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クリスティアンはありのままの婚約者と結婚したい
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クリスティアンは覚悟を決めた。
嘘で塗り固められた手紙は愛らしかったが「ありのままの貴女と結婚したい」と告げるのだ。
婚約者であるマルグリットと手紙を交流し始めて一年。
顔合わせが無事に終われば、婚約式と結婚式の日取りもいよいよ決まる。
お互いに、素の自分をさらけ出しても良い頃合いだろう。
始まりは、新街道の計画である。
今まで王都を経由して、東西南北の辺境地に向かう街道しかなかった。
非常事態が起こった場合、鳩や早馬で救援を辺境伯間でやり取りは出来ても、現物の大量の兵や物資は王都を介すしかない。
あまりに不便なので四大辺境伯が手を結び、大街道を整備する契約が締結された。
その過程で、他領同士の政略結婚も結ばれることになる。
しかし同じ地域の領地同士ならまだしも、気候も風土も違う他領との婚姻に手を上げる者は少ない。
ついでに言うと、地元同士で早々に結婚するのが常だから、独身貴族そのものが希少である。
三人しか存在しない希少な西の独身子息の一人がクリスティアンだった。
それも街道予定地の中間にあるリンドグレーン家の嫡男であるから、政略結婚は義務である。
結婚にまるで興味はなかったが、南の辺境地からやってくる嫁候補が「熊殺しのマルグリット」だと聞くなり、他の独身子息が辞退した。
なぜだ? と思ったが、青い顔をして「熊殺しだぞ」と怯えていたので、これは彼らには無理だと判断した。
熊殺しほどのインパクトはないが、剛腕のクリスと呼ばれる身なので泰然と引き受ける。
数年前の事だ。
初夏、収穫前の麦畑の近くを巨大な野牛の群れが爆走した際に、畑にそれたはぐれ野牛を長剣で仕留めたことがある。
野牛の体躯は三メートル近くあり、家畜の牛とはまるで違う。
二本の角も長く、頭骨は幅広いうえに短く肩が隆起していて、頭部から肩にかけて長い体毛で覆われた小山のような姿をしている。
頑強な体躯をした野牛に武器は通じにくく、追い払うしかない脅威だ。
暴虐の野牛を追い払うどころか、力任せに剣で倒し英雄扱いとなったが、偉業すぎて怯えられ、嫁の成り手は消えた。
貴族として婚姻は義務だから、どうしたものかと悩んでいたところに政略結婚の話が来た。
嫁が「熊殺し」なら吊りあいも良いだろう。
むしろ、華奢でたおやかな令嬢はごめんこうむりたい。
武器を手にする凛々しくたくましい令嬢なら、治安維持に肩を並べて戦える良縁である。
甘味巡りデートには付き合えないが、武器屋巡りでキャッキャうふふと盛り上がる未来予想図が浮かんで、良い、とクリスティアンは頬を赤らめる。
結婚とは、良いものかもしれない。
まだ始まってもいない結婚生活を妄想してウキウキしていたクリスティアンだが、婚約者からの手紙で困惑することとなった。
間違ってはいないがすぐにばれる嘘で、手紙は塗り固められていた。
ダンスをして倒れたとか、雨続きで目が回ったとか、か弱いアピールがひどい。
手紙を配達するのに互いの領地を行き来する私兵は、正確に婚約者の日常も報告してくれるから、ダンスが激しい剣舞だったことも、雨後の雑草がはびこる処理に目が回るほど忙しかったことも知っている。
そもそも「熊殺し」の名はマルグリット本人が思うよりも有名である。
貧弱で脆弱な普通の令嬢だとアピールしても無駄なのだ。
なぜだ? とずいぶん悩んで両親に相談すると、呆れた顔をされた。
「そんなの、決まっているでしょう? 熊殺しでも女の子よ」
