1 / 1
卒業式の告白
しおりを挟む
卒業式のその日、三年間ずっと親友だった男に、告白された。
三月のはじめの空が、青く綺麗に澄んでいた。
新たな門出を祝うような、麗らかな今日の日は、まさに卒業式日和だった。
それなのに。
「はあああっ!? 青木、お前、自分がなに言ってるのか、わかってるのか?」
一柳は、裏返った声をあげた。そうして目をむいて、目の前に立つ男を見上げる。
卒業式も無事に終わり、あとは三年間の思い出の詰まった校舎を後にして、帰るだけのところだった。それを、青木に見つかり、つかまり、なかば無理やりに、人気のないこの特別棟まで連れてこられてしまった。
本当は、ひっそりと一人で帰りたかった。なんの問題もなく、高校生活を終わりたかった。
「うん、わかってる」
なのに、目の前の男は、神妙な顔でしっかりとうなづき、特大の爆弾を落としてくれたのだ。
青木とは、高校に入学したときからの友達だった。派手な見た目の一柳と、地味で大人しい印象の青木ではあったが、出席番号が近く、すぐに仲良くなった。今では一番の親友になっていた。
「いやいやいやいや。ムリだろ。ないだろ。ありえないだろ」
一柳は、全身全霊で否定した。
こんなことない。あるはずない。驚きすぎて、うまく思考が働かないが、とにかくこれはないだろ。ない、ない。ありえない。
「どうしてだ?」
「どうしてもなにも、俺は男で、青木も男だろ」
「それは、わかってる」
「なら、普通にありえないって、わかるだろ。男同士で付き合うとか変だろ」
つい今しがた、青木に、卒業してからも離れたくない、付き合いたいと言われた。
どうしてこんなバカなことを言い出したのかは、考えたくもないが、今はとにかく青木を思い止まらせるしかない。
卒業後、一柳は地元の専門学校へ、青木は都心の大学へと進学する。だから卒業すれば、疎遠になることは予想できることだった。
青木に離れたくないと言われたことは、一柳にとっては正直、嬉しい。嬉しいけれども。
「一柳と付き合うことが、変だとは思わない」
青木に真剣な顔で言われて、クラリと目眩がした。
待て、待て、待て、待て。
なにを血迷ったのか知らないが、本当に勘弁してもらいたい。
「いや、青木、だって、前に彼女とかいただろ」
頭をフル回転させて言葉を探す。一柳の知っている青木は、男と付き合いたいなんて言うようなヤツじゃなかったはずだ。
忘れもしない、あれは二年生の秋だった。青木に彼女ができて、それまでのように登下校や休み時間が一緒に過ごせなくなった。
青木は、一見地味だが背が高く、よく見れば顔も整っている。その上、成績は常にトップクラスを維持するほど頭がいい。
なにより真面目で面倒見のいい、優しい性格をしているから、一部の女子からは、それはそれは人気があった。
三年間で付き合ったのは一人だけだったけれども、ほかの女子からも告白されていたことも知っている。
「ああ。生徒会の後輩の子に告白されて、少しだけ付き合ったな。一ヶ月ももたなかったけれど」
「青木は別に男が趣味ってわけじゃないだろ?」
女の子が対象なのなら、普通に女の子と付き合ってもらいたい。
そして、自分なんかにそんな恐ろしいことを、二度と言わないでもらいたい。
「そうだけど、一柳は別だから」
「ひぇっ」
さらりと言われて、息の根が止まるかと思った。
青木が、冗談や酔狂でこんなことを言うような性格じゃないことは、イヤというほど知っている。
真面目で実直。誠実を絵に描いたような男だ。いつも周りに気を配り、空気を読むのもうまくて、生徒会の副会長をやるような人望の持ち主でもある。
ただ、こうと決めたら譲らない、誰にも左右されない頑固さも併せ持っていた。
「一柳となら、付き合いたい。それはそんなにダメなことか?」
誠心誠意を込めた瞳で、まっすぐに見つめられ、この上もなく恐ろしい言葉を告げられる。
怖い、怖い、怖い、怖い。
本気で身体が震えた。手のひらに、じっとりとイヤな汗が浮かぶ。
頼むから、そんなバカな考え、考え直してほしい。
「あのさ、男同士で付き合うって、現実的にどういうことか考えてもみろよ。大っぴらにできないんだぞ。常に後ろめたさがあるんだぞ。最悪、周りにバレたら気持ち悪いって後ろ指を指されたりするんだぞ。どう考えてもムリだろ。考えるまでもなくムリだろ」
