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3.恋する特製カレーオムライス
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「まぁそうだな。何か思い詰めたような顔をしてたし、何かしら未練を抱えているんだろうからな」
晃さんは仕方ないなという顔をしてこちらに向き直る。
「ケイ、そういうことだ。少なくともこの団体客を見送る日まで忙しいことにかわりないから、彼女のことは頼んだぞ」
「は、はい……」
本当に大丈夫なのかと不安はあるけれど、私の方から話を聞くと言ってむすび屋に入れたのだ。荷が重いと言えるはずもなく、私には首を縦にふる以外選択肢はなかった。
談話室に戻ると、清美さんは何となく食堂の方を気にしているようだった。
中に入ろうとドアに手をかけた瞬間、隙間からこちらをじぃーっと見つめていた清美さんに驚いて、危うくお茶をこぼしそうになってしまった。
「あ、すみません……。何だか楽しそうな声が聞こえるなと思って」
「いえ、こちらこそすみません。今日は団体のお客様が泊まりに来られてて、にぎやかなんですよ。いつもはもっと少ないので、こんなに大勢は珍しいんですけどね」
「……じゃあ私はラッキーですね」
「にぎやかなのお好きなんですか?」
大人しそうなのに、意外だ。
彼女は少し考えてから首を傾げた。
「どうなんでしょう。成人する頃には、すでに寝たきりでしたから。あまり宴会というものを経験したことがなかったので、大人の世界に対する憧れなのかもしれません」
「そうでしたか」
寝たきりだったということは、清美さんは生前、何か病気を患っていたのだろうか。
気になるもののデリケートな質問になるし、こちらからはそう簡単に踏み込めないなと口をつぐむ。
だけど清美さんは特に気に留める様子はなく、昔を懐かしむように目を細めて続きを話し出した。
「私、病気だったんです。それも、病気だとわかった時点で余命も切られてしまって」
想像はついていたとはいえ、彼女の口から紡がれる言葉は重い響きを漂わせる。
「血液のガンでした。移植をすれば生きられる可能性はありましたが、叶うことなく寿命を迎えてしまったんです」
「……そうだったんですか」
「病気になったのは誰のせいでもないし、仕方がなかったんだってわかってるので、気にしないでください。今日ここに来たのは、そう、この世でのわだかまりを解消してもらえるって聞いたからです!」
ここからが本題ですといった感じに、清美さんはピンと人さし指を立てる。
「伊予のむすび屋では、訪れた霊の未練を解消してくれるんですよね?」
見た目の控えめさとは対照的に、さぁどうぞとでも言うかのように、両手を広げる。
何となくその光景は、私が指をひとふりすれば自然に未練が解消されてしまうと勘違いしているかのように見える。
この世をさまよう霊がむすび屋に迷い込んで来たときには、もちろん力になりたいとは思う。しかし、残念ながら私は霊は見えても魔法使いではない。
「……申し上げにくいのですが、私たちが清美さんの未練を解消するのではなく、あくまで未練を解消されるのはご本人である清美さんです」
「そんな……。じゃあ、何のために私は松山まで来たのよ……」
早めに勘違いを訂正すると、清美さんは明らかに顔に落胆の色を見せる。
心が痛むけれど未練なんてものは人それぞれで、どうにもならないこともある。絶対に解決できます、とは簡単に言えない。
「清美さん。未練を解消するのはご本人にかわりありませんが、私たちはそのお手伝いができたらと思っています。なので、どうか気を取り直してください」
優しく声をかけると、目の前で悲しみに暮れた顔は一変して嬉しそうな笑みに変わった。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
調子よくそう言う彼女は、やっぱり控えめな見た目からはイメージつかない強引さを持っているような気がした。
「さっき、私、病気で死んだって言ったじゃないですか」
そして、早速清美さんは自らの未練について語りだす。
「病気がわかったのは、ちょうど高校三年生になったばかりの春でした。初めは風邪でもひいたのかと思ってたんだけど、寝ても覚めても体調は悪化していくばかりで……おかしいなとは思っていたんです。それで病院で検査を受けたら、ガンが見つかりました」
この前の和樹くんといい、最初に出会ったおばあさんといい、霊は自分の過去をわりと簡単に打ち明けてくることが多いように思う。
幽霊になって一人この世をさまよい続けるということは、それだけ寂しいことなのだろう。
清美さんの場合は、むすび屋の噂を信じて未練解消のためにここを訪れたのだから、やっと本題にたどり着けたといった思いもあるのかもしれない。
「それからは闘病生活が始まりました。本当は教師になりたくて大学に進学するつもりだったけど、余命も切られてる上に身体が思うように動かなくて、もう将来なんて考えられなくなり、諦めるしかありませんでした」
高校三年生といったら、進学か就職か、今後の人生を左右させることを決めなければならない大事な時期だ。
今まで当たり前のように抱いていた夢を打ち砕かれて、諦めざるを得なくなってしまうなんて、どれだけつらいことだろう。
