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後日譚・海に浮かぶ月を見る
そのきゅう 袋詰め
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いよいよ明日は宝月祭である。
祭りの三日前から早めに治癒院を閉めているので、昼食前に仕事は終了する。
そのかわり街角に治癒スペースが設けられ、職員が順番で待機することになっていた。
ミントのような新婚や、婚約者がいる者はパートナーとの時間を優先させる決まりがあるので、仮治癒所の待機番も免除されている。
だからミントは宝月祭が終了する三日後まで、仕事はお休みになる。
ジルが迎えに来たので一緒に昼食を食べ、いくつか買い物を済ませると送ってもらい、おとなしく宿に帰った。
焼き菓子を数種類見繕ったのは、午後からロザリンデに誘いを受けたからだ。
三日前の休日も午後は一緒に過ごしたし、今日もローが帰宅する時間までおしゃべりして過ごす予定である。
本来は待機番を免除されるダンテだが、本人の希望もあって終日治癒スペースに入るので、お互いにパートナーがいない時間に旦那自慢をするのだ。
最初は渋い顔をしていたローも、その日の話題がお互いの旦那様の良い所を上げて喜びあっているだけだとわかってしまうと「なんだそりゃ」と苦笑いしていた。
その他にした事と言えば、お化粧を教えてもらったり、髪形を変えてみたりと、美容に関する手ほどきである。
今まで縁のなかったコイバナやお洒落といった女の子同士の話題にミントは胸を弾ませていたが、ローは「なにが楽しいんだか」とあきれ顔だった。
どんな会話か教えたくないというミントから強引に聞きだしておいてずいぶんな言い様だが、最終的に「そういう仲良くならかまわねぇ」と許した。
ただ、内心では呆れかえっているのがわかるので、だから教えたくないって言ったのに、と思いながらも気にかけてもらえるのは嬉しいから、クルクルと変化する気持ちが忙しくて困ってしまう。
お部屋訪問してから、とりとめもなくそんな話をしながら軽くむくれているミントに、ロザリンデは可愛らしいと言いたげな眼差しを向けて、鈴が転がるように笑っていた。
ウィンプルで髪の毛は隠れていても、ベールを外しているから優しい面差しが見えて、上品な仕草と合わさって本当に綺麗だ。
「殿方って同じなのかしら? ダンテもものすごく変な顔をしていましたわ」
「乙女の秘密を聞きだしておいてひどい」
「でも、ティアちゃんはとても楽しそう」
「初めて見る表情ですから、なんとなくお得な気分になって、やっぱり好きだなぁって……ロザリンデ様も楽しそうです」
「ええ、初めて見るダンテですもの。この人の、こんな顔を見ることができるのは、わたくしだけなんだわって……もう! ティアちゃんったらわたくしにこんなことを言わせるなんて、いけない子ね。恥ずかしいわ」
軽く握りしめた両手でポコポコと肩を叩かれて、少女のようなその仕草にミントは倒れそうになる。身長が高く細身のロザリンデは雰囲気も見た目も大人びているので、思いがけない可愛らしさにクラクラした。
男所帯で揉まれながら少年と偽って育ったミントは、ロザリンデのように奇麗で可愛い、女性らしい女性に強く憧れを抱いている。
身分の差はあれども、匂い立つような美しさは理想に似て眩いものだ。
「私もいつか、ロザリンデ様のように綺麗になれるでしょうか?」
「まぁ! わたくしのようにつまらない女になってはダメ。こんなに可愛らしい娘は他に居なくてよ。さぁ、もっと愛らしくなりましょうね」
この話は終わりとばかりに、ロザリンデは櫛を取り出してミントの髪をすき始めた。
最初は恐れ多いと怯えたミントだが、にっこり微笑んだロザリンデの逃げちゃダメという無言の圧に、簡単に屈してしまう。
一度屈してしまうと会うたびに、髪型を変えて遊ばれるようになって今に至るが、ロザリンデはとても楽しそうにミントの髪をいじっている。
絡まりやすいやわらかな髪を複雑に編み込み一度はすべて結いかけたが、ふと気づいたように後ろの髪を下ろし、サイドの編みこみを残して貝殻で花を模した髪飾りで留める。