頭から否定する一柳に、青木は一瞬、黙った。が、すぐに決意を込めた目で見返してくる。
「俺は、すごく考えた。考えた上で、一柳と付き合いたいと言っている」
青木の言葉に、カチンときた。
「考えたって、それ何時間だよ!?」
「時間の長さが問題なのか?」
「問題だろ! 少し考えたくらいで、簡単に付き合うとか言うなよ!」
自然に周りに人が集まるような、人気者で人付き合いも多い青木にしてみれば、付き合うなんて言葉は、なんてことないのかも知れない。
けれど、青木以外に友達もなく、人にどう接していいかもわからない一柳にしてみれば、人生を左右するほどの大問題なのだ。
一柳は、外見だけは派手だ。光の加減で金色にも見える薄茶色の髪と、抜けるように白い肌。琥珀色の瞳を縁取るまつ毛は、イヤになるほど長く、小造りながらも日本人離れした彫りの深い顔立ちをしている。
おまけに腰の位置が高く、手足が長くて、それほど背が高くもないのに、細身ですらりとした目立つ体形をしていた。
しかしその中身は、極度の人見知りだった。フランス人とのハーフである母親に似すぎた外見のせいで、よく外人の子だとからかわれたせいかも知れない。
青木は、そんな一柳にできた、はじめての友達だった。入学したその日に話しかけてくれて、ことあるごとに一緒にいてくれた。幸運なことに三年間クラスが離れることはなく、このときほど神様に感謝したことはなかった。青木と過ごした高校生活は本当に楽しくて、一柳にとっては何物にも代えがたい宝物のような日々だった。
それを、最後の最後で、どうしてこうなってしまったのか。
美しい思い出だけを抱えて、卒業したかったのに。
「簡単に言ったつもりはないんだけど」
それでも譲らない青木に、一柳は、喉元を締め上げられるような息苦しさを感じた。
どうしてそんなに困らせるんだ。
ただ、現実を見るだけのことなのに。
一柳はひとつ大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。それからガッと口を開けて、力いっぱい怒鳴りつける。
「じゃあっ、青木は俺とセックスできるのか!?」
青木が目を丸くした。
「男の俺と、裸で抱き合えるのか? 自分以外の男のを触ったり、身体中舐めたり、キスしたりできるのか? 男相手に興奮できるのかよっ!?」
わざと直接的な言葉を使い、悪し様に言う。
この際もう、絶交しようがなにしようが、かまうものか。
友達としての青木を失いたくないとか、そんな甘っちょろいことは言っていられない。なんとしても青木を思い止まらせなければならない。
男同士で付き合うなんてバカな考えだったと、目を覚ますのなら、一分一秒でも早いほうがいい。
「付き合うって言うのは、そういうことも含まれるんだぞ。友達の延長線上で、一緒にいればそれでいいってわけじゃないんだぞ」
脅すように声を低くした一柳の言葉に、青木は口元に手を当てて、考える素振りをみせた。
「……そこまでは、考えてなかった……」
そうつぶやいた青木に、一柳は泣きそうに顔を歪めた。
ほら、やっぱり。
これが正解だ。
伊達に三年間も一緒にいない。青木が男に興味がないなんてことは、ずっと前から知っている。
ずっと見てきた。
誰よりも見てきた。
ほかはどうでもいいくらい、誰よりもなによりも、青木のことだけを見てきたのだ。
よろめきそうになる自分が怖かったけど、これで青木も目が覚めただろう。
一柳は、唇の端を引き上げて笑みの形を作った。喉の奥に力を入れて、自分を奮い立たせる。
「青木は悪くないよ。なんか、色々考えさせてごめんな。変なこと言わせてごめん」
青木がこんなバカなことを言い出したのは、もともと一柳のせいだ。
青木は悪くない。
原因は、すべて自分だ。
青木は優しいから、青木以外にろくに喋れもしないような一柳を心配したのだ。この先また、独りぼっちで生きていくのだろう一柳に同情して、こんなことを言い出しただけなのだ。
わかっている。
わかっている。
だけど、そんな残酷な優しさは、いらない。
一柳は歯をくいしばり、強く拳を握った。
