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4.親子をむすぶいよかんムース
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「拓也兄さんも鯛めしが好きでね、昔からお父さんやお母さんが良い鯛を持って帰ってきたら、いつも料理好きな拓也兄さんが率先して鯛めしを仕込んどったんよ」
「へぇ」
むすび屋の他の従業員は、皆親族同士。
拓也さんとなずなさんとなのかさんが兄妹で、晃さんが三人のいとこなんだ。
「うちらのお母さんが、夫婦で経営している旅館の料理人をしてるんやけど、拓也兄さんはまさにそれを受け継いだって感じなんよね。うちには無理やわ」
ケラケラと笑うなずなさんは、料理があまり得意ではないらしい。
だから、拓也さんやお母さんのことが自慢で、うらやましいと話していた。
「どうしてお母さんの腕を受け継いだ拓也さんは、旅館じゃなくてむすび屋の料理人になったの?」
改めて考えてみると、拓也さんは旅館の後継ぎとしてむすび屋じゃなくて旅館の方で働いていそうなものなのだ。
「むすび屋は、元々私たちのおじいさんが経営しとったものだっていう話は聞いとる?」
「うん」
「おじいさんは私たちと同じように“見える体質”で、子どもたちは“見えない体質”だったの。けど、私たち孫は何人か、私となのかと拓也兄さんと晃くんがおじいさんの能力を受け継いでいたんよ。見える人間じゃないと、ここで働くのは難しいやろ?」
幽霊を迎え入れるむすび屋で働くには、確かに“見える”方が都合がいい。
むすび屋で働くまでは、こんな能力ない方が良いと思っていたけれど。
「それで唯一その能力を全く受け継がなかった私たちの一番上の兄さんが旅館の経営を継ぐことになって、私たちはむすび屋を継ぐことになったんよ」
「そうなんだ……!」
なずなさんたちに拓也さんの他にもう一人お兄さんがいたことは初耳だ。
むすび屋についてさらに知ることができて嬉しい。
「晃くんだけは、もうこの能力と関わるのはごめんだって言ってたけど、私たちが無理にわがまま言って誘ったんよ。人手不足を理由に頼み込んだとも言うかな」
「そうなの……!?」
なんだか意外だ。
初めてむすび屋におばあさんの幽霊と来たときを思い出す。
幽霊が見える能力を誰かのために役立てられることを教えてくれたのも、その上でここで雇ってくれたのも晃さんだったというのに。
「そうなんよ。晃くん、昔のことがトラウマになってたらしくて」
「なずな」
そのとき、いつの間にそばにいたのか背後から晃さんに名前を呼ばれて、なずなさんはピンと背筋を伸ばす。
「おしゃべりの内容には気をつけろ。プライバシーの侵害」
こんなに低く冷たい晃さんの声は聞いたことがなくて、私までヒヤリと鳥肌が立つ。
「ごめんなさい……」
なずなさんは晃さんの背中に向かってそう告げるけれど、晃さんはこちらを振り向くことなく厨房の中へ入っていく。
いつもクールな印象の晃さんだけど、あんな風に怒るところは初めて見た。
きっとそれだけ触れられたくない内容だったのだろう。
「ごめんね、ケイちゃん。今の、聞かんかったことにして」
さすがにさっきの晃さんの様子を見て、気になる話の続きが聞けるわけがない。
「うん。誰にだって触れられたくない過去のひとつやふたつあって当然だし、大丈夫だよ」
だけど、この“幽霊が見える能力”関連のトラウマということなら、何となく想像ついた。
私も自分が他の人と違うんだと気づくまでは、“あそこに宙に浮いた人がいる”とか言って、周りから気味悪がられた記憶があるのだから。
*
ここ数日は、秋雨前線の影響で雨が降り続いている。
稀に見る降水量で、地盤が緩んでいるから土砂災害には気をつけるようにテレビで言っていた。
この近辺は山が多いことからも、過去、土砂崩れがあったところもあるらしい。
この日は雨の中、臨時の買い出しが出てしまい、自転車で出るか三十分に一本のバスで行くか悩んだ結果、行きと帰りのバスの時間の目星をつけて、バスで往復した。
それでも、バス停でバスを待っているだけでかなり濡れてしまったのだから、少しは勘弁してほしい気持ちになる。
一旦荷物を拓也さんに預けたら、仕事に戻る前に着替えさせてもらおう。
そう思いながら、じっとりと水気を含んで重くなった足を動かしてむすび屋の門構えをくぐったとき、むすび屋の玄関前に一人の女性の幽霊が立っていた。
歳は四十代半ばといったところだろうか。
雨に打たれながらも、肩までのウェーブの髪も服も全く濡れている様子のないところを見るだけでも、彼女がこの世で生きる人間でないことは一目瞭然だった。
「いらっしゃいませ」
幽霊のお客様は、飛び入りのお客様がほとんどだ。
私は彼女もむすび屋を訪ねてきたお客様なのだろうと思い、声をかける。
驚いたように振り向いた彼女は、さっきまで見えていた横顔からでも感じていたが、とても綺麗な人の姿をしていた。
「あ……っ」
「ご宿泊ですか? 私、ここの従業員の江口恵と申します」
「……はい」
女性の幽霊は、戸惑いながらも小さくこたえる。
「どうぞ中へ。お話、うかがいますよ」
私が促したことにより、女性の幽霊はためらいがちにむすび屋の中に足を踏み入れる。
「へぇ」
むすび屋の他の従業員は、皆親族同士。
拓也さんとなずなさんとなのかさんが兄妹で、晃さんが三人のいとこなんだ。
「うちらのお母さんが、夫婦で経営している旅館の料理人をしてるんやけど、拓也兄さんはまさにそれを受け継いだって感じなんよね。うちには無理やわ」
ケラケラと笑うなずなさんは、料理があまり得意ではないらしい。
だから、拓也さんやお母さんのことが自慢で、うらやましいと話していた。
「どうしてお母さんの腕を受け継いだ拓也さんは、旅館じゃなくてむすび屋の料理人になったの?」
改めて考えてみると、拓也さんは旅館の後継ぎとしてむすび屋じゃなくて旅館の方で働いていそうなものなのだ。
「むすび屋は、元々私たちのおじいさんが経営しとったものだっていう話は聞いとる?」
「うん」
「おじいさんは私たちと同じように“見える体質”で、子どもたちは“見えない体質”だったの。けど、私たち孫は何人か、私となのかと拓也兄さんと晃くんがおじいさんの能力を受け継いでいたんよ。見える人間じゃないと、ここで働くのは難しいやろ?」
幽霊を迎え入れるむすび屋で働くには、確かに“見える”方が都合がいい。
むすび屋で働くまでは、こんな能力ない方が良いと思っていたけれど。
「それで唯一その能力を全く受け継がなかった私たちの一番上の兄さんが旅館の経営を継ぐことになって、私たちはむすび屋を継ぐことになったんよ」
「そうなんだ……!」
なずなさんたちに拓也さんの他にもう一人お兄さんがいたことは初耳だ。
むすび屋についてさらに知ることができて嬉しい。
「晃くんだけは、もうこの能力と関わるのはごめんだって言ってたけど、私たちが無理にわがまま言って誘ったんよ。人手不足を理由に頼み込んだとも言うかな」
「そうなの……!?」
なんだか意外だ。
初めてむすび屋におばあさんの幽霊と来たときを思い出す。
幽霊が見える能力を誰かのために役立てられることを教えてくれたのも、その上でここで雇ってくれたのも晃さんだったというのに。
「そうなんよ。晃くん、昔のことがトラウマになってたらしくて」
「なずな」
そのとき、いつの間にそばにいたのか背後から晃さんに名前を呼ばれて、なずなさんはピンと背筋を伸ばす。
「おしゃべりの内容には気をつけろ。プライバシーの侵害」
こんなに低く冷たい晃さんの声は聞いたことがなくて、私までヒヤリと鳥肌が立つ。
「ごめんなさい……」
なずなさんは晃さんの背中に向かってそう告げるけれど、晃さんはこちらを振り向くことなく厨房の中へ入っていく。
いつもクールな印象の晃さんだけど、あんな風に怒るところは初めて見た。
きっとそれだけ触れられたくない内容だったのだろう。
「ごめんね、ケイちゃん。今の、聞かんかったことにして」
さすがにさっきの晃さんの様子を見て、気になる話の続きが聞けるわけがない。
「うん。誰にだって触れられたくない過去のひとつやふたつあって当然だし、大丈夫だよ」
だけど、この“幽霊が見える能力”関連のトラウマということなら、何となく想像ついた。
私も自分が他の人と違うんだと気づくまでは、“あそこに宙に浮いた人がいる”とか言って、周りから気味悪がられた記憶があるのだから。
*
ここ数日は、秋雨前線の影響で雨が降り続いている。
稀に見る降水量で、地盤が緩んでいるから土砂災害には気をつけるようにテレビで言っていた。
この近辺は山が多いことからも、過去、土砂崩れがあったところもあるらしい。
この日は雨の中、臨時の買い出しが出てしまい、自転車で出るか三十分に一本のバスで行くか悩んだ結果、行きと帰りのバスの時間の目星をつけて、バスで往復した。
それでも、バス停でバスを待っているだけでかなり濡れてしまったのだから、少しは勘弁してほしい気持ちになる。
一旦荷物を拓也さんに預けたら、仕事に戻る前に着替えさせてもらおう。
そう思いながら、じっとりと水気を含んで重くなった足を動かしてむすび屋の門構えをくぐったとき、むすび屋の玄関前に一人の女性の幽霊が立っていた。
歳は四十代半ばといったところだろうか。
雨に打たれながらも、肩までのウェーブの髪も服も全く濡れている様子のないところを見るだけでも、彼女がこの世で生きる人間でないことは一目瞭然だった。
「いらっしゃいませ」
幽霊のお客様は、飛び入りのお客様がほとんどだ。
私は彼女もむすび屋を訪ねてきたお客様なのだろうと思い、声をかける。
驚いたように振り向いた彼女は、さっきまで見えていた横顔からでも感じていたが、とても綺麗な人の姿をしていた。
「あ……っ」
「ご宿泊ですか? 私、ここの従業員の江口恵と申します」
「……はい」
女性の幽霊は、戸惑いながらも小さくこたえる。
「どうぞ中へ。お話、うかがいますよ」
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