49 / 69
4.親子をむすぶいよかんムース
4ー2
しおりを挟む
「拓也兄さんも鯛めしが好きでね、昔からお父さんやお母さんが良い鯛を持って帰ってきたら、いつも料理好きな拓也兄さんが率先して鯛めしを仕込んどったんよ」
「へぇ」
むすび屋の他の従業員は、皆親族同士。
拓也さんとなずなさんとなのかさんが兄妹で、晃さんが三人のいとこなんだ。
「うちらのお母さんが、夫婦で経営している旅館の料理人をしてるんやけど、拓也兄さんはまさにそれを受け継いだって感じなんよね。うちには無理やわ」
ケラケラと笑うなずなさんは、料理があまり得意ではないらしい。
だから、拓也さんやお母さんのことが自慢で、うらやましいと話していた。
「どうしてお母さんの腕を受け継いだ拓也さんは、旅館じゃなくてむすび屋の料理人になったの?」
改めて考えてみると、拓也さんは旅館の後継ぎとしてむすび屋じゃなくて旅館の方で働いていそうなものなのだ。
「むすび屋は、元々私たちのおじいさんが経営しとったものだっていう話は聞いとる?」
「うん」
「おじいさんは私たちと同じように“見える体質”で、子どもたちは“見えない体質”だったの。けど、私たち孫は何人か、私となのかと拓也兄さんと晃くんがおじいさんの能力を受け継いでいたんよ。見える人間じゃないと、ここで働くのは難しいやろ?」
幽霊を迎え入れるむすび屋で働くには、確かに“見える”方が都合がいい。
むすび屋で働くまでは、こんな能力ない方が良いと思っていたけれど。
「それで唯一その能力を全く受け継がなかった私たちの一番上の兄さんが旅館の経営を継ぐことになって、私たちはむすび屋を継ぐことになったんよ」
「そうなんだ……!」
なずなさんたちに拓也さんの他にもう一人お兄さんがいたことは初耳だ。
むすび屋についてさらに知ることができて嬉しい。
「晃くんだけは、もうこの能力と関わるのはごめんだって言ってたけど、私たちが無理にわがまま言って誘ったんよ。人手不足を理由に頼み込んだとも言うかな」
「そうなの……!?」
なんだか意外だ。
初めてむすび屋におばあさんの幽霊と来たときを思い出す。
幽霊が見える能力を誰かのために役立てられることを教えてくれたのも、その上でここで雇ってくれたのも晃さんだったというのに。
「そうなんよ。晃くん、昔のことがトラウマになってたらしくて」
「なずな」
そのとき、いつの間にそばにいたのか背後から晃さんに名前を呼ばれて、なずなさんはピンと背筋を伸ばす。
「おしゃべりの内容には気をつけろ。プライバシーの侵害」
こんなに低く冷たい晃さんの声は聞いたことがなくて、私までヒヤリと鳥肌が立つ。
「ごめんなさい……」
なずなさんは晃さんの背中に向かってそう告げるけれど、晃さんはこちらを振り向くことなく厨房の中へ入っていく。
いつもクールな印象の晃さんだけど、あんな風に怒るところは初めて見た。
きっとそれだけ触れられたくない内容だったのだろう。
「ごめんね、ケイちゃん。今の、聞かんかったことにして」
さすがにさっきの晃さんの様子を見て、気になる話の続きが聞けるわけがない。
「うん。誰にだって触れられたくない過去のひとつやふたつあって当然だし、大丈夫だよ」
だけど、この“幽霊が見える能力”関連のトラウマということなら、何となく想像ついた。
私も自分が他の人と違うんだと気づくまでは、“あそこに宙に浮いた人がいる”とか言って、周りから気味悪がられた記憶があるのだから。
*
ここ数日は、秋雨前線の影響で雨が降り続いている。
稀に見る降水量で、地盤が緩んでいるから土砂災害には気をつけるようにテレビで言っていた。
この近辺は山が多いことからも、過去、土砂崩れがあったところもあるらしい。
この日は雨の中、臨時の買い出しが出てしまい、自転車で出るか三十分に一本のバスで行くか悩んだ結果、行きと帰りのバスの時間の目星をつけて、バスで往復した。
それでも、バス停でバスを待っているだけでかなり濡れてしまったのだから、少しは勘弁してほしい気持ちになる。
一旦荷物を拓也さんに預けたら、仕事に戻る前に着替えさせてもらおう。
そう思いながら、じっとりと水気を含んで重くなった足を動かしてむすび屋の門構えをくぐったとき、むすび屋の玄関前に一人の女性の幽霊が立っていた。
歳は四十代半ばといったところだろうか。
雨に打たれながらも、肩までのウェーブの髪も服も全く濡れている様子のないところを見るだけでも、彼女がこの世で生きる人間でないことは一目瞭然だった。
「いらっしゃいませ」
幽霊のお客様は、飛び入りのお客様がほとんどだ。
私は彼女もむすび屋を訪ねてきたお客様なのだろうと思い、声をかける。
驚いたように振り向いた彼女は、さっきまで見えていた横顔からでも感じていたが、とても綺麗な人の姿をしていた。
「あ……っ」
「ご宿泊ですか? 私、ここの従業員の江口恵と申します」
「……はい」
女性の幽霊は、戸惑いながらも小さくこたえる。
「どうぞ中へ。お話、うかがいますよ」
