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第4章 オーレンセ

40.作戦名『正面からの力押し』

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 ドアを開け外を窺うと、さっき、ドアを開けてくれた兵士がいない。

「あれ? ここにいた兵士がいない」
「ナバレッテさんでしょ、あの人にはお世話になったの」

 そうなんだ、軍の中にも味方がいるんだね。

「私たちを襲ったクベロ隊は、ファビオとアニアという奴に無理矢理脅されていたみたい。詳しい事情は聞いていないけど……」

 結局、元凶はファビオか……

「ひとえ、こっちは無敵状態なので、できるだけ発砲しない方向で……な」
「わかった」

 それでも、緊急避難、正当防衛の場合は除いて、しなくてもいい殺生はして欲しくない。妻がどう感じているかは、表情からはうかがい知れないが、余計な負担は増やさずに済むなら、その方がいい。

「私の魔法も……」
「ユイカ、出し方解るのか?」
「うーん、わかんない」

 モノマネが少し入った。

「なら、いいよ。ユイカも、斬られても痛くないはずだから、基本的には攻撃しない方向で」

「ガシャーン!」

 その時、ファビオの部屋から大きな音がした。

「ひとえ、先に頼む!」
「ええ」

 ひとえが、ドアを開け、小銃を構えたまま、中に飛び込む。
 撃たないでね。

「あなた、こっちは大丈夫!」
「よし、ユイカ、浩太、チコ、お父さん、ミントの順で行くぞ」

 ひとえの声に俺たちもファビオの部屋にゆっくりと入っていく。。

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 そこは、ひとえ達がいた部屋よりも大きいリビングだった。
 部屋の中央で、リリィが下を向いて跪き、その周りを兵士が囲んでいた。

 そして、兵士の剣は手にしており、その剣はことごとく折れ、その顔は驚愕の表情で固まっている。リリィが跪く先には金髪の若い男が口をポカンと開けて、椅子に腰掛けていた。少しずり落ちている。偉そうな位置取りなので、あいつがファビオかな。

 何があったかは察しやすい状況だ。

 ファビオと思われる男の両脇に銀色の甲冑を着込んだ騎士が立ち、その後ろに、子供が6人ほど、青ざめた表情で立っている。この子らがフェロル村から連れ去られた子達かな? とりあえず、元気そうで何より。

「リリィ、お待たせ」

 俺が呑気な調子で声をかける。

「はい、お待ちしていました」

「ば、化け物……」
「アニア殿、これでも私は王族のひとり、化け物呼ばわりはあんまりじゃないですか」

 リリィが苦笑を浮かべながら、立ち上がる。
 それに合わせて、ひとえがゆっくりと前に出る。

「ファ、ファビオ様をお守りしろ」

 兵士と騎士が一斉にファビオの前に出る。
 リリィを怖がっているのかと思いきや、視線はひとえに。
 
 ひとえさん、何をしました?

「くそ! おい、お前達、それ以上近づけば、この子供達を……」

 アニアが、折れた剣を片手に、お約束のセリフを放つ。
 これを待っていたんだよね。

「もし人質の子供達に、髪の「リリアナ様ー!!」

 ドアから飛び込んできた集団に邪魔をされた。

「ナバレッテさん」
「ナバレッテ!」

 リリィとアニアが同時に叫ぶ。
 ドアから、ナバレッテが10人くらいの兵士を引き連れ、部屋の中になだれ込んできた。外にもまだ何人もいるみたいだ。

「クベロ隊は、当初の予定通り、リリアナ殿と共に救世主様を首都に送り届ける任務に復帰する!」
「お父さん、外から沢山、兵士が来る!」

 浩太の声に窓から外の様子を見ると、門の方から兵士が宿屋方へ駆けてくるのが、広場の明かりに映し出されている。

「ナバレッテ、こんな事をしてタダで済むと思うなよ」
「アニア殿、何を言っている。我々は王命で指示された本来の任務に従っているのみだ。邪魔をしているのは貴殿らの方だ。それに、お前達と一緒に行動しても、すり減らされるだけ、いい加減、うんざりだ」

