺して肩が震えている。
気を使って思い切り笑いださないのが二人の親しさの証明みたいで、良くわからない感覚を生んでイラリとしていた。
俺には見せない顔をしていたからなおさらだ。
「ああ、新しい企画がたちあがったそうです。これから打ち合わせでもう少し詰めるからって、コーヒーを頼まれました」
「それだけか? ずいぶん親しそうだったけど」
そう言いながら、振り返るたびにペコペコと頭を下げる圭吾に視線をやる。
ちょうど廊下の先にある角を回って、やっと見えなくなった。
やれやれ、落ち着きのない奴だな。
まったく。
コーヒーぐらいは自分で用意して、真琴の手を煩わせるなよ。
守秘義務が出ている可能性が高い会議中に、別部署の人間に休憩準備をさせるべきではない。
同じ会社の人間だとはいえ、まだ俺たちが見てはいけない物や、聞いてはいけない話もあるはずだ。
そんな不確定なきわどい話が、当たり前に飛び交うかもしれない場なのに。
凛子のチームだと聞いているから、後で釘をさしておこう。
それにしてもえらく返事がないな、と給湯室を振り返ると、真琴が驚いたように立ちつくしていた。
淹れたてのコーヒーのかぐわしい香りの中で、大きく瞳を見開いている。
「なんだ?」
その、驚愕しましたって表情は。
真琴もわかりやすい奴だってちゃんと覚えているが、そこまで驚く理由に心当たりがない。
「あの……まさか、妬きもち、とか……?」
「アホ、あいつのせいで残業時間が割り増しなんだよ。気持ち悪いことを言うな」
オズオズときりだされたのに、俺は反射的にはじいた。
さすがにひどい言いようだと思ったけれど、口をついて出た言葉は巻き戻せない。
それでも真琴は、あは、と軽く笑った。
「そうですね。すみません。私、何、言ってんだろ?」
早とちりで困っちゃうなぁ、なんて軽く受け流して泣きもしない。
笑うなよ、そんなふうに。
なんだか必要以上にいらついて、俺の心にさざ波が立った。
かさついた気分だが、苛立ちの原因がまったくわからない。
その心の乱れが、自分でも思いがけない台詞を生んだ。
「あいつとなんでもないなら、今晩、あけといてくれ」
え? と真琴は息をのんだ。
当たり前だ。驚かない訳がない。
俺自身、驚いているから。
何、言ってんだろう?
これじゃ、本気で妬いてるみたいじゃないか。
この状態のあけといてくれって、都合のいい女扱いにしか聞こえない。
前回は成り行きで抱いたうえに、彼女の想いを何一つ聞かずに逃げたのだから。
それでもパッと目をそらして耳元までほのかな紅に染まる真琴の反応に、断らないのを見越していた。
こいつ、本当に俺のことが好きなんだ。
一目で胸のうちまでわかる反応に、心が千路に乱れる。
深くまでつながり、抱いて心が揺れたとしても、俺は真琴を愛していないはずだから。
本当に俺は腐っている。
それでも、欲に満ちた言葉を撤回する気もないのが困った物だ。
真琴を自分の思い通りにして、どうする気だよ。
自分で自分が嫌になるって、こういうことだな。
内心の動揺を押し殺して、背中を向ける。
「悪い、一服してくる。戻ったら仕事はすぐに片付けるから」
そう言って返事も待たずに、給湯室から離れたけれど。
真琴の声が背中を追ってきた。
「あの、圭吾は本当に、ただの同期ですよ」
思わず、足を止めてしまった。
それでも振り切るように、喫煙室に向かって歩き出す。
同期という言葉をきいて、必要以上に苛立った。
真琴の真意はわからない。
いや、本当にただの友達だと言いたかった気がする。
親しさの理由に、納得はしたけれど。
相談しあったり、助け合ったり、愚痴を言い合ったり。
他の奴には言えないことでも、スルリと口をついてしまう。
同期だと関わる時間が自然と長くなる。
心の距離が必要以上に近くなっていくのだ。
俺と凛子のように。
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