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3.恋する特製カレーオムライス
3ー15
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「あ……っ」
しかしそのまま通り過ぎるだろうと思っていたら、急に足を止めた史也さんが、驚いたようにこちらに向かって声を発した。
え……?
一瞬、清美さんの存在に気づいたのではないかと思った。
だけどそれは思い過ごしだったようで、史也さんと視線が交わったのは私だった。
「……昨日はすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。タイミングが悪くてすみません……」
初っぱなから、想定外のことが起こった。
ドキドキと心臓がいやな音を立てる。
清美さんも、そわそわ落ち着かないように私と史也さんを見比べているのが視界の隅に映る。
「あの、もしよろしければ、隣いいですか?」
「……えっ?」
「一緒に食べる予定だった奴ら、最終日だから松山観光に行くって」
最大のミスに気づいて、内心大慌てだった。
一人で食べに来るとわかっていたら、机の配置を変えたのに……。
今日に限って、二人に同じ空間で食事をしてもらうために、食堂内はいつもと違う位置に机と椅子が用意されていた。
私たちの座っている場所の隣も、少しスペースを空けて二人掛け席にした。
これは私たちが座る席を増設したことが不自然に映らないように、と設置したものだったが裏目に出てしまったようだ。
隣のテーブルをくっつけなくても、話せる程度の距離。
むしろ、仲の良い間柄でない私たちにとっては、程よい距離の空いたスペースになっている。
清美さんが座ってる側に回り込まれなかったことを不幸中の幸いと思うべきなのか、清美さんとは反対側の隣に設置していたテーブル席の椅子の背に史也さんは手をかける。
今夜は愛媛での滞在が最終日だからと、外食に出る社員も多いと聞いている。そのため食堂はガラガラだ。
一応、晃さんが誘導してくれたとはいえ、お客様の希望は、可能な限り聞き入れる方針になっている。
史也さんにとって、私は顔見知りの従業員。
料理こそ届いてないものの、一見、私はここで一人で座っているよう見えているのだろうから、断る理由が全くない。
どうするの、これ。
「……もしかして、迷惑でしょうか?」
戸惑い言葉に詰まる私を見てなのだろう、史也さんは眉を下げた。
昨日のことがあったから私の隣に自ら来てくれたのだろうけれど、あまりに唐突な展開だ。
自然になくなる予定のオムライスを誤魔化すのもこの位置では難しい上に、心の準備もできていない。
「そんなことないですよ。どうぞ……」
けれど断ってしまえば、話をする機会がなくなってしまうだろう。ここは了承する以外の選択肢はなかった。
完全に予定していたシナリオから脱線してしまい、どうしようと焦る気持ちを見抜かれないようになんとか笑みを浮かべてこたえる。
そのとき視界の隅に映った晃さんも、厨房からこちらの様子をうかがっていた拓也さんも、驚きと困惑が入り交じった表情でこちらを見ている様子が見えた。
上手くいかないかもしれない不安が大きくて申し訳ない気持ちで隣を見れば、清美さんだけは「一緒に食べられるなんて……!」と喜んでいるようだった。
「昨日はすみません。突然話まで聞いてもらっちゃって……」
私の隣に腰を下ろす史也さんは、再度私に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。私こそ昨日は失礼しました」
「謝らないでください。おかげで少し気が楽になりました」
史也さんから昨日の話を振ってきたこのタイミングを逃すとまずいと思い、一呼吸してから話を切り出す。
「……そのお話なのですが、本当に史也さんはそれでいいのですか?」
「はい……?」
少し気が楽になったと言う史也さんに、話を盛り返すようなことを言って良いのだろうか。
はたまた、お客様のプライベートにどこまで首を突っ込んで良いのだろうか。
そうは思うけれど、清美さんを想うあまりに前に進むことを躊躇い、現状に留まり続けようとする史也さんには、考え直してもらいたかった。
清美さんのためだけじゃない。史也さん自身のためにも。
当初の計画とは順番も何もかも違うけれど、史也さんと自然に話ができている今こそ、清美さんの想いを伝えるチャンスだと思った。
「本来、他人が口を出すことではないとわかった上で申し上げますが、私は静さんのことが好きなら、それでいいと思います」
大好きだった恋人が死んでも、ずっと想っていたい。ずっと忘れずにいたい。
その気持ちがわからないわけではないし、とてもロマンチックだと思う。それだけ愛し合えた存在に出会えたことはとても素晴らしいことだと思う。
だけど、本当にそれで良いのだろうか。
清美さんだけを想って生きていくというのは、過去に生きていくということだ。
それは一歩間違えると、過去の思い出や後悔、苦しみにとらわれるあまり、身動きが取れずに幸せになれる道を自ら閉ざしてしまうということだと思う。
そういう生き方や考え方もあるのかもしれない。けれど、目の前の史也さんはとても苦しそうだ。
前に進もうとしては拒んで、自ら自分の首を締めているように見える。
しかしそのまま通り過ぎるだろうと思っていたら、急に足を止めた史也さんが、驚いたようにこちらに向かって声を発した。
え……?
