伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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2.仲直りの醤油めし

2ー10

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「美味しい」

 初めて食べるのに、どこか懐かしさを感じる味だ。自然と頬が緩む。


「やろ? 俺も醤油めし大好きやけん、さっき和樹くんの思い出に残ってる料理で見えて、嬉しくて思わず作ってしまったんよ」

「あの……見えたというのは?」

 聞き逃してしまいそうなくらい、拓也さんがあっさりと言ってのけた言葉に引っ掛かりを覚える。


「あれ? 話しとらんかったっけ? 俺、人の思い出が見えるんよ」

「……え?」

 人の思い出が、見える……?


「あ、そんな全部見えるわけやないけんな。見えるんは、料理だけやけん。その人の、一番強く思い出に残ってる料理」

「思い出の料理? それってこの前の……」

 思い浮かぶのは、この前、チャチャを探していたおばあさんとむすび屋に初めて訪れたときに出してもらったゆずの香るタルトだ。

 そういえば、タルトのことなんて誰も話していなかったのに、当たり前のように出てきた。

 人の思い出の料理が見える、なんてことがあるのだろうか?

 幽霊が見える特異体質を持った私が言うのもおかしいけれど、誰もがそう思うだろう。

 だけどあの日、むすび屋の従業員には一切伝えてなかったにも関わらず、おばあさんとチャチャの思い出のタルトが出てきた。それを思えば、一気に現実味が増してきた。

 まさか、チャチャが話したわけではないだろうし……。


「この前もそうやで。チャチャの思い出の料理……というよりあれはお菓子やったけど、あれもチャチャとおばあさんの思い出から見えたんよ。二人の思い出のお菓子が見事に一致してて、分かりやすかったわ」

 拓也さんが得意げに笑う。


「まぁその分、拓也は俺らと違って、かなり意識を集中させないと霊が見えないんだけどな。生前、食べることが嫌いだった人ってあまりいないから、幽霊の客にはサプライズ的なサービスとしてやってるんだ。もちろん、客には思い出を読んでるなんて伝えないけどな」

 続けて、拓也さんの言葉を補うように晃さんが説明してくれる。

 確かに自分の思い出深い料理が突然出てきたら嬉しいけれど、それはつまり思い出の料理の記憶を見られているということだよね……。
 正直、自分の立場で考えると複雑な気持ちになる。


「思い出の料理って、何かしら思い入れがあったり、生前好きだった料理やろ? やけん、やっぱり見てしまった以上は“思い出の料理”をお出しして、少しでも癒されてくれたらいいなって思って始めたんよ」

「……それなら拓也さんには、私の思い出の料理もお見通しなんですか?」

 私がそれとなく尋ねてみると、拓也さんは首を横に振った。


「いいや。亡くなった人間のは自然と見えてしまうけど、生きてる人間のは意識して見んと見えんのよ」

「そうですか」

「意図的に見たのは、チャチャのくらいやで。そんな心配せんでも、ケイちゃんの思い出を盗み見たりせんけん、安心し? ケイちゃんもここで働きはじめたし、俺のこと知っとってもらおうと話したけど、気持ち悪がらんとってな」

 口調こそ軽いものの、まるで懇願するような拓也さんの表情を見て「はい」以外の返事をする人はいないだろう。

 私はよく知っている。人とちょっと違うということが、どういうことかということを。

 拓也さんもその特殊な能力を持っているせいで、苦労してきたのだろう。

 少しホッとしたのと同時に、拓也さんのつらい思いを垣間見た気がした。


 ふと目の前の醤油めし定食に視線を落とす。

 和樹くんは、この料理にどんな思い入れがあるのだろう。

 へらりと笑う表情とお兄さんへの後悔を滲ませた苦しげな表情と、両極端な二つの和樹くんの顔が頭の中に同時に浮かぶ。

 料理は最高に美味しいものの、何だか胸が締め付けられて切ない。


「……で、何かわかったのか、和樹のこと。あいつ、何かと抱えてそうだっただろ?」

「あ……」

 そのとき、目の前の晃さんから今まさに考えていた和樹くん自身のことについて聞かれて、思わず背筋が伸びる。


「その様子だと、何かわかったのか?」

「……はい」

 和樹くんが何を思って私に心の内を話してくれたのかはわからない。

 私だったから話してくれたのか。それともただ、あまりに抱えるものがつらすぎて誰かに話を聞いてもらいたかったのか。

 もしも、うぬぼれではなく前者が理由なら、私が勝手に晃さんと拓也さんの二人に和樹くんの悩みを話してしまうのは気が引ける。

 けれど、私一人で頭を抱えるよりも、和樹くんを救うための良い案が得られる気がして、私は夜市で打ち明けられたことを二人と共有した。
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