その優しさにすがりつきそうになる自分を押し留め、切り裂かれそうな胸の痛みに耐える。
はじめから、あきらめていた。ずっとあきらめていた。
なにも望まない。期待しない。振り返ってほしいなんて思わない。
ただ、友達としてそばにいられるだけで幸せ。青木に彼女ができたとき、死にそうに苦しくて、切なくて、胸が千切れるかと思ったこともあった。いくつもいくつも、青木を想って眠れない夜もあったけれど、それでも三年間ずっと幸せだった。
本当に、本当に。
こんな自分に、はじめて声をかけてくれたときから、ずっと。
周りから浮いていて、遠巻きにされるのが常な一柳に、普通に話しかけてくれて驚いた。
背が高くて顔もいいのに、なぜか目立たないのが羨ましかった。
いつも一緒にいてくれるのが不思議だった。
だけどそばにいてくれるだけで安心できた。
学校に行くのが楽しくなった。
毎朝おはようと言ってくれる、落ちついた喋り方がいいなと思った。
少しクセのある一柳の髪の、寝癖を直してくれる大きな手のひらの温かさが心地よかった。
一柳の曲がったネクタイを直してくれる、長くて器用な指先にドキドキした。
目が合うたびにときめいて、まるで夢の中にいるみたいにふわふわした。
なにも言わなくても当然のように一緒にいてくれる。それがとても嬉しくて、なによりも幸せだった。
元来の世話好きな性格のせいなのか、いつも青木は孤立しがちな一柳を気にかけてくれた。
結局その優しさに甘えて、三年間もの間ずっと世話になってしまったのだ。
だから今更、これ以上なんて望まない。
たとえ、どんなに想っていようとも。
青木は普通に女の子がいい人間なのだ。女の子と結ばれて幸せになるべき人間なのだ。
今、ここで青木の優しさに漬け込んで、その隣にいる権利を得たとしても、いつか青木もそれに気がつくだろう。
あとで後悔させるとわかっているのに、付き合ってもらうなんてこと、できるわけがない。
今日で卒業。
今日が最後。
だから、これでさよならだ。
一柳は握りしめていた拳をほどき、小さく息を調えた。それから、ゆっくりと顔を上げて、笑みを浮かべる。
「三年間、楽しかったよ。ありがとう」
未練を断ち切るように静かに別れを告げて、きびすを返す。
最後はちゃんと、笑えただろうか。
青木はこんなところで、自分なんかのためにつまずいてちゃダメだ。有名大学の医学部に現役合格するほど優秀で、将来は家業の病院を継ぐ大事な身でもある。
──大丈夫。
今はどんなに胸が軋んで、血を吐くほどに苦しくても。
いつかちゃんと、これでよかったと思える日が、きっとくる。
青木に背を向けて、一歩踏み出した、そのとき、二の腕を力強く引っ張られた。
「ひゃっ」
倒れるようにして、青木の腕の中に抱き止められる。
「まだ、話は終わってないんだけど」
間近から降ってきた声に、身を竦める。
いや、もう終わりでいいだろう。これ以上話すことなんか、なにもない。
「離して……っ」
青木の腕から逃れようともがいた一柳に、しかしそのとき、思ってもいないことが起きた。
青木の顔が近づいたかと思うと、頬に青木の唇が触れたのだ。
「ふぇっ。え?」
一柳が驚いて顔を上げると、再び青木の顔が近づいてきた。
今度は、一柳の唇の上に。
「ん……っ」
唇に触れた、温かく柔らかい感触。瞬間、背中を駆け抜けた甘い痺れに、一柳はぎゅっときつく目をつぶった。
……なんだ、これは。一体なにが起こっているのだ。
わけもわからないまま、唇が離れた瞬間にそろそろと目を開けて、離れていく青木の顔を見る。
近すぎて焦点は合わなかったけれど、青木の口元が笑みの形を刻んでいることだけは、はっきりとわかった。
……なんで?
一柳が呆然としているうちに、顎に指を添えられて、一度離れたそれがまた重なってきた。
今度は、先程よりも、長く。
「ふ……、んん……」
唇で唇の形を確かめるみたいに、しっとりと合わさった唇が食むように優しく動いた。ゆっくりとした動きで、二度、三度とそれを繰り返される。
頭がぼんやりとして、首の後ろがぞくぞくしてくる。
生まれてはじめて体験する甘い衝撃に、一柳は身体を震わせた。
「……んっ……」
最後に少しだけ下唇を吸われて、ちゅっと音をたてて離れる。
──これは、夢ではないのだろうか?