 あちゃー、なんか大事になったな。

「あなた、ナバレッテさんは信用してもいいと思う」
「ああ、わかった」

「どうする? アニアさんとやら。俺たち家族とリリィ、それにフェロル村から連れてきた子供達を解放してくれれば、俺たちは黙ってここを去るけどな」

「ふざけるな。外にいるうちの部隊が見えないのか?」

「ん、別にふざけてないぞ。お前ら、リリィを斬ったなら分かっているだろ。お前らじゃ、リリィを殺せねーよ。あ、ちなみに、リリィは俺たちの中では最弱。こっちはさらに硬いぞ」

 俺とチコは一般人だが、そんな事は教えてやらない。
 そして、俺はさっき言い損ねた台詞を、

「それにだ。この状況で、その子らを、人質にしようとしても無駄だぞ。その子らに髪の毛「ダメです、バリゲード、突破されましたー」

 また、邪魔されてしまった。

 もう一度、ドアの方へ視線を向けると、外で待っていた兵士が続々と中へ入ってくる。怪我をしている人もいるな。そして、最後にドアを閉めると、部屋の中の調度品でドアを塞ぎ始める。

「リリアナ殿、ここで、籠城するしかありません! ファビオ様、あなたには人質になっていただく」

 ナバレッテと一緒に入ってきた兵士達が、俺たちを無視して、ファビオ達を取り囲む。剣が折れていた兵士は勿論、騎士達も剣を降ろし、降伏の意志を示す。命がけでファビオを守る……とか無いんだね。

 あー、もうややこしい。

「ナバレッテさん、ナバレッテさん!」
「はい、なんでしょう!」

 興奮のせいか、息の荒いナバレッテに声をかける。

「俺たちに任せてくれるかな?」
「え、どうやって……」
「ちょっと待ってて」

 予定が大きく変わってしまったが、作戦『正面からの力押し』は変更しない。

「リリィ、ひとえ、ちょっとお願い」

 ごにょごにょと、リリィとひとえに指示を出す。

「えー、それを私にやらせる? 本当に大丈夫?」
「わかりました」

 ひとえは若干心配みたいだが、初めては誰にでもある。
 リリィは、もう慣れているので、大丈夫そう。

「わかったは。もし痛かったら、後で恨むわよ」

 大丈夫……なはずだぞ。ダメなら孫神を恨んでくれ。

「ナバレッテさん、ちょっと数人貸してもらえる」
「はい、それは大丈夫ですが……」

「じゃあ、ちょっと待っていて」

 ナバレッテが選んでくれた兵士に指示を出してから、ちょっと怖いが、テラスから下へ顔を出す。
 
「おーい、そっちの責任者いるか?」

 下で何人が走り回った後、1人の男が名乗りを上げた。

「現状、アニア隊長がそちらに人質に取られているため、俺が最先任になる」
「名前は知らないのですが、副官の人だと思います」

 リリィが教えてくれる。

「ああ、こっちにアニアっていうのとファビオっていうのがいるんだけどさ」
「人質を取るなど卑怯な。救世主は我が国を救う正義の使者じゃないのか?」

 そんなものになった記憶は無い。

「あ、人質はいらないから返すって話なんだけど、いいかな?」
「へ?」
「とりあえず、一回、おたくら全員、宿の外に出てくれるかな?」
「お前ら、一旦、後ろに下がれ!」

周りから見ると、こっちが悪役だよな絶対。
まぁ、俺もワルな気分でノリノリだけど。

「よーし、全員下がったな」
「ああ、こっちは下がった。そっちもファビオ様を……」

「任せろ。ちゃんと受けとれよ」
「は?」

「よし、やってくれ」

 部屋の中へ声をかける。
 ナバレッテが、かなり困惑したようで、

「ほ、本当にいいんですか?」
「ああ、この方がややこしくない」

リリィも頷く。

「わ、わかりました。おい」

それを見て、ナバレッテが、指示を出す。

「おい、やめろ。俺が誰だかわかっているのか、おい、わー」

 兵士が部屋からファビオを抱えてきて、テラスから下へ投げ落とす。
 こちらの様子を見て、慌てて準備していたのか、兵士が受け止めた。恐怖で気絶してしまったようだが、知ったことではない。

