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3.恋する特製カレーオムライス
3ー14
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そこで不意に清美さんがくるりとこちらを向いた。
「あの、ついでにもうひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょう」
「ここって、幽霊には生前の思い出の料理を出してくれるって聞きました。私、思い出のオムライスを史也と一緒に食べたいです」
え……。
さすがにそれまで紳士的な対応を取っていた晃さんも固まった。
それもそうだろう。
だって、サービスの思い出の料理を生きている人間と食べたいだなんて……。
「最後なんだし、一緒に食べるくらいいいですよね? どうせ史也には見えてないだろうし、史也に私の話を伝えてもらっているときにお願いします!」
ちっともよくない。
いくら史也さんに清美さんのことが見えないからといって、一緒に食事をとれるかと言えばまた別問題だ。誰が食べるかなど関係なしに、料理自体は実体のある物質なのだ。
誰もいない席にぽつんと置かれたオムライスは、史也さんの目には不自然に映るだろう。
さらに、その不自然に置かれた料理がひとりでに無くなっていくという怪奇現象を、史也さんは目の当たりにすることになるのだから。
「私、どうしても最後に史也とあの料理が食べたいんです! 叶うなら、もう一度、史也と一緒に……」
晃さんは困ったように眉を寄せるものの、至って冷静に話に耳を傾けていた。
「別に隣に座ってとか、向かい合ってとかじゃなくていいですから」
切実に、懇願するように、清美さんは訴えるようにこちらを見つめる。
「近くに座って、同じ空間で、彼と同じものを食べたいんです」
「……そういうことでしたら、うちの料理人と相談させていただきます」
うん、やっぱりそうだよね。
さすがにそこまでは、できないよね……。って。
「えええっ!?」
てっきり断るものと思っていたが、晃さんは無理だと切り捨てることはなかった。
思い出の料理のことだから拓也さんに相談するのは自然な流れなのかもしれない。けれど、以前は彼の案で私は和樹くんの恋人役をやることになったのだ。
今回もとんでもない案を出してくるのではないかと不安が過る。
「食べ物絡みなら、あいつの方が適任だからな」
晃さんは驚く私に耳打ちすると、早速といわんばかりに部屋を出ていってしまった。
そのあとを清美さんが追いかける。
「ちょっと、待ってください……!」
ワンテンポ遅れて、私も慌てて部屋を飛び出したのだった。
*
翌日。史也さんを含む団体客は、今晩が最後の滞在になる。
この日を逃せば、残すは明日のチェックアウトのみとなる。
失敗は許されない夕刻時、私は清美さんと並び合うようにして座っていた。
目の前には窓がある。いつも四つ置かれている四人掛けのテーブルに加え、窓側に横長のテーブルを置くことで特別に二人用の席を増設したのだ。
私たちの背後の座席に、史也さんを案内する計画になっている。
「また史也と同じ空間で同じご飯が食べられるなんて、嬉しいです」
初日のような宴会の予定はないが、宿泊している団体客がひとり、またひとりと食堂を利用しに来る中で、清美さんはウキウキと肩を弾ませている。
私は清美さんの隣に座るという役割を任されたわけだけど、それは霊が見えない一般のお客様がこちらを見たときに、料理がひとりでになくなる不自然さを与えないようにするためだ。
つまり、私は清美さんの隣で不自然にならない程度に食べるフリをしなければならないのだ。
うっかり他の角度から見えてバレてしまってはいけないから、他のお客様の座る席は晃さんが誘導する形を取っている。
これも拓也さんの案だった。
食堂に来た史也さんが食事をしている間に、清美さんにも同じ思い出の料理を食べてもらう段取りになっている。
そして史也さんが食べ終わって席を立つタイミングを見計らって私の方から話しかける。そこで時間をもらい、清美さんの想いを私の言葉で伝える。
ざっくりと都合の良いストーリーを「名案やろ?」と自信満々に教えられたものの、実際にはこんなに上手くいくとは思えない。
清美さんは楽しそうにしているけれど、こっちは気が気でないよ……。
「来た……! 来ましたよ、ケイさん!」
清美さんは私の肩をバシバシと叩きながら背後を振り返っている。
むすび屋の中にいる間は、清美さんは私に触れることができてしまう。だから強く叩かれると地味に痛いし、気をつけないと身体も動いてしまう。下手に態度に出してしまうと怪しまれる可能性があるため、最も気を遣うところかもしれない。
不自然じゃない程度に私も食堂の入り口の方に目をやると、晃さんにこちらの方へ誘導される史也さんの姿があった。
どういうわけか史也さんは一人だった。
団体で宿泊している史也さんはてっきり数人で食堂に来るものだと想定していたけれど、まぁこれはこれでいいか。
計画通り、私は自分の席でターゲットが通り過ぎるのをじっと待つ。
