きみに駆ける

美和優希

文字の大きさ
11 / 20

(11)

しおりを挟む
 グッと両の拳を握る幸村先輩の瞳は、やっぱり怒りに満ちている。
 だけど、私もその幸村先輩の言い方にはカチンと来るものがあった。その程度だなんて、私はそんな風に思ってなかったのに。

「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。私には走ることしかなかったのに、あんなことになってしまって……」
「もう走れるんでしょう? 聞いたわよ。体育の授業の様子を見ても、もう以前みたいに走れるようになってるって」
「……っ」
「どこか間違ってるところある?」

 確かに幸村先輩の言う通りだ。私は、もう以前のように走れる。
 ただ、あの日に感じた挫折と向き合うのが怖かった。陸上部の人たちと向き合うのが怖かった。幸村先輩の言う通り、私は逃げていただけだ。
 自分でもわかっていたけれど、認めたくなかった。
 けれど、こんな風に逃げ場を塞がれては認めざるを得ない。

「……すみませんでした」

 また私は、陸上部の人たちを──幸村先輩をはじめとした先輩たちのことも、がっかりさせてしまったのかもしれない。
 本当にどうしようもなくて、情けなくなる。
 そのとき、再び下げた後頭部にコツンと何か固い感触が触れる。

「……本当に悪いと思ってるならさ、戻って来なよ」
「え……?」

 見ると、練習用で使っていた古びたリレーのバトンが私の後頭部に当てられたようだった。
 幸村先輩は、私に薄汚れた黄色いバトンを差し出して口を開く。

「私はまた、内村さんと走りたい」
「幸村先輩……」
「私も、走りたい! 先輩たちも、そうですよね」

 すかさず横から加奈が口を開く。
 加奈がそばで私たちの会話を見ていた二人の先輩に同意を求めると、二人とも戸惑う様子もなくうなずいてくれる。
 特に二人の先輩のうちの一人は、私が春の大会のリレーの選手になったことでメンバーから外れた先輩だというのに、本当に私のことを嫌だと思っていないのだろうか。

「それに、これ、何だと思う?」

 そう言いながら、幸村先輩はズボンのポケットから小さく折り畳まれたザラ紙を一枚取り出した。
 丁寧に広げてもしわくちゃになってしまっているその紙は、私が何ヶ月か前に門田先生に提出したはずの退部届けだった。

「何で……」

 そこには、確かに退部の意思を示した私の文字が並んでいるが、受領印は押されていない。

「内村さんなら、きっと戻ってきてくれると信じてたから。だから、内村さんは今も陸上部の一員だよ」

 あの日から、ずっと私の居場所はなくなったと思っていた。
 だけど、それは違ったんだと思い知らされる。
 あまりにも重なった辛い現実から目をそらすと同時に、私は目の前にあった優しさも見えなくなってしまっていたんだ。
 厳しい言い方ではあるが、幸村先輩の表情は優しい。
 逆境に立ち向かえずに逃げてしまった私のことを待ってくれていたんだと思うと、腹の底から熱いものが込み上げてくると同時に、頬に熱いものが伝った。


「……私が戻ってもいいんですか?」
「当然よ。また一緒に走りましょう」
「……はい」


 今までずっと悩んでいたのが嘘みたいに、晴れやかな気持ちになる。
 これも、無理やりにでも私をここに連れてきて、私の背を押してくれた月島くんのおかげだ。
 月島くんの方を見ると、彼は頑張ったねとガッツポーズをしてくれた。
 そのとき、陸上競技場内から、女子リレーの決勝戦の招集アナウンスが流れるのが耳に届く。

「そろそろ行かなきゃね。内村さんも、もちろん来るよね」
「はい!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...