「どんどんいくよー、あ、君たち鎧を脱いだ方がいいよ」

 ファビオはヒラヒラした服だったからいいけど、甲冑ごと落ちると、誰かが怪我をしそう。その声に慌てて、アニアの部下達は鎧を脱ぎ出す。

 脱ぎ終わった奴から、こっちの兵士が抱えてテラスの下へ、ポイっと投げていく。

 アニアは鎧も脱がず最後に残っていたが……

「いい、俺は自分の足で降りる」

 そう言って、テラスまで来た。

「救世主様、この屈辱、忘れませんぞ」
「知らん。お前達が勝手に来て騒いだだけだろ。お前こそ覚えておけよ。次は無いぞ」
「くっ」

 アニアの顔は、真っ赤になったり青くなったり、色々と変遷したが、それ以上は何も言わず、テラスの柵の上に立ち、下の者をどかした後、下へ飛び降りていった。

 降りた後、足を引き摺っていたから、どっか痛めたかな。
 馬鹿な奴だ。意地を張らずに、誰かに受け止めてもらえばよかったのに。

 アニアが戻った事で、兵士達はさらに少し下がり、そこで防御陣を形成した。
 街の人には、本当にご迷惑をおかけします。
 ん?エリナの宿のオープンテラスに人が見えるな。
 酒を飲んでいるみたいだから、酒の肴にしているくらいか?

「人質を解放してしまって、良かったんですか?」

 ナバレッテはこちらん意図を理解できていないため、不安そうな表情だ。
 
「ああ、今回は人質なんて要素は無い方がいい。リリィ、ひとえ、申し訳ないがお願いできるか」

「わかりました」
「わかったわ」

 階段に作られたバリゲードをどかしてもらい、2人が階下に降りていく。
 危ないので、ひとえの小銃は俺が預かった。

===== Hitoe =====

 さて、ちょっと不安もあるけど、夫の言葉を信じて出陣しますか。

「奥様、最初は私が行きます。やっぱり最初は不安ですしね」
「わかったわ。ここでちょっと様子を見るようにする」
「はい、よろしくお願いします」

 そう言って、リリィは宿屋をゆっくりと歩いて出て行った。

「リリアナだ、リリアナが出てきた!」

 アニアの叫び声が聞こえる。

「弓で、弓で撃て! あいつだけは何としても殺せー!」
 
 その指示を受けて、矢がリリアナに飛んでくる。
 リリアナは足を止め立ち尽くす。

「リリィ!」

 思わず声が出てしまったけど、その矢の全てがリリィに当たるとともに爆散する。

「へー本当、実際に見ると凄いわね」

 冷や汗を拭きながら、さっき、夫から聞いていた牛との戦闘の話を思い返す。

「私も大丈夫って事……なのよね」

 まだ不安があるけど、リリィの所へ歩き出す。
 アニアはまだ諦めていないのか、リリィにはまだ何本も矢が飛んでくる。
 そのうちの1本が、リリィを逸れ私に向かってきた。

 恐怖を押し殺し、それを腕で受けてみる。
 
「くっ」

 少し声が出てしまったが、目だけは気合で見開いていた。
 飛んできた矢は、リリィに当たった時と同様……いや、リリィに当たった矢は粉々になるという感じだが、私に当たったのは、もっと粒が細かく……そう、霧散したという感じだ。これが、リリィの100倍の守りの力という事なんだろうか。

 当たった感覚すら無い。ほっとして力がぬける。

「これは、本当に……無敵ね」
「ええ、立っているだけでいいので、全く拍子抜けです」

 いくら矢を撃っても、全く意味が無い2人を見て、とうとうアニア隊も諦めた。

「どうします? 化け物2人と、本気でり合いますか?」

 リリアナの呼び掛けに合わせて、私は一歩前に出る。

「く、くそ。覚えてろ!」

 そう言い残し、アニア達は兵を引き上げ門の外の野営地まで下がった。
 夫がテラスの上で大爆笑をしている。

「ま、ま、まじの『覚えてろー』って、は、は、ぎゃははは」

 我が夫ながら、その笑い方は下品ね。
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