私が促したことにより、女性の幽霊はためらいがちにむすび屋の中に足を踏み入れる。
「へぇ」
むすび屋の他の従業員は、皆親族同士。
拓也さんとなずなさんとなのかさんが兄妹で、晃さんが三人のいとこなんだ。
「うちらのお母さんが、夫婦で経営している旅館の料理人をしてるんやけど、拓也兄さんはまさにそれを受け継いだって感じなんよね。うちには無理やわ」
ケラケラと笑うなずなさんは、料理があまり得意ではないらしい。
だから、拓也さんやお母さんのことが自慢で、うらやましいと話していた。
「どうしてお母さんの腕を受け継いだ拓也さんは、旅館じゃなくてむすび屋の料理人になったの?」
改めて考えてみると、拓也さんは旅館の後継ぎとしてむすび屋じゃなくて旅館の方で働いていそうなものなのだ。
「むすび屋は、元々私たちのおじいさんが経営しとったものだっていう話は聞いとる?」
「うん」
「おじいさんは私たちと同じように“見える体質”で、子どもたちは“見えない体質”だったの。けど、私たち孫は何人か、私となのかと拓也兄さんと晃くんがおじいさんの能力を受け継いでいたんよ。見える人間じゃないと、ここで働くのは難しいやろ?」
幽霊を迎え入れるむすび屋で働くには、確かに“見える”方が都合がいい。
むすび屋で働くまでは、こんな能力ない方が良いと思っていたけれど。
「それで唯一その能力を全く受け継がなかった私たちの一番上の兄さんが旅館の経営を継ぐことになって、私たちはむすび屋を継ぐことになったんよ」
「そうなんだ……!」
なずなさんたちに拓也さんの他にもう一人お兄さんがいたことは初耳だ。
むすび屋についてさらに知ることができて嬉しい。
「晃くんだけは、もうこの能力と関わるのはごめんだって言ってたけど、私たちが無理にわがまま言って誘ったんよ。人手不足を理由に頼み込んだとも言うかな」
「そうなの……!?」
なんだか意外だ。
初めてむすび屋におばあさんの幽霊と来たときを思い出す。
幽霊が見える能力を誰かのために役立てられることを教えてくれたのも、その上でここで雇ってくれたのも晃さんだったというのに。
「そうなんよ。晃くん、昔のことがトラウマになってたらしくて」
「なずな」
そのとき、いつの間にそばにいたのか背後から晃さんに名前を呼ばれて、なずなさんはピンと背筋を伸ばす。
「おしゃべりの内容には気をつけろ。プライバシーの侵害」
こんなに低く冷たい晃さんの声は聞いたことがなくて、私までヒヤリと鳥肌が立つ。
「ごめんなさい……」
なずなさんは晃さんの背中に向かってそう告げるけれど、晃さんはこちらを振り向くことなく厨房の中へ入っていく。
いつもクールな印象の晃さんだけど、あんな風に怒るところは初めて見た。
きっとそれだけ触れられたくない内容だったのだろう。
「ごめんね、ケイちゃん。今の、聞かんかったことにして」
さすがにさっきの晃さんの様子を見て、気になる話の続きが聞けるわけがない。
「うん。誰にだって触れられたくない過去のひとつやふたつあって当然だし、大丈夫だよ」
だけど、この“幽霊が見える能力”関連のトラウマということなら、何となく想像ついた。
私も自分が他の人と違うんだと気づくまでは、“あそこに宙に浮いた人がいる”とか言って、周りから気味悪がられた記憶があるのだから。
*
ここ数日は、秋雨前線の影響で雨が降り続いている。
稀に見る降水量で、地盤が緩んでいるから土砂災害には気をつけるようにテレビで言っていた。
この近辺は山が多いことからも、過去、土砂崩れがあったところもあるらしい。
この日は雨の中、臨時の買い出しが出てしまい、自転車で出るか三十分に一本のバスで行くか悩んだ結果、行きと帰りのバスの時間の目星をつけて、バスで往復した。
それでも、バス停でバスを待っているだけでかなり濡れてしまったのだから、少しは勘弁してほしい気持ちになる。
一旦荷物を拓也さんに預けたら、仕事に戻る前に着替えさせてもらおう。
そう思いながら、じっとりと水気を含んで重くなった足を動かしてむすび屋の門構えをくぐったとき、むすび屋の玄関前に一人の女性の幽霊が立っていた。
歳は四十代半ばといったところだろうか。
雨に打たれながらも、肩までのウェーブの髪も服も全く濡れている様子のないところを見るだけでも、彼女がこの世で生きる人間でないことは一目瞭然だった。
「いらっしゃいませ」
幽霊のお客様は、飛び入りのお客様がほとんどだ。
私は彼女もむすび屋を訪ねてきたお客様なのだろうと思い、声をかける。
驚いたように振り向いた彼女は、さっきまで見えていた横顔からでも感じていたが、とても綺麗な人の姿をしていた。
「あ……っ」
「ご宿泊ですか? 私、ここの従業員の江口恵と申します」
「……はい」
女性の幽霊は、戸惑いながらも小さくこたえる。
「どうぞ中へ。お話、うかがいますよ」
私が促したことにより、女性の幽霊はためらいがちにむすび屋の中に足を踏み入れる。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる