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第3章 黒い鎧

22.反撃

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===== Main =====

 2度に渡って広場に響いた音で、リリィに剣を振り下ろされた2人の男が吹っ飛んだ。

「パパー!」

 その声に振り返ると小銃を持った妻と娘が小型のバギーに乗って疾走し……

「止まんないー!」

 そのまま村人の中に突っ込んでいった。

「リリィ、こっちに!」
「え、あ、あ……」

 見ている限り、妻と娘は大丈夫そうだったので、この間にリリィを呼び寄せる。
 殺される直前だったリリィは、ショックで腰が抜けたようになっているのか、這うようにこちらへ来る。

「くそ、おい、ラモン!サンス!動けないのか?」

 一方、部下を撃たれたクベロが倒れたまま動かない二人に声をかている。
 こちらから見ていても解るくらい、倒れた二人の身体の下から血が地面に染み拡がっている。

「また2人も……クソ、なんで俺たちが……」

 クベロがこちらを睨みつける。

「部下の2人も殺られるなんて、ちょっと洒落になってませんよ、これは」
「はっ、そっちこそリリィを斬り捨てようとしてたじゃないか。何を今更」
「今更ですが、こっちには殺すつもりなんてなかったんですけどね……」

 知るか。俺の目にはリリィへ振り下ろされる剣が見えていたぞ。それに、武器を取った以上、武器を向けられる覚悟も持つべきだ。日本人の俺でもそのくらい解る。

「しかし、石の飛礫か何かを飛ばす魔法…ですかね。やってくれましたね」

 クベロは妻が走りぬけた方へ警戒しつつ、村長に預けていた剣を奪い取る。

「どうする? まだ、その二人助かるかもしれないぞ」
「はっ、どの道、王族に手をかけようとした以上、もう後戻りは出来ないって事だな」

 自嘲気味なクベロのその言葉に、クベロの残った3人の部下も抜剣する。
 視線がリリィに集中した。やはり標的はリリィか……この隙にと、浩太に合図を送る。

「チコ!」

 浩太がチコの手を取り、村人の方へ走りだす。
 チコの方が足が速いので途中から浩太が引きずられているが…

「そっちは後でいい。まずはリリアナだ」

 リリィは、俺の腰にしがみついて、まだ起き上がれていない。

「そ、そんな。隊長、私が何かしましたか」
「そんな顔をするなよ。こっちにはこっちの事情があるんだ」

 リリィの両脇をつかみ無理矢理起こす。

「リリィ、落ち込むのは後でやってくれ。とりあえず、この場を凌ぐのが先だ」

「そうね」

 村人の方から声がした。

「奥様」
「ひとえ、来たか」

 銃を構え、妻がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 狙いはピタリとクベロにつけていて、迷いは無い。

