【旧版】桃色恋華

美和優希

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第2章

戸惑い

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 桃華にジュンを紹介された日から3週間が経とうとしていた。


 この日、NEVERの5人は拓人の家で、次の新曲について話し合っていた。


 基本的に、作詞・作曲は拓人が携わることが多く、メンバー全員で編曲を考えることが多い。


 新曲作りは、意見が衝突することの方が多いが、衝突すればするほどいい曲になるような気がしていた。


 今回の新曲は思いの外早く話がまとまったので、解散は夜遅くにはならずに済んだ。


 カイトとシンジは早々と帰ってしまい、今、拓人の家のリビングには、ヒロとハルキが残っていた。


 3人は各々ビールを片手にソファーに座っていた。


「今回も良さそうな曲作ったな、拓人!」

 ヒロが拓人と肩を組みながら陽気な声で言う。


「おぅ、まかしとけ!」

 拓人は親指を立ててみせた。


「本当、拓人の作る曲には一種の才能を感じさせられるよ」

 ハルキもそう言って穏やかな笑みを浮かべる。


「恋愛曲の作詞が極端に下手くそなのが欠点だけどな」

 ここぞと言わんばかりに、笑いながら突っ込むヒロ。


 拓人が作る曲はスピード感溢れ、人々に希望を抱かせるような曲が多かった。


 バラードにしても人々が思わず聴き入ってしまうような曲が多い。


 そして、それらは決して飽きやマンネリを感じさせない。


 しかし、ヒロの言う通り、恋愛の詩だけは拓人が作ってもパッとしなくて、他のメンバーが作詞を手がけていた。


「うるせぇな、自分でも分かってるよ!」

 拓人はフイッとそっぽ向いた。


「拓人、そう怒るなよ。そういうのは経験豊富な俺らに任せておけばいいからさ! NEVERはおまえ1人じゃねぇんだし!!」


 ヒロは拓人をなだめるようにそう言うと、拓人の背中をバシバシと叩いた。


 今まで恋愛と言えるような経験をして来なかった拓人は、悔しかったが何も言い返すことが出来なかった。


「そういえばおまえん家、灰皿ねぇの?」


 突拍子もなくヒロが言う。


 ヒロの口には火のついてないタバコがくわえられていた。


「んなもん、うちにはねぇよ!」


「ヒロってタバコ吸ってたっけ……?」

 ハルキが問うと、


「今狙ってる女、タバコ吸ってる人が好みらしくてな! ちょっと始めてみた」

 とヒロは笑って答えた。


「やめとけ! タバコは喉にも肺にも悪いし、いいことねぇ! どーしても吸いたいなら外で吸え! 俺ん家の空気が汚れる!!」


 拓人にそう言われると、ヒロは渋々外へ出て行った。


「ったく、あいつ何考えてんだかっ! やめられなくなっても知らんぞ!!」

 拓人は外へ出て行くヒロを見て言った。


「ヒロもだけど、拓人の考えてることも俺には分からないね……」


 ハルキの言ってることが拓人には理解できなかった。


「は? 何言ってんだ? 何が分からねぇんだよ!」


「桃華ちゃんだよ……最近上手くいってないんでしょ?」


「!?」


 桃華にジュンを紹介された日から、確かに拓人は桃華と会っていなかった。


 正確には会いに行っても話せなかった……。


 でもそのこと自体は、NEVERのメンバーにも全く話していなかった。もちろん、ハルキにも。


「何で?」

 拓人は動揺を隠せない様子で言う。


「拓人を見たら分かるよ……最近の拓人、らしくないもん。なんか苛々してるというか、寂しそうな不安そうな目をしてボーッとしてたりとか。ヒロや他のメンバーは気づかない程度だけど、俺は気づいてたよ?」


「……」


「何があったかは知らないけど、もう少し元気出せよ。何をそんなに落ち込んでるわけ?」


「本当、ハルキには敵わないわ……」


 拓人はジュンのことについて話した。


 拓人が一通り話し終えるまで、ハルキは真剣に拓人の話を聞いてくれた。



「そうだったんだ」


「ああ、俺もどうかしてるよな。でもなんか良く分かんねぇけどすげぇムカつく……」


 拓人はそのまま空になったビールの缶を握り潰した。


「拓人、怒らずに聞いて?」


「何だよ」


「もしかして拓人……本当に桃華ちゃんのこと好きなんじゃないかな?」


「だからさ、何でそうなるんだよ! はじめからそんなんじゃねぇっつってんだろ?」

 拓人は苛立ちを抑えきれずにハルキの胸倉を掴んだ。


「拓人、ごめんごめん。ちょっと落ち着いてよ」


 ハルキを離した拓人は、ハルキに背を向けて座り直す。


「……で、何でそうなるんだよ」


「拓人の感情って普通、人は嫉妬って呼ぶものだからさ」


 ハルキは拓人の機嫌を窺いながら答えた。


「そうか……悪かった」


 拓人は下を向いたまま答えた。


「実際のとこ、俺にも分かんねぇんだよ……」


「拓人、ごめんな。でも今度ちゃんと桃華ちゃんに会って来なよ。その方がいいと思う」


 ハルキがそっと拓人の肩に手を添える。


 拓人は静かに頷いた。


 しばらく沈黙が続いた後、何も知らないヒロが帰ってきた。


「うわっ、2人とも何この空気の重さ……」


 さすがのヒロもこの深刻な空気に気づき口を開く。


「ちょっとね……」


 ハルキが苦笑いで答え、ヒロとハルキは帰っていった。



 なかなか納得のいかなかった拓人は、とりあえず冷蔵庫から酒を取り出し、1人で飲んだ。


「俺、本当どうかしてるわ……」


 拓人は頭を抱え込み、その場にうずくまった。


 今の拓人にはまだ気持ちを整理する余裕なんてなかった。
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