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本編・月の綺麗な夜でした
そのはち 刺し穿ち貫くその槍 ☆
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ペロリと今にもはがれ落ちてきそうな半月は、それでも明るかった。
淡い銀色の光が一帯に満ちて、濃い影と広場の様子も浮き上がらせる。
広場の脇にそそり立つ岩壁は黒々と闇に染まり、相反して切り開かれたその場所は明る開け、動く騎士たちの姿をくっきりと浮かび上がらせる。
全員で襲いかかれるほど開けた場所ではないのも手伝って、間合いのはかり方も慎重だった。
峠の入り口を過ぎれば、幌馬車一台が抜けるのもギリギリですれ違うこともできない。
そのため対向を交わす広場が要所ごとに作られているが、入り口前は交通整理も必要なので特に広く設けられていた。
とはいえ入り口前から狭まる幅に、数名ずつ前に出て距離を詰めていく。
ただの山賊ではないと判断したのか、一気呵成に畳みかけることもなくジリリと距離を詰めていく騎士たちは、片手に掲げていた篝火を岩場へと等間隔に投げ捨てた。
地面に落ちても燃える炎が足元を明るく照らし、手にする武器まで反射する赤で彩られる。
間合いを図りながらも、襲いかかる隙はみつからない。
ただ一人とはいえ、槍を持つ男から向けられる威圧はすさまじいものだった。
揺らめく炎で剣が無数に暗闇で浮き上がる中、自称山賊の男は告げる。
「隠れてる奴はそのまま聞け。その場から動くな。耳をふさげ。俺を見るな。見ちまえば、それなりの対価を払うことになるぞ」
尋常ではない荒々しい気配におびえ幌馬車の中に居た人々は、朗々と響いた声に従って毛布をかぶって耳をふさいだ。逆らうことを許さぬ圧がある言葉だった。
恐ろしいと震えながらも、横滑りして斜めに止まった幌馬車からも、車輪が壊れて傾いている幌馬車からも、そこから逃げ出して夜の森に紛れる者もいない。
ただ息をひそめ、おびただしい殺意と威圧が満ちている殺伐した空気に、恐れおののいて動けなかった。
ミントもまた息をひそめて幌馬車の入り口に座っていたが、ずっと山賊を名乗った男を見ていた。
あまりにも板についた悪党ぶりだが、間違えようもなくローだった。
月の綺麗な夜に見送ったローとは二度と会えない覚悟もあったけれど、その姿を見てしまえばそれだけで胸が熱くなる。
ミントと目が合った一瞬、ニヤリと笑ったその面差しも見慣れたもので、30人を超える騎士と向き合う緊張感すらなかった。
対価を貰うと言った時に目も合って、やたら色気のある艶めいた圧があったので、思わず頬を両手で押さえてしまう。
こんな時まで色気を出されて、つい赤くなったけれど、とても彼らしい表情だった。
ほんの少し、気がそれたその瞬間に、騎士たちが動いた。
飛び込んできた動きを捕らえた刹那、獰猛な獣が目を覚ました。
俊敏に走り出したローは、振りかぶられた刃に長槍を絡めて鮮やかに跳ね飛ばす。
ギィンッと鋼と鋼のぶつかり合うと同時に、砕かれた剣から火花が散った。
手を離れクルクルと宙を舞った剣もあったが、なんとか弾き飛ばさなかった者も再び剣を握りしめる前に、疾風の速度で打ち下ろされた魔槍によって剣が断ち折れる。
腕ごと引きちぎられそうな打撃の重さと、半分になった愛剣の惨状に、信じられない思いで目をやり呆然と立ち尽くす。
驚愕は隙となり、赤く燃える穂先に襲われ、喉元を刹那で刺し穿たれ、騎士数名はそのまま血飛沫の中で絶命していた。
瞬きする間に仲間が倒されたのを確認するよりも早く、後ろに控えていた騎士は脳天に落ちてきた風斬る槍を、両腕を上げ剣で受け止める。
直感でなんとか打たれるのは避けられても、握りしめる剣ごと骨までミシリときしむ。なにより越えてきた衝撃波までは防げず、吹き付けた重圧にカハッと息を吐き出して膝をついた。
しびれる腕にクラクラする頭。倒れるのを何とか耐えて、立ち上がろうとしたところで強かに胸を打ち据えられた。
そのまま踊るように薙ぎ払う槍の威力で、はるか後方まで吹き飛ばされ岩盤に叩きつけられ地に沈む。
激しい岩の砕ける音が聞こえている間もローは止まらず、装備を固めた騎士たちを軽々と跳ね飛ばしていった。
「なんという膂力!」
驚きに声を上げたのは、指揮をとっていた団長である。
国王付きの騎士団である。装備している剣も一級品であるのに、男のただの一撃でガラス細工のようにもろく崩れてしまう。
それでも団長は「ひるむな!」と煽動し、攻撃続行の指揮を執る。
どれほど強くともローの姿は広場の中ほどに出て、集団で囲むにはちょうど良い位置だ。
単対多数の戦闘ならば、武装した騎士団に勝機はあるはずだった。
そう信じた判断を、団長はすぐに後悔することになった。
数では優位に立っているのに、槍捌き一つで翻弄される。
剣戟はたやすくからめとられ、間合いに入る事すらできない。
一方的にやられるばかりで、まるで相手にならなかった。
魔槍を操るのは、獣のごとく獰猛な男。
豪快な槍さばきで変幻自在に魅せるその担い手は、赤い魔力を身にまとい、人の枠を超えた戦闘力を惜しげもなく発揮して、囲む騎士たちを次々と屠る間も楽しげに口角を上げていた。
刺し殺された者もいるが、岩にめり込む勢いで吹き飛ばされた者も多く、あっという間に騎士団の半分が行動不能となっていた。
自称山賊の内から放たれる威圧は刃を交わす前に敵とみなした者へと襲いかかり、見習い上がりだと話していた騎士などは縫い留められたようにその場を動けなかった。
刺し穿ち貫く、その槍。
燃え上がるような赤い魔力が、硬く重い漆黒の槍にも浸透して炎よりも鮮やかに闇を彩る。
魔力の浸透した槍は身体の一部と変わらず、持ち主の意思で形も変化し、投擲しても手の中に戻ってくる魔具は、扱える者が非常に少ない。
これほどの使い手が、名もあげず市井に溶け込んでいるとはとても思えなかった。
嬉々として戦い、片腕で鋼の剣を軽々と叩き折る程の男が、ただの山賊であるはずがない。
ふと、思い出す。
現国王に屠られた主を追って、すでにこの世を去ったはずの魔槍の使い手を。
「貴様、まさか第二王子の……!」
団長は閃きを恐れると同時に、幌馬車に向かって両手を向けた。
今回の戦準備は、第三王子を討つものだ。
身を隠している第三王子の動きはまったくつかめていないが、民衆を中心に無慈悲な王への反感が広がっていた。
王都周辺の職業人たちは次々に姿を消していき、おそらくは第三王子の陣営に確保されている。そこに排斥されたはずの第二王子の勢力まで与しているならば、国内の勢力図が大きく変化するだろう。
これ以上、第三王子に人材を与えるわけにはいかない。
国王付きの近衛騎士は魔法の才があるものが多く、この騎士団長も魔力持ちだからこそ今の地位を得ている。
残虐な王であっても、現王の治世が必要不可欠な立場で、瞬時に貴族以外を屠る判断を下すことに迷いがなかった。
幌馬車ごと奪われるぐらいなら消し飛べと、内在する魔力を手のひらに集めて、巨大な炎の球を連続で撃ち放つ。
幌馬車に向けられた殺意に気付き、ほぼすべての騎士を屠ったローは即座に反応した。
