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第4章 オーレンセ

32.オーレンセの街

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 2度の給油を得て、バギーはガス欠となった。
 
「だいぶ、きましたね。ここからだったら1時間も歩けばオーレンセの街です。急ぎましょう! 日が暮れます」

 この世界には太陽が無いと言っていたが、夜時間が何時からといった設定があるのだろうか? とにかく急がないと、真っ暗な中を懐中電灯だけで歩く事になるのだが……

 バギーを道の脇に少し隠すように寄せて、歩き始めた。

「そういえば、リリィ、空から魔物が襲ってくるという事は無いのか?」
「ありますよ」

 あっさりと返事が来た。

「でも、人里近くで出会うことは滅多に……」
「ストップ!」

 危ない危ない。
 そう何度も、フラグ立てに成功されても困る。

「そういえば、さっきから倒している牛って、ちゃんとした名前はあるの?」
「多分、学名みたいなのはあると思うのですが、私には区別が……」

 そうだよな。それが普通なんだろうな。

 俺も、日本にいる牛の正しい学名を知っているかって言ったら無理だ。ホルスタインと普通の牛くらいの区別しかない。動物園に行けば、看板があるのでわかるが、実際に野生の姿を見て、あれがバッファローだ、あれがヌーだと区別が付くかと言えば無理だろうな。
 
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 そのまま、しばらく歩いていると三叉路になっていた。角の一つに立て看板が立っている。人通りの全くない街道沿いの看板としては妙に小綺麗だ。これも仕様か。

『南 オーレンセ(もうすぐ) 北 ルーゴ(1日以上) 東 聖地カルボノ(すぐそこ)』
 
 お、聖地がすぐ近くにあるぞ。

 北側のルーゴっていうのが最後に通過した村かな?
 あそこまで歩いたら1日以上かかるのか。バギーを降りる1時間くらい前に通過していたから、ここからだと40Km以上か……。確かに1日以上かかりそうだ。

「聖地にも寄りたいけど、暗くなってきた事もあるし、このままオーレンセに向かおう」

 看板が示す方へ向かい、さらに1時間。
 オーレンセの門が見えた頃には、完全に夜になってしまった。

「リリィ、夜は危険なんだよな」
「はい、夜行性の魔物が動き始めます」
「どんな奴が……いや、いい、聞いてしまうのは良くない気がする」

 ヒタヒタ……

「そうですね……例えば……」
「言うなよ!言うなよ!」

 ヒタヒタ……
 
「ヒタヒタと後ろから着いてくる骸骨とかメジャーな……」

 ヒタヒタ……

「ほら、今、まさに聞こえている様な音が……」
「ぎゃー!!!」

 無敵のリリィは無視して後ろも振り返らずに門を目指して逃げる。

「タナカ様ー! 大丈夫ですって! 私がさっさと倒しちゃいますからー!」

 暗い中、そんなの待ってられるか!
 背後を取られたら、こっちは即死モードだ。

「タナカ様ー!!」

 結構、引き離したつもりだったが、門に着く手前で、スケルトンを倒してからダッシュしてきたリリィに抜かれた。

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「開門願います! フェリロ男爵が従士リリアナ・ヒメノが王命により移動中です!」

 オーレンセの門は、フェロル村と比べると立派なモノだ。人口もそれだけ違うという事だろうか……だが、リリィの呼びかけに、日が暮れてしまっていたせいか、何の反応も無い。

「開門願います! フェリロ男爵が従士リリアナ・ヒメノが王命により移動中です!」

 リリアナの声が掠れてきた頃、ようやく門に取り付けられている小さな覗き扉が開いた。

「さっきからうるさいぞ! どこぞの男爵の従士かどうかしれないが、門は日が暮れたら閉ざすと決まっている! 常識を弁えろ!」

 覗き窓から、顔が少しだけ見えたが、俺と同じ年くらいの男だった。

「従士風情が王命だ? どこぞの男爵の下働きか知らんが、開けて欲しければ、ちゃんとした命令書でも持ってくるのだ」

 どうやら開ける気は無いようだ。

「わかりました、命令書があればいいんですね」
「あ、ああ……あるのかよ……」

 あるんだ。
 胸元に手を入れ、ゴソゴソと動かしている。
 身体のラインが出るような服装なので、少し屈むと胸元の谷間が見えるのだが、それがさらに危ない事になっているぞ。