とても現実のこととは思えず、目を見開く一柳の前で、青木がふっと唇を緩めた。
「キスはできた。これ以上も、一柳がいいって言うなら今すぐにでもするけど、どうする?」
「ふ、え、え。は?」
一柳は、言葉にならない声をあげた。
なにを言っている。なにを言っているんだ。
普通に女の子がよくて、男なんて眼中にないような人間が。
こんなまっ平らで、かわいくも柔らかくもない、どこをとっても男でしかないヤツを相手に、なにを言っているんだ。
「俺は正直、そこまで具体的に考えてたわけじゃなかった。けど一柳は、考えてたってことだろう?」
核心をつかれて、びくりと全身が揺れる。
かあっと頭に血がのぼり、心臓が飛び出しそうなほど跳ねた。
一瞬にして真っ赤になった一柳の顔を、青木がのぞき込んでくる。
「俺のを触ったり、舐めたり、キスしたいって想像してた? ……興奮した?」
こちらが言った言葉を逆手に使ってやり返されてしまい、ぐうの音も出なくなる。
なんてことを言うのだ。
人がせっかく、触れないようにしてきたことを。
三年間、必死で隠してきたことを。
「……酷い」
「酷いのは俺か? そんな、全身で逃げようとして。人の話に聞く耳も持たないで」
はじめから、青木の言葉を聞く気がなかったことを、責められる。
「今日ここで別れたら、もう俺と会わないつもりだっただろう」
強い声で言われて、一柳はぎくりとして肩を揺らした。
見透かされている。
青木の言う通り、一柳はもう、青木と会わないつもりだった。
今日で卒業。
今日が最後。
本当は、なにも言わずに、黙って卒業するはずだった。そしてもう、青木とは会わないつもりだった。
いつかすべてが、なつかしいと思えるようになる、そのときまで。
「俺は、勝手に思い出にされる気はないよ。今日一日、ずっと一柳のことを考えてた。卒業式どころじゃなかったよ」
それは、一柳のほうだって同じだ。
いつ卒業式がはじまり、終わったのかもおぼえていないほど、青木のことばかりを気にしていた。
「俺は確かに一柳ほど考えてはいないのかも知れない。でも付き合う大変さなんて、男女でもあることだろう? 男だからって理由だけで、一柳と離れたくない。一柳にも、離れて当然だなんて寂しいこと、思ってもらいたくないよ」
真剣な顔で、真摯な言葉を紡がれる。
すぐ間近にある青木の瞳の中に、その言葉通り寂しそうな色がにじんでいるのが見えて、一柳は喉を震わせた。
三年も、ずっと想いを寄せていた相手にここまで言われて、傾くなというほうが無理な話だろう。
勝手にすべてをあきらめて、勝手に思い出にしようとしていた。それを寂しいと言ってくれているのだ。
誰よりも大切で、なによりも忘れがたい、たった一人の人が。
「……っ、ううーっ……」
ぶわっと音をたてて、押し込めていた想いが溢れた。溢れたものが透明な雫になって、盛大に頬を濡らしてゆく。
だって本当は、嬉しかった。どんな気の迷いでも、付き合おうと言ってくれたことが嬉しかった。
青木が自分なんかと付き合っても、なんのメリットもないのに。男同士で付き合うなんて迷惑にしかならないと、わかっているのに。
「ごめっ……、ごめ……ん。俺、青木に、すごい、迷惑……」
「なんで謝る。それに俺は、迷惑だなんて一言も言っていないし、思ってもいない」
優しい指先が頬に触れ、止めどなく溢れる涙を拭ってくれる。
その優しさにますます泣けてきて、一柳は嗚咽をもらしながら、青木の胸にすがりついた。
自分からは、決して手を伸ばしてはいけないと思っていた人。
その人に、手が届く日がくるなんて、思ってもみなかった。
「うっ、うっ、うー……」
どうにも止まらない涙に、青木は少しだけ困ったような顔をした。
「そんなに泣くと、目が腫れて開かなくなるぞ?」
小さな囁きとともに、青木が身を屈める。
なにも望まないと言いながら、触れてみたらどんな感じがするのだろうと、こっそり夢見ていた唇が、再び落ちてくる。
──もう、どうしようもない。
本気で青木と離れたかったのなら、自分はなにも言うべきじゃなかった。それをわかっていながらそうしなかったのは、最後に、青木の中に自分を刻み付けたいという思いがあったからだろう。
自分の中に刻まれている、十分の一でもいいから。