「……教師、ですか」
話の流れからすると、奪われた夢や未来のせいでこの世にとらわれてしまっているということだろうか。
もしそうならば、どうすれば解決できるのかと先回りして考える。これはかなり難しいことになるかもしれない。
晃さんは仕方ないなという顔をしてこちらに向き直る。
「ケイ、そういうことだ。少なくともこの団体客を見送る日まで忙しいことにかわりないから、彼女のことは頼んだぞ」
「は、はい……」
本当に大丈夫なのかと不安はあるけれど、私の方から話を聞くと言ってむすび屋に入れたのだ。荷が重いと言えるはずもなく、私には首を縦にふる以外選択肢はなかった。
談話室に戻ると、清美さんは何となく食堂の方を気にしているようだった。
中に入ろうとドアに手をかけた瞬間、隙間からこちらをじぃーっと見つめていた清美さんに驚いて、危うくお茶をこぼしそうになってしまった。
「あ、すみません……。何だか楽しそうな声が聞こえるなと思って」
「いえ、こちらこそすみません。今日は団体のお客様が泊まりに来られてて、にぎやかなんですよ。いつもはもっと少ないので、こんなに大勢は珍しいんですけどね」
「……じゃあ私はラッキーですね」
「にぎやかなのお好きなんですか?」
大人しそうなのに、意外だ。
彼女は少し考えてから首を傾げた。
「どうなんでしょう。成人する頃には、すでに寝たきりでしたから。あまり宴会というものを経験したことがなかったので、大人の世界に対する憧れなのかもしれません」
「そうでしたか」
寝たきりだったということは、清美さんは生前、何か病気を患っていたのだろうか。
気になるもののデリケートな質問になるし、こちらからはそう簡単に踏み込めないなと口をつぐむ。
だけど清美さんは特に気に留める様子はなく、昔を懐かしむように目を細めて続きを話し出した。
「私、病気だったんです。それも、病気だとわかった時点で余命も切られてしまって」
想像はついていたとはいえ、彼女の口から紡がれる言葉は重い響きを漂わせる。
「血液のガンでした。移植をすれば生きられる可能性はありましたが、叶うことなく寿命を迎えてしまったんです」
「……そうだったんですか」
「病気になったのは誰のせいでもないし、仕方がなかったんだってわかってるので、気にしないでください。今日ここに来たのは、そう、この世でのわだかまりを解消してもらえるって聞いたからです!」
ここからが本題ですといった感じに、清美さんはピンと人さし指を立てる。
「伊予のむすび屋では、訪れた霊の未練を解消してくれるんですよね?」
見た目の控えめさとは対照的に、さぁどうぞとでも言うかのように、両手を広げる。
何となくその光景は、私が指をひとふりすれば自然に未練が解消されてしまうと勘違いしているかのように見える。
この世をさまよう霊がむすび屋に迷い込んで来たときには、もちろん力になりたいとは思う。しかし、残念ながら私は霊は見えても魔法使いではない。
「……申し上げにくいのですが、私たちが清美さんの未練を解消するのではなく、あくまで未練を解消されるのはご本人である清美さんです」
「そんな……。じゃあ、何のために私は松山まで来たのよ……」
早めに勘違いを訂正すると、清美さんは明らかに顔に落胆の色を見せる。
心が痛むけれど未練なんてものは人それぞれで、どうにもならないこともある。絶対に解決できます、とは簡単に言えない。
「清美さん。未練を解消するのはご本人にかわりありませんが、私たちはそのお手伝いができたらと思っています。なので、どうか気を取り直してください」
優しく声をかけると、目の前で悲しみに暮れた顔は一変して嬉しそうな笑みに変わった。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
調子よくそう言う彼女は、やっぱり控えめな見た目からはイメージつかない強引さを持っているような気がした。
「さっき、私、病気で死んだって言ったじゃないですか」
そして、早速清美さんは自らの未練について語りだす。
「病気がわかったのは、ちょうど高校三年生になったばかりの春でした。初めは風邪でもひいたのかと思ってたんだけど、寝ても覚めても体調は悪化していくばかりで……おかしいなとは思っていたんです。それで病院で検査を受けたら、ガンが見つかりました」
この前の和樹くんといい、最初に出会ったおばあさんといい、霊は自分の過去をわりと簡単に打ち明けてくることが多いように思う。
幽霊になって一人この世をさまよい続けるということは、それだけ寂しいことなのだろう。
清美さんの場合は、むすび屋の噂を信じて未練解消のためにここを訪れたのだから、やっと本題にたどり着けたといった思いもあるのかもしれない。
「それからは闘病生活が始まりました。本当は教師になりたくて大学に進学するつもりだったけど、余命も切られてる上に身体が思うように動かなくて、もう将来なんて考えられなくなり、諦めるしかありませんでした」
高校三年生といったら、進学か就職か、今後の人生を左右させることを決めなければならない大事な時期だ。
今まで当たり前のように抱いていた夢を打ち砕かれて、諦めざるを得なくなってしまうなんて、どれだけつらいことだろう。
「……教師、ですか」
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