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第6章 Call your name

66.女王謁見

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「さぁ、すぐに準備してください。救世主様」

 俺の目の前にはファビオが立っていた。金髪に安っぽいニヤけた面がまえ。オーレンセでひとえに心を折られていたはずなのに、随分元気そうだ。

「何で、ここにお前がいるんだ?」
「俺が王位に就くためですよ、救世主様」

 口元は笑っているが、目が何やら狂気じみた怖さがある。

「王位? まだ諦めていないのか?」
「諦める? なぜです? 救世主様を手に入れ、今日、私の晴れ舞台が待っていると言うのに……」
「ファビオ様、急ぎましょう。マシアス伯爵もお待ちかねです」

 ファビオの後ろから甲冑を着た男が出てきた。あの日、クロロ神殿で俺を捉えた男だ。

「という事で、ご同行いただけますか?」

 ファビオはそう言い、甲冑の男に合図をすると、その後ろから4人のやはり甲冑を着込んだ男が部屋に入ってきて、俺とチコの両脇を抱え強引に立ち上がらせた。

「チコに触るな!」
「おい」

 俺がそう言うと、チコを掴んでいた二人は手を離した。

「チコ、こっちへ」

 チコが俺に寄り添う。

「娘と一緒に行動させろ。そうすれば大人しく付いていく」
「ええ、勿論そうさせていただきますよ」

「あと、この中に俺の事を蹴り倒した奴はいるのか?」
「…………」

 誰も答えてくれないので、とりあえず全員の顔を覚えておく。絶対やり返してやるからな……ひとえが!

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 屋敷を出て馬車に押し込まれた。

「どこへ行くんだ?」
「王宮前の中央広場です」
「そこで何を?」
「ああ、お気になさらずに。黙って私の後ろで立っていていただければ大丈夫ですから」

 そう言って、馬車の扉を閉められた。外から鍵をかける音が聞こえる。馬車の中には蝋燭の火と、隙間から入る明かりだけしかなく、外の様子を見る事は出来ない。

 俺はチコに小声で話しかける。

「チコ、いざとなれば逃げ出すから、俺のそばから離れるな」
「はい、タナカ様」
「お義父さんだろ? どこで聞かれるか解らないからね」
「はい、お義父さん」

 馬車に1時間ほど揺られた後、鍵を開ける音が聞こえ……

「ここで降りてください」

 御者の男にそう言われ、俺は外に出た。
 馬車を降りるとファビオが目の前で待っていた。一発殴ってやりたいけど、周りに護衛の騎士が何人もいるし、やめておいたほうがいいだろう。

 目の前には大きな門があり、その向こうには大勢の人だかりが見える。

「ここが王宮があるセグンダの門です。この先で陛下がお待ちです」
「陛下?」
「はい、今日、陛下に謁見していただきます」
「謁見?」

 おいおい、いつの間にか凄い事になっているな。いよいよ、王位継承の話って事か……

「俺は遠慮しておくよ。お前だけで行ってくれ」
「そうは行きません。陛下がお待ちですので」

 そう言ってファビオに腕を掴まれる。

「わかったよ。自分で歩くから腕を触るな。俺は男に触られて喜ぶ性癖は持っていない」
「私もですよ。汚い大人なんて触りたくなんか無い」

 ファビオは俺の腕から手を離し、じっとチコを見つめる。俺は慌ててチコを俺の背中に庇い、

「チコに手を出したら殺すぞ」
「手を出す? そんな下賤な事はしません。 少年少女は愛でるからこそ、美しいんですよ」

 真性の変態野郎だった……

「わかったから、さっさと案内しろ」
「私の高尚な趣味を解ってもらえなかったようですね……」

 ファビオが若干気落ちしたようにも見えるが、年頃の娘息子を持つ親としては絶対受け入れらねぇ。GPSチップを埋め込んで、監視しておくべきだ。

 そんな事を考えながら嫌々ファビオの後に付いて歩く。
 群衆の中を掻き分けていく必要があるのだが、ファビオの騎士達が先を歩き、ファビオと俺たちが人ごみに巻かれないようにしていた。両サイドも固めれられているので、ドサクサに紛れて逃げ出すのは難しそうだ。

