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2.思いがけない再会
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健太郎はしばらく私を見つめていたけれど、私の反応を見て、健太郎の表情は次第に落胆の色に変わっていった。
「……まぁ、無理もないか。もう千夏にとって俺は、幽霊みたいなもんなんだよな」
「……え?」
「ってか俺、本当に死んだんだな……」
そして、まるで自分に言い聞かせるかのように健太郎が発した言葉が耳に届いた。
鏡に映る健太郎はとても寂しげだった。今の今まであり得ない目の前の光景に恐怖を覚えていたというのに、そんな健太郎を見ていたら、不思議と恐怖の感情は薄れていっていた。
「俺が死んでんなら、千夏に俺の姿が見えてること自体、おかしなことだもんな。こんな千夏の姿まで見せられて、さすがに何かの間違いでした~ってオチにはなりそうにないな」
「え、っと……」
何かの間違いでした~って。そんなオチがあるなら、そうであってほしかった。でも、現実は健太郎の言う通り、亡くなってしまった事実は間違いではない。
あまりに健太郎が辛そうに言うから、はっきりと“そうだ”とは言えなかった。
かわりに、私は疑問に思っていたことを健太郎に尋ねる。
「……なんで、健太郎は私の部屋の姿見の中にいるの?」
「鏡の中にいるわけじゃねぇよ」
「え……? じゃあ、どこにいるっていうのよ」
鏡の中にいるわけじゃないなら、現に今、私が見ているものは何なのだろう?
「俺にもよくわからねぇけど、千夏の中にいるんじゃないかと思う」
「私の、中……?」
私が健太郎の言葉を繰り返すと、鏡の中の健太郎はこくりとうなずく。
「千夏の目を通して周りが見えてるみたいなんだ。ちなみに俺には、俺が鏡に映る千夏に話しているように見えている」
「は? 何言って」
「だけど、千夏は鏡に映る俺と話しているように見えてるんだろ? 冷静に考えて、俺が千夏の中に入り込んでるんだと考える方が妥当じゃないか?」
私の言葉を遮るように、そう結論づけた健太郎。
こんなときによく冷静に考えられるものだ。
特別取り乱すこともなく、考えを巡らせる健太郎を見ていると、尊敬のような気持ちが芽生えてくる。
もし健太郎が言ってることが本当なら、私の中に健太郎の魂がいる、ってことになるのだろう。
「でも、何で健太郎が私の中にいるのよ」
「俺だって知らねぇよ。死んだってわかったあとしばらくは俺の通夜とか葬式の様子をぼんやり見てたのに、どういうわけか気づいたときには千夏の中にいたんだから」
「私の中から出られないの?」
「あ、その手があったか! 試してみる」
試してなかったんかい、と思わず突っ込みそうになる。
だけど、「ん、ん」としばらく健太郎は唸るような声をあげていたけれど、やがてあきらめたような表情へと変わった。
「ダメだ。どんなに俺の意志で動こうとしても、全く動かない」
「えぇえっ!?」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
鏡と向き合って考えてみたところで、まるでわからない。
それに、こんな風に健太郎の姿を見ることができるのは、私だけなのだろうか。現に、お母さんには健太郎の姿は見えてなかった。他の人が見ることができるのかまでは、今の時点では全くもってわからないけれど……。
「痛……っ!」
「……ってぇ!」
天井を見つめながらいろいろ考えていた私は、思わずそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
そんなに室内は広くない。それほど強くではないけれど、背後にあったベッドに私は頭をぶつけてしまったのだ。
「千夏、痛いだろうが。世界が反転してたぞ?」
「それはこっちのセリフ……え?」
「なんだ?」
打った部分を手で擦りながら、ガバッと上体を起こして再び姿見と向き合うと、怪訝な表情をした健太郎が視界に飛び込む。
「健太郎、あんた、私の感じた痛みがわかるの?」
「え? あ、ああ。そうみたいだな」
健太郎自身、そのこと自体は私に言われるまで全く気に留めてなかったようだ。
「健太郎が私に取りついてる間は、健太郎は私を通して五感を感じ取れるってこと?」
「取りついてるって……。お前、その言い方やめろよな」
「あながち間違ってないでしょ?」
もしかしてと思って言ったことだったが、この推測は正しかったようだ。
健太郎は、私が夜ご飯を食べたときには、そのもののにおいや味も感じているようだった。さらには、暖かい寒いといったことも、私を通してわかるみたいだった。
これらは、私の中から出られなかった健太郎が、私と共に行動をする中で気づいたことだ。
けれど、仕方ないとはいえ、共に行動をすることは決して楽ではない。
問題は、お風呂とトイレと着替えだ。
私の目を通して健太郎はこの世界を見ているから、私が自分の裸を見ると、健太郎にも裸を見られることになるからだ。
「絶対見ないでよね!」
「見たくなくても見えるんだから、仕方ないだろ?」
「この、ヘンタイ!」
状況に応じては目をつむりながら動かざるを得ないこともあって、異様に頭を使わされることとなった。
どうしてこうなったのかは、わからない。
どういうわけか死んだはずの健太郎は確かに私の中にいる。
健太郎との思いがけない再会、というのだろうか。
これが私の身体を通しての、健太郎との奇妙な共同生活の始まりとなったのだった。
「……まぁ、無理もないか。もう千夏にとって俺は、幽霊みたいなもんなんだよな」
「……え?」
「ってか俺、本当に死んだんだな……」
そして、まるで自分に言い聞かせるかのように健太郎が発した言葉が耳に届いた。
鏡に映る健太郎はとても寂しげだった。今の今まであり得ない目の前の光景に恐怖を覚えていたというのに、そんな健太郎を見ていたら、不思議と恐怖の感情は薄れていっていた。
「俺が死んでんなら、千夏に俺の姿が見えてること自体、おかしなことだもんな。こんな千夏の姿まで見せられて、さすがに何かの間違いでした~ってオチにはなりそうにないな」
「え、っと……」
何かの間違いでした~って。そんなオチがあるなら、そうであってほしかった。でも、現実は健太郎の言う通り、亡くなってしまった事実は間違いではない。
あまりに健太郎が辛そうに言うから、はっきりと“そうだ”とは言えなかった。
かわりに、私は疑問に思っていたことを健太郎に尋ねる。
「……なんで、健太郎は私の部屋の姿見の中にいるの?」
「鏡の中にいるわけじゃねぇよ」
「え……? じゃあ、どこにいるっていうのよ」
鏡の中にいるわけじゃないなら、現に今、私が見ているものは何なのだろう?
