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第4章 オーレンセ

39.合流

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 下調べもついた事だし、部屋に戻る。

「リリィ、宿屋の状況はだいたい解りそうだ、そっちはどうだ?」

 窓から双眼鏡で外を監視しているリリィを聞く。

「はい、暗くなってきたので、完全では無いのですが、子供達は外にはいなそうです」
「じゃあ、やはり宿屋の方か……」
「多分そうですね」

 問題は救出しようとした際に、子供達を盾に取られる事だが……

「まずは家族と合流しよう、こうなったら力押しでいく」
「力押しですか?」

 リリィの防御力があれば、問題無いだろう。
 まだ、ひとえ達は知らないだろうが、「助ける」という表現が合わないくらい、うちの家族の方が圧倒的に有利な状態になっている。タナカ家での最重要課題は、もはや最弱な俺を家族の庇護下に置く事だ。なので、合流が最優先。

「正面から旅館に入り、部屋へ案内してもらって中に入る」
「え、それだけですか?」
「はい、それだけです」

「人質になっている子供達はどうしましょうか?」

「向こうが盾にしたら、撤退する。刃物を突きつけてきたら、脅迫する」
「え、脅迫ですか?」

 人質が有効になるのって、ある程度、相互の戦力なり条件が対等じゃないといけないんだよね。例えば、人質を盾に取りつつ、自分の命を顧みない相手だと、人質を取られた側は身動きを取れなくなる。

 でも、今回は……

「あ、向こうにファビオ様がいるから……」

「そう。もし人質を盾にされたとしても『人質に髪の毛一筋の傷でも付ければ、ファビオを殺す』と宣言する。こちらが無敵で、相手が死にたくない場合のみ通用する反則技だよ」
「なる程……ワルですね」
「ああ、悪だね」

 今回だけの反則技。

「わかりました! それで行きましょう。何だか余裕な気がしてきました」
「あとは、俺だけ守るよう……お願いします」
「わわ、大丈夫です。タナカ様は私が命に代えてもお守りします」

 もうリリィの命を奪うのは無理だと思うけどね。

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 二人で階下へ戻る。

「エレナ、ちょっと出かけてくる。もしかしたら、戻らないかもしれないので、これは戻しておくよ」

 木札を渡す。

「え、もう出発しちゃうんの?」
「いや、うちの家族が着いたみたいなので、合流しようと……」

「え、それじゃ、修羅場に?」
「ならねーよ!」

 だから、その誤解は解消してもらえないですかね。
 この街は東門の門番といい、困ったもんだ。

「今日、戻ってこれなくても、また来るからさ。商売の話は、何か思いついたら、その時に」
「はい、何でも思いついたら、教えて! あと、ちゃんと話し合ってね。それと、死なないように」

 おう、死なない・・・よ。

 背を向けたまま手を振り、『血みどろな牛亭』を後にする。
 本当、このネーミングセンスはナンセンスだよな。

 そういえば、広場の宿はどういう名前なんだろう。
 またとんでも無いネーミングなんだろうか。

『ホテル エルモッソ・ペイサヘス』
 
「……」
「どうしました?」

「なぁ、リリィ、俺は東京の人間だから、いいんだが。大阪の人間がこれを見たらどう思うよ」
「えええ? なんですか? トウキョウ? オオサカ?」

「この名前は中途半端だろ! まともな名前なら意味が解るような名前にしろよ! 天丼なら天丼で、『牛の臓物亭』とかでいいだろ! なんだよ、意味がわかんねーよ!」

「テンドン? 中途半端? 何が気に障ったのでしょうか」
「いや、ごめん、興奮して。何か、この世界の手抜き感に絶望しただけだから……」
「手抜きですか……」
「ちなみに、この名前の意味は?」
「え? 美しい景色というそのままの意味ですが?」

「……」

「あ、パパ! ここだよ!」

 その声に、ハッと上を見ると、宿屋2階の窓からユイカが手を振っていた。
 宿屋の前で騒いでいたから、気がついてくれたかな。

「ユイカ、無事か?」
「うん、平気だよ、ちょっと待ってて」

 ユイカが顔を引っ込め、ひとえを呼ぶ。

「ママー、パパが来たよー」

 その声の後、浩太が顔を出す。

「お父さん!」

 そして、また顔を引っ込める。

「お母さんー、お父さんが来た!」

 チコが顔を出す。

「タナカ様、リリィ!」
「チコ、無事だったか? 矢が刺さった所は……」

 チコが包帯を巻いた肩を見せてくれる。
 とりあえず、治療はしてもらえたみたいだ……よかった。
 チコは自分の身を犠牲にして2度も、俺たちの家族の命を救ってくれた。いくら感謝しても仕切れない。

 最後にひとえが顔を出した。

「あなた、よく無事で……」

 俺の姿に涙目になっている……と思ったら、リリィに気がつき……

「後でお話があります」
「はい」

 よし、とりあえず部屋に上げてもらうか。
 そう思い、宿屋に入り、受付にリリアナとタナカが来たとファビオに伝えて欲しいとお願いした。その知らせを受けて、2階から騎士が2人と黒い鎧を来た兵士が降りてきた。

「リリアナ様、よくご無事で」

 大柄な黒い鎧を着た男が、ニヤニヤしながら出てくる。

「そちらの方は、救世主様でしょうか? これはよかった。亡くなってしまったと、心を痛めておりました」

 そう言いながら、頭を下げる。
 全く気持ちがこもっていないし、こいつもそんなつもりは無いのだろう。

「救世主様はどうぞこちらへ。お二階でご家族がお待ちしております。リリアナ様は、クベロ隊との間に深い誤解があったようでファビオ様が心を痛めております。どうか、ファビオ様の所へ。我々アニア隊が身辺をお守りします」

 あからさまに怪しいお誘いだが、『作戦:正面からの力押し』。
 
「わかりました。リリアナ様もあの様におっしゃっているという事は、やはりあれは何かの行き違いかと。私は家族の所へ参りますので、私の事は気にせず、ファビオ様の所へ」

 いきなり丁寧になった俺の口調に、リリィも合わせて、

「わかりました。救世主様もご家族と早く合流されたいでしょう。それでは後ほど」

 そう言って、先に歩き出した。
 その後ろを、2人の騎士がついていく。
 俺も黒い鎧の男に案内され2階へ上がった。
 
 2階は『血まみれな牛亭』で聞いた通りの間取りだった。
 階段を上がって、両側に部屋が並んでいる。右側が広場側で2つのドアがあり、左側はドアが短い間隔で7,8枚並んでいる。こっちが、狭い部屋って事だろう。右側のドアのうち、階段から見て奥の方の部屋の前にも、兵士が立っている。

 リリィ達は、先に兵士のいない方のドアに入っていった。
 俺を先導する兵士はそちらに近づいていき、

「ナバレッテ、救世主様のご主人が到着された。ドアを開けろ」
「はい」

 結構、お年を召した兵士だな。多分、俺より上の年代だぞ。

「アニア殿、先ほど、ファビオ様のお部屋に入られたのは、リリアナ様ですよね」
「ああ、無事、こちらに到着された様だ」
「まぁ、お前達は気にせず、任務を果たせ。リリアナ様については、我々に任せておけば良い」
「はい」

 そこでナバレッテと呼ばれた男は頭を下げたため、表情は見えなかった。
 そのままの姿勢でドアを開けてくれる。

「あ、ありがとう」
 
 お礼だけ言って中に入ると、ユイカと浩太が飛びついてきた。

「パパ! よかった! リリィと浮気しなかった!」
「お父さん、怪我は大丈夫? もう治ったの?」

 最後にひとえがゆっくり近づき、子供達の後ろから俺を抱きしめる。
 ナバレッテが気を使ってくれたのか、ドアを閉めてくれた。

「遅いわよ」
「ああ、すまない。心配をかけた」

 妻にキスをする。
 ようやく合流できた。

「あれ、リリィは?」

 ユイカが聞いてくる。

「今、ファビオとか言う奴の部屋に入っていた」
「馬鹿! 早く行かないとリリィが殺される」

 ひとえが血相を変えて、部屋の中に戻る。

「あ、大丈夫だ、大丈夫だから、心配しないで!」

 慌てて、ひとえを後ろから捕まえる。

「何言っているの、あいつはリリィを殺したくて仕方無いのよ!」
「それでも大丈夫だから、話を聞いてくれ」

 俺は、俺が殺され、部屋に戻った後の話を手短にする。

「信じられない!」
「えー、私、今、無敵?」
「僕も強くなったって事?」

「ああ、ただ、強くなったというのは正確じゃない。攻撃する力とかは何も変わっていない。あくまでも、どんなに強い攻撃を受けても傷付かない身体になったって事かな。少なくとも、外にいる兵士達に斬られても、傷一つつかないくらいにはなっているよ」

「やったー」

 そういや、ユイカ、いつの間に自分の呼び方を変えたんだ?
 中学に入って、アイドル好きになってから、いくら言っても戻さなかった言い方だったのに……その視線に気がついたのか、ひとえがこちらを見て頷いた。

 そうか、クベロの事で何か感じたって事かな。

「そういえば、私も背中を斬られて……多分、肋骨が何本か砕けていたと思うんだけど、突然治ったのよね。あれも関係あるの?」

「ああ、体力っていう数値もいじったから、それが影響していたんだと思う」
「やっぱり」

 そう言って、ひとえは満面の笑みを浮かべる。何か得心したみたいだ。

「あ、ミント。お前も無敵だから、安心していいぞ」
「え、僕もなの? パパさん、やったー」

「という事で!」

 そこで俺は高らかに宣言する。

「みんな、今、この場で一番弱いのはお父さんだから。お父さんだけ、剣で切られたり、矢で打たれたら、傷付きますし、死んじゃいます。なので、お父さんを守る事!」

 ドヤ顏で宣言してみた。

「えー、格好悪いー」

 ユイカの言葉に……

「でも、仕方無いでしょ。事実なんだし、お父さんも痛いのは嫌だし」
「あと、チコも普通の人なので、チコも守る事。これは浩太に任せるからな」
「うん」

 顔を真っ赤にして、浩太が頷く。

「あと、詳しい理由はあとで説明するけど、この中で一番大切なのはミントです。ミントだけは誰が犠牲になっても生き残るようにしていれば、俺達家族は復活が可能。ミントも覚えておいて。俺も含めて、俺達を庇おうとしたりせず、万が一って時は、自分が生き残る事を考えて」

「わかった!」

 ミントが返事をし、家族皆も、一応納得してくれた。

 さて、フェロル村のリターンマッチと行きますか。
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