青木に自分のことを、忘れないでいてほしかった。
唇が触れる寸前、涙の膜の向こうで、青木がそっと甘やかに微笑んだ。
「嬉しかったよ。今朝の一柳からの、告白」
~おわり~
三月のはじめの空が、青く綺麗に澄んでいた。
新たな門出を祝うような、麗らかな今日の日は、まさに卒業式日和だった。
それなのに。
「はあああっ!? 青木、お前、自分がなに言ってるのか、わかってるのか?」
一柳は、裏返った声をあげた。そうして目をむいて、目の前に立つ男を見上げる。
卒業式も無事に終わり、あとは三年間の思い出の詰まった校舎を後にして、帰るだけのところだった。それを、青木に見つかり、つかまり、なかば無理やりに、人気のないこの特別棟まで連れてこられてしまった。
本当は、ひっそりと一人で帰りたかった。なんの問題もなく、高校生活を終わりたかった。
「うん、わかってる」
なのに、目の前の男は、神妙な顔でしっかりとうなづき、特大の爆弾を落としてくれたのだ。
青木とは、高校に入学したときからの友達だった。派手な見た目の一柳と、地味で大人しい印象の青木ではあったが、出席番号が近く、すぐに仲良くなった。今では一番の親友になっていた。
「いやいやいやいや。ムリだろ。ないだろ。ありえないだろ」
一柳は、全身全霊で否定した。
こんなことない。あるはずない。驚きすぎて、うまく思考が働かないが、とにかくこれはないだろ。ない、ない。ありえない。
「どうしてだ?」
「どうしてもなにも、俺は男で、青木も男だろ」
「それは、わかってる」
「なら、普通にありえないって、わかるだろ。男同士で付き合うとか変だろ」
つい今しがた、青木に、卒業してからも離れたくない、付き合いたいと言われた。
どうしてこんなバカなことを言い出したのかは、考えたくもないが、今はとにかく青木を思い止まらせるしかない。
卒業後、一柳は地元の専門学校へ、青木は都心の大学へと進学する。だから卒業すれば、疎遠になることは予想できることだった。
青木に離れたくないと言われたことは、一柳にとっては正直、嬉しい。嬉しいけれども。
「一柳と付き合うことが、変だとは思わない」
青木に真剣な顔で言われて、クラリと目眩がした。
待て、待て、待て、待て。
なにを血迷ったのか知らないが、本当に勘弁してもらいたい。
「いや、青木、だって、前に彼女とかいただろ」
頭をフル回転させて言葉を探す。一柳の知っている青木は、男と付き合いたいなんて言うようなヤツじゃなかったはずだ。
忘れもしない、あれは二年生の秋だった。青木に彼女ができて、それまでのように登下校や休み時間が一緒に過ごせなくなった。
青木は、一見地味だが背が高く、よく見れば顔も整っている。その上、成績は常にトップクラスを維持するほど頭がいい。
なにより真面目で面倒見のいい、優しい性格をしているから、一部の女子からは、それはそれは人気があった。
三年間で付き合ったのは一人だけだったけれども、ほかの女子からも告白されていたことも知っている。
「ああ。生徒会の後輩の子に告白されて、少しだけ付き合ったな。一ヶ月ももたなかったけれど」
「青木は別に男が趣味ってわけじゃないだろ?」
女の子が対象なのなら、普通に女の子と付き合ってもらいたい。
そして、自分なんかにそんな恐ろしいことを、二度と言わないでもらいたい。
「そうだけど、一柳は別だから」
「ひぇっ」
さらりと言われて、息の根が止まるかと思った。
青木が、冗談や酔狂でこんなことを言うような性格じゃないことは、イヤというほど知っている。
真面目で実直。誠実を絵に描いたような男だ。いつも周りに気を配り、空気を読むのもうまくて、生徒会の副会長をやるような人望の持ち主でもある。
ただ、こうと決めたら譲らない、誰にも左右されない頑固さも併せ持っていた。
「一柳となら、付き合いたい。それはそんなにダメなことか?」
誠心誠意を込めた瞳で、まっすぐに見つめられ、この上もなく恐ろしい言葉を告げられる。
怖い、怖い、怖い、怖い。
本気で身体が震えた。手のひらに、じっとりとイヤな汗が浮かぶ。
頼むから、そんなバカな考え、考え直してほしい。
