11 / 23
「愛することをやめるのは、拷問にも等しくて。」
4-2
しおりを挟む
「お兄ちゃん!?」
「ほら、弁当。母さんがミスってたからさ、今ごろ困ってるんじゃないかと思って」
「ありがとう」
お兄ちゃん、走ってきてくれたんだ。私のために。
そう思うだけで幸せで、胸が一杯になる。
お兄ちゃんは私の手元にあった黒いケースに入ったご飯を持って、「じゃあ」と再び教室を出ていった。
「顔、緩んでるぞ」
「そ、そんなことないもん」
お兄ちゃんが出ていった方を見ていると、市川くんにそう指摘されて思わずギクリとする。
そんな私たちのやり取りを見て、冬子は不思議そうな顔をしている。
やめてよね、冬子の前でそんな話するの。
そう目で訴えると、市川くんは小さく舌打ちして前を向いた。
市川くんは、私のお兄ちゃんに対する気持ちを知ってる。
『お前、あの兄貴のこと好きなんだろ、恋愛対象として』
市川くんにそう言われて、私の気持ちを見抜かれてしまったのは、数ヶ月前のことだ。
何度も否定したけれど、市川くんには完全にお見通しのようで、最近はそれさえも無駄な抵抗だと悟った。
それからは誰にも言わないでと市川くんに口止めして、今に至る。
市川くんは私の気持ちを言いふらすようなことはしてないみたいだけど、時々こうしてお兄ちゃんが教室に現れたり、一緒にいるところを見られたりする度に他人が聞けば意味深なことを平気で言ってくるから、気が気じゃなかった。
*
その日の放課後。委員の仕事で遅くなった私は、放課後の廊下で市川くんと出くわした。
サッカー部のユニフォームを着ている市川くんは、何らかの理由で校舎内に入ってきていたのだろう。
とりあえずお疲れさまとだけ言ってすれ違おうとするけれど、市川くんに私の腕をつかまれて、それは阻止された。
「お前さ、まだあいつのこと好きなの?」
それは私がお兄ちゃんのことを好きだということに対する非難めいたものなのだろう。
私とお兄ちゃんが、兄妹だから。
「……市川くんには関係ないじゃん」
だけど、そんなこと市川くんに言われなくても痛いくらいにわかってる。
下校時間からは時間が経っていることもあり、教室や廊下を見渡す限り、この空間にいるのは私たちのみだ。
「関係ある」
「ない」
「ある。だって俺、お前が好きだから」
「……え?」
突然言われた言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
そうしているうちに、私は市川くんの腕にぎゅっと抱きしめられた。
「あんなやつやめて、俺にしろよ。俺なら、お前にそんな顔させない」
「ごめん……」
市川くんから身を離しながらそう伝えるけれど、市川くんは不満そうな表情を浮かべている。
「お前の返事なんてわかってる。でも、何であいつなんだよ。お前がどんなに想ったって、お前はあいつにとってただの妹だろ?」
「そんなの、わかってる」
わかってるから、他の人の口から言われると余計に辛い。
「だったら」
「でも、それでも好きなの、どうしようもないくらいに」
不毛な恋だってわかってる。
この恋が叶うことがないことも。
「好きでいられるだけでいいの。むしろ、兄妹だから無条件でそばにいられるし、それだけで本当に幸せ……」
幸せだっていつも思ってるのに、この気持ちに嘘はないのに、涙が出てきてしまうのはどうしてなのだろう?
「幸せそうに見えないから言ってんだろ? お前が誰を想ってるかわかるくらい、お前のことを見てきた俺をナメるな」
「……そうかもしれないけど」
どういうわけか市川くんには私の気持ちなんてお見通しだったけど、それは私のことをよく見てたということなんだ。
「好きでいることを否定される方がよっぽど辛いよ。想うのは自由なんだから、私のことは放っておいてほしい」
愛することをやめるのは、簡単じゃない。
それをやめるように強要されるのは、私にとっては拷問と同じだ。
「やだね。だって想うのは自由なんだろ? 俺だってお前と同じだ。お前が好きだから、放っておいてやれない」
市川くんの言い分や気持ちがわかるからこそ、私はそんな市川くんに対して何も言えなかった。
私が市川くんを好きになれたら、いわゆる普通の恋人同士になれるのに……。
どうして私たちの心は都合よく動いてはくれないのだろう?
それがわかっていても、どんなに辛くてもこの想いが揺らぐことはない。
そう簡単に忘れられたら、わざわざこんな不毛な恋はしてない。
だからきっと私は、これから先も、誰に何を言われても、ひっそりお兄ちゃんのことを想うんだ──。
「ほら、弁当。母さんがミスってたからさ、今ごろ困ってるんじゃないかと思って」
「ありがとう」
お兄ちゃん、走ってきてくれたんだ。私のために。
そう思うだけで幸せで、胸が一杯になる。
お兄ちゃんは私の手元にあった黒いケースに入ったご飯を持って、「じゃあ」と再び教室を出ていった。
「顔、緩んでるぞ」
「そ、そんなことないもん」
お兄ちゃんが出ていった方を見ていると、市川くんにそう指摘されて思わずギクリとする。
そんな私たちのやり取りを見て、冬子は不思議そうな顔をしている。
やめてよね、冬子の前でそんな話するの。
そう目で訴えると、市川くんは小さく舌打ちして前を向いた。
市川くんは、私のお兄ちゃんに対する気持ちを知ってる。
『お前、あの兄貴のこと好きなんだろ、恋愛対象として』
市川くんにそう言われて、私の気持ちを見抜かれてしまったのは、数ヶ月前のことだ。
何度も否定したけれど、市川くんには完全にお見通しのようで、最近はそれさえも無駄な抵抗だと悟った。
それからは誰にも言わないでと市川くんに口止めして、今に至る。
市川くんは私の気持ちを言いふらすようなことはしてないみたいだけど、時々こうしてお兄ちゃんが教室に現れたり、一緒にいるところを見られたりする度に他人が聞けば意味深なことを平気で言ってくるから、気が気じゃなかった。
*
その日の放課後。委員の仕事で遅くなった私は、放課後の廊下で市川くんと出くわした。
サッカー部のユニフォームを着ている市川くんは、何らかの理由で校舎内に入ってきていたのだろう。
とりあえずお疲れさまとだけ言ってすれ違おうとするけれど、市川くんに私の腕をつかまれて、それは阻止された。
「お前さ、まだあいつのこと好きなの?」
それは私がお兄ちゃんのことを好きだということに対する非難めいたものなのだろう。
私とお兄ちゃんが、兄妹だから。
「……市川くんには関係ないじゃん」
だけど、そんなこと市川くんに言われなくても痛いくらいにわかってる。
下校時間からは時間が経っていることもあり、教室や廊下を見渡す限り、この空間にいるのは私たちのみだ。
「関係ある」
「ない」
「ある。だって俺、お前が好きだから」
「……え?」
突然言われた言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
そうしているうちに、私は市川くんの腕にぎゅっと抱きしめられた。
「あんなやつやめて、俺にしろよ。俺なら、お前にそんな顔させない」
「ごめん……」
市川くんから身を離しながらそう伝えるけれど、市川くんは不満そうな表情を浮かべている。
「お前の返事なんてわかってる。でも、何であいつなんだよ。お前がどんなに想ったって、お前はあいつにとってただの妹だろ?」
「そんなの、わかってる」
わかってるから、他の人の口から言われると余計に辛い。
「だったら」
「でも、それでも好きなの、どうしようもないくらいに」
不毛な恋だってわかってる。
この恋が叶うことがないことも。
「好きでいられるだけでいいの。むしろ、兄妹だから無条件でそばにいられるし、それだけで本当に幸せ……」
幸せだっていつも思ってるのに、この気持ちに嘘はないのに、涙が出てきてしまうのはどうしてなのだろう?
「幸せそうに見えないから言ってんだろ? お前が誰を想ってるかわかるくらい、お前のことを見てきた俺をナメるな」
「……そうかもしれないけど」
どういうわけか市川くんには私の気持ちなんてお見通しだったけど、それは私のことをよく見てたということなんだ。
「好きでいることを否定される方がよっぽど辛いよ。想うのは自由なんだから、私のことは放っておいてほしい」
愛することをやめるのは、簡単じゃない。
それをやめるように強要されるのは、私にとっては拷問と同じだ。
「やだね。だって想うのは自由なんだろ? 俺だってお前と同じだ。お前が好きだから、放っておいてやれない」
市川くんの言い分や気持ちがわかるからこそ、私はそんな市川くんに対して何も言えなかった。
私が市川くんを好きになれたら、いわゆる普通の恋人同士になれるのに……。
どうして私たちの心は都合よく動いてはくれないのだろう?
それがわかっていても、どんなに辛くてもこの想いが揺らぐことはない。
そう簡単に忘れられたら、わざわざこんな不毛な恋はしてない。
だからきっと私は、これから先も、誰に何を言われても、ひっそりお兄ちゃんのことを想うんだ──。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる