伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
48 / 69
4.親子をむすぶいよかんムース

4ー1

しおりを挟む
 むすび屋で働きはじめてから早くも二ヶ月が経ち、少しずつ秋の涼しさを感じるようになってきた。

 ここでの仕事もかなり慣れたように思う。

 一般のお客様の接客の合間に訪ねてくる幽霊のお客様の要望は、無理難題なものから比較的簡単に叶えられるものまで様々だ。

 もちろん、中にはこちらの力ではどうしようもない内容のものもあるが、そういったときには拓也さんの作る思い出の料理を食べながら心行くまで話を聞いている。

 解決はできなくても、未練への過度な執着が取り払われることが多いようだ。


 ちなみに今日はどうしても本物のきりんを見てみたいという子どもの霊を、松山市内ではないが愛媛県内にあるとべ動物園まで連れていってきたところだ。

 その子は生まれながらに病気を持っていて、動物園どころか、病院の外にすら出ることもほとんどないままに十歳という若さで一生を終えたという男の子だった。

 ものすごく動物が好きで、いつも母親が持ってくる動物の絵本ばかりを眺めていたらしい。初めての動物園にものすごく喜んでもらえた。

 最後に最期まで看病してくれた母親に一目会いたいというので、母親の働くスーパーを探して回り、何とか見つけることができた。

 男の子は少し離れた場所で、母親の姿をジッと見つめていた。


 私が代わりに何か母親に伝えたいことはあるかと聞いたけれど、男の子は首を横にふった。最後に母親の姿を一目見られたことに満足したと、「ありがとう」と笑顔を浮かべて消えていった。



「……という感じだったんですけど、本当にお母さんに何も伝えなくて良かったのかなと、いまだに思うんですよね」

「まぁ本人がそれで良いって笑顔で成仏したんだからそれで充分だろ。本来見ず知らずの人に亡くなった人間のこと持ちかけることは、下手すればトラブルの元になるデリケートな問題だ。今回はその点気にせずに済んだんだから、良いことじゃないか」


 確かに男の子は笑顔で消えていった。それで一件落着なのだけど、何となくむすび屋に戻ってきても煮え切らないままだった私の報告に、晃さんはそのように言ってくれた。

 誰かに想いを伝える必要が出てきた場合、その対象となった人間と接触をはからないといけないから、思うように実行できるとは限らない。

 それに上手く接触を持てても、みんながみんな幽霊の存在を信じているわけではない。大変なのはもちろん、一歩間違えれば大きなトラブルになることもあるだろう。


 中には、大切な人の死をまだ受け入れられていなくて、亡くなった人の話をした時点で取り乱す人もいるし、幽霊の想いを伝えるというのは簡単じゃない。

 そういった意味では、今回の男の子は比較的難易度が低い方に分類されるのだろう。


 生きる者とこの世のものではなくなった者の心や想いを“むすぶ”民宿、むすび屋。

 そんな意味が込められたこのむすび屋を作った晃さんたちのおじいさんは、本当にすごいと思う。


 *


 晃さんへの報告を終えて、夜のまかないをいただきに食堂へ向かう。

 食堂で拓也さんが出してくれたのは鯛めしだった。

 鯛を釜に入れてごはんと一緒に炊き、 炊きあがったら、鯛の身をほぐしてごはんに混ぜて作っているのだそうだ。

 これに対し、同じ愛媛県でも南予の方では、刺身にした鯛を熱々のごはんに乗せて出汁等と一緒に食べるのだと今朝活きの良い大きい鯛を見せてくれた拓也さんに教えてもらった。

 同じ鯛めしでも、地域によってこれだけ食べ方が違うなんて面白い。


「いただきます」

 熱々の鯛めしを口に運ぶと、お米から一緒に炊き上げることで染み込んだ鯛の旨みが口一杯に広がって、こんな豪華なものをまかないとしていただいて良いのかと思ってしまう。


「美味しい~!」

 思わず声に出してそう言ったとき、頭上から声をかけられる。


「美味しいよね。私も鯛めし好きなんよ」

「なずなさん、お疲れさま」

 先に夕食を食べ終えてフロントの方に行ったなのかさんと交代して戻ってきたなずなさんが、私と同じ鯛めしとお吸い物と惣菜の乗ったお盆を持って隣に来ていた。


「隣いい?」

「どうぞ」

 最近になって、瓜二つの双子の姉妹のなのかさんとなずなさんの区別がつくようになった。よく見ると、顔にある小さなほくろの位置や眉の形が違うのだ。

 少し前になずなさんとなのかさんと一緒になったときに二人の違いを話してくれたことをきっかけに、今では容易に判断できるようになった。

 私と同い年のなずなさんとなのかさんとは、いつの間にか敬語はなくなっている。


「うちのお父さんがすごく鯛めしが好きなんよ。やけんね、今日のこの鯛もそうなんやけど、市場で良い鯛が出てたらうちらにもって、いつも分けてくれるんよ」

「そうなんだ」


 なずなさんたちの両親は、道後温泉の近くにある旅館を経営している。

 彼女たちの両親は旅館で使う食材を、市場に行って自分たちの目で見て良いものを仕入れて来ているらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...