地に突き立てた槍の反動を使って跳び上がれば、手にした槍に集まっていく魔力が、キィンッと低く共鳴しながら膨れあがる。
天高く跳躍した身体は鞭のようにしなり、鋭く槍を投げ放つ。
「させねぇ!」
叫びと同時に投擲された魔槍は、仄光ながら五つにわかれた。
炎の球を追い越し、幌馬車の手前にトトトトトッと連続で突き刺さった槍から、激しい爆音と同時に暴風が巻き起こり上空へ伸びると、天まで届く壁となる。
強固な風の防壁にぶち当たった火球が、ドォン! ドォン! ドォン! と激しい音を立てて爆発すれば、風の壁を炎の赤がなめるように上空にまで巻きあがり、太い火柱のように燃え上がって天まで焦がした。
「なめたマネしてんじゃねぇぞ、クソヤロウが」
忌々しさに満ちた罵りが耳に届いた時には、疾風の速度で背後を取った影から伸びた赤い一線に、団長は延髄を刺し貫かれていた。
トスッという軽い音も聞いた気がしたが、自分の身に何が起こったかを理解する前に絶命したその表情は、驚愕に満ちていた。
それで終わりだった。
まばゆいほどに燃え上がっていた炎の柱はすぐに消え、静寂が闇を彩る。
周囲を覗い見る必要もなく、すべての騎士が死に絶えていた。
天まで焦がす勢いのあった炎柱が完全に消えて、ローは右手の槍を消した。
武人同士の戦いは楽しめても、最後の最後で興ざめだったとばかりに、ローは顔をしかめてしまう。
失った第二王子の名も聞いて、苦々しい思いが腹の底にたまるような、最低の気分だった。
死屍累々と動かなくなった肉塊が転がる中で、殺伐とした広場の真ん中に立つローに向かって、ゆっくりと歩み寄る人影があった。
恐れるでもなく近づいてくるその人の顔を見て、ローは眩しそうに目を細めた。
ミントだった。
最後の一人を倒す時に浮かんだ、痛々しさの混じった苦痛の表情をいたわるように手を伸ばし、頬に触れてきた小さな手のひらに、救われたような気持ちで自分の手を重ねる。
大きな緑の瞳が、もの言いたげに揺れていた。
だからローは、大丈夫だと示すようにいつものニヤリとした笑みを浮かべ、少し芝居がかった物言いで、周囲に訊かせるように朗々と言い放つ。
「おいおい、嬢ちゃん。見るなっつったのに、見ちまったな」
今だ山賊役のような大仰なセリフと仕草に、ミントは思わず笑ってしまった。
生きている人は全員が一般人で、幌馬車の中で震えている。
聞こえた声だけが真実になるだろう。
そっと身をかがめたローが小声で「逃げるぞ。荷物、それで全部か?」と耳元で尋ねてくるので、ミントはコクリとうなずいた。
上出来とばかりに大きな手に頭をなでられて、惨劇の直後なのに心から安堵した。
「見てしまった私を、山賊さんはどうするの?」
「見ちまったなら仕方ねぇ、一緒に来な」
聞かせるための言葉だったが本気も混じり、当然の顔で告げると、ローはミントを抱き上げた。
久しぶりの抱擁に胸がいっぱいになり、ミントもローの首に縋り付く。
抱きしめ合い、ほんの一瞬だけかすめるような口付けをして、すぐに表情を引き締めた。
そして幌馬車の中に居る人々に向かって告げる。
「よく聞け。朝までには救援が来る。それまでここを動くな。そして、そいつらに伝えろ。女を一人、貰い受けるってな」
了承の返事はなかったが、ローはうろついている軍馬を一頭捕まえると、ミントも一緒に馬上に引き上げた。
そして「あばよ!」の声を一つ残して、夜闇の中を馬で駆け出した。
幌馬車の中でうごめく人の気配が遠ざかり、すぐにわからなくなる。
軽やかに馬を疾走させるローの腕の中で、ミントは降り注ぐ銀の光を仰ぎ見た。
思い返せば、ローとの別離も再会も、いつも月が見ていた。