「クリスの前では、普通の女の子でいたいのさ」
「つまり、貴方にだけは嫌われたくないって事よ」
不可解な手紙の真意に、クリスティアンは身もだえた。
嫌われたくない、とはすなわち、好かれたい。
婚約者は最高に可愛い女性だった。
勇猛な逸話を持っていても、可憐で可愛い乙女なのだ。
クリスティアンは反省した。
手紙に綴られていたのは嘘ではなく、臆する可憐な乙女の不安だった。
大切なのは手紙の内容ではない。
秘められた心だ。
不安は淘汰せねばならない。
正しい行動ではないが、嘘も真実もすべてひっくるめて、手紙の内容に全力で寄りそうことに決めた。
嫌われたくないと願う乙女心を、真実は違うと糾弾するほど、クリスティアンは唐変木ではないのだ。
そして一年経ち、ふと気づく。
手紙の内容に寄り添いすぎて、実は嘘偽りのない普段の様子を知っていますと、言い出す機会を失っていた。
貧弱アピールをしていた健康優良児の婚約者に、どんな顔をして会えばいいのか。
まったくもって、わからなかった。
人生最大のピンチである。
グルグルと盛大に頭を悩ませた後で、クリスティアンは覚悟を決めた。
もともと、熊殺しの嫁って最高! と浮かれていたのだ。
正直に謝罪し、ありのままの貴女と結婚したいと伝えれば良いだろう。
そんな覚悟を決めたゴリマッチョのクリスティアンが、どこが熊殺しなのかわからないぐらい、普通に可愛い童顔美少女のマルグリットと顔を合わせるのは、翌日の事である。
【 おわり 】
※ 中肉中背で安産型体形のマルグリットは普通に可愛くて、頑強な武闘派を想像していたクリスティアンは「嘘だ……」とつぶやいたとかなんとか。
可愛いお嫁さんで良かったね。
将来、武器屋巡りでキャッキャうふふの夢は叶います。
マルグリットは脳筋なので、手紙の内容だけに思考を全振りし、手紙を運ぶ私兵に婚約者の人柄を確認するような基本も怠っていたのでした。
ちなみに、釣り書きに絵姿を付ける文化のない世界です。
嘘で塗り固められた手紙は愛らしかったが「ありのままの貴女と結婚したい」と告げるのだ。
婚約者であるマルグリットと手紙を交流し始めて一年。
顔合わせが無事に終われば、婚約式と結婚式の日取りもいよいよ決まる。
お互いに、素の自分をさらけ出しても良い頃合いだろう。
始まりは、新街道の計画である。
今まで王都を経由して、東西南北の辺境地に向かう街道しかなかった。
非常事態が起こった場合、鳩や早馬で救援を辺境伯間でやり取りは出来ても、現物の大量の兵や物資は王都を介すしかない。
あまりに不便なので四大辺境伯が手を結び、大街道を整備する契約が締結された。
その過程で、他領同士の政略結婚も結ばれることになる。
しかし同じ地域の領地同士ならまだしも、気候も風土も違う他領との婚姻に手を上げる者は少ない。
ついでに言うと、地元同士で早々に結婚するのが常だから、独身貴族そのものが希少である。
三人しか存在しない希少な西の独身子息の一人がクリスティアンだった。
それも街道予定地の中間にあるリンドグレーン家の嫡男であるから、政略結婚は義務である。
結婚にまるで興味はなかったが、南の辺境地からやってくる嫁候補が「熊殺しのマルグリット」だと聞くなり、他の独身子息が辞退した。
なぜだ? と思ったが、青い顔をして「熊殺しだぞ」と怯えていたので、これは彼らには無理だと判断した。
熊殺しほどのインパクトはないが、剛腕のクリスと呼ばれる身なので泰然と引き受ける。
数年前の事だ。
初夏、収穫前の麦畑の近くを巨大な野牛の群れが爆走した際に、畑にそれたはぐれ野牛を長剣で仕留めたことがある。
野牛の体躯は三メートル近くあり、家畜の牛とはまるで違う。
二本の角も長く、頭骨は幅広いうえに短く肩が隆起していて、頭部から肩にかけて長い体毛で覆われた小山のような姿をしている。
頑強な体躯をした野牛に武器は通じにくく、追い払うしかない脅威だ。
暴虐の野牛を追い払うどころか、力任せに剣で倒し英雄扱いとなったが、偉業すぎて怯えられ、嫁の成り手は消えた。
貴族として婚姻は義務だから、どうしたものかと悩んでいたところに政略結婚の話が来た。
嫁が「熊殺し」なら吊りあいも良いだろう。
むしろ、華奢でたおやかな令嬢はごめんこうむりたい。
武器を手にする凛々しくたくましい令嬢なら、治安維持に肩を並べて戦える良縁である。
甘味巡りデートには付き合えないが、武器屋巡りでキャッキャうふふと盛り上がる未来予想図が浮かんで、良い、とクリスティアンは頬を赤らめる。
結婚とは、良いものかもしれない。
まだ始まってもいない結婚生活を妄想してウキウキしていたクリスティアンだが、婚約者からの手紙で困惑することとなった。
間違ってはいないがすぐにばれる嘘で、手紙は塗り固められていた。
ダンスをして倒れたとか、雨続きで目が回ったとか、か弱いアピールがひどい。
手紙を配達するのに互いの領地を行き来する私兵は、正確に婚約者の日常も報告してくれるから、ダンスが激しい剣舞だったことも、雨後の雑草がはびこる処理に目が回るほど忙しかったことも知っている。
そもそも「熊殺し」の名はマルグリット本人が思うよりも有名である。
貧弱で脆弱な普通の令嬢だとアピールしても無駄なのだ。
なぜだ? とずいぶん悩んで両親に相談すると、呆れた顔をされた。
「そんなの、決まっているでしょう? 熊殺しでも女の子よ」
「クリスの前では、普通の女の子でいたいのさ」
「つまり、貴方にだけは嫌われたくないって事よ」
不可解な手紙の真意に、クリスティアンは身もだえた。
嫌われたくない、とはすなわち、好かれたい。
婚約者は最高に可愛い女性だった。
勇猛な逸話を持っていても、可憐で可愛い乙女なのだ。
クリスティアンは反省した。
手紙に綴られていたのは嘘ではなく、臆する可憐な乙女の不安だった。
大切なのは手紙の内容ではない。
秘められた心だ。
不安は淘汰せねばならない。
正しい行動ではないが、嘘も真実もすべてひっくるめて、手紙の内容に全力で寄りそうことに決めた。
嫌われたくないと願う乙女心を、真実は違うと糾弾するほど、クリスティアンは唐変木ではないのだ。
そして一年経ち、ふと気づく。
手紙の内容に寄り添いすぎて、実は嘘偽りのない普段の様子を知っていますと、言い出す機会を失っていた。
貧弱アピールをしていた健康優良児の婚約者に、どんな顔をして会えばいいのか。
まったくもって、わからなかった。
人生最大のピンチである。
グルグルと盛大に頭を悩ませた後で、クリスティアンは覚悟を決めた。
もともと、熊殺しの嫁って最高! と浮かれていたのだ。
正直に謝罪し、ありのままの貴女と結婚したいと伝えれば良いだろう。
そんな覚悟を決めたゴリマッチョのクリスティアンが、どこが熊殺しなのかわからないぐらい、普通に可愛い童顔美少女のマルグリットと顔を合わせるのは、翌日の事である。
【 おわり 】
※ 中肉中背で安産型体形のマルグリットは普通に可愛くて、頑強な武闘派を想像していたクリスティアンは「嘘だ……」とつぶやいたとかなんとか。
可愛いお嫁さんで良かったね。
将来、武器屋巡りでキャッキャうふふの夢は叶います。
マルグリットは脳筋なので、手紙の内容だけに思考を全振りし、手紙を運ぶ私兵に婚約者の人柄を確認するような基本も怠っていたのでした。
ちなみに、釣り書きに絵姿を付ける文化のない世界です。
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