とうとう清美さんの真後ろの席のところまで史也さんが歩いてきた。
「あの、ついでにもうひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょう」
「ここって、幽霊には生前の思い出の料理を出してくれるって聞きました。私、思い出のオムライスを史也と一緒に食べたいです」
え……。
さすがにそれまで紳士的な対応を取っていた晃さんも固まった。
それもそうだろう。
だって、サービスの思い出の料理を生きている人間と食べたいだなんて……。
「最後なんだし、一緒に食べるくらいいいですよね? どうせ史也には見えてないだろうし、史也に私の話を伝えてもらっているときにお願いします!」
ちっともよくない。
いくら史也さんに清美さんのことが見えないからといって、一緒に食事をとれるかと言えばまた別問題だ。誰が食べるかなど関係なしに、料理自体は実体のある物質なのだ。
誰もいない席にぽつんと置かれたオムライスは、史也さんの目には不自然に映るだろう。
さらに、その不自然に置かれた料理がひとりでに無くなっていくという怪奇現象を、史也さんは目の当たりにすることになるのだから。
「私、どうしても最後に史也とあの料理が食べたいんです! 叶うなら、もう一度、史也と一緒に……」
晃さんは困ったように眉を寄せるものの、至って冷静に話に耳を傾けていた。
「別に隣に座ってとか、向かい合ってとかじゃなくていいですから」
切実に、懇願するように、清美さんは訴えるようにこちらを見つめる。
「近くに座って、同じ空間で、彼と同じものを食べたいんです」
「……そういうことでしたら、うちの料理人と相談させていただきます」
うん、やっぱりそうだよね。
さすがにそこまでは、できないよね……。って。
「えええっ!?」
てっきり断るものと思っていたが、晃さんは無理だと切り捨てることはなかった。
思い出の料理のことだから拓也さんに相談するのは自然な流れなのかもしれない。けれど、以前は彼の案で私は和樹くんの恋人役をやることになったのだ。
今回もとんでもない案を出してくるのではないかと不安が過る。
「食べ物絡みなら、あいつの方が適任だからな」
晃さんは驚く私に耳打ちすると、早速といわんばかりに部屋を出ていってしまった。
そのあとを清美さんが追いかける。
「ちょっと、待ってください……!」
ワンテンポ遅れて、私も慌てて部屋を飛び出したのだった。
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翌日。史也さんを含む団体客は、今晩が最後の滞在になる。
この日を逃せば、残すは明日のチェックアウトのみとなる。
失敗は許されない夕刻時、私は清美さんと並び合うようにして座っていた。
目の前には窓がある。いつも四つ置かれている四人掛けのテーブルに加え、窓側に横長のテーブルを置くことで特別に二人用の席を増設したのだ。
私たちの背後の座席に、史也さんを案内する計画になっている。
「また史也と同じ空間で同じご飯が食べられるなんて、嬉しいです」
初日のような宴会の予定はないが、宿泊している団体客がひとり、またひとりと食堂を利用しに来る中で、清美さんはウキウキと肩を弾ませている。
私は清美さんの隣に座るという役割を任されたわけだけど、それは霊が見えない一般のお客様がこちらを見たときに、料理がひとりでになくなる不自然さを与えないようにするためだ。
つまり、私は清美さんの隣で不自然にならない程度に食べるフリをしなければならないのだ。
うっかり他の角度から見えてバレてしまってはいけないから、他のお客様の座る席は晃さんが誘導する形を取っている。
これも拓也さんの案だった。
食堂に来た史也さんが食事をしている間に、清美さんにも同じ思い出の料理を食べてもらう段取りになっている。
そして史也さんが食べ終わって席を立つタイミングを見計らって私の方から話しかける。そこで時間をもらい、清美さんの想いを私の言葉で伝える。
ざっくりと都合の良いストーリーを「名案やろ?」と自信満々に教えられたものの、実際にはこんなに上手くいくとは思えない。
清美さんは楽しそうにしているけれど、こっちは気が気でないよ……。
「来た……! 来ましたよ、ケイさん!」
清美さんは私の肩をバシバシと叩きながら背後を振り返っている。
むすび屋の中にいる間は、清美さんは私に触れることができてしまう。だから強く叩かれると地味に痛いし、気をつけないと身体も動いてしまう。下手に態度に出してしまうと怪しまれる可能性があるため、最も気を遣うところかもしれない。
不自然じゃない程度に私も食堂の入り口の方に目をやると、晃さんにこちらの方へ誘導される史也さんの姿があった。
どういうわけか史也さんは一人だった。
団体で宿泊している史也さんはてっきり数人で食堂に来るものだと想定していたけれど、まぁこれはこれでいいか。
計画通り、私は自分の席でターゲットが通り過ぎるのをじっと待つ。
とうとう清美さんの真後ろの席のところまで史也さんが歩いてきた。
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