私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

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皆さん"嫁"だとご存じのようです

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 私はマオを見上げながら、

「お着替え、行ってらしてください。私でしたら、大丈夫ですから」

「いいや、俺が茉優を置いて行きたくないんだ。屋敷に連れ込まれたってだけでも不安だろうってのに、これ以上の負担はかけたくない。……そうだ。茉優も一緒に俺の部屋に来たらいいんじゃないか? それがいい! すぐに気付けないなんて、思ってた以上に俺も緊張しているみたいだな。さ、行くか茉優」

「へ!? ちょっと、マオさん待ってくだ――」

「なりません」

 手を引かれた私とマオの間に立ち、タキさんがぴしゃりと言い放つ。

「大旦那様のご許可を得るまでは、茉優様は"外の者"にございます。私的な部屋に入れるなど、言語道断。坊ちゃまもご存じでしょう」

「茉優については俺が全ての責任を持つ。決まりごとに囚われていてはいけないと教えてくれたのも、親父だろ」

「マオさん」

 このままでは堂々巡りになってしまう。
 私はちょいちょいとマオの袖口を引いて、意識を向けてもらってから、口を開く。

「私も、お着替えをされたマオさんを見てみたいです」

「……そ、そうか?」

「はい。それに、マオさんのお父様に初対面から悪い印象を持たれるのはちょっと……。あんな礼儀知らずはやめておけって、今後一切会えなくなってしまうかもしれませんよ?」

(うう、言っててはずかしい……!)

 こんな、まるで私を好いてくれてるのを前提に手玉にとっているような言い回し、自分に自信のある女性の特権だと思っていたのに。

(でも、この場をおさめるにはこれしか思い浮かばないし……!)

 どうしよう。出会ってまだ数時間なのに、嫁になる気もないくせにつけ上げるなって思われないかな。
 タキさんにだって、愛らしくもなければ美しくもないくせに、勘違いもいいところだって呆れらたり……。

 刹那、「あ~~~~」と間延びした声。マオのものだ。
 知らずと下がっていた視線を上げると、彼は天井を仰いでいた。なぜ。

「マオさん……?」

(も、もしかして、やっぱり気分を悪くさせてしまった……!?)

 急ぎ謝罪を口にしようとした刹那、

「茉優」

 がしりと両手が包まれ、マオが腰をかがめて視線を合わせてくる。

(え、ちょっと、顔が近……っ)

「さいっこーに男前になってくっから、ちょっとだけ待っててな。親父のことは、適当にあしらっておけばいいから」

「へ? あ、はい」

「さっそく寂しい思いをさせちまってごめんな。けれど茉優が、こんなにも嬉しいおねだりをしてくれたのだから、全力で応えるべきだと思うんだ。だから」

 行ってくる、と。
 耳の後ろでちゅっと音を響かせて、離れたマオが廊下を駆け足で進んで行く。

(……い、いま)

 咄嗟にばっと耳後ろを手で覆う。
 触れてはいない。音だけの"フリ"だった。
 だけど、だけど。
 縮まった距離も、掠めたかおりも。ぜんぶ、ぜんぶ本物だった。

(し、心臓がいたい……!)

「先ほど再会なされたばかりだというのに、さっそく坊ちゃまの手綱を握られていらっしゃるとは。さすがにございます、茉優様」

「いえ! 偉そうに出しゃばってしまってすみませんでした」

「出しゃばるなど。坊ちゃまは嫌だと言ったら頑固なものですから、助かりました」

(……優しいな)

 気遣いと、にこりと笑んでくれた目尻に、祖母の顔がちらついて和んでしまう。

(って、あれ?)

 聞き間違えじゃなければ、いま。

「"再会"って……タキさんも、私達の"前世"をご存じなのですか?」

 先導するタキさんの後を歩きながら訊ねると、タキさんは「ええ」と少しだけ私を振り返り、

「この屋敷の者は皆、坊ちゃまが以前の世で縁を繋いだお方を探されているのだと、存じております。ですが仔細まではき聞き及んでおりませんゆえ、ご安心くださいませ」

「あ、いえ……」

(安心もなにも、前世のことなんてこれっぽっちも覚えてないのだけれど……)

 ともかくタキさんをはじめとするこの家の人たちは、皆、私が"マオの嫁"なのだと信じてくれているということ。
 おそらくそれは、"大旦那様"も。

(せっかく優しくしてくれたのに、がっかりさせちゃうの、申し訳ないな……)

 だからって、無責任な嘘はつけない。
 タキさんに通されたのは、長い縁側の突き当りに位置する、青々とした雄大な庭が望める一室だった。
 私の部屋よりも広い和室。中央には畳のような一枚板の座卓があって、床の間には『商売繫盛』の掛け軸が。
 軒の下の狸といい、マオの家はなにか商売を営んでいるのかもしれない。
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