「俺にもよくわからねぇけど、千夏の中にいるんじゃないかと思う」
「私の、中……?」
私が健太郎の言葉を繰り返すと、鏡の中の健太郎はこくりとうなずく。
「千夏の目を通して周りが見えてるみたいなんだ。ちなみに俺には、俺が鏡に映る千夏に話しているように見えている」
「は? 何言って」
「だけど、千夏は鏡に映る俺と話しているように見えてるんだろ? 冷静に考えて、俺が千夏の中に入り込んでるんだと考える方が妥当じゃないか?」
私の言葉を遮るように、そう結論づけた健太郎。
こんなときによく冷静に考えられるものだ。
特別取り乱すこともなく、考えを巡らせる健太郎を見ていると、尊敬のような気持ちが芽生えてくる。
もし健太郎が言ってることが本当なら、私の中に健太郎の魂がいる、ってことになるのだろう。
「でも、何で健太郎が私の中にいるのよ」
「俺だって知らねぇよ。死んだってわかったあとしばらくは俺の通夜とか葬式の様子をぼんやり見てたのに、どういうわけか気づいたときには千夏の中にいたんだから」
「私の中から出られないの?」
「あ、その手があったか! 試してみる」
試してなかったんかい、と思わず突っ込みそうになる。
だけど、「ん、ん」としばらく健太郎は唸るような声をあげていたけれど、やがてあきらめたような表情へと変わった。
「ダメだ。どんなに俺の意志で動こうとしても、全く動かない」
「えぇえっ!?」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
鏡と向き合って考えてみたところで、まるでわからない。
それに、こんな風に健太郎の姿を見ることができるのは、私だけなのだろうか。現に、お母さんには健太郎の姿は見えてなかった。他の人が見ることができるのかまでは、今の時点では全くもってわからないけれど……。
「痛……っ!」
「……ってぇ!」
天井を見つめながらいろいろ考えていた私は、思わずそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
そんなに室内は広くない。それほど強くではないけれど、背後にあったベッドに私は頭をぶつけてしまったのだ。
「千夏、痛いだろうが。世界が反転してたぞ?」
「それはこっちのセリフ……え?」
「なんだ?」
打った部分を手で擦りながら、ガバッと上体を起こして再び姿見と向き合うと、怪訝な表情をした健太郎が視界に飛び込む。
「健太郎、あんた、私の感じた痛みがわかるの?」
「え? あ、ああ。そうみたいだな」
健太郎自身、そのこと自体は私に言われるまで全く気に留めてなかったようだ。
「健太郎が私に取りついてる間は、健太郎は私を通して五感を感じ取れるってこと?」
「取りついてるって……。お前、その言い方やめろよな」
「あながち間違ってないでしょ?」
もしかしてと思って言ったことだったが、この推測は正しかったようだ。
健太郎は、私が夜ご飯を食べたときには、そのもののにおいや味も感じているようだった。さらには、暖かい寒いといったことも、私を通してわかるみたいだった。
これらは、私の中から出られなかった健太郎が、私と共に行動をする中で気づいたことだ。
けれど、仕方ないとはいえ、共に行動をすることは決して楽ではない。
問題は、お風呂とトイレと着替えだ。
私の目を通して健太郎はこの世界を見ているから、私が自分の裸を見ると、健太郎にも裸を見られることになるからだ。
「絶対見ないでよね!」
「見たくなくても見えるんだから、仕方ないだろ?」
「この、ヘンタイ!」
状況に応じては目をつむりながら動かざるを得ないこともあって、異様に頭を使わされることとなった。
どうしてこうなったのかは、わからない。
どういうわけか死んだはずの健太郎は確かに私の中にいる。
健太郎との思いがけない再会、というのだろうか。
これが私の身体を通しての、健太郎との奇妙な共同生活の始まりとなったのだった。
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