一瞬、清美さんの存在に気づいたのではないかと思った。
だけどそれは思い過ごしだったようで、史也さんと視線が交わったのは私だった。
「……昨日はすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。タイミングが悪くてすみません……」
初っぱなから、想定外のことが起こった。
ドキドキと心臓がいやな音を立てる。
清美さんも、そわそわ落ち着かないように私と史也さんを見比べているのが視界の隅に映る。
「あの、もしよろしければ、隣いいですか?」
「……えっ?」
「一緒に食べる予定だった奴ら、最終日だから松山観光に行くって」
最大のミスに気づいて、内心大慌てだった。
一人で食べに来るとわかっていたら、机の配置を変えたのに……。
今日に限って、二人に同じ空間で食事をしてもらうために、食堂内はいつもと違う位置に机と椅子が用意されていた。
私たちの座っている場所の隣も、少しスペースを空けて二人掛け席にした。
これは私たちが座る席を増設したことが不自然に映らないように、と設置したものだったが裏目に出てしまったようだ。
隣のテーブルをくっつけなくても、話せる程度の距離。
むしろ、仲の良い間柄でない私たちにとっては、程よい距離の空いたスペースになっている。
清美さんが座ってる側に回り込まれなかったことを不幸中の幸いと思うべきなのか、清美さんとは反対側の隣に設置していたテーブル席の椅子の背に史也さんは手をかける。
今夜は愛媛での滞在が最終日だからと、外食に出る社員も多いと聞いている。そのため食堂はガラガラだ。
一応、晃さんが誘導してくれたとはいえ、お客様の希望は、可能な限り聞き入れる方針になっている。
史也さんにとって、私は顔見知りの従業員。
料理こそ届いてないものの、一見、私はここで一人で座っているよう見えているのだろうから、断る理由が全くない。
どうするの、これ。
「……もしかして、迷惑でしょうか?」
戸惑い言葉に詰まる私を見てなのだろう、史也さんは眉を下げた。
昨日のことがあったから私の隣に自ら来てくれたのだろうけれど、あまりに唐突な展開だ。
自然になくなる予定のオムライスを誤魔化すのもこの位置では難しい上に、心の準備もできていない。
「そんなことないですよ。どうぞ……」
けれど断ってしまえば、話をする機会がなくなってしまうだろう。ここは了承する以外の選択肢はなかった。
完全に予定していたシナリオから脱線してしまい、どうしようと焦る気持ちを見抜かれないようになんとか笑みを浮かべてこたえる。
そのとき視界の隅に映った晃さんも、厨房からこちらの様子をうかがっていた拓也さんも、驚きと困惑が入り交じった表情でこちらを見ている様子が見えた。
上手くいかないかもしれない不安が大きくて申し訳ない気持ちで隣を見れば、清美さんだけは「一緒に食べられるなんて……!」と喜んでいるようだった。
「昨日はすみません。突然話まで聞いてもらっちゃって……」
私の隣に腰を下ろす史也さんは、再度私に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。私こそ昨日は失礼しました」
「謝らないでください。おかげで少し気が楽になりました」
史也さんから昨日の話を振ってきたこのタイミングを逃すとまずいと思い、一呼吸してから話を切り出す。
「……そのお話なのですが、本当に史也さんはそれでいいのですか?」
「はい……?」
少し気が楽になったと言う史也さんに、話を盛り返すようなことを言って良いのだろうか。
はたまた、お客様のプライベートにどこまで首を突っ込んで良いのだろうか。
そうは思うけれど、清美さんを想うあまりに前に進むことを躊躇い、現状に留まり続けようとする史也さんには、考え直してもらいたかった。
清美さんのためだけじゃない。史也さん自身のためにも。
当初の計画とは順番も何もかも違うけれど、史也さんと自然に話ができている今こそ、清美さんの想いを伝えるチャンスだと思った。
「本来、他人が口を出すことではないとわかった上で申し上げますが、私は静さんのことが好きなら、それでいいと思います」
大好きだった恋人が死んでも、ずっと想っていたい。ずっと忘れずにいたい。
その気持ちがわからないわけではないし、とてもロマンチックだと思う。それだけ愛し合えた存在に出会えたことはとても素晴らしいことだと思う。
だけど、本当にそれで良いのだろうか。
清美さんだけを想って生きていくというのは、過去に生きていくということだ。
それは一歩間違えると、過去の思い出や後悔、苦しみにとらわれるあまり、身動きが取れずに幸せになれる道を自ら閉ざしてしまうということだと思う。
そういう生き方や考え方もあるのかもしれない。けれど、目の前の史也さんはとても苦しそうだ。
前に進もうとしては拒んで、自ら自分の首を締めているように見える。
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