伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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4.親子をむすぶいよかんムース

4ー1

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 むすび屋で働きはじめてから早くも二ヶ月が経ち、少しずつ秋の涼しさを感じるようになってきた。

 ここでの仕事もかなり慣れたように思う。

 一般のお客様の接客の合間に訪ねてくる幽霊のお客様の要望は、無理難題なものから比較的簡単に叶えられるものまで様々だ。

 もちろん、中にはこちらの力ではどうしようもない内容のものもあるが、そういったときには拓也さんの作る思い出の料理を食べながら心行くまで話を聞いている。

 解決はできなくても、未練への過度な執着が取り払われることが多いようだ。


 ちなみに今日はどうしても本物のきりんを見てみたいという子どもの霊を、松山市内ではないが愛媛県内にあるとべ動物園まで連れていってきたところだ。

 その子は生まれながらに病気を持っていて、動物園どころか、病院の外にすら出ることもほとんどないままに十歳という若さで一生を終えたという男の子だった。

 ものすごく動物が好きで、いつも母親が持ってくる動物の絵本ばかりを眺めていたらしい。初めての動物園にものすごく喜んでもらえた。

 最後に最期まで看病してくれた母親に一目会いたいというので、母親の働くスーパーを探して回り、何とか見つけることができた。

 男の子は少し離れた場所で、母親の姿をジッと見つめていた。


 私が代わりに何か母親に伝えたいことはあるかと聞いたけれど、男の子は首を横にふった。最後に母親の姿を一目見られたことに満足したと、「ありがとう」と笑顔を浮かべて消えていった。



「……という感じだったんですけど、本当にお母さんに何も伝えなくて良かったのかなと、いまだに思うんですよね」

「まぁ本人がそれで良いって笑顔で成仏したんだからそれで充分だろ。本来見ず知らずの人に亡くなった人間のこと持ちかけることは、下手すればトラブルの元になるデリケートな問題だ。今回はその点気にせずに済んだんだから、良いことじゃないか」


 確かに男の子は笑顔で消えていった。それで一件落着なのだけど、何となくむすび屋に戻ってきても煮え切らないままだった私の報告に、晃さんはそのように言ってくれた。

 誰かに想いを伝える必要が出てきた場合、その対象となった人間と接触をはからないといけないから、思うように実行できるとは限らない。

 それに上手く接触を持てても、みんながみんな幽霊の存在を信じているわけではない。大変なのはもちろん、一歩間違えれば大きなトラブルになることもあるだろう。


 中には、大切な人の死をまだ受け入れられていなくて、亡くなった人の話をした時点で取り乱す人もいるし、幽霊の想いを伝えるというのは簡単じゃない。

 そういった意味では、今回の男の子は比較的難易度が低い方に分類されるのだろう。


 生きる者とこの世のものではなくなった者の心や想いを“むすぶ”民宿、むすび屋。

 そんな意味が込められたこのむすび屋を作った晃さんたちのおじいさんは、本当にすごいと思う。


 *


 晃さんへの報告を終えて、夜のまかないをいただきに食堂へ向かう。

 食堂で拓也さんが出してくれたのは鯛めしだった。

 鯛を釜に入れてごはんと一緒に炊き、 炊きあがったら、鯛の身をほぐしてごはんに混ぜて作っているのだそうだ。

 これに対し、同じ愛媛県でも南予の方では、刺身にした鯛を熱々のごはんに乗せて出汁等と一緒に食べるのだと今朝活きの良い大きい鯛を見せてくれた拓也さんに教えてもらった。

 同じ鯛めしでも、地域によってこれだけ食べ方が違うなんて面白い。


「いただきます」

 熱々の鯛めしを口に運ぶと、お米から一緒に炊き上げることで染み込んだ鯛の旨みが口一杯に広がって、こんな豪華なものをまかないとしていただいて良いのかと思ってしまう。


「美味しい~!」

 思わず声に出してそう言ったとき、頭上から声をかけられる。


「美味しいよね。私も鯛めし好きなんよ」

「なずなさん、お疲れさま」

 先に夕食を食べ終えてフロントの方に行ったなのかさんと交代して戻ってきたなずなさんが、私と同じ鯛めしとお吸い物と惣菜の乗ったお盆を持って隣に来ていた。


「隣いい?」

「どうぞ」

 最近になって、瓜二つの双子の姉妹のなのかさんとなずなさんの区別がつくようになった。よく見ると、顔にある小さなほくろの位置や眉の形が違うのだ。

 少し前になずなさんとなのかさんと一緒になったときに二人の違いを話してくれたことをきっかけに、今では容易に判断できるようになった。

 私と同い年のなずなさんとなのかさんとは、いつの間にか敬語はなくなっている。


「うちのお父さんがすごく鯛めしが好きなんよ。やけんね、今日のこの鯛もそうなんやけど、市場で良い鯛が出てたらうちらにもって、いつも分けてくれるんよ」

「そうなんだ」


 なずなさんたちの両親は、道後温泉の近くにある旅館を経営している。

 彼女たちの両親は旅館で使う食材を、市場に行って自分たちの目で見て良いものを仕入れて来ているらしい。
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