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私はあなたの嫁ではありません!
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(ま、また車に乗っちゃった……)
いったい自分はどれだけ学習しないのか。助手席で流れる景色を視界の外に捉えながら、情けなさに苛まれる。
そんな私の思考をよんだようにして、
「悪いな、これが一番早くて確実な移動手段だったんだ」
(たしかに、来てくれるのがあと数秒遅ければ、私は今頃――)
回避されたその瞬間が想起され、嫌悪感にぞっと肌が粟立つ。
平々凡々、可愛げもなければ地味な私がまさか、身の危険を感じるような出来事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
(片原さん、"一年も待った"って言ってた)
ということは、契約を結んだ時からすでに、今日の計画を立てていたということなのだろうか。
私を"彼女に"と思うほど好いてくれている様子なんて、全然。いや、ただ私が気付かなかっただけなのかもしれない。
私はどうにも昔から、恋愛絡みの感情に疎い。
「あの、片原さんは……大丈夫なのでしょうか」
もしかしたら、私がもっと早くに対応を変えていたら、彼は考えを改めていたのかもしれない。
そんな小さな罪悪感に訊ねると、運転中の彼は「ん? ああ」と前を向いたまま、
「もう二度とあんな"悪さ"をしないよう、お灸を据えただけだ。具体的にはそうだな、身体や車のボディをちょいと噛まれたり、引っかかれたりってところだな。大怪我にはならないから、心配は無用だぞ」
(それって大怪我にはならなくとも、大ごとではあるんじゃ……!)
「あ! 猫ちゃん、置いて来てしまっています!」
「ん? ああ、あの猫たちはあの辺に住んでる奴らで、俺の飼い猫じゃないぞ」
「そう……なのですか?」
「ああ、"仕事"を済ませたら各々解散するはずだ」
口振りからして、彼があの場に猫たちを集めたのは間違いなさそうだ。
おまけに"仕事"まで指示できるなんて……。
(もしかして、ペットショップの店員さんとか、トレーナーさんなのかな)
「猫っていう事をきくものなのですね……」
感慨深く呟いた私に、
「そうだな、認めた相手には義理堅いところがあるぞ」
彼はいたずらっ子な視線を私に向ける。
「あの男、俺の嫁に手を出したってのに、かわいい"仕置き"ですんで幸運だったな」
まただ。彼ははっきりと私を"俺の嫁"と呼ぶ。
彼は視線を前に戻すと、
「そういえば、この後の予定は大丈夫だったか? つっても、嫁を迎えにいくって出てきちまったから、今日は一緒に来てもらわないとにはなっちまうんだけど。悪いな、やっと会えたってのに慌ただしくて。俺もなあ、やっとの再会を今すぐにでももっと実感したいんだけれどなあ。そうにもいかなくって。ああ、帰りの心配はいらないからな。今夜は泊まっていけばいい。そんで、今後についてはゆっくり話し合って……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
楽し気にころころと話される内容に、慌てて待ったをかける。
どうかしたか? と小首を傾げてみせた彼に、私は自分がおかしいような錯覚を覚えながら、
「助けていただいたことには感謝しています。ですが、"俺の嫁"、"俺の嫁"って……。私はあなたの嫁になった覚えはありませんし、そもそも初対面ですよね? 大変言いにくいことなのですが、おそらく人違いをされているのではないかと……」
「…………ま、さか」
魂が抜けたかのごとく呆然とした表情で、彼が私を見つめる。
とはいえ今は絶賛運転中で。
「あの! 前! 前見てください……っ」
「あ、ああ、すまん」
離れた視線に、ほっと息を吐きだしのもつかの間。
彼はなにやらぶつぶつと、
「そうか、その可能性もあったのか。俺はてっきり……いや、考え無しだったのは俺のほうか。まあ、これはこれで……」
くっと頬を引締めて、彼が真剣な顔で尋ねてくる。
「何も、覚えていないのか? 俺のことも自分のことも……約束、も」
ねね、と。彼が発した名に、思わず肩が跳ねる。
その反応がどう映ったのか、「ねね?」といぶかしむ彼に、私はぎゅうと鞄を抱く腕に力を込め、
「あなたのことは……夢の中で、見たことがあります。"ねね"というお名前も、その夢のなかで。どうして、私の夢に知らないはずのあなたが何度も現れたのかは、わかりません。ですが"ねね"さんを探されているのなら、私ではありません」
「……そう、か」
彼はふうーっと長い息を吐きだして、しばらくの沈黙。
これが落胆なのか、怒りなのか。判断がつないけれど、傷つけてしまったことに変わりはない。
もっと早く言うべきだった。後悔に痛む胸を無意志におさえながら、「あ、あの」と謝罪しようとした刹那、
「人違いではないさ」
「…………え?」
「夢で俺を見たのだろう? 俺も、"繋がった"夢で見たのはその姿だった。だから見つけられたのだしな。俺が呼びかけていたのは"ねね"の魂で、俺達は互いにつながったのだから、間違いはない。それに……俺にしかわからないだろうが、あの頃の面影が残っている」
細められた双眸は、ひたすらに優しく甘い。
思わずドキリと跳ねた心臓。私は慌てて"ねね"さんじゃないんだから、と必死に戒める。
いったい自分はどれだけ学習しないのか。助手席で流れる景色を視界の外に捉えながら、情けなさに苛まれる。
そんな私の思考をよんだようにして、
「悪いな、これが一番早くて確実な移動手段だったんだ」
(たしかに、来てくれるのがあと数秒遅ければ、私は今頃――)
回避されたその瞬間が想起され、嫌悪感にぞっと肌が粟立つ。
平々凡々、可愛げもなければ地味な私がまさか、身の危険を感じるような出来事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
(片原さん、"一年も待った"って言ってた)
ということは、契約を結んだ時からすでに、今日の計画を立てていたということなのだろうか。
私を"彼女に"と思うほど好いてくれている様子なんて、全然。いや、ただ私が気付かなかっただけなのかもしれない。
私はどうにも昔から、恋愛絡みの感情に疎い。
「あの、片原さんは……大丈夫なのでしょうか」
もしかしたら、私がもっと早くに対応を変えていたら、彼は考えを改めていたのかもしれない。
そんな小さな罪悪感に訊ねると、運転中の彼は「ん? ああ」と前を向いたまま、
「もう二度とあんな"悪さ"をしないよう、お灸を据えただけだ。具体的にはそうだな、身体や車のボディをちょいと噛まれたり、引っかかれたりってところだな。大怪我にはならないから、心配は無用だぞ」
(それって大怪我にはならなくとも、大ごとではあるんじゃ……!)
