伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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2.仲直りの醤油めし

2ー3

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 *


 幽霊の男の子、兵頭ひょうどう 和樹かずきくんは生前、松山市内にある中学に通う一年生だったが、二年生に進級する直前に亡くなってしまったらしい。


 隣に座っている和樹くんは、私が座布団に腰を下ろすなり身をこちらに向けて、早速と言わんばかりの勢いで饒舌に話し始めた。

 そして、一通り自分のことを話し終えると、身を乗り出すようにして私を見つめてくる。


「で、今度はお姉さんこと教えて!」

「え、私!?」


 突然自分に振られるなんて思わなかったから、すっとんきょうな声が出てしまった。


「名前は何て言うん?」


 こちらの戸惑いなどまるで気にせず無邪気な瞳でこちらを見る顔は、やっぱり中学生相応のあどけなさがある。


「江口恵と申します」

「ケイちゃんね。歳は?」


 け、ケイちゃん……!?

 まさか中学生の男の子……しかも幽霊にまで“ケイちゃん”と呼ばれるとは思わなかった……!


「二十三です……」

「じゃあ俺より十歳上か。趣味は? 休みの日は何しとるん?」

「趣味は特に……」


 中学生って十歳も歳離れてたんだな、とか、答えられる趣味がないってどうなんだろう、とかいちいち考えてしまった。

 和樹くんはそのあともたくさんの質問を投げかけてきて、私は聞かれるがままに答えたけれど、就職活動の面接が連想的に思い出されて内心げんなりしてしまいそうになる。


「ふーん。ケイちゃん、人生楽しい?」

「え!? まぁ、それなりには……」


 唐突な質問に、つい背筋が伸びる。

 楽しそうにそう言う目の前の彼は、すでに十三歳という若さで亡くなっているのだ。
 そんな和樹くんに向かって、何てこたえればいいのかと言葉に詰まった。

 和樹くんが生きたかっただろう未来、そして今。

 間違っても今がつまらないなんて言えないし、だからといって、胸を張って「幸せです!」とも言いづらい。

 悩んだ末、曖昧に誤魔化すような言い方しかできなかった。けれどむすび屋との出会いがあってから、どん底な日々から救われたのは間違いないし、毎日それなりに充実している。だから嘘はついてないと思う。


「あ、そうや。今日、土曜日よな」

「はい、そうですけど……」


 こちらは言葉選びに悩んだというのに、全く触れられることなく切り出された新しいワードに、きょとんとする。

 土曜日がどうしたというのだろう?


「なぁ、夜市よいち行こ!」

「へ?」


 よいちって、何……?

 和樹くんは笑顔で提案してきたが、私の頭上には“はてな”が浮かんでいた。こちらのことはお構いなしに、和樹くんは一人で決めてしまう。


「決まりやね。あと、敬語はやめてや。俺の方が年下やろ? 俺、堅苦しいの苦手なんよ」


 相手が中学生とはいえお客様だ。そう言われてもタメ口で話すのは気が引けるところがある。


「次敬語でしゃべったらお仕置きやけん」

「わ、わかったよ……!」


 しかしお仕置きだなんて言われてしまって、慌ててそう答えるしかなかった。

 私の返事を聞いて、和樹くんは嬉しそうに笑っている。

 本人の希望なら、叶えられるものならなるべく希望に添いたい。だから、間違ってはないのだろう。


「じゃあ、行こっか。ケイちゃんと夜市に行くって、他の民宿の人に伝えといた方がいいやろ? 後でケイちゃんだけ怒られたら嫌やん」

「まぁ、そうだけど……」


 そんな感じで、私は和樹くんに急かされるようにして客室をあとにした。


 *


 さすがにお客様の希望とはいえ、一緒に出かける許可は出ないだろうと思っていた。

 ところが、晃さんはあっさりと「それなら行ってこい」と私に言ったのだ。

 しかも、あろうことか私は、そうと決まればとばかりに浴衣に着替えさせられていた。


「めっちゃ似合っとるやん!」

 和樹くんが私を見て、興奮気味に声を上げる。


「そうかな……」

 着付けなんてできないからと浴衣に着替えるのは、断ろうとした。

 しかし、私が“よいち”に行くと聞きつけたなずなさんとなのかさんが頭の上から足の先まで私を“よいち”スタイルにしていったのだ。

 今着ている白地に赤い金魚が泳ぐ浴衣は、なのかさんのものらしい。

 浴衣なんて、もう何年も着ていなかった。
 それだけに、臙脂えんじ色の作務衣から可愛らしい浴衣に着替えて気恥ずかしい気持ちになる。
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