「あのさ、男同士で付き合うって、現実的にどういうことか考えてもみろよ。大っぴらにできないんだぞ。常に後ろめたさがあるんだぞ。最悪、周りにバレたら気持ち悪いって後ろ指を指されたりするんだぞ。どう考えてもムリだろ。考えるまでもなくムリだろ」
頭から否定する一柳に、青木は一瞬、黙った。が、すぐに決意を込めた目で見返してくる。
「俺は、すごく考えた。考えた上で、一柳と付き合いたいと言っている」
青木の言葉に、カチンときた。
「考えたって、それ何時間だよ!?」
「時間の長さが問題なのか?」
「問題だろ! 少し考えたくらいで、簡単に付き合うとか言うなよ!」
自然に周りに人が集まるような、人気者で人付き合いも多い青木にしてみれば、付き合うなんて言葉は、なんてことないのかも知れない。
けれど、青木以外に友達もなく、人にどう接していいかもわからない一柳にしてみれば、人生を左右するほどの大問題なのだ。
一柳は、外見だけは派手だ。光の加減で金色にも見える薄茶色の髪と、抜けるように白い肌。琥珀色の瞳を縁取るまつ毛は、イヤになるほど長く、小造りながらも日本人離れした彫りの深い顔立ちをしている。
おまけに腰の位置が高く、手足が長くて、それほど背が高くもないのに、細身ですらりとした目立つ体形をしていた。
しかしその中身は、極度の人見知りだった。フランス人とのハーフである母親に似すぎた外見のせいで、よく外人の子だとからかわれたせいかも知れない。
青木は、そんな一柳にできた、はじめての友達だった。入学したその日に話しかけてくれて、ことあるごとに一緒にいてくれた。幸運なことに三年間クラスが離れることはなく、このときほど神様に感謝したことはなかった。青木と過ごした高校生活は本当に楽しくて、一柳にとっては何物にも代えがたい宝物のような日々だった。
それを、最後の最後で、どうしてこうなってしまったのか。
美しい思い出だけを抱えて、卒業したかったのに。
「簡単に言ったつもりはないんだけど」
それでも譲らない青木に、一柳は、喉元を締め上げられるような息苦しさを感じた。
どうしてそんなに困らせるんだ。
ただ、現実を見るだけのことなのに。
一柳はひとつ大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。それからガッと口を開けて、力いっぱい怒鳴りつける。
「じゃあっ、青木は俺とセックスできるのか!?」
青木が目を丸くした。
「男の俺と、裸で抱き合えるのか? 自分以外の男のを触ったり、身体中舐めたり、キスしたりできるのか? 男相手に興奮できるのかよっ!?」
わざと直接的な言葉を使い、悪し様に言う。
この際もう、絶交しようがなにしようが、かまうものか。
友達としての青木を失いたくないとか、そんな甘っちょろいことは言っていられない。なんとしても青木を思い止まらせなければならない。
男同士で付き合うなんてバカな考えだったと、目を覚ますのなら、一分一秒でも早いほうがいい。
「付き合うって言うのは、そういうことも含まれるんだぞ。友達の延長線上で、一緒にいればそれでいいってわけじゃないんだぞ」
脅すように声を低くした一柳の言葉に、青木は口元に手を当てて、考える素振りをみせた。
「……そこまでは、考えてなかった……」
そうつぶやいた青木に、一柳は泣きそうに顔を歪めた。
ほら、やっぱり。
これが正解だ。
伊達に三年間も一緒にいない。青木が男に興味がないなんてことは、ずっと前から知っている。
ずっと見てきた。
誰よりも見てきた。
ほかはどうでもいいくらい、誰よりもなによりも、青木のことだけを見てきたのだ。
よろめきそうになる自分が怖かったけど、これで青木も目が覚めただろう。
一柳は、唇の端を引き上げて笑みの形を作った。喉の奥に力を入れて、自分を奮い立たせる。
「青木は悪くないよ。なんか、色々考えさせてごめんな。変なこと言わせてごめん」
青木がこんなバカなことを言い出したのは、もともと一柳のせいだ。
青木は悪くない。
原因は、すべて自分だ。
青木は優しいから、青木以外にろくに喋れもしないような一柳を心配したのだ。この先また、独りぼっちで生きていくのだろう一柳に同情して、こんなことを言い出しただけなのだ。
わかっている。
わかっている。
だけど、そんな残酷な優しさは、いらない。
一柳は歯をくいしばり、強く拳を握った。