「あ! 猫ちゃん、置いて来てしまっています!」
「ん? ああ、あの猫たちはあの辺に住んでる奴らで、俺の飼い猫じゃないぞ」
「そう……なのですか?」
「ああ、"仕事"を済ませたら各々解散するはずだ」
口振りからして、彼があの場に猫たちを集めたのは間違いなさそうだ。
おまけに"仕事"まで指示できるなんて……。
(もしかして、ペットショップの店員さんとか、トレーナーさんなのかな)
「猫っていう事をきくものなのですね……」
感慨深く呟いた私に、
「そうだな、認めた相手には義理堅いところがあるぞ」
彼はいたずらっ子な視線を私に向ける。
「あの男、俺の嫁に手を出したってのに、かわいい"仕置き"ですんで幸運だったな」
まただ。彼ははっきりと私を"俺の嫁"と呼ぶ。
彼は視線を前に戻すと、
「そういえば、この後の予定は大丈夫だったか? つっても、嫁を迎えにいくって出てきちまったから、今日は一緒に来てもらわないとにはなっちまうんだけど。悪いな、やっと会えたってのに慌ただしくて。俺もなあ、やっとの再会を今すぐにでももっと実感したいんだけれどなあ。そうにもいかなくって。ああ、帰りの心配はいらないからな。今夜は泊まっていけばいい。そんで、今後についてはゆっくり話し合って……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
楽し気にころころと話される内容に、慌てて待ったをかける。
どうかしたか? と小首を傾げてみせた彼に、私は自分がおかしいような錯覚を覚えながら、
「助けていただいたことには感謝しています。ですが、"俺の嫁"、"俺の嫁"って……。私はあなたの嫁になった覚えはありませんし、そもそも初対面ですよね? 大変言いにくいことなのですが、おそらく人違いをされているのではないかと……」
「…………ま、さか」
魂が抜けたかのごとく呆然とした表情で、彼が私を見つめる。
とはいえ今は絶賛運転中で。
「あの! 前! 前見てください……っ」
「あ、ああ、すまん」
離れた視線に、ほっと息を吐きだしのもつかの間。
彼はなにやらぶつぶつと、
「そうか、その可能性もあったのか。俺はてっきり……いや、考え無しだったのは俺のほうか。まあ、これはこれで……」
くっと頬を引締めて、彼が真剣な顔で尋ねてくる。
「何も、覚えていないのか? 俺のことも自分のことも……約束、も」
ねね、と。彼が発した名に、思わず肩が跳ねる。
その反応がどう映ったのか、「ねね?」といぶかしむ彼に、私はぎゅうと鞄を抱く腕に力を込め、
「あなたのことは……夢の中で、見たことがあります。"ねね"というお名前も、その夢のなかで。どうして、私の夢に知らないはずのあなたが何度も現れたのかは、わかりません。ですが"ねね"さんを探されているのなら、私ではありません」
「……そう、か」
彼はふうーっと長い息を吐きだして、しばらくの沈黙。
これが落胆なのか、怒りなのか。判断がつないけれど、傷つけてしまったことに変わりはない。
もっと早く言うべきだった。後悔に痛む胸を無意志におさえながら、「あ、あの」と謝罪しようとした刹那、
「人違いではないさ」
「…………え?」
「夢で俺を見たのだろう? 俺も、"繋がった"夢で見たのはその姿だった。だから見つけられたのだしな。俺が呼びかけていたのは"ねね"の魂で、俺達は互いにつながったのだから、間違いはない。それに……俺にしかわからないだろうが、あの頃の面影が残っている」
細められた双眸は、ひたすらに優しく甘い。
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