 さらにその後ろからゆっくりとユイカがバギーを運転して付いてくる。
 ユイカの腰に浩太とチコが掴まっていた。
 よかった、すぐに合流できたみたいだ。

「あなた、大丈夫?」

 クベロから視線をそらさず、声をかけてくれる。

「ああ、俺は大丈夫だ。リリィも殴られたみたいだけど、大丈夫だと思う」
「そこの人にリリィが殴られるのは見ていたわ」

 妻のクベロを睨む目が怖い。
 クベロが怪しい動きを少しでも見せたら、躊躇なく撃つつもりだな。

「奥様ですかね。それにお嬢ちゃんも。こりゃ、油断しました。これで全員って事でしょうか?」
「どうだろうな」

「救世主様のご家族も揃った事ですし、是非、ファビオ様の所へご案内させてください」
「断るわ」

 俺より先に妻が返答した。

「そのファビオっていうのが何者か知らんが、理由も話さずにリリィを殺すと言っている以上、そんな招待を受けるつもりは無い」

「ミントもバギーに乗っておけ。リリィ、このまま村から出るぞ」

 顔の向きは変えず、口だけでミントに囁く。

 ミントがバギーに乗った。これで子供達の準備はOKだ。
 大人は徒歩で行くしか無い。

「動くなよ。妻が持っている武器が見えるだろ」

 クベロ達を牽制しつつ、徐々に後退する。
 その時、

「危ない!」

 チコが突然、バギーから叫びながら飛び降り、そのまま妻を突き飛ばした。
 妻が立っていた場所に矢が数本突き刺さり、突き飛ばしたチコの肩にも1本の矢が刺さる。

 妻は突き飛ばされた衝撃を回転して吸収し、再びクベロを捉えようとするが……
 クベロはチコに向かって駆け出し、回転している妻の上を飛び越え……

 チコを盾に立ち、その首筋に剣の刃を当て、妻に向かって叫んだ。

「動くな!」

 矢だと? どっから来た?
 視線を矢が来た方に向けると、広場の奥から数十人の黒塗りの鎧を着用した兵士が近づきつつあった。
 あの距離から矢を当ててきたのか……

 俺の視線に気がつき、クベロが説明する。

「間に合わなかったようですね。ファビオ様が到着していしまいました」

 絶対絶命か。

「動いたら、このお子様を……」

===== Kota =====

 チコが突然、バギーから飛び降り、お母さんを突き飛ばした。
 僕は一瞬の事で動く事が出来なかったけど、チコのおかげでお母さんは助かった。

 でも、チコの肩には矢が刺さってしまい、今、チコは黒い鎧の隊長に捕まっている。そいつは、お母さんの方を見て、何か喋ってる。

 お父さんはリリィと一緒にいて、チコまで距離がある。

 僕だけだ。僕だけがチャンスがある。

 チコは僕を助けてくれた。
 チコは今、お母さんを助けてくれた。

 だから、僕は……

===== Main =====

 俺の視線が、村の奥からくる新手に向いていたから、その動きを止められなかった。

「チコを離せー!」
「浩太!!」

 その声に視線を戻すと、浩太がバギーから飛び降り、ユイカが浩太の腰に手を伸ばして空を切った瞬間だった。

「馬鹿、動くな!」

 俺の叫びも虚しく、浩太がバギーから飛び出て、クベロの腰にタックルする。

「ああ、いらっしゃーい」

 浩太の全力のタックルは、クベロを1歩も動かす事なく、逆に、浩太はクベロにあっさりと襟首を掴まれ、持ち上げられてしまった。

===== Hitoe =====

 浩太が飛び出した。
 全身の血がすっと引きのが解る。
 でも、銃は動かさない。

 リリィを殴った男の顔が浩太に向く。
 これでチコから少し顔が離れた。

「ああ、いらっしゃーい」

 男の声に、私は銃の狙点を男の額に向け、引き金を……

===== Yuika ======

 うちが伸ばした手は空を切った。

「浩太!」

 浩太が黒い鎧の男に体当たりをした。
 だが、すぐ捕まってしまった。

 浩太!
 浩太!

 うちの弟に…
 うちの浩太に…

===== Main =====

 その瞬間、俺の視界には、ひとえが小銃の照準を合わせるのが見え……

===== Yuika ======
 
「こ、浩太に触るなーーーーーー!」

 視界が真っ赤に染まった。

===== Main =====

 バギーの座席に仁王立ちしたユイカの絶叫が響き、突如、ユイカの全身から炎が上がる。その炎はすぐさま、ユイカの身体からクベロの身体に移る。

「う、うわー」

 クベロは浩太とチコを放りなげ、身体に移った炎を消そうと転げまわる。

「パパさん」

 ミントの声にユイカを見ると、ユイカは傷一つなく、呆然と立ち尽くしている。

「う、うちがやったの?」

「タナカ様、私が……」

 リリィが浩太とチコに向かって走りだす。
 俺もすぐそれを追いかける。

===== Hitoe =====

 私は、引き金から手を離し、全身が炎に包まれた黒い鎧の男を呆然と見た。
 ユイカから出た炎は、一緒にいたはずの浩太とチコには一切触らず、黒い鎧の男にしか燃え移らなかった。

 男はすぐ浩太とチコを放り出し転がって火を消そうとしている。
 
 チコの体がか炎が出たという事は、一旦、考えるのはやめ、浩太とチコの元に駆け寄る。

「お母さん、チコが……」

 浩太を抱きしめ、チコの様子を見る。
 矢は肩に刺さったままで苦しそうにしているが、命に別状があるような状態では無い。

「大丈夫、治療は後で。バギーに乗って!」

「 よくも隊長を!!」

 1人の男がユイカに向かって剣を握って駆け出した。

「ユイカ!」
「ママ!」

 男が剣を振りかぶる。

 間に合う!

 私は躊躇いなく、ユイカの前に身体を投げ出す。

===== Main =====

 浩太とチコに向かって駆け出した俺の目の前を、クベロの部下の1人が飛び出す。

「ユイカ!」
「ママ!」

 ひとえが、クベロの部下が振り下ろした刃の先に身体を投げ出す。
 刃が背中を切りつける。

「ひとえー!……え?」

 背中を切りつけられたひとえは「ぐっ」とうめくと、一瞬蹲り、

「い…ったいわねー!」

 と、後ろ回し蹴りの要領で切りつけたばかりの男の顎先を吹き飛ばす。

「……の野郎!」
「タナカ様!」

 妻の大活躍にホッとして一瞬足を止めてしまった俺の視界の隅に何かが通り過ぎ……

 俺は死んだ。
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