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講師時代の想い出
1 相談
しおりを挟むその日、僕はターミナル駅の近くにある大型書店にいた。調べたいことがあったからだ。
この件に関してはあまり人に見られたくなくて、講師をしている大学の図書館や、近くの図書館は利用したくなかった。近くに人はいなかった。立ち読みするだけだ。知っていたこともあるが、知らないこともあり、僕は大切なことだけを知識として頭に入れた。
そういう時に限って誰かに見つかってしまうのは何故だろう。
「槇君?」
明らかに僕を知っているような女性の声に、僕は慌てた様子を出さないように顔をそちらに向けた。若い女性だ。顔を見ても、誰だかわからなかった。
「突然すみません。大学院二年の如月慧子と申します」
「あぁ」
僕は静かに本を戻した。急いでいるわけではない。思い出そうとしても、やはり知らない人だったが先輩か……わからないな。
「すみません。『槇先生』とお呼びするべきでした。失礼いたしました」
「いや、そんな。先輩にあたる方からそのような……」
僕は手で制した。
「ふふっ、じゃ槇君で。私は他の大学からこちらの院に来たの。私の相方があなたのファンらしくて、本当に突然ごめんなさい。でも、ご相談したいことがあるんです。もしよろしければ聞いていただけますか?」
他大学からの院生か。尚更わからない訳だ。相談ね……。
「駅に向かう間に伺えるような用件なら」
「ありがとうございます」
真面目な人みたいだな……。僕達は駅に向かった。
「まさかお会いできると思っていなかったし、ご相談に応じていただけるとも思っていなかったです。ありがとうございます」
「お応えできるかわかりませんが」
僕は淡々と答えた。
如月さん……は意を決したように言った。
「今度、学内のコンチェルトオーディションに出るつもりなんです。去年は進学したばかりで準備不足でしたから出られなくて。今年は、オケパートの担当者を先生が紹介してくださったので」
「それが相方?誰?知っているかな」
「大学院一年の小林さんです」
「知らないな」
「ふふっ」
如月さんは明らかに笑った。不愉快ではなかったが、何が可笑しかったのだろう。
「だって、大学の女子の名前とお顔を何人ご存知ですか?」
あ、成る程ね。
「本当だ。全然知らないや」
「素直なんだ!イメージとは全然違うわ?ごめんなさい。何しろいろいろな方があなたの噂を……勝手に信じた私の方が失礼でした。ごめんなさい」
「如月さんこそ素直な方で。それで?」
「あ、はい。すみません。コンチェルトオーディションの前に、どなたかと試演会をセッティングしていただけないかと思いまして。あと、槇先生からもアドバイスいただけたらと……」
真面目な表情だった。そういうことなら、頼られるのは構わない。
「わかった。人選は僕でいいの?」
「はい。友達同士ではない方が有難いので」
「僕でよければ。そうだな。カフェでも行く?」
「ありがとうございます!お時間がありましたら是非!」
「大丈夫。最低五人の予定を合わせるんだ。すぐに決まるかはわからないけど、お互いに良い機会になるといいね」
「ありがとうございます」
僕達は駅の構内にあるカフェに入って、双方のスケジュールを確認した。
それから、オーディションに参加する知り合いの中から試演会に適した人物を思い浮かべた。
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