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事情の説明に行きましょう
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「名前は、なんていうんだ?」
「へ? あと、白菊茉優です」
「茉優か。綺麗な名前だな。俺はマオだ。……あの頃と同じ、な」
彼――マオは落ち着いた声色で、
「俺達は前世で、夫婦だったんだ」
「め、おと……?」
「そ、夫婦ってことだな。そして来世でもまた必ず夫婦になろうと、約束した。俺はその約束を果たすために、ずっと探していたんだ」
約束。その単語に、夢の光景が過る。
『必ず、必ず見つけ出す。なあに、"契り"を結んだこの小指が、必ず巡り合わせてくれるさ。だから、だから次こそは――』
姿は見えずともひしひしと感じる、縋りつくような、必死の声。
今私の隣にいる、落ち着き払った彼とはうまく繋がらないけれど、確かに声はマオのもの。
(あれはもしかして、前世の記憶……?)
確かめるようにして右の小指を立てると、
「! 思い出したのか?」
「いえ、違くて……夢の中で、マオさんが言っていたんです。"契り"を結んだこの小指が、必ず巡り合わせてくれるって」
「……よりによって、残っていたのが"その時"なのか」
「マオさん?」
彼は「ああ、いや」と気まずそうに頬を掻き、
「おそらくそれは茉優が……とういうか、"ねね"が息を引き取った時の記憶だろう。声ってのは最後まで聞こえているなんて言うが、なにもそんな……情けないところを残されているとはなあ。残るのならもっとかっこいい場面が良かったんだが、神ってのは意地が悪いな」
「すみません……」
「茉優が謝ることなど一つもないだろう。それに、"かっこいい俺"を知ってもらう時間は、これからたっぷりあるしな。……約束を交わしたのだと、それを覚えてくれていただけでも、心底嬉しい」
向けられた愛おし気な眼差しに、ぐっと胸の奥が締まる。
なんだろう、この感覚は。
初めて会ったはずなのに。マオのこと、全然知らないはずなのに。
前世で夫婦だったなんて、とても信じられる話じゃない。
このまま連れていかれた先で壺を買わされるとか、二人で暮らすための大金を引き出すためにお金を貸してくれと頼まれるとか、どう考えても詐欺の可能性が高すぎる。
わかっている、のだけれど。
(どうして全て本当の話だって、受け入れてしまっているんだろ)
不思議と彼に対する嫌悪感がいっさいない。
そればかりか、私もまた、やっと会えたような懐かしさと安堵感に包まれてしまうのは、繰り返された夢による"刷り込み"なのだろうか。
「信じてくれたか? つっても、すぐには無理か」
マオさんは少しだけ、悲しそうに眉尻を下げ、
「北鎌倉にな、俺の世話になっている家がある。血の繋がりはないが、俺の"家族"ってやつでな。親父に探していた嫁をやっと見つけたと言って飛び出してきちまったもんで、たぶん、待望の嫁に会えると期待して待っていると思うんだ。挨拶がてら今後の話も出来たらと思って向かっていたんだが……茉優からしたら、眉唾な話だったな。悪かった。家に帰りたいよな? ソイツに住所を打ち込んでもらえるか。送っていく」
ほい、と渡されたのは小型のナビ。
私は反射的に受け取りつつ、
「でも……その、親父さんという方はお待ちになっているのですよね……?」
「いいさ、事情が事情だったんだ。俺がちゃんと説明しておく。……無理強いはしたくないんだ。今はただ、こうして会えて話せて、同じ時間に存在しているんだって知れただけで、長年の想いが報われた気分だからな」
それに、と。マオはどこか苦し気な笑みを私に向け、
「茉優に嫌われて、もう会えなくなるのは、なによりも辛い」
「……っ」
その表情に、言葉の重さに。
ああ、本当に彼は、私を大事に思ってくれいているのだと。
「……行きましょう、マオさん」
「ああ……って、住所、まだ入ってないぞ?」
「私の家ではなく、北鎌倉の……マオさんの、お家です」
「! 茉優、それって……また俺の嫁になってくれるってことか!?」
「ちがっ! そこまでは……って、顔! 前見ないと!!」
「大丈夫だ! 見えている!」
「私からは見えているようにみえませんっ!」
そうか? と少しばかり不満そうにして、マオがやっとのことで前を向く。
私はほっと息を吐きだしてから、「ええとですね」と打ち明けた。
「前世の話はやっぱり、ちょっとまだ、消化不足といいますか……。信じられない気持ちと、納得してしまっている部分が混ざっている状態でして……正直、混乱しています。ですのでマオさんのお、お嫁さんになるとかは、お約束できません。すみません」
ぺこりと頭を一度下げ、私は言葉を続ける。
「とはいえ確かに私は、夢でマオさんと出会ってます。それこそ子供の頃から何度も、何度も。だからきっと、無関係ではないのだと思うんです。その夢があったから、マオさんは私を探してくださった。だから、助かったのです。そのお礼……といいますか、マオさんのお父様にも、ちゃんと私を見て頂いて、事情を把握して頂いたほうがいいのではないかと……思いまして……」
「へ? あと、白菊茉優です」
「茉優か。綺麗な名前だな。俺はマオだ。……あの頃と同じ、な」
彼――マオは落ち着いた声色で、
「俺達は前世で、夫婦だったんだ」
「め、おと……?」
「そ、夫婦ってことだな。そして来世でもまた必ず夫婦になろうと、約束した。俺はその約束を果たすために、ずっと探していたんだ」
約束。その単語に、夢の光景が過る。
『必ず、必ず見つけ出す。なあに、"契り"を結んだこの小指が、必ず巡り合わせてくれるさ。だから、だから次こそは――』
姿は見えずともひしひしと感じる、縋りつくような、必死の声。
今私の隣にいる、落ち着き払った彼とはうまく繋がらないけれど、確かに声はマオのもの。
(あれはもしかして、前世の記憶……?)
確かめるようにして右の小指を立てると、
「! 思い出したのか?」
「いえ、違くて……夢の中で、マオさんが言っていたんです。"契り"を結んだこの小指が、必ず巡り合わせてくれるって」
「……よりによって、残っていたのが"その時"なのか」
「マオさん?」
彼は「ああ、いや」と気まずそうに頬を掻き、
「おそらくそれは茉優が……とういうか、"ねね"が息を引き取った時の記憶だろう。声ってのは最後まで聞こえているなんて言うが、なにもそんな……情けないところを残されているとはなあ。残るのならもっとかっこいい場面が良かったんだが、神ってのは意地が悪いな」
「すみません……」
「茉優が謝ることなど一つもないだろう。それに、"かっこいい俺"を知ってもらう時間は、これからたっぷりあるしな。……約束を交わしたのだと、それを覚えてくれていただけでも、心底嬉しい」
向けられた愛おし気な眼差しに、ぐっと胸の奥が締まる。
なんだろう、この感覚は。
初めて会ったはずなのに。マオのこと、全然知らないはずなのに。
前世で夫婦だったなんて、とても信じられる話じゃない。
このまま連れていかれた先で壺を買わされるとか、二人で暮らすための大金を引き出すためにお金を貸してくれと頼まれるとか、どう考えても詐欺の可能性が高すぎる。
わかっている、のだけれど。
(どうして全て本当の話だって、受け入れてしまっているんだろ)
不思議と彼に対する嫌悪感がいっさいない。
そればかりか、私もまた、やっと会えたような懐かしさと安堵感に包まれてしまうのは、繰り返された夢による"刷り込み"なのだろうか。
「信じてくれたか? つっても、すぐには無理か」
マオさんは少しだけ、悲しそうに眉尻を下げ、
「北鎌倉にな、俺の世話になっている家がある。血の繋がりはないが、俺の"家族"ってやつでな。親父に探していた嫁をやっと見つけたと言って飛び出してきちまったもんで、たぶん、待望の嫁に会えると期待して待っていると思うんだ。挨拶がてら今後の話も出来たらと思って向かっていたんだが……茉優からしたら、眉唾な話だったな。悪かった。家に帰りたいよな? ソイツに住所を打ち込んでもらえるか。送っていく」
ほい、と渡されたのは小型のナビ。
私は反射的に受け取りつつ、
「でも……その、親父さんという方はお待ちになっているのですよね……?」
「いいさ、事情が事情だったんだ。俺がちゃんと説明しておく。……無理強いはしたくないんだ。今はただ、こうして会えて話せて、同じ時間に存在しているんだって知れただけで、長年の想いが報われた気分だからな」
それに、と。マオはどこか苦し気な笑みを私に向け、
「茉優に嫌われて、もう会えなくなるのは、なによりも辛い」
「……っ」
その表情に、言葉の重さに。
ああ、本当に彼は、私を大事に思ってくれいているのだと。
「……行きましょう、マオさん」
「ああ……って、住所、まだ入ってないぞ?」
「私の家ではなく、北鎌倉の……マオさんの、お家です」
「! 茉優、それって……また俺の嫁になってくれるってことか!?」
「ちがっ! そこまでは……って、顔! 前見ないと!!」
「大丈夫だ! 見えている!」
「私からは見えているようにみえませんっ!」
そうか? と少しばかり不満そうにして、マオがやっとのことで前を向く。
私はほっと息を吐きだしてから、「ええとですね」と打ち明けた。
「前世の話はやっぱり、ちょっとまだ、消化不足といいますか……。信じられない気持ちと、納得してしまっている部分が混ざっている状態でして……正直、混乱しています。ですのでマオさんのお、お嫁さんになるとかは、お約束できません。すみません」
ぺこりと頭を一度下げ、私は言葉を続ける。
「とはいえ確かに私は、夢でマオさんと出会ってます。それこそ子供の頃から何度も、何度も。だからきっと、無関係ではないのだと思うんです。その夢があったから、マオさんは私を探してくださった。だから、助かったのです。そのお礼……といいますか、マオさんのお父様にも、ちゃんと私を見て頂いて、事情を把握して頂いたほうがいいのではないかと……思いまして……」
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