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3.健太郎と過ごす生活
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次の日。朝一に鏡の前に立つと、やっぱり健太郎の姿が映る。その事実に、昨日私の中にいる健太郎と過ごしたことは、夢ではなかったんだと感じさせられる。
「おはよ」
「おー、おはよう。すっげぇ顔」
「……うるさい。着替えるから目、つむるよ」
「はいはい、誰もそんなもん見たくねぇから好きにしろよ」
健太郎のその物言いにイラッとする反面、ホッとしている私がいた。
こうしていると、健太郎が死んだなんて、嘘みたいだ。
健太郎の姿を見て、いつもと変わらない憎まれ口にイラついて。もう二度とそんな日々は戻らないんだと思っていたから、そんなことでさえ嬉しく思っている私がいた。
何だかんだ言って、やっぱり健太郎がいないと調子が狂う。
昨日はあれほど行く気になれなかった学校も、休む気にはなれなかった。きっと私の中に健太郎がいるからなのだろう。
お母さんは心配してくれていたが、身支度を整えて家を出る。
「千夏って、意外ときっちりしてんだな」
学校へと向かう道すがら、不意に健太郎がそんなことを口走る。
「意外とって何よ、失礼ね」
不意に聞こえた声に、思わずいつもの感覚で健太郎に怒鳴ったからだろう。向かい側から歩いてきていたサラリーマン風の男性が、ギョッとしたような表情で私を見ていった。
きっと端から見ると、私が一人で見えない誰かと会話をしているように見えるのだろう。
今の人もそうだと思うけど、誰一人健太郎の姿が見えている人はいない。
そもそも私が健太郎の姿を見ることができるのも、鏡や鏡に替わるもの──例えば水面やガラスに自分の姿を映した場合のみだ。
この場合、本来私が映るべき場所に、健太郎の姿が映って見える。
とはいえ、鏡等に映る健太郎の姿も、今のところ私以外に見えた人はいない。
現に、お母さんだけでなく、今朝洗面台で一緒になったお父さんにも見えてなかったようだったから。
今みたいに鏡がないときは、もちろん私も健太郎の姿が見えないので、健太郎の声だけが私の頭の中に響いている感じに聞こえている。
健太郎の声もまた、お父さんやお母さんにはもちろん、今の人にだって聞こえていないようだ。
「もう! 健太郎のせいで変な目で見られちゃったじゃない!」
道行く人に怪しまれないように、今度はできる限りヒソヒソ声で怒鳴る。
「はぁ? それって俺のせいになんの?」
「だって、あんたが勝手に私に取りついてるせいでこうなったんじゃない」
「人のせいにするなよな。むしろ、千夏がキレキャラなのが原因だろ?」
誰がキレキャラだ!
健太郎の言葉に、余計に腹が立つ。
思わずそのイライラが表情に出ていたのだろう。杖をついた白髪のおじいさんが、怪訝そうな表情で私を見ながらすれ違っていった。
気をつけようって思ったそばからこれだ。
「千夏? おーい、千夏さーん!」
「今度は何」
あまり外で健太郎に話しかけられると、私が怪しまれるんだけど。
他の人には、健太郎の姿が見えるわけでも、声が聞こえるわけでもないのだから。端から見たら、やけに独り言が多い、見えない誰かと会話するイタイ人じゃん。
「あれ、先輩じゃね?」
「……え?」
学校が近づいてきた一本道。顔を上げた先に見えた広い背中は、確かに畑中先輩のものだった。
畑中先輩は、他の三年生の男の先輩と楽しそうに会話をしているようだ。隣の男子と話す度に時々見える横顔に、ドキドキと胸が高鳴る。それと同時に、決して畑中先輩の近くにいるわけでもないのに、緊張で身体が硬くなった。
思わず健太郎のことはそっちのけで畑中先輩に見惚れていると、頭の中でフンと鼻で笑うような健太郎の声が響いた。
「ケッ。あんなやつのどこがいいんだか」
「ちょ、何よ。先輩のこと、悪く言わないでよね」
「千夏こそ、何を見てあいつが良いと思ってんだよ」
「何って……! かっこいいし、大人っていう感じで、子どもっぽい健太郎なんかよりもずっとずっと……」
畑中先輩のことをあいつ呼ばわりされて、思わず捲し立てるように言い返していたところで、不意に畑中先輩がこちらを振り返った。
「おはよ」
「おー、おはよう。すっげぇ顔」
「……うるさい。着替えるから目、つむるよ」
「はいはい、誰もそんなもん見たくねぇから好きにしろよ」
健太郎のその物言いにイラッとする反面、ホッとしている私がいた。
こうしていると、健太郎が死んだなんて、嘘みたいだ。
健太郎の姿を見て、いつもと変わらない憎まれ口にイラついて。もう二度とそんな日々は戻らないんだと思っていたから、そんなことでさえ嬉しく思っている私がいた。
何だかんだ言って、やっぱり健太郎がいないと調子が狂う。
昨日はあれほど行く気になれなかった学校も、休む気にはなれなかった。きっと私の中に健太郎がいるからなのだろう。
お母さんは心配してくれていたが、身支度を整えて家を出る。
「千夏って、意外ときっちりしてんだな」
学校へと向かう道すがら、不意に健太郎がそんなことを口走る。
「意外とって何よ、失礼ね」
不意に聞こえた声に、思わずいつもの感覚で健太郎に怒鳴ったからだろう。向かい側から歩いてきていたサラリーマン風の男性が、ギョッとしたような表情で私を見ていった。
きっと端から見ると、私が一人で見えない誰かと会話をしているように見えるのだろう。
今の人もそうだと思うけど、誰一人健太郎の姿が見えている人はいない。
そもそも私が健太郎の姿を見ることができるのも、鏡や鏡に替わるもの──例えば水面やガラスに自分の姿を映した場合のみだ。
この場合、本来私が映るべき場所に、健太郎の姿が映って見える。
とはいえ、鏡等に映る健太郎の姿も、今のところ私以外に見えた人はいない。
現に、お母さんだけでなく、今朝洗面台で一緒になったお父さんにも見えてなかったようだったから。
今みたいに鏡がないときは、もちろん私も健太郎の姿が見えないので、健太郎の声だけが私の頭の中に響いている感じに聞こえている。
健太郎の声もまた、お父さんやお母さんにはもちろん、今の人にだって聞こえていないようだ。
「もう! 健太郎のせいで変な目で見られちゃったじゃない!」
道行く人に怪しまれないように、今度はできる限りヒソヒソ声で怒鳴る。
「はぁ? それって俺のせいになんの?」
「だって、あんたが勝手に私に取りついてるせいでこうなったんじゃない」
「人のせいにするなよな。むしろ、千夏がキレキャラなのが原因だろ?」
誰がキレキャラだ!
健太郎の言葉に、余計に腹が立つ。
思わずそのイライラが表情に出ていたのだろう。杖をついた白髪のおじいさんが、怪訝そうな表情で私を見ながらすれ違っていった。
気をつけようって思ったそばからこれだ。
「千夏? おーい、千夏さーん!」
「今度は何」
あまり外で健太郎に話しかけられると、私が怪しまれるんだけど。
他の人には、健太郎の姿が見えるわけでも、声が聞こえるわけでもないのだから。端から見たら、やけに独り言が多い、見えない誰かと会話するイタイ人じゃん。
「あれ、先輩じゃね?」
「……え?」
学校が近づいてきた一本道。顔を上げた先に見えた広い背中は、確かに畑中先輩のものだった。
畑中先輩は、他の三年生の男の先輩と楽しそうに会話をしているようだ。隣の男子と話す度に時々見える横顔に、ドキドキと胸が高鳴る。それと同時に、決して畑中先輩の近くにいるわけでもないのに、緊張で身体が硬くなった。
思わず健太郎のことはそっちのけで畑中先輩に見惚れていると、頭の中でフンと鼻で笑うような健太郎の声が響いた。
「ケッ。あんなやつのどこがいいんだか」
「ちょ、何よ。先輩のこと、悪く言わないでよね」
「千夏こそ、何を見てあいつが良いと思ってんだよ」
「何って……! かっこいいし、大人っていう感じで、子どもっぽい健太郎なんかよりもずっとずっと……」
畑中先輩のことをあいつ呼ばわりされて、思わず捲し立てるように言い返していたところで、不意に畑中先輩がこちらを振り返った。
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