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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー3
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「お客様です」
受付カウンターの向こうで、作業をしていたなずなさんに声をかける。
「はい。いらっしゃいま……っ」
ところが、お客様を受け入れようとしたところで、なずなさんは驚いたように目を見開いて固まった。
一方で、幽霊はばつが悪そうになずなさんから目をそらす。
まさか、二人は知り合いなのだろうか。
そうだとして、この反応からあまり良好な関係ではないのかもしれない。
異様な空気が空間全体に渦巻く。
「叔母さん。どうして……」
そうなずなさんが一言小さく発したとき、フロントの奥の事務室から晃さんが出てきた。
「…………っ!」
晃さんもなずなさんと同じく、こちらを見るなり無言のまま固まる。
「晃……」
女性の幽霊が掠れた声で晃さんにそう呼び掛けたとき、晃さんの見開かれた目がさらに大きくカッと見開かれた。
「今更何しに来たんだよ」
こんなに乱暴な晃さんの声は、聞いたことがなかった。
その声の大きさや勢いに、女性の霊も身体を思わずビクつかせる。
「おまえと話すことはない。死んでまで会いにくんな。出ていけよ」
「ちょっ、晃さん……!」
女性の霊を突き飛ばしてしまいそうな勢いだ。
幽霊だから通常なら触れられないはずだが、このむすび屋の中では幽霊に触れてしまう。
触れなければいいとかそういう問題ではないけれど。
実際には突き飛ばしさえしなかったものの、晃さんは女性の霊の手首をつかむと、容赦なく女性の霊をむすび屋の玄関の外へと追い出した。
霊の身体が完全にむすび屋の建物の外に出た瞬間に、晃さんは玄関の引き戸を閉めた。
「晃さん……。どうして追い出して」
「……ごめん。でも、あの霊だけはまた来ても追い返してくれ」
「……え? それはどういう……」
だけど、晃さんは理由については全く教えてくれることなく、事務室へと戻っていってしまった。
受付カウンターにいるなずなさんの困ったような目と目が合う。
なずなさんは、完全に晃さんが事務室に入ったことを確認して、私の方へと近づいてきた。
そして間違っても晃さんに聞こえてしまわないようになのだろう、小さい声で私にそっと耳打ちしてきた。
「実はさっきの幽霊、晃くんのお母さんなんよ」
「……え」
晃さんのお母さんがすでに亡くなっていたこと自体、初耳だ。
だけど、実の母親が幽霊になってまで訪ねてきたというのに、どうしてあんな冷たい言い方で追い返したのだろう。
なずなさんを見ると、私の疑問が伝わったのだろう。少し躊躇いがちに、声のトーンを落としてなずなさんが口を開く。
「勝手に話したらまた晃くんに怒られるかもしれんけど、こんな状況やけん話すね」
「うん……。お願いします」
「この前ちらっと言ってしまったトラウマの話に繋がるんやけど、晃くんはいまだにご両親のことが許せんみたいなんよ」
数日前、なずなさんがこの話題を出してしまったときの晃さんの反応を思い返す。
冷たくて低い声は、怒りとも悲しみとも憎しみとも取れる負の感情の塊のように思えて、それだけで晃さんの触れてはダメな部分なんだと直感で感じた。
晃さんのいないところで勝手に聞くのは良くないことだとは思うけれど、なずなさんの言う通り、状況が変わった今だからこそ知っておく必要があるだろう。
一度晃さんが追い出してしまったとはいえ、晃さんのお母さんがこの世をさまよっている以上、またむすび屋を訪ねてくる可能性は充分にある。
もしまた訪ねてきたとき、事情を知らなかったら、意図せずに晃さんのことも晃さんのお母さんのことも傷つけてしまうかもしれない。
そう自分を納得させて、私はなずなさんの話に耳を傾けた。
受付カウンターの向こうで、作業をしていたなずなさんに声をかける。
「はい。いらっしゃいま……っ」
ところが、お客様を受け入れようとしたところで、なずなさんは驚いたように目を見開いて固まった。
一方で、幽霊はばつが悪そうになずなさんから目をそらす。
まさか、二人は知り合いなのだろうか。
そうだとして、この反応からあまり良好な関係ではないのかもしれない。
異様な空気が空間全体に渦巻く。
「叔母さん。どうして……」
そうなずなさんが一言小さく発したとき、フロントの奥の事務室から晃さんが出てきた。
「…………っ!」
晃さんもなずなさんと同じく、こちらを見るなり無言のまま固まる。
「晃……」
女性の幽霊が掠れた声で晃さんにそう呼び掛けたとき、晃さんの見開かれた目がさらに大きくカッと見開かれた。
「今更何しに来たんだよ」
こんなに乱暴な晃さんの声は、聞いたことがなかった。
その声の大きさや勢いに、女性の霊も身体を思わずビクつかせる。
「おまえと話すことはない。死んでまで会いにくんな。出ていけよ」
「ちょっ、晃さん……!」
女性の霊を突き飛ばしてしまいそうな勢いだ。
幽霊だから通常なら触れられないはずだが、このむすび屋の中では幽霊に触れてしまう。
触れなければいいとかそういう問題ではないけれど。
実際には突き飛ばしさえしなかったものの、晃さんは女性の霊の手首をつかむと、容赦なく女性の霊をむすび屋の玄関の外へと追い出した。
霊の身体が完全にむすび屋の建物の外に出た瞬間に、晃さんは玄関の引き戸を閉めた。
「晃さん……。どうして追い出して」
「……ごめん。でも、あの霊だけはまた来ても追い返してくれ」
「……え? それはどういう……」
だけど、晃さんは理由については全く教えてくれることなく、事務室へと戻っていってしまった。
受付カウンターにいるなずなさんの困ったような目と目が合う。
なずなさんは、完全に晃さんが事務室に入ったことを確認して、私の方へと近づいてきた。
そして間違っても晃さんに聞こえてしまわないようになのだろう、小さい声で私にそっと耳打ちしてきた。
「実はさっきの幽霊、晃くんのお母さんなんよ」
「……え」
晃さんのお母さんがすでに亡くなっていたこと自体、初耳だ。
だけど、実の母親が幽霊になってまで訪ねてきたというのに、どうしてあんな冷たい言い方で追い返したのだろう。
なずなさんを見ると、私の疑問が伝わったのだろう。少し躊躇いがちに、声のトーンを落としてなずなさんが口を開く。
「勝手に話したらまた晃くんに怒られるかもしれんけど、こんな状況やけん話すね」
「うん……。お願いします」
「この前ちらっと言ってしまったトラウマの話に繋がるんやけど、晃くんはいまだにご両親のことが許せんみたいなんよ」
数日前、なずなさんがこの話題を出してしまったときの晃さんの反応を思い返す。
冷たくて低い声は、怒りとも悲しみとも憎しみとも取れる負の感情の塊のように思えて、それだけで晃さんの触れてはダメな部分なんだと直感で感じた。
晃さんのいないところで勝手に聞くのは良くないことだとは思うけれど、なずなさんの言う通り、状況が変わった今だからこそ知っておく必要があるだろう。
一度晃さんが追い出してしまったとはいえ、晃さんのお母さんがこの世をさまよっている以上、またむすび屋を訪ねてくる可能性は充分にある。
もしまた訪ねてきたとき、事情を知らなかったら、意図せずに晃さんのことも晃さんのお母さんのことも傷つけてしまうかもしれない。
そう自分を納得させて、私はなずなさんの話に耳を傾けた。
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