冷たくて優しい輝きは、感情を揺らすほど透明で美しい。
今夜の半月も、とても綺麗な月だった。
淡い銀色の光が一帯に満ちて、濃い影と広場の様子も浮き上がらせる。
広場の脇にそそり立つ岩壁は黒々と闇に染まり、相反して切り開かれたその場所は明る開け、動く騎士たちの姿をくっきりと浮かび上がらせる。
全員で襲いかかれるほど開けた場所ではないのも手伝って、間合いのはかり方も慎重だった。
峠の入り口を過ぎれば、幌馬車一台が抜けるのもギリギリですれ違うこともできない。
そのため対向を交わす広場が要所ごとに作られているが、入り口前は交通整理も必要なので特に広く設けられていた。
とはいえ入り口前から狭まる幅に、数名ずつ前に出て距離を詰めていく。
ただの山賊ではないと判断したのか、一気呵成に畳みかけることもなくジリリと距離を詰めていく騎士たちは、片手に掲げていた篝火を岩場へと等間隔に投げ捨てた。
地面に落ちても燃える炎が足元を明るく照らし、手にする武器まで反射する赤で彩られる。
間合いを図りながらも、襲いかかる隙はみつからない。
ただ一人とはいえ、槍を持つ男から向けられる威圧はすさまじいものだった。
揺らめく炎で剣が無数に暗闇で浮き上がる中、自称山賊の男は告げる。
「隠れてる奴はそのまま聞け。その場から動くな。耳をふさげ。俺を見るな。見ちまえば、それなりの対価を払うことになるぞ」
尋常ではない荒々しい気配におびえ幌馬車の中に居た人々は、朗々と響いた声に従って毛布をかぶって耳をふさいだ。逆らうことを許さぬ圧がある言葉だった。
恐ろしいと震えながらも、横滑りして斜めに止まった幌馬車からも、車輪が壊れて傾いている幌馬車からも、そこから逃げ出して夜の森に紛れる者もいない。
ただ息をひそめ、おびただしい殺意と威圧が満ちている殺伐した空気に、恐れおののいて動けなかった。
ミントもまた息をひそめて幌馬車の入り口に座っていたが、ずっと山賊を名乗った男を見ていた。
あまりにも板についた悪党ぶりだが、間違えようもなくローだった。
月の綺麗な夜に見送ったローとは二度と会えない覚悟もあったけれど、その姿を見てしまえばそれだけで胸が熱くなる。
ミントと目が合った一瞬、ニヤリと笑ったその面差しも見慣れたもので、30人を超える騎士と向き合う緊張感すらなかった。
対価を貰うと言った時に目も合って、やたら色気のある艶めいた圧があったので、思わず頬を両手で押さえてしまう。
こんな時まで色気を出されて、つい赤くなったけれど、とても彼らしい表情だった。
ほんの少し、気がそれたその瞬間に、騎士たちが動いた。
飛び込んできた動きを捕らえた刹那、獰猛な獣が目を覚ました。
俊敏に走り出したローは、振りかぶられた刃に長槍を絡めて鮮やかに跳ね飛ばす。
ギィンッと鋼と鋼のぶつかり合うと同時に、砕かれた剣から火花が散った。
手を離れクルクルと宙を舞った剣もあったが、なんとか弾き飛ばさなかった者も再び剣を握りしめる前に、疾風の速度で打ち下ろされた魔槍によって剣が断ち折れる。
腕ごと引きちぎられそうな打撃の重さと、半分になった愛剣の惨状に、信じられない思いで目をやり呆然と立ち尽くす。
驚愕は隙となり、赤く燃える穂先に襲われ、喉元を刹那で刺し穿たれ、騎士数名はそのまま血飛沫の中で絶命していた。
瞬きする間に仲間が倒されたのを確認するよりも早く、後ろに控えていた騎士は脳天に落ちてきた風斬る槍を、両腕を上げ剣で受け止める。
直感でなんとか打たれるのは避けられても、握りしめる剣ごと骨までミシリときしむ。なにより越えてきた衝撃波までは防げず、吹き付けた重圧にカハッと息を吐き出して膝をついた。