「ティアちゃんの旦那様は自己主張の強い方ね。誰にも盗られないように、あなたは自分のモノだって、あなたのすべてが欲しいって威嚇しているみたい」
一度も消えたり薄れたところを見たことがないと呟きながら、ツウッと繊細な指先にうなじをなでられ、ひゃぁという悲鳴を一生懸命飲み込みんでミントは真っ赤になった。
自分では見る事は出来なくとも、首筋の吸い痕が濃いのは知っていた。
ひんやりした細い指先でくすぐるようになでれば、見る見るうちに赤く染まっていく肌の色に、ロザリンデは小さく「うらやましい」とつぶやいた。
小さすぎる声だったのでうまく聞き取れず振り向いたミントに、ロザリンデは寂しげに笑った。
「所有の印をつけるのは、いつもわたくし。ダンテは遠慮してるのね、きっと。それともわたくしみたいな、つまらない女の事なんて……」
「ロザリンデ様はすべてが綺麗です。こうしてお話している間も楽しくて、つまらないなんて思えません。私、ずっと笑っているでしょう?」
口元に手をやって淑やかに笑う仕草は優美な白鳥のようで、その振る舞いひとつにミントは見惚れてしまうが、ロザリンデ自身はつまらないありふれたものと卑下するのが不思議だった。
見つめ合い、真剣な顔のミントの瞳の奥までジッとのぞき込んでいたロザリンデは、長い沈黙の後でフッと表情を和らげた。
「そうね、あなたの言葉は信じられるわ。ティアちゃんは疑えない」
良い瞳をしているわ、とやわらかく微笑みながら、ロザリンデはミントの頬をなでた。
繊細な手のその優しい動きに、ひんやりした体温は初めてのものだけれど、ほんの少しだけローを思い出す。
じっと見つめ合う時間も、頬に触れるその手も、確かめるように撫でる動きも、彼の癖ととてもよく似ていた。
「ふふふ、また思い出してるの? 本当に旦那様の事が好きなのね」
からかうように笑われて、ミントは赤くなった。
一緒にいる時間が増えるとドキドキすることにも慣れて余裕が出てくると思っていたのに、少しも慣れなくて、隣り合う体温だけで好きがあふれそうになって困ってしまう。
と、その時である。
トントンと扉をノックされる。
宿のご主人だろうかと立ち上がったミントだが、扉を開ける前に「どなたですか?」と尋ねたら、返事に逡巡を感じて後ろに下がった。
鍵はかけているけれど、何かおかしい。
ここは三階だし、扉以外に逃げるところは……と考えかけたところで、グゥとくぐもった声が聞こえる。
振り向けば、ロザリンデが覆面姿の男に口をふさがれていた。
頭部を包んでいたウィンプルがはぎとられ、結い上げられた艶やかな白銀の髪があらわになる。
不審者から逃れようとジタバタともがいていたけれど、すぐに意識を失ったロザリンデはそのままクタリと倒れ込んだ。
それらすべてはまばたき二つほどの時間で行われた。
ソファーにロザリンデを投げるように置いて自分を見た覆面の男に、逃げる事しかできないミントは後ろに下がったが、背中にドンと当たった感覚が扉ではなかったのでゾッとした。
いつの間にか出現した不審な男に背後から抱きすくめられ、口元にツンとした匂いのする布を当てられる。
意識を奪う魔法薬の匂いに息を止めたが、もがいてもその手を外せず、結局はミントも吸い込んでしまった。
薄れていく意識の中で、猿轡をかまされ手を縛られてから布袋に詰め込まれるロザリンデが見えた。無遠慮に肩に担がれる様子に、手を伸ばし叫びそうになる。
「ダメ、赤ちゃんがいるのに……」
思いとは裏腹に、手も少ししか動かせなかったうえにかすれた小さな声しか出ず、そのままミントは意識を失った。
クタリと倒れ込んだ小柄な体をひっくり返し、覆面の男は「赤ちゃんだと?」とつぶやく。
依頼されたのは「白銀の髪と緑の瞳の若い女」だが、妊娠しているかどうかも依頼主は気にしていた。
情報が少なすぎて手あたり次第にそれらしい人物の情報を集めていたが、これは大当たりかもしれない。
ただ、かすれた声を拾えたのは僥倖だが、状況的にどちらの事かわからなかった。
とはいえ、両方連れて行けば終わる話だ。
倒れているミントにも猿轡をかませ、手を縛ってから袋詰めにする。
覆面をほどいて外に待機していた仲間を招き入れると、幾分丁寧に布袋を担いで退室する。