「どけ!」
「道を開けろ!」

 進むにつれ人の密度が上がったため、ファビオの部下達は声を荒らげ始める。そんな時、俺は足に軽い痛みを感じ、驚いて足元を見た。

「!」

 そこには茶色い小さな犬が、こちらをじっと見ながら歩いていた。そして俺と目があると、その目を軽く細め、人混みいの中に紛れ込んで行った。

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 しばらく歩き、ようやく俺たちは人混みを抜け、最前列に達する事が出来た。ファビをはそこで足を止める。その先を見ると、真正面に大きな建物がある。

「あれが王宮か?」

 誰にという訳では無い質問をぶつけてみたら、ファビオが答えてくれた。

「そうです。正面の扉が開いているでしょう。あの奥に女王陛下が待機います。この私を王位継承者にするためにね……ククク、フフフ、ハハハハ、ギャハハハ!」

 突然、矯正を上げ始めたファビオに俺は引いた。おいおい、こんな奴を王にして、この国は本当に大丈夫なのか? 俺は周りにいる騎士の顔を見るが、目を逸らされた。

「ファビオ殿下……陛下がまもなく出て来られます。お控えください」

 笑っているファビオを唖然としながら見ていた、ヒキガエルみたいな顔をした丸々太った男が近づいてきた。

「ククク……そうですね、叔父上。もう少し、もう少し……ですよね」

 叔父上? こいつが例のマシアスか……こいつのおかげで風呂付きの宿に泊まれなかったんだよな。この恨みは大きいぜ。そう思って睨みつけていたが、マシアスはこっちを見ようともしない。救世主という記号的な価値は見出しても、俺個人に対しては、全く興味が無いんだろうな。

 さすがに一方的に睨みつけているのも大人気ないので、俺は、周囲を見回し、家族の姿を探す。どこかにいるはずなのだが……。

 あたりを見回してみるが、人が多すぎる事もあって、見つけられない。どちらかといえば、最前列を中心に騎士や黒い鎧をつけた兵士の姿が目立つ。なんか不穏な雰囲気だ。

 ドン! 

 突然、太鼓のような音が鳴り響いた……

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 太鼓の音とともに群衆の騒めきが落ち着く。

ドン! 
ドン!
ドン!
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

ドン!

太鼓の連打の後、最後にひときわ大きな太鼓の音が響き、あたりは静けさに包まれた。

 いよいよ何かが始まるのだろう。王宮の開かれた玄関を俺は凝視する……

 ……

 ……

 ……あれ? 誰も出てこない。あれ?

 ファビオも最初は笑顔を浮かべたが、だんだん、その表情が固まってきた。やはり、今の太鼓は女王が出てくる合図だったんだよな。一旦静かになった群衆も少しずつ騒めき始める。

「ああ、ダビド王国の貴族の皆さん、市民の皆さん。もうしばらくお待ちください!」

 とうとう痺れを切らしたのか、マシアスが前に進み出て、大きな声で群衆に呼びかけ始めた。

「今日、皆さんが集まったのは、女王陛下より、この国の将来について大事な発表があるからです」

 群衆がマシアスに気がつき、少しずつ騒めきが治まってくる。

「4か月前、全ての神殿に神託がおりました! 聖地に救世主が現れると!」

  マシアスが大きく息を吸い、さらに声を張り上げる。

「その救世主を連れ帰った王族が、この国を率いよと! それが、孫神の意志でした!」

 マシアスが言葉を切る。

「そして今日! その救世主様をこの地に連れてきました! それが……」

 その瞬間、群衆の歓声が上がる。女王が王宮の玄関より姿を現したからだ。その歓声に応えるように、女王が手を上げる。やがて、群衆が静けさを取り戻した。それを見てマシアスが女王陛下の方へ近づきながら、

「おお、女王陛下。本日もご機嫌麗しく、このマシアス、心よりお喜び申し上げますぞ!」

 そして、女王に背を向け群衆に、さらに大きな声を張り上げ、マシアスは言う。

「今、私が皆さんに本日集まってもらって理由を説明しておりました! さぁ、迎えようじゃありませんか! この国に現れた救世主様と、その救世主様を連れてきた次代の王となる……」

 その瞬間、広場に大音響が響き渡った。
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