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7.健太郎の事情
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放課後になる頃には、昼休みのときに感じていたモヤモヤも気にならなくなっていた。
この日の帰り道、私は家に帰る道すがらにあるケーキ屋さんの前で足を止めた。
「そうだ、健太郎。ちょっとケーキ屋さんに寄って帰ろうと思うんだけど、あんた何食べたい?」
「やっと口を利いてくれたかと思えば、いきなり何だよ」
そういえば昼休みに話しかけないでって言ったんだったな、と今更ながらに思い出す。
健太郎もそれを律儀に守ってくれていた。昼休みから放課後まで、健太郎に話しかけられることはなかったのだから。
でも、決して健太郎のことを無視してたわけではないのに、“やっと口を利いてくれた”みたいな言い方をされると、私が健太郎に意地悪していたみたいに聞こえる。
何となく悪いことをしたような気持ちになりながらも、本題を口にする。
「や、今日、お母さんのお誕生日でさ、ケーキでも買って帰ろうかなと思ってて」
私やお父さんの誕生日は盛大に祝ってくれるのに、自分の誕生日は、もう誕生日ではしゃぐ歳じゃないからと言うお母さん。
お小遣いをもらいだしてから、お母さんの誕生日にはプレゼントを兼ねて人数分のケーキを買って帰るのが、私の中でお決まりになっていた。
「で、何で俺に聞くんだよ」
「だって、せっかくなら健太郎も一緒に食べたいじゃん」
「一緒に、って……」
私が何かを食べれば、私の中にいる健太郎も同じようにその味覚を感じることができる。
これを“一緒に”食べているって言うのは変なのかもしれない。
だけど、あえて“一緒に”って言い方をしたのには、わけがあるんだ。
「健太郎は私の中にちゃんと存在してるから。私の中では健太郎もちゃんと一人に入ってるから、健太郎にも好きなケーキを買って一緒に食べたい。私が食べることで健太郎も味覚を感じられるなら、私が私のケーキと健太郎のケーキと食べれば、もっと一緒に食べてる気になれるような気がしない?」
これまで味覚を共有してる分、私は健太郎と一緒に食べてるという感覚があった。
それなのに目に見えて並ぶ料理が一人前だということに、切なさを感じていた。まるで健太郎の存在を否定されているみたいに思えてしまうから。
一緒に食べてるつもりになってるだけで、決してそうではないと言われているみたいで……。
とはいえ、私がそう感じてるだけで、健太郎がどう感じてるかまではわからない。そもそもこの提案自体が、私の自己満足のようなものかもしれないけれど。
「もっと一緒に食べてるような気ってなんだよ。そんなこと言ってさ、千夏がケーキ二つ食べたいだけなんじゃねぇの? 太るぞ」
「な……っ! せっかく人が健太郎のことを考えて言ってるのに!」
「バカ! そんなでかい声出せば、また通りすがりの人に怪しまれるぞ」
健太郎に言われてハッと口元を両手でおさえると、私はキョロキョロと周囲を見渡した。
幸い今は誰も近くにいなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「……じゃあ、チーズケーキ」
「……え?」
そのとき、私の中でぼそりと呟くような声が聞こえて、思わず聞き返す。
「だから俺のケーキ。チーズケーキな」
どこか照れくさそうな、決まりの悪そうな健太郎の声が聞こえる。
きっと今目の前に健太郎がいたら、視線を斜め下へと落としながら膨れっ面の表情を浮かべているのだろう。健太郎は素直じゃないから。
「うん。わかった、チーズケーキね」
私がそう言ってケーキ屋さんの中へと入ろうとすると、「ありがとな」と言う健太郎の声が、本当に微かに聞こえたような気がした。
この日の帰り道、私は家に帰る道すがらにあるケーキ屋さんの前で足を止めた。
「そうだ、健太郎。ちょっとケーキ屋さんに寄って帰ろうと思うんだけど、あんた何食べたい?」
「やっと口を利いてくれたかと思えば、いきなり何だよ」
そういえば昼休みに話しかけないでって言ったんだったな、と今更ながらに思い出す。
健太郎もそれを律儀に守ってくれていた。昼休みから放課後まで、健太郎に話しかけられることはなかったのだから。
でも、決して健太郎のことを無視してたわけではないのに、“やっと口を利いてくれた”みたいな言い方をされると、私が健太郎に意地悪していたみたいに聞こえる。
何となく悪いことをしたような気持ちになりながらも、本題を口にする。
「や、今日、お母さんのお誕生日でさ、ケーキでも買って帰ろうかなと思ってて」
私やお父さんの誕生日は盛大に祝ってくれるのに、自分の誕生日は、もう誕生日ではしゃぐ歳じゃないからと言うお母さん。
お小遣いをもらいだしてから、お母さんの誕生日にはプレゼントを兼ねて人数分のケーキを買って帰るのが、私の中でお決まりになっていた。
「で、何で俺に聞くんだよ」
「だって、せっかくなら健太郎も一緒に食べたいじゃん」
「一緒に、って……」
私が何かを食べれば、私の中にいる健太郎も同じようにその味覚を感じることができる。
これを“一緒に”食べているって言うのは変なのかもしれない。
だけど、あえて“一緒に”って言い方をしたのには、わけがあるんだ。
「健太郎は私の中にちゃんと存在してるから。私の中では健太郎もちゃんと一人に入ってるから、健太郎にも好きなケーキを買って一緒に食べたい。私が食べることで健太郎も味覚を感じられるなら、私が私のケーキと健太郎のケーキと食べれば、もっと一緒に食べてる気になれるような気がしない?」
これまで味覚を共有してる分、私は健太郎と一緒に食べてるという感覚があった。
それなのに目に見えて並ぶ料理が一人前だということに、切なさを感じていた。まるで健太郎の存在を否定されているみたいに思えてしまうから。
一緒に食べてるつもりになってるだけで、決してそうではないと言われているみたいで……。
とはいえ、私がそう感じてるだけで、健太郎がどう感じてるかまではわからない。そもそもこの提案自体が、私の自己満足のようなものかもしれないけれど。
「もっと一緒に食べてるような気ってなんだよ。そんなこと言ってさ、千夏がケーキ二つ食べたいだけなんじゃねぇの? 太るぞ」
「な……っ! せっかく人が健太郎のことを考えて言ってるのに!」
「バカ! そんなでかい声出せば、また通りすがりの人に怪しまれるぞ」
健太郎に言われてハッと口元を両手でおさえると、私はキョロキョロと周囲を見渡した。
幸い今は誰も近くにいなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「……じゃあ、チーズケーキ」
「……え?」
そのとき、私の中でぼそりと呟くような声が聞こえて、思わず聞き返す。
「だから俺のケーキ。チーズケーキな」
どこか照れくさそうな、決まりの悪そうな健太郎の声が聞こえる。
きっと今目の前に健太郎がいたら、視線を斜め下へと落としながら膨れっ面の表情を浮かべているのだろう。健太郎は素直じゃないから。
「うん。わかった、チーズケーキね」
私がそう言ってケーキ屋さんの中へと入ろうとすると、「ありがとな」と言う健太郎の声が、本当に微かに聞こえたような気がした。
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