その優しさにすがりつきそうになる自分を押し留め、切り裂かれそうな胸の痛みに耐える。
はじめから、あきらめていた。ずっとあきらめていた。
なにも望まない。期待しない。振り返ってほしいなんて思わない。
ただ、友達としてそばにいられるだけで幸せ。青木に彼女ができたとき、死にそうに苦しくて、切なくて、胸が千切れるかと思ったこともあった。いくつもいくつも、青木を想って眠れない夜もあったけれど、それでも三年間ずっと幸せだった。
本当に、本当に。
こんな自分に、はじめて声をかけてくれたときから、ずっと。
周りから浮いていて、遠巻きにされるのが常な一柳に、普通に話しかけてくれて驚いた。
背が高くて顔もいいのに、なぜか目立たないのが羨ましかった。
いつも一緒にいてくれるのが不思議だった。
だけどそばにいてくれるだけで安心できた。
学校に行くのが楽しくなった。
毎朝おはようと言ってくれる、落ちついた喋り方がいいなと思った。
少しクセのある一柳の髪の、寝癖を直してくれる大きな手のひらの温かさが心地よかった。
一柳の曲がったネクタイを直してくれる、長くて器用な指先にドキドキした。
目が合うたびにときめいて、まるで夢の中にいるみたいにふわふわした。
なにも言わなくても当然のように一緒にいてくれる。それがとても嬉しくて、なによりも幸せだった。
元来の世話好きな性格のせいなのか、いつも青木は孤立しがちな一柳を気にかけてくれた。
結局その優しさに甘えて、三年間もの間ずっと世話になってしまったのだ。
だから今更、これ以上なんて望まない。
たとえ、どんなに想っていようとも。
青木は普通に女の子がいい人間なのだ。女の子と結ばれて幸せになるべき人間なのだ。
今、ここで青木の優しさに漬け込んで、その隣にいる権利を得たとしても、いつか青木もそれに気がつくだろう。
あとで後悔させるとわかっているのに、付き合ってもらうなんてこと、できるわけがない。
今日で卒業。
今日が最後。
だから、これでさよならだ。
一柳は握りしめていた拳をほどき、小さく息を調えた。それから、ゆっくりと顔を上げて、笑みを浮かべる。
「三年間、楽しかったよ。ありがとう」
未練を断ち切るように静かに別れを告げて、きびすを返す。
最後はちゃんと、笑えただろうか。
青木はこんなところで、自分なんかのためにつまずいてちゃダメだ。有名大学の医学部に現役合格するほど優秀で、将来は家業の病院を継ぐ大事な身でもある。
──大丈夫。
今はどんなに胸が軋んで、血を吐くほどに苦しくても。
いつかちゃんと、これでよかったと思える日が、きっとくる。
青木に背を向けて、一歩踏み出した、そのとき、二の腕を力強く引っ張られた。
「ひゃっ」
倒れるようにして、青木の腕の中に抱き止められる。
「まだ、話は終わってないんだけど」
間近から降ってきた声に、身を竦める。
いや、もう終わりでいいだろう。これ以上話すことなんか、なにもない。
「離して……っ」
青木の腕から逃れようともがいた一柳に、しかしそのとき、思ってもいないことが起きた。
青木の顔が近づいたかと思うと、頬に青木の唇が触れたのだ。
「ふぇっ。え?」
一柳が驚いて顔を上げると、再び青木の顔が近づいてきた。
今度は、一柳の唇の上に。
「ん……っ」
唇に触れた、温かく柔らかい感触。瞬間、背中を駆け抜けた甘い痺れに、一柳はぎゅっときつく目をつぶった。
……なんだ、これは。一体なにが起こっているのだ。
わけもわからないまま、唇が離れた瞬間にそろそろと目を開けて、離れていく青木の顔を見る。
近すぎて焦点は合わなかったけれど、青木の口元が笑みの形を刻んでいることだけは、はっきりとわかった。
……なんで?
一柳が呆然としているうちに、顎に指を添えられて、一度離れたそれがまた重なってきた。
今度は、先程よりも、長く。
「ふ……、んん……」
唇で唇の形を確かめるみたいに、しっとりと合わさった唇が食むように優しく動いた。ゆっくりとした動きで、二度、三度とそれを繰り返される。
頭がぼんやりとして、首の後ろがぞくぞくしてくる。
生まれてはじめて体験する甘い衝撃に、一柳は身体を震わせた。
「……んっ……」
最後に少しだけ下唇を吸われて、ちゅっと音をたてて離れる。
──これは、夢ではないのだろうか?