宿の常連に擬態しているので本物が帰ってくる前に、そそくさと宿を後にした。
玄関から堂々と出ていく三人組を、不審に思う者は誰もいなかった。
祭りの三日前から早めに治癒院を閉めているので、昼食前に仕事は終了する。
そのかわり街角に治癒スペースが設けられ、職員が順番で待機することになっていた。
ミントのような新婚や、婚約者がいる者はパートナーとの時間を優先させる決まりがあるので、仮治癒所の待機番も免除されている。
だからミントは宝月祭が終了する三日後まで、仕事はお休みになる。
ジルが迎えに来たので一緒に昼食を食べ、いくつか買い物を済ませると送ってもらい、おとなしく宿に帰った。
焼き菓子を数種類見繕ったのは、午後からロザリンデに誘いを受けたからだ。
三日前の休日も午後は一緒に過ごしたし、今日もローが帰宅する時間までおしゃべりして過ごす予定である。
本来は待機番を免除されるダンテだが、本人の希望もあって終日治癒スペースに入るので、お互いにパートナーがいない時間に旦那自慢をするのだ。
最初は渋い顔をしていたローも、その日の話題がお互いの旦那様の良い所を上げて喜びあっているだけだとわかってしまうと「なんだそりゃ」と苦笑いしていた。
その他にした事と言えば、お化粧を教えてもらったり、髪形を変えてみたりと、美容に関する手ほどきである。
今まで縁のなかったコイバナやお洒落といった女の子同士の話題にミントは胸を弾ませていたが、ローは「なにが楽しいんだか」とあきれ顔だった。
どんな会話か教えたくないというミントから強引に聞きだしておいてずいぶんな言い様だが、最終的に「そういう仲良くならかまわねぇ」と許した。
ただ、内心では呆れかえっているのがわかるので、だから教えたくないって言ったのに、と思いながらも気にかけてもらえるのは嬉しいから、クルクルと変化する気持ちが忙しくて困ってしまう。
お部屋訪問してから、とりとめもなくそんな話をしながら軽くむくれているミントに、ロザリンデは可愛らしいと言いたげな眼差しを向けて、鈴が転がるように笑っていた。
ウィンプルで髪の毛は隠れていても、ベールを外しているから優しい面差しが見えて、上品な仕草と合わさって本当に綺麗だ。
「殿方って同じなのかしら? ダンテもものすごく変な顔をしていましたわ」
「乙女の秘密を聞きだしておいてひどい」
「でも、ティアちゃんはとても楽しそう」
「初めて見る表情ですから、なんとなくお得な気分になって、やっぱり好きだなぁって……ロザリンデ様も楽しそうです」
「ええ、初めて見るダンテですもの。この人の、こんな顔を見ることができるのは、わたくしだけなんだわって……もう! ティアちゃんったらわたくしにこんなことを言わせるなんて、いけない子ね。恥ずかしいわ」
軽く握りしめた両手でポコポコと肩を叩かれて、少女のようなその仕草にミントは倒れそうになる。身長が高く細身のロザリンデは雰囲気も見た目も大人びているので、思いがけない可愛らしさにクラクラした。
男所帯で揉まれながら少年と偽って育ったミントは、ロザリンデのように奇麗で可愛い、女性らしい女性に強く憧れを抱いている。
身分の差はあれども、匂い立つような美しさは理想に似て眩いものだ。
「私もいつか、ロザリンデ様のように綺麗になれるでしょうか?」
「まぁ! わたくしのようにつまらない女になってはダメ。こんなに可愛らしい娘は他に居なくてよ。さぁ、もっと愛らしくなりましょうね」
この話は終わりとばかりに、ロザリンデは櫛を取り出してミントの髪をすき始めた。
最初は恐れ多いと怯えたミントだが、にっこり微笑んだロザリンデの逃げちゃダメという無言の圧に、簡単に屈してしまう。
一度屈してしまうと会うたびに、髪型を変えて遊ばれるようになって今に至るが、ロザリンデはとても楽しそうにミントの髪をいじっている。
絡まりやすいやわらかな髪を複雑に編み込み一度はすべて結いかけたが、ふと気づいたように後ろの髪を下ろし、サイドの編みこみを残して貝殻で花を模した髪飾りで留める。
「ティアちゃんの旦那様は自己主張の強い方ね。誰にも盗られないように、あなたは自分のモノだって、あなたのすべてが欲しいって威嚇しているみたい」