 ふと気配を感じ、覗き窓の奥にいる男と目が合う。

 「「ふふ」」

 中年のおっさん同士、分かり合えた瞬間だった。

「ありましたー!」

 眼福タイム終了。ようやく、リリィが、胸元から一変の木札を出してきた。
 命令書というから、紙だろうと思ったら、木札なんね。

「これです」
「ふむ、確かに俺は王家の紋章が入ってるな……ん? え? お前は……あなた様はヒメノ家の王女様?」

 へー、木札にそんな事まで書いてあるんだ。
 今は物騒だから後で、見せてもらおう。
 もう一回、胸元をゴソゴソして欲しい訳じゃないからな!

 木札を確認した門番の男は、門を少しだけ開け、我々を入れてくれた。

「夜間に門を開けるのは、魔物を中に引き入れる事になりかねないのです」

 そんな言い訳をしながら、開けた門をすぐ閉じる。
 
本来で言えば、門番は職務を全うしているだけなので、俺達は文句を言える立場では無い。融通を利かせ無いというのは、事故防止の観点からは大切な事が多いのだ。
 
「あ、大事な仕事を忘れていました……ようこそ! オーレンセの街へ!」

 門番の男が、朗らかな笑顔で、告げてくれた。
 おお、これはお約束の……少し感動して涙目になるが、それ以上に聞かなければならない事がある。

「門番様、ちょっとお聞きしたいのですが、今日、軍の部隊がこの街に到着してたりしませんか?」
「いえ、特にそんな話は聞いていませんが……」

 理解し合えた中年同士って事もあるのか、いい笑顔だ。
 ああいうラッキーイベントを共有できると、妙な親近感がわくよね。

「そうですか、ありがとうございます」

 こちらも、笑顔で返しておいた。
 しかしこれは、ファビオ達の部隊を先回り出来たという事か?

「リリィ、フェロル村から首都まで向かう際、この街を通らないって事はあるのか?」

「可能性はありますが、沿岸部を通った場合はかなりの遠回りになりますので、コンポステーラ経由でオーレンセを通ると見て、間違いありません。それに、往路もオーレンセに宿泊はしていませんが、同じルートを通っています」

 コンポステーラ? 地図が無いからよく解らないが、ここは必ず通るって事なんだな。

「推測になりますが、ファビオ様達はコンポステーラで一泊すると思われます」

 1日分、先行できたって事だな。

「となると、明日は早くてもお昼過ぎ、多分、夕方くらいに、オーレンセへの到着になると思います」

 となると、明日、何とか家族と合流して、家に戻るか……そうなると、今晩をどうするかだが、

「門番様、この街で泊まれる安宿を紹介してくれませんか」
「安宿だったら、村の南門の近くの『牛のしかばね亭』がいいと思います」
「牛のしかばねですか?」

 なんというネーミングセンス。

「南の門は正面に見える中央広場の左側の道をまっすぐ行けば着きます。そのすぐ手前にあるので、すぐ解ると思いますよ。何かあれば、私はそこの詰所にいますので」

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 紹介された宿は小汚い宿だったが、まだフロントに人がいて助かった。
 
「宿泊? 食事もいる?」

 宿泊の声に、リリィがハッと口に手を当て、モジモジし始める。

「そんな、こんな所で……でも、今日は奥様にいただいた下着を付けているし……でも、タナカ様は奥様のご主人だし……裏切る事は……でも、迫られたりしたら……あ、そうだ、すぐにでも身体を拭いておかないと……」

 ブツブツ、何か聞いちゃいけないような言葉も聞こえるので、無視。

「あ、一人部屋を2つ、食事付きでお願いします」
「一人部屋かい? それじゃ割り増しが付くから朝夕ついて1泊10,800エンだよ」

 エン?
 そういや、この国の貨幣単位を確認していなかったが、円なのか?
 それに800円って、消費税がかかってません?

「タ、タナカ様、二人で一部屋の方が安いんじゃ……」
「二部屋でお願いします!」

 面倒臭そうな事になりそうだったので即決した。
 
 村長からもらった路銀をリリィに渡し。支払ってもらう。

「よし、今日は部屋に荷物を置いて、飯食って寝ますか」
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