兎と猛獣 ~ 月の綺麗な夜でした ~

真朱マロ

文字の大きさ
13 / 37
おまけ

愛の泉 ※ 山賊(仮さんとの逃亡中のお話

しおりを挟む
※時系列で言うと、本編の「末永くお幸せに」の前に入るお話です。




 泉のように湧き出るのが女の愛だと、昔、下腹を撫でてくれた人がいた。

 少年の態をしていても初潮を迎え、戸惑うばかりだったあの日。
 老境に差し掛かったその女性は師匠の患者だったけれど、アラアラとあきれたように師匠を叱り飛ばして、あれこれと教えてくれた気がする。
 あまりに暖かなその微笑みに、愛とはとても良いものだろうと思ったけれど、自分自身の生い立ちを考えれば不相応なものだと割り切っていた。
 だからミントは、愛なんて、一生縁がないと思っていたのだ。

 薄闇の中、ゆるりと身体を揺すられて、ミントは熱い息を吐き出した。
 身体の奥深くに灯った熱でトロトロと溶けて潤んだ下腹が、自身の体温よりも熱くて硬い昂ぶりで満たされている。
 顔を上げれば見惚れそうな男と見つめ合うことになり、恥ずかしくて顔を伏せれば首筋を甘噛みされて、フルリと身を震わせた。

 情欲をギリギリまで押さえつけた静かな交わりは、相手の存在を恐ろしいほどに浮き上がらせる。
 身体の形をなぞる手も、火傷しそうな昂ぶりも、速まる鼓動のひとつまでも、私のものだと腹の奥がきゅうきゅうと主張するように熱を帯び、ゆるやかにのぼりつめていくのだ。

 吐息のひとつ、鼓動のひとつまで、肌越しに伝わってしまう。
 引き寄せられる力に逆らわず身を寄せれば硬い胸板につぶれる白い双丘は淫らに揺れて、恥ずかしさで自分の指先を食んで甘い嬌声もかみ殺す。
 けれどすぐにその指は引き抜かれ、代わりに硬くて骨ばった男の指が唇をなぞってから口腔に入ってくる。

「噛まねーのか?」

 その指でじらすように舌先を玩ばれて、コクコクとミントはうなずいた。
 素直な肯定に、赤い瞳が面白そうに眇められる。
 食い殺されそうなほど強く飢えた光が、こういうときには獲物の動向を楽しむようにきらめくから、ミントは見惚れる事しかできない。

 いつもそうだ。
 噛みつくような激しい口づけから始まっても、挿入ってくるその時だけでなく繋がっている最中も、食い殺す得物のわななきまでも堪能するように、ジッとローは見つめてくる。
 肌の下を駆け巡る血潮だけでは飢えが満たされないとでも言いたげな、獰猛な獣に似た瞳は恐ろしいはずなのに、身の内から湧き出るすべてを与えたいほど狂おしくて戸惑ってしまう。

 どれほど心を寄せても、いつか去っていく人なのにと、何度も思う。
 縛り付けてしまえば、獰猛な獣のようなその在り方を奪いそうで怖い。
 今は夫婦モノとして旅をしているし、婚姻関係を証明するものもあるけれど、それはミントを守るための偽造で、どこまでも仮初の関係だから心のよすがにもならなかった。

 愛とか、恋とか、移り変わる儚い心模様にしかすぎないから、何の約束にもならない。
 手を伸ばして触れ合うことのできる今だけが、全てなのだ。

 それでも、赤い瞳と見つめ合う瞬間。
 肌と肌をあわせて、深くつながっている間も、言葉にならない声が聞こえる気がするのだ。

 手のひら上で転がすような調子の良い言葉のすべてが、まぎれもない真実だと。
 獰猛な獣の想いが、愛という言葉に納まるわけがないだろうと。

 ゾクゾクするほどの愉悦を連れて、覚悟を決めろ、と申し渡すほどの獰猛なその眼差しに、刺し貫かれている快楽が背筋を駆け上っていく。
 陳腐な言葉の枠を突き壊すように唐突に強く突き上げられて、ミントは甘く啼いた。

 手を伸ばして首筋にすがれば、指が抜かれて唇が落ちてきた。
 浅く速まった息遣いまで重なって、むさぼるように唇を喰われてしまう。
 向き合って抱きしめ合う形だと互いの心音まで肌越しに伝わるようで、貫かれた最奥からトロトロと蜜があふれ落ちていくのがわかる。
 耳元にある浅くかすれた息遣いと、止まる事のない淫らな水音に、ミントは耐え切れないように身をくねらせた。

「もう……もう、だめぇ……」
「だめじゃねぇよ、もうちょい頑張れ」

 どれほど身をよじっても腰に回された硬い腕は力強くミントを引き寄せ、更に繋がりを深めるように互いの腰を押し付けるから、前後にもかき混ぜられ頭の中がおかしくなりそうだった。
 やわらかく尻を持ち上げられ深く落とされる速度も上がっていき、とうとう声をかみ殺せなくなってのけぞった。

 瞬間。
 熱い飛沫が腹の奥深くへとほとばしり、気が遠くなる。
 その熱を絞り取るよう蜜壁がわななくと同時にクラリと視界が揺れて、目を閉じた。
 それでも、すぐには快楽はおさまらず、受け取った白濁を腹の奥へと吸い込むように、キュウキュウと締め付けているのがわかった。
 倒れそうな身体を支えてくれている腕を感じて、なだめるように背中をさする大きな手のひらに胸がつまる。

 荒く乱れた息を整えて、そっと目を開けば、赤い瞳が想像よりも近くにあった。
 まだ、身体の中に男の体温があるのに、いつも、初めて肌をあわせたような気持になる。
 鼻先が触れ合うほどの距離で、ニヤリと笑われてキュウッと胸の奥が痛くなる。

「ローさん、私、あなたが好き」
「おう。そいつは良かった」

 喉の奥でクツクツ笑いだすので、なんだかしゃくにさわって、少しだけ身を浮かせてミントから唇を合わせた。
 軽く触れあって離れても驚いた顔一つ見ることはできず、むしろミントが小さな悲鳴を上げることになる。
 グルンと視界が回ると繋がったままベッドに押し倒された姿勢になっていて、違うスイッチを入れてしまったと気付いた時には遅かった。

「ミントからっつーのは悪くねぇな。ひさしぶりに限界までやろーぜ」
「えぇ?! それはちょっと、待ってぇぇぇ……!」
「待つわけねーだろ」

 噛みつくような接吻と激しい交合が始まって、甘い声を上げる獲物をむさぼる獣は喜びに踊り狂う。
 なにしろ、意中の女の愛の泉はいつだって満ちて、誘うように潤っているのだから我慢する理由もない。
 それなりに大きな街の安全な宿に泊まっていたのも大きいが、獰猛な獣の独占欲は相当なものなのである。

 知らぬは獲物の兎ばかり。
 夜明けが来るまで甘く啼かすだけでは全然足りないのだと、知るのはそう遠くない日の事である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~ 行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。

処理中です...