私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

文字の大きさ
3 / 51

夢で出会った彼が旦那だと言うのですが

しおりを挟む
「茉優ちゃん、彼氏いないっしょ? これまでいたこともないんだっけ。ならさ、ここらで一回経験的に付き合ってみるのもアリじゃん? 付き合ってるうちにさ、ホントに好きになってくるかもだし」

「あの、片原さん、冗談は……」

「ガチに決まってんじゃん。ねえ、いいでしょ? ちゃーんとがっつかないで、一年も待ったんだし。俺、けっこうマメだし優しいよ? まあ……"肉食"ってヤツではあるけど」

「!」

 背にあったはずの掌が、するりと腰から下に撫で降りていく。

(っ、やだ)

 ぞわりとした感覚は嫌悪のそれ。

「は、放して……っ」

「あーごめんごめん、びっくりさせちゃった? 大丈夫だって、言ったっしょ? 俺、優しいって。こーゆーのはさ、ちゃんと茉優ちゃんの気持ちが乗ってからにするから。今のはちょっとした冗談だって」

「っ、あの、本当に、彼女とか私には無理ですので」

「それって自分は可愛くないからとか、釣り合わないからとかゆー系? ぜーんぜん余裕だって。茉優ちゃん自分で思っている以上に魅力的だし?」

「ええと、だれかとお付き合いとか、考えていなくって」

「んじゃ今から考えたらいいじゃん。俺のこと、別に嫌いじゃないっしょ? 顔も悪くないし、金あるし。めちゃくちゃ条件いいじゃん」

(どうしよう、全然話が伝わらない……!)

 ぐいぐいと迫ってくる身体を必死に押し返そうにも、まったく歯が立たない。
 せめて掴まれている手だけでも振り払ってしまいたいのだけれど、相手はお客様だと思うと躊躇してしまう。

(もしかして、だから壁に近づいて駐車を?)

 私が、逃げだせないように。
 気づいた時には私は助手席のシートに背を押し付けられていて、瞳をぎらつかせた顔が迫ってくる。
 どうして、どうして勢いで乗車してしまったのか。

「ほーんと茉優ちゃんってさ、無自覚で煽ってくるよねえ」

「ちが、やめ……っ」

 激しい後悔と嫌悪に、涙が目尻に浮かんできたその時。

「んなーーー!」

 ビタン、と鈍い音に重なる、特徴的な声。
 動きを止めた片原さんと、示し合わせたようしにしてフロントガラスを見遣る。と、

「ね、猫……?」

 びたんと張り付いた、ふさふさのお腹。
 それも一匹だけじゃない。背を向けて腰を下ろした子や、尻尾を立ててボンネットを闊歩している子。今まさに飛び乗ってきた子に、この車に向かって歩いてきている子が更に数匹……。

「な、なんで猫がこんなに寄ってきてんだよ!?」

 にゃーにゃーと大合唱の猫たちに、片原さんが慌てて私から退いた。
 急いで運転席側の扉を開け、外に出ていく。

(今なら逃げられるかも)

 鞄を抱きしめ腰を浮かせた、刹那。

「俺の嫁に、なにをしてんだ?」

 開かれた扉から入り込んできた、凛と澄んだ声。
 空間の反響を纏わせてもなお通ったそれは、どこか、聞き覚えのある。
 コツコツと鳴るのは彼の靴音だろう。

「だ、誰だお前……!」

 取り乱したように声を荒げる片原さんの、視線の先を追う。
 薄暗い影の中、堂々たる足取りで現れたのは、ゆったりとしたシャツに細身のジーンズをまとった男性。
 彼は動揺する片原さんにも臆することなく車へと歩を進めてくると、車に乗る猫をちょいと撫でた。

(そんな、まさか。そんなはずは)

 予感に、心臓がばくりばくりと強く跳ねる。
 なおも猫にねだられた彼が俯いた拍子に、柔らかそうな白い髪がふわりと揺れた。

「俺か? 俺は彼女の旦那だ」

「だ、旦那!? はっ、んな嘘に騙されるわけ――」

「嘘ではないさ。なあ?」

 顔があげられる。
 かち合ったのは、薄暗さに負けない美しい赤い瞳。

(やっぱり、夢の――)

 固まる私に彼はとろりと瞳を緩めると、つかつかと片原さんを通り過ぎて、運転席の扉を開ける。

「遅くなって悪かったな、怖かったろ。もう心配ないからな」

 差し出された掌と、労わるような優しい声。心配げな微笑がちりりと胸をたきつけるのを感じながら、私も手を伸ばし、重ねた。
 嬉し気にいっそう笑みを深めた彼が、強すぎない力で私を引き上げる。

「出れるか? 足下、気を付けてな」

「なっ……なにしてんの、茉優ちゃん! 知りもしない男でしょ!? 危ないよ! ちょっと強引だったのは謝るから、早く車の中に戻って……!」

「だーから、言ったろ?」

 鞄を抱えるようにして歩き出した私の背を支えるようにして、彼が顔だけで片原さんを振り返る。

「俺は彼女の旦那だって。……人の嫁に無体を働いたんだ、それ相応の報復は受けてもらうからな」

「なっ……!?」

 途端、それまで静かだった猫たちが一斉に咆哮した。
 片原さんの悲鳴が響きわたる。

「片原さ……っ」

「見なくていい」

 振り返ろうとした私の瞼を、大きな手がそっと覆う。

「行こう。話したいことが山ほどある」

 ひどく優しいその声に、私は反射のようにこくりと頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...