しびれる腕にクラクラする頭。倒れるのを何とか耐えて、立ち上がろうとしたところで強かに胸を打ち据えられた。
そのまま踊るように薙ぎ払う槍の威力で、はるか後方まで吹き飛ばされ岩盤に叩きつけられ地に沈む。
激しい岩の砕ける音が聞こえている間もローは止まらず、装備を固めた騎士たちを軽々と跳ね飛ばしていった。
「なんという膂力!」
驚きに声を上げたのは、指揮をとっていた団長である。
国王付きの騎士団である。装備している剣も一級品であるのに、男のただの一撃でガラス細工のようにもろく崩れてしまう。
それでも団長は「ひるむな!」と煽動し、攻撃続行の指揮を執る。
どれほど強くともローの姿は広場の中ほどに出て、集団で囲むにはちょうど良い位置だ。
単対多数の戦闘ならば、武装した騎士団に勝機はあるはずだった。
そう信じた判断を、団長はすぐに後悔することになった。
数では優位に立っているのに、槍捌き一つで翻弄される。
剣戟はたやすくからめとられ、間合いに入る事すらできない。
一方的にやられるばかりで、まるで相手にならなかった。
魔槍を操るのは、獣のごとく獰猛な男。
豪快な槍さばきで変幻自在に魅せるその担い手は、赤い魔力を身にまとい、人の枠を超えた戦闘力を惜しげもなく発揮して、囲む騎士たちを次々と屠る間も楽しげに口角を上げていた。
刺し殺された者もいるが、岩にめり込む勢いで吹き飛ばされた者も多く、あっという間に騎士団の半分が行動不能となっていた。
自称山賊の内から放たれる威圧は刃を交わす前に敵とみなした者へと襲いかかり、見習い上がりだと話していた騎士などは縫い留められたようにその場を動けなかった。
刺し穿ち貫く、その槍。
燃え上がるような赤い魔力が、硬く重い漆黒の槍にも浸透して炎よりも鮮やかに闇を彩る。
魔力の浸透した槍は身体の一部と変わらず、持ち主の意思で形も変化し、投擲しても手の中に戻ってくる魔具は、扱える者が非常に少ない。
これほどの使い手が、名もあげず市井に溶け込んでいるとはとても思えなかった。
嬉々として戦い、片腕で鋼の剣を軽々と叩き折る程の男が、ただの山賊であるはずがない。
ふと、思い出す。
現国王に屠られた主を追って、すでにこの世を去ったはずの魔槍の使い手を。
「貴様、まさか第二王子の……!」
団長は閃きを恐れると同時に、幌馬車に向かって両手を向けた。
今回の戦準備は、第三王子を討つものだ。
身を隠している第三王子の動きはまったくつかめていないが、民衆を中心に無慈悲な王への反感が広がっていた。
王都周辺の職業人たちは次々に姿を消していき、おそらくは第三王子の陣営に確保されている。そこに排斥されたはずの第二王子の勢力まで与しているならば、国内の勢力図が大きく変化するだろう。
これ以上、第三王子に人材を与えるわけにはいかない。
国王付きの近衛騎士は魔法の才があるものが多く、この騎士団長も魔力持ちだからこそ今の地位を得ている。
残虐な王であっても、現王の治世が必要不可欠な立場で、瞬時に貴族以外を屠る判断を下すことに迷いがなかった。
幌馬車ごと奪われるぐらいなら消し飛べと、内在する魔力を手のひらに集めて、巨大な炎の球を連続で撃ち放つ。
幌馬車に向けられた殺意に気付き、ほぼすべての騎士を屠ったローは即座に反応した。
地に突き立てた槍の反動を使って跳び上がれば、手にした槍に集まっていく魔力が、キィンッと低く共鳴しながら膨れあがる。
天高く跳躍した身体は鞭のようにしなり、鋭く槍を投げ放つ。
「させねぇ!」
叫びと同時に投擲された魔槍は、仄光ながら五つにわかれた。
炎の球を追い越し、幌馬車の手前にトトトトトッと連続で突き刺さった槍から、激しい爆音と同時に暴風が巻き起こり上空へ伸びると、天まで届く壁となる。
強固な風の防壁にぶち当たった火球が、ドォン! ドォン! ドォン! と激しい音を立てて爆発すれば、風の壁を炎の赤がなめるように上空にまで巻きあがり、太い火柱のように燃え上がって天まで焦がした。
「なめたマネしてんじゃねぇぞ、クソヤロウが」
忌々しさに満ちた罵りが耳に届いた時には、疾風の速度で背後を取った影から伸びた赤い一線に、団長は延髄を刺し貫かれていた。
トスッという軽い音も聞いた気がしたが、自分の身に何が起こったかを理解する前に絶命したその表情は、驚愕に満ちていた。
それで終わりだった。
まばゆいほどに燃え上がっていた炎の柱はすぐに消え、静寂が闇を彩る。
周囲を覗い見る必要もなく、すべての騎士が死に絶えていた。
天まで焦がす勢いのあった炎柱が完全に消えて、ローは右手の槍を消した。
武人同士の戦いは楽しめても、最後の最後で興ざめだったとばかりに、ローは顔をしかめてしまう。
失った第二王子の名も聞いて、苦々しい思いが腹の底にたまるような、最低の気分だった。
死屍累々と動かなくなった肉塊が転がる中で、殺伐とした広場の真ん中に立つローに向かって、ゆっくりと歩み寄る人影があった。
恐れるでもなく近づいてくるその人の顔を見て、ローは眩しそうに目を細めた。
ミントだった。
最後の一人を倒す時に浮かんだ、痛々しさの混じった苦痛の表情をいたわるように手を伸ばし、頬に触れてきた小さな手のひらに、救われたような気持ちで自分の手を重ねる。
大きな緑の瞳が、もの言いたげに揺れていた。
だからローは、大丈夫だと示すようにいつものニヤリとした笑みを浮かべ、少し芝居がかった物言いで、周囲に訊かせるように朗々と言い放つ。
「おいおい、嬢ちゃん。見るなっつったのに、見ちまったな」
今だ山賊役のような大仰なセリフと仕草に、ミントは思わず笑ってしまった。
生きている人は全員が一般人で、幌馬車の中で震えている。
聞こえた声だけが真実になるだろう。
そっと身をかがめたローが小声で「逃げるぞ。荷物、それで全部か?」と耳元で尋ねてくるので、ミントはコクリとうなずいた。
上出来とばかりに大きな手に頭をなでられて、惨劇の直後なのに心から安堵した。
「見てしまった私を、山賊さんはどうするの?」
「見ちまったなら仕方ねぇ、一緒に来な」
聞かせるための言葉だったが本気も混じり、当然の顔で告げると、ローはミントを抱き上げた。
久しぶりの抱擁に胸がいっぱいになり、ミントもローの首に縋り付く。
抱きしめ合い、ほんの一瞬だけかすめるような口付けをして、すぐに表情を引き締めた。
そして幌馬車の中に居る人々に向かって告げる。
「よく聞け。朝までには救援が来る。それまでここを動くな。そして、そいつらに伝えろ。女を一人、貰い受けるってな」
了承の返事はなかったが、ローはうろついている軍馬を一頭捕まえると、ミントも一緒に馬上に引き上げた。
そして「あばよ!」の声を一つ残して、夜闇の中を馬で駆け出した。
幌馬車の中でうごめく人の気配が遠ざかり、すぐにわからなくなる。
軽やかに馬を疾走させるローの腕の中で、ミントは降り注ぐ銀の光を仰ぎ見た。
思い返せば、ローとの別離も再会も、いつも月が見ていた。
冷たくて優しい輝きは、感情を揺らすほど透明で美しい。
今夜の半月も、とても綺麗な月だった。
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