私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

文字の大きさ
6 / 51

帰ってこなかった家族

しおりを挟む
 だんだん下がっていく視線。
 けれど最後まで伝えなければと、私は必死に口を動かす。

「"家族"は、大切にしたほうがいいと思うんです。帰りを待ってくれているのなら、なおさら」

 七歳の時、突如として帰らぬ人になってしまった、両親の姿が思い起こされる。

「それじゃあ、行ってくるからな、茉優。ごめんな、寂しい思いをさせて」

「仕事が終わったら、すぐに帰ってくるから。お祖母ちゃんに甘えすぎて、我儘ばかり言っては駄目だからね」

 多忙だった両親が夜分、突然仕事に呼び出されるのはたびたびあることで。そうした日は決まって、二駅ほど隣にある祖母の家でお泊りをしていた。
 よくあることだった。二人の帰宅を、疑いもしなかった。いつものように。

 お祖母ちゃんと夕飯を食べて、お風呂に入って。畳に並べて敷いた布団にくるまりながら、内緒話をして眠りにつく。
 障子ごしに届く柔らかい朝陽に目が覚めると、慣れ親しんだ車の音が聞こえてきて。
 しばらくすれば、お化粧をしたままのお母さんが起こしにきてくれて、お祖母ちゃんと朝ご飯を並べてくれていたお父さんが「おはよう」って、ちょっと申し訳なさそうに微笑んでくれる。
 その日も、同じなのだと。

「――白菊さん! 白菊さん、起きてる!?」

 待ち望んだ車のエンジン音ではなく、激しくドアを叩く女性の声にぱちりと目を開く。
 この声はたしか、斜め前のおばさんだ。もっと小さかった時から、何度もお菓子をもらったことがある。
 ただならぬ様子に、私も起き上がって玄関に向かった。
 朝ご飯の支度をしてくれていたのだろう。エプロンをつけたお祖母ちゃんが扉を開くと、おばさんは見たこともないような青白さで、

「茉優ちゃん、やっぱり来てたのね……!」

 まるでいてほしくはなかったかのような口調で、おばさんはお祖母ちゃんに視線を移す、

「あのね、落ち着いて聞いてね。さっき、公園の角で事故があったみたいなのよ。いま、救急車を待っているみたいなんだけれど、それでその、その、事故にあった車がね……」

(まさか)

 予感に、駆け出した。
 驚くお祖母ちゃんとおばさんの間をすり抜け、裸足のまま全力で走る。
 後ろから何度も名前を呼ぶ声がしたけれど、聞こえているようで聞こえてはいなかった。

 心臓がばくばくとうるさい。
 そんなはずない、足を汚してって、あとで叱られちゃうなんて考えながらも、振り切れない恐怖が襲ってくる。

(おとうさん、おかあさん……!)

 足が止まる。よく遊びに行く公園のブランコの向こう側で、たくさんの人と、飛び交う怒号。
 大きなトラックと、ブロック塀の間に挟まり潰れていた一台の車。
 間違いなく、私が帰りを待っていた車だった。

 あれから私はお祖母ちゃん引き取られ、たくさんの人に可愛がってもらいながら、大きくなったのだけれど。
 いまだに長時間誰かの帰りを待つのは、苦手なままだ。

(待ってくれているのなら、ちゃんと、帰ってあげたい)

 私は鞄を抱きしめ、意識的に顔を上げた。
 マオの横顔を見つめる。

「"嫁"ではなくとも、よろしいのであれば。ご迷惑でなければ、私もご一緒させてください」

「茉優……!」

 感激しようにして瞳を輝かせたマオが、はっと前を向く。何度も私に指摘されているからだろう。
 彼はそのまま溢れんばかりに破顔して、

「ありがとうな、茉優! 今世でもこんなに優しくしてもらえるなんて、俺は世界で一番の幸せ者だ!」

「お、おおげさですよ! ただ事情説明に同行するってだけですし……」

「そんなことないさ。かなり勇気のいる決断だったろう? あ~~茉優! 一日でも早く夫にしてもいいって思ってもらえるように、俺、頑張るからな!」

(え、夫になるのは確定してるの?)

 たとえ本当に前世で夫婦だったとしても、今の私は彼の知る"ねね"じゃない。
 共有できる思い出もない、完全に別人なのに、"面影がある"ってだけで突っ走りすぎでは……。

(けれどすぐに、思い直してくれるかな)

 マオも今はまだ、前世の記憶に引っ張られているだけ。
 今の……"茉優"である私を知れば、きっと結婚の話はなかったことにしようと言い出すはず。
 だって彼が愛したのも、嫁に迎え入れたのも。
 約束を交わしたのだって、何も持たない私ではなく"ねね"なのだから――。

(あ、あれ?)

 ちくり、と。胸に小さな痛み。
 驚きと、自己嫌悪が混ざり合う。

(なにを勝手に傷ついているんだか)

 求められていたのは私じゃない。わかっていたことだろう、と。
 マオには気付かれないように、薄く息を吐きだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

処理中です...