一度も消えたり薄れたところを見たことがないと呟きながら、ツウッと繊細な指先にうなじをなでられ、ひゃぁという悲鳴を一生懸命飲み込みんでミントは真っ赤になった。
自分では見る事は出来なくとも、首筋の吸い痕が濃いのは知っていた。
ひんやりした細い指先でくすぐるようになでれば、見る見るうちに赤く染まっていく肌の色に、ロザリンデは小さく「うらやましい」とつぶやいた。
小さすぎる声だったのでうまく聞き取れず振り向いたミントに、ロザリンデは寂しげに笑った。
「所有の印をつけるのは、いつもわたくし。ダンテは遠慮してるのね、きっと。それともわたくしみたいな、つまらない女の事なんて……」
「ロザリンデ様はすべてが綺麗です。こうしてお話している間も楽しくて、つまらないなんて思えません。私、ずっと笑っているでしょう?」
口元に手をやって淑やかに笑う仕草は優美な白鳥のようで、その振る舞いひとつにミントは見惚れてしまうが、ロザリンデ自身はつまらないありふれたものと卑下するのが不思議だった。
見つめ合い、真剣な顔のミントの瞳の奥までジッとのぞき込んでいたロザリンデは、長い沈黙の後でフッと表情を和らげた。
「そうね、あなたの言葉は信じられるわ。ティアちゃんは疑えない」
良い瞳をしているわ、とやわらかく微笑みながら、ロザリンデはミントの頬をなでた。
繊細な手のその優しい動きに、ひんやりした体温は初めてのものだけれど、ほんの少しだけローを思い出す。
じっと見つめ合う時間も、頬に触れるその手も、確かめるように撫でる動きも、彼の癖ととてもよく似ていた。
「ふふふ、また思い出してるの? 本当に旦那様の事が好きなのね」
からかうように笑われて、ミントは赤くなった。
一緒にいる時間が増えるとドキドキすることにも慣れて余裕が出てくると思っていたのに、少しも慣れなくて、隣り合う体温だけで好きがあふれそうになって困ってしまう。
と、その時である。
トントンと扉をノックされる。
宿のご主人だろうかと立ち上がったミントだが、扉を開ける前に「どなたですか?」と尋ねたら、返事に逡巡を感じて後ろに下がった。
鍵はかけているけれど、何かおかしい。
ここは三階だし、扉以外に逃げるところは……と考えかけたところで、グゥとくぐもった声が聞こえる。
振り向けば、ロザリンデが覆面姿の男に口をふさがれていた。
頭部を包んでいたウィンプルがはぎとられ、結い上げられた艶やかな白銀の髪があらわになる。
不審者から逃れようとジタバタともがいていたけれど、すぐに意識を失ったロザリンデはそのままクタリと倒れ込んだ。
それらすべてはまばたき二つほどの時間で行われた。
ソファーにロザリンデを投げるように置いて自分を見た覆面の男に、逃げる事しかできないミントは後ろに下がったが、背中にドンと当たった感覚が扉ではなかったのでゾッとした。
いつの間にか出現した不審な男に背後から抱きすくめられ、口元にツンとした匂いのする布を当てられる。
意識を奪う魔法薬の匂いに息を止めたが、もがいてもその手を外せず、結局はミントも吸い込んでしまった。
薄れていく意識の中で、猿轡をかまされ手を縛られてから布袋に詰め込まれるロザリンデが見えた。無遠慮に肩に担がれる様子に、手を伸ばし叫びそうになる。
「ダメ、赤ちゃんがいるのに……」
思いとは裏腹に、手も少ししか動かせなかったうえにかすれた小さな声しか出ず、そのままミントは意識を失った。
クタリと倒れ込んだ小柄な体をひっくり返し、覆面の男は「赤ちゃんだと?」とつぶやく。
依頼されたのは「白銀の髪と緑の瞳の若い女」だが、妊娠しているかどうかも依頼主は気にしていた。
情報が少なすぎて手あたり次第にそれらしい人物の情報を集めていたが、これは大当たりかもしれない。
ただ、かすれた声を拾えたのは僥倖だが、状況的にどちらの事かわからなかった。
とはいえ、両方連れて行けば終わる話だ。
倒れているミントにも猿轡をかませ、手を縛ってから袋詰めにする。
覆面をほどいて外に待機していた仲間を招き入れると、幾分丁寧に布袋を担いで退室する。
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