とても現実のこととは思えず、目を見開く一柳の前で、青木がふっと唇を緩めた。
「キスはできた。これ以上も、一柳がいいって言うなら今すぐにでもするけど、どうする?」
「ふ、え、え。は?」
一柳は、言葉にならない声をあげた。
なにを言っている。なにを言っているんだ。
普通に女の子がよくて、男なんて眼中にないような人間が。
こんなまっ平らで、かわいくも柔らかくもない、どこをとっても男でしかないヤツを相手に、なにを言っているんだ。
「俺は正直、そこまで具体的に考えてたわけじゃなかった。けど一柳は、考えてたってことだろう?」
核心をつかれて、びくりと全身が揺れる。
かあっと頭に血がのぼり、心臓が飛び出しそうなほど跳ねた。
一瞬にして真っ赤になった一柳の顔を、青木がのぞき込んでくる。
「俺のを触ったり、舐めたり、キスしたいって想像してた? ……興奮した?」
こちらが言った言葉を逆手に使ってやり返されてしまい、ぐうの音も出なくなる。
なんてことを言うのだ。
人がせっかく、触れないようにしてきたことを。
三年間、必死で隠してきたことを。
「……酷い」
「酷いのは俺か? そんな、全身で逃げようとして。人の話に聞く耳も持たないで」
はじめから、青木の言葉を聞く気がなかったことを、責められる。
「今日ここで別れたら、もう俺と会わないつもりだっただろう」
強い声で言われて、一柳はぎくりとして肩を揺らした。
見透かされている。
青木の言う通り、一柳はもう、青木と会わないつもりだった。
今日で卒業。
今日が最後。
本当は、なにも言わずに、黙って卒業するはずだった。そしてもう、青木とは会わないつもりだった。
いつかすべてが、なつかしいと思えるようになる、そのときまで。
「俺は、勝手に思い出にされる気はないよ。今日一日、ずっと一柳のことを考えてた。卒業式どころじゃなかったよ」
それは、一柳のほうだって同じだ。
いつ卒業式がはじまり、終わったのかもおぼえていないほど、青木のことばかりを気にしていた。
「俺は確かに一柳ほど考えてはいないのかも知れない。でも付き合う大変さなんて、男女でもあることだろう? 男だからって理由だけで、一柳と離れたくない。一柳にも、離れて当然だなんて寂しいこと、思ってもらいたくないよ」
真剣な顔で、真摯な言葉を紡がれる。
すぐ間近にある青木の瞳の中に、その言葉通り寂しそうな色がにじんでいるのが見えて、一柳は喉を震わせた。
三年も、ずっと想いを寄せていた相手にここまで言われて、傾くなというほうが無理な話だろう。
勝手にすべてをあきらめて、勝手に思い出にしようとしていた。それを寂しいと言ってくれているのだ。
誰よりも大切で、なによりも忘れがたい、たった一人の人が。
「……っ、ううーっ……」
ぶわっと音をたてて、押し込めていた想いが溢れた。溢れたものが透明な雫になって、盛大に頬を濡らしてゆく。
だって本当は、嬉しかった。どんな気の迷いでも、付き合おうと言ってくれたことが嬉しかった。
青木が自分なんかと付き合っても、なんのメリットもないのに。男同士で付き合うなんて迷惑にしかならないと、わかっているのに。
「ごめっ……、ごめ……ん。俺、青木に、すごい、迷惑……」
「なんで謝る。それに俺は、迷惑だなんて一言も言っていないし、思ってもいない」
優しい指先が頬に触れ、止めどなく溢れる涙を拭ってくれる。
その優しさにますます泣けてきて、一柳は嗚咽をもらしながら、青木の胸にすがりついた。
自分からは、決して手を伸ばしてはいけないと思っていた人。
その人に、手が届く日がくるなんて、思ってもみなかった。
「うっ、うっ、うー……」
どうにも止まらない涙に、青木は少しだけ困ったような顔をした。
「そんなに泣くと、目が腫れて開かなくなるぞ?」
小さな囁きとともに、青木が身を屈める。
なにも望まないと言いながら、触れてみたらどんな感じがするのだろうと、こっそり夢見ていた唇が、再び落ちてくる。
──もう、どうしようもない。
本気で青木と離れたかったのなら、自分はなにも言うべきじゃなかった。それをわかっていながらそうしなかったのは、最後に、青木の中に自分を刻み付けたいという思いがあったからだろう。
自分の中に刻まれている、十分の一でもいいから。
青木に自分のことを、忘れないでいてほしかった。
唇が触れる寸前、涙の膜の向こうで、青木がそっと甘やかに微笑んだ。
「嬉しかったよ。今朝の一柳からの、告白」
~おわり~
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
とあるΩ達の試練
如月圭
BL
吉住クレハは私立成城学園に通う中学三年生の男のオメガだった。同じ学園に通う男のオメガの月城真とは、転校して初めてできた同じオメガの友達だった。そんな真には、番のアルファが居て、クレハはうらやましいと思う。しかし、ベータの女子にとある事で目をつけられてしまい……。
この話はフィクションです。更新は、不定期です。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
罰ゲームって楽しいね♪
あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」
おれ七海 直也(ななみ なおや)は
告白された。
クールでかっこいいと言われている
鈴木 海(すずき かい)に、告白、
さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。
なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの
告白の答えを待つ…。
おれは、わかっていた────これは
罰ゲームだ。
きっと罰ゲームで『男に告白しろ』
とでも言われたのだろう…。
いいよ、なら──楽しんでやろう!!
てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が
こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ!
ひょんなことで海とつき合ったおれ…。
だが、それが…とんでもないことになる。
────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪
この作品はpixivにも記載されています。
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる