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アデリシアお嬢様にしか興味のない、自称最高の侍女が結婚することにした理由
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私の名前はコーデリア。
ラムベルト公爵令嬢であるアデリシアお嬢様に仕える侍女である。
私の一族は曾祖父母の代からラムベルト公爵家に仕えている。
アデリシアお嬢様が産まれる前から、私がお嬢様専属の侍女となることが決まっていた。
おおよそ侍女として必要な技術は全て叩き込まれた、生粋の侍女である。
侍女の仕事は素晴らしい。
とりわけ、アデリシアお嬢様の侍女というのは、この世で一番栄誉ある仕事だ。
なぜならば、アデリシアお嬢様が世界で一番のお嬢様だからだ。
さて、アデリシアお嬢様には婚約者がいる。
この国の王太子、お嬢様より二歳年下のユーリウス殿下である。
ユーリウス殿下もまた、最高の婚約者であらせられる。
なにせ、殿下はお嬢様のことを世界一愛していて、お嬢様も殿下のことを世界一愛しておられるからだ。
その二人の微笑ましくも睦まじいラブラブっぷりを一番近くで楽しめるのだから、やはりアデリシアお嬢様の侍女は最高の仕事だ。
この命尽きるまで、私がお嬢様をお守りする。
なんなら死んだ後も守護霊になって、お二人の子孫を見守り続けたい。
そうなったら最高なのにな、と考える日々である。
そんな世界一のカップルであるお嬢様と殿下だが、それを快く思わない不届き者も存在する。
ラムベルト公爵家の政敵である、スカム侯爵家を中心とした一派だ。
お嬢様と殿下の婚約が決まって以降、彼らは幾度となく妨害をしかけてきた。
まったく、政治などという取るに足らない理由でお嬢様の恋路を邪魔するなんて万死に値すると思うのだけど。
最初は取るに足らない嫌がらせだった。
しかし、殿下が王立学園に入学したその日から、巨大な陰謀が動き始めた。
アデリシアお嬢様を婚約破棄させようという計画だ。
スカム侯爵派の側近で壁を作り、情報を操作し、じっくりとアデリシアお嬢様の悪い噂を流し。
学年違いのため、なかなか一緒にいられないアデリシアお嬢様の代わりに、見た目だけはそこそこ美しい侯爵家遠縁の男爵令嬢を充てがい。
三年の準備期間を使って、分断を図った。
そして、クライマックスは全生徒参加のダンスパーティーを使った、冤罪騒ぎだ。
アデリシアお嬢様が男爵令嬢のアクセサリーを盗んだと告発し、王太子殿下の婚約者にふさわしくないと騒ぎ立てた。
しかし──
「アデリシアが無実なのを知ってるよ。ずっと見てたから」
「そ、そんなの、別にすごくも何ともないわ。私だってユーリウスしか見てなかったし。だから、あなたがずっと見てたのくらい、知ってたわよ」
「嬉しい」
「ふ、ふん……私も、少しは喜んであげるわ」
しばらくイチャつけなかった分、アデリシアお嬢様とユーリウス殿下の想いは深まっていた。
二人を婚約破棄させようと目論んだ連中の作戦は、失敗に終わった。
無理もない。
お嬢様と殿下は、部外者からは不仲そうに見えただろう。
しかしその実、ツンデレ熱愛令嬢と無口溺愛王子のカップルだ。
噂ごときで引き裂けると思った時点で無理がある。
真実の恋人ヅラした田舎娘と、親友ヅラした有象無象どもの目論見は潰えた。
後は、国王陛下からの沙汰を待つばかり……とはならなかった。
公爵家の諜報員に探らせていた情報により、私は予備計画の存在を掴んでいた。
王都にあるアデリシアお嬢様の邸宅を強襲し、誘拐ないし殺害。
貞操か生命のどちらかを奪えれば、王太子妃候補第二位のスカム侯爵令嬢が繰り上がりで婚約者に昇格する。
下手人の汚名は、寝取り役の男爵令嬢に押しつける。
振られた腹いせの凶行という筋書きだ。
男爵令嬢には申し開きの機会を与えることなく、即座に処刑。
婚約解消騒ぎの首謀者も男爵令嬢であり、自称側近たちはあくまでも騙されていたと証言。
それにより、権力の座からの脱落を最小限に防ぐ。
既に全貌を握られているという点を除けば、無駄のない良い計画だ。
不憫なのは、トカゲの尻尾扱いの男爵令嬢である。
王妃という夢に釣られて利用された果てに、王都で刃傷沙汰を起こした凶賊として処刑とは、哀れな末路だ。
しかし、まあ、うちの可愛いお嬢様から恋人を寝取ろうとしたのだ。
そのくらいの罰は甘んじて受け入れて頂きたい。
王都の数カ所に伏せられていた、スカム侯爵家の私兵が動いた。
その報告を受け、私は敢えて護衛を半分帰宅させた。
一つは襲撃者を油断させるため。
もう一つは、帰宅させた彼女たちに密かにスカム侯爵家のアジトを急襲させ、証拠を押さえるためだ。
情報によれば、襲撃者は三十人程度。
少々手間ではあるが、私一人で充分対処できる人数だ。
流石に、全員生け捕りは難しいだろうが。
まあ、リーダー格さえ捕獲すれば充分だろう。
既に、アデリシアお嬢様は他の護衛とともに地下室に避難済み。
地下室に入るには、私のいる部屋の面倒な仕掛けを操作する必要がある。
「つまり、お嬢様を害したければ、この私、ラムベルト公爵家筆頭侍女コーデリアを倒す必要がございます。ご了承くださいませ」
私は侵入者たちの視線に、膝折礼で応じた。
黒ずくめの一団は、黒塗りの刃を抜いて、私を包囲する。
今のところ、この部屋に四人、隣の大部屋に六人。
足音から考えて、邸宅内に最低あと十人。
残り十人は外か。
討ち漏らしたくはないので、警戒させないように静かに仕留めなければ。
「ご丁寧に標的の居場所を教えてくれたんだ。感謝するぜ」
「おい! こっちだ! 集まれ!」
「筆頭だか何だか知らねえが、たかが女一人だ。やっちまえ!」
やれやれ、無粋な殿方たちですね。
一見丸腰の女一人に、余裕なくガッつきすぎです。
まあ、丸腰じゃないんですけどね。
「ぐァッ!?」
「何だ──うゲぇッ!?」
右袖に仕込んでいた飛針が、回り込もうとしていた男の左目、喉、右手に突き刺さる。
左足の蹴り上げとともにスカートに隠していた流星錘が正面の男の鳩尾を強打。
一人は絶命、一人は気絶。
あらあら、鍛え方が足りませんね。
襲撃者はもっと手練れを選ばなければ。
「なっ!? 気をつけろ! 武器を持ってる!」
「暗器かっ!? こいつ、ただの女じゃねえぞ!」
いやいや。
護衛が他にもいるのに、一人で立ちはだかる女なんて。
ただの女だと考える方が馬鹿ですが。
襲撃前に情報収集しなかったんでしょうか?
残り二人がタイミングを合わせて切り掛かってくる。
私は剣の軌道を読んですり抜けた。
振り向きざまに、くいっと流星錘の紐を引く。
「おぶッ!? ごぼ、ごぼ……」
「いッ!? 兄貴!? こいつ、俺の腕を!」
剣を持った腕を流星錘に絡めとられ、その男は仲間の喉笛を引き裂くはめになった。
喉を斬られた男は、血を吐きながら膝をつく。
しかし、ただではやられなかった。
倒れる直前に、流星錘の紐を切断する。
ほう、根性が座ったのもいますね。
引き戻すのが一瞬間に合わなかった。
「くそぉ! 兄貴の仇!」
最後の一人が切り掛かってきた。
怒りのせいで、筋肉の動きは更に読みやすくなっている。
余裕を持って避け、股下を潜って背後に回る。
紐の切れ端を、男の首に巻き付ける。
私はそのまま背負うように紐を引っぱり、男の体を持ち上げた。
「お……、ォ……、が……ッ」
剣の落ちる金属音。
私の背中で男が足掻く。
しかし、首に食い込んだ紐は容易には解けない。
足をばたつかせるも、床には届かない。
あとは絶命を待つのみ、と思った瞬間、殺気を感じた。
私はとっさに男を盾にする。
三つの風切り音。
三本の矢が男に突き刺さり、それがトドメになった。
「チッ、仕損じたか!」
「交代! 再装填急げ!」
弓?
いや、射撃直前にわずかな金属音。
クロスボウか。
死体をかざしながら、確認する。
大部屋との間で、テーブルをバリケード代わりにして、クロスボウが狙っている。
私を狙っているのが三丁。
再装填中が三丁。
男の胴体を貫通するほどの威力はないようだが、死体一つで全身をカバーするのは難しい。
毒の可能性を考慮すると、かするのは危険だ。
弾切れまで粘るのは非現実的だ。
こちらの飛び道具は、飛針が左袖に三本、短剣がブーツに一本ずつ。
投擲だけでバリケード越しに六人殺すのは難しい。
なかなかまずい状況だ。
やれやれ、あまりリスクは負いたくないのですが。
腹を括るとしますか。
そう思った瞬間、再装填中だった三人の後頭部に、次々に黒塗りの刃が突き刺さった。
「何者!?」
クロスボウのうち二丁が振り向く。
チャンスだ。
私は死体を盾に突撃する。
一人がこちらに射撃するが、目線で射線は読めている。
先読みして死体で受け止めると、用済みになった死体は投げ捨てた。
「くっ、来るな!」
「う、うわぁ、撃て撃て撃て!」
残り二人も慌てて振り返るが、既に白兵戦の間合いだ。
矢はむなしく壁や天井に突き刺さる。
私はテーブルを飛び越え、彼らの背後に着地した。
「ば、化物!」
「ひいぃぃぃぃぃい!」
「怯むな! 殺せ! 殺ッ……おごッ!?」
鉄板入りのブーツが、一人目の顎を砕く。
剣を抜こうとした二人目の手を飛針が貫き、壁に縫い付ける。
一目散に逃げようとした最後の一人が、廊下に出た瞬間に、首をへし折られて倒れた。
廊下に誰かいる。
足音はしなかった。
再装填中の三人を殺したのも、そいつか。
仲間割れ?
それとも第三勢力か?
まあ何でもいい。
少しはやるようだから、こんな雑魚どもよりは楽しめるでしょう。
ブーツから短剣を抜き、両手に構える。
投擲や射撃を警戒し、四足獣のような姿勢で音もなく部屋を駆けた。
ドアを通り抜ける。
そのまま足首を刈るつもりで、床すれすれを薙ぐ。
誰もいない。
視線を上げる。
さらに上へ。
目が合った。
その男は、コウモリのように梁からぶら下がって、私を見下ろしていた。
他の男と違い、白い、騎士団の制服。
顔も隠していない。
貴族然とした、整った顔立ちだ。
首魁の可能性が高い。
生け捕りにすべきだろう。
壁に短剣を投擲。
窓枠を蹴って跳躍。
壁に突き刺さった短剣の柄を足場に、梁の上へ。
白服は驚愕の面持ちで、しかし冷静にくるりと反転し、梁の上に立った。
「待って下さい。誤解です」
「言い訳は後ほど、拷問の際にたっぷり承ります」
逃げ場のない梁の上。
短剣と徒手の違いはあるものの、構えは互いに左前の猫足立ち。
二呼吸だけ整えた後、私が先に動いた。
侍女としての訓練により、崖っぷちであろうと船上であろうと、平地と同様に動ける。
幅五センチの梁の上は、私にとってはただの廊下と同義だ。
心臓を狙った突きを、白服は胸を反らして避ける。
しかし、それはフェイント。
バランスを崩したところを狙って、回し蹴りを放つ。
狙いは重心である腰。
回避は不可能。
受ければ落下必至。
白服は、更に胸を反らし、倒れ込んだ。
私の蹴りが空を切る。
白服は倒れながら梁を掴んだ。
倒れた勢いのまま指を支点にスイングし、私の背後に着地する。
「待って下さい。僕は敵ではありません」
そう言って、何かを胸の前に翳す。
徽章。
近衛騎士団。
第三隊、ということは、王太子殿下専属のものだ。
それを認識し、私は白服の喉を掻き切る寸前で手を止めた。
ふむ。
そう言えば、アデリシアお嬢様とユーリウス殿下のイチャイチャを見るのに忙しくて、背景に焦点を合わせたことがなかったけれど、確かにこういう顔が殿下の護衛に混じっていた気もする。
「アデリシア様の専属侍女のコーデリア殿とお見受けします。僕は近衛騎士団第三隊所属、ヒルデブラント・カイナンです。アデリシア様はご無事ですか?」
「無事です。現在、安全な場所に隠れて頂いております」
「それはよかった。僕はユーリウス殿下の命で、本隊に先がけて参りました。伝令兼加勢だと思って下さい」
「本隊がいらっしゃるのですか?」
「ええ、こちらの諜報部がスカム侯爵派の襲撃を察知しましたので」
「それはありがたい」
ちょうど和解できたところで、増援がやってきた。
廊下の両側に五人ずつ。
挟撃されている。
私とヒルデブラントは飛び降り、不意打ちできっちり一人ずつ昏倒させる。
話の続きは、仕事しながらやるとしよう。
私たちは背中合わせに構えた。
「ところで、ヒルデブラント様。なぜあなた一人で?」
「市街地では僕が一番速いのと、鍵を開けずに家に入るのが得意なので」
喋りながら、私は襲撃者の膝を蹴り砕く。
ヒルデブラントも、剣撃を避けながら腕をへし折り、剣を奪っていた。
なかなか器用な人だ。
「便利な特技をお持ちですね。この屋敷にはどこから?」
「天井を一部剥がしてしまいました。後ほど修理を手配いたしますので、お許しください」
「緊急時ですので、仕方ありませんね」
「ありがとうございます。お詫びの印に、こちらをどうぞ」
奪った剣で一人斬り伏せた後、その柄を私に差し出す。
あら、お優しい。
私は遠慮なく受け取り、先頭の男の首を刎ねた。
あと八人。
「カイナンと言えば、子爵家ですか」
「はい。三男坊ですので、何とか剣の腕を騎士団に認めて頂いて、糊口をしのいでおります」
「またまた、ご謙遜を。なかなか才能豊かでいらっしゃるようにお見受けしますが?」
「僕なんか、先輩方に比べればまだまだですよ」
そうは言うが、私より五つは若く見えるのに、近衛所属。
しかも、王太子殿下の護衛に選ばれたり、単独で敵中突破を任されるほど信頼されている。
先ほど戦った手応えから考えても、実力は確かだ。
ヒルデブラントは喋りながら次の一人を殴り倒し、剣をもう一本奪っていた。
こちらの最後尾がドアの裏に隠れるのが見える。
弦を引く音。
クロスボウだ。
射手が顔を出した瞬間に、短剣が眉間に、鏢が喉に突き刺さる。
短剣は私のだが、鏢はヒルデブラントのものだろう。
「おや、ヒルデブラント様は暗器もいけるクチですか?」
「騎士としては邪道かもしれませんが、護衛ならば一通り習得しておいた方が、いざ暗器と対峙した時に有利かと思いましたので」
「素晴らしい向上心ですね。さすが、ユーリウス殿下の騎士です」
斬撃を受け流し、そのまま刃を滑らせて指を削ぐ。
敵の取り落とした剣を蹴り上げ、左手でキャッチする。
指を押さえて悲鳴を上げる男の側頭部に、剣の石突きを叩き込んだ。
ヒルデブラントも袖に仕込んでいた鎖分銅で相手を絡めとり、動きを封じた隙に一人斬り倒していた。
あと二人。
残った刺客たちが恐怖に顔を歪める。
「なんだこいつら……女しかいない、楽な仕事って言われたのに、こんなの聞いてねえよぉ!」
「あ、ああ、助けてくれぇ! 俺は雇われただけなんだぁ!」
戦意喪失したようだけど、助けてやる義理はない。
そもそも、生存しても拷問が待っているのだ。
「助けるわけないじゃないですか。ユーリウス殿下の婚約者を狙ったんですから、相応の罰を受けていただかないと」
「あら、話が分かる騎士様」
説得は通じないと悟ったのか、襲撃者たちは一目散に逃げ出す。
普通に走っても逃げれるはずがないのに。
侍女式高速走法を使って追い抜き、振り返る。
私が微笑むと、男は蒼白を通り越して紫色になった。
剣を叩き落とし、喉をつかんで持ち上げる。
握力と自重で頸部を圧迫されながら、男は力なく足掻く。
脳への酸素供給を絶たれ、しばらくすると男は動かなくなった。
捕虜一名追加である。
振り返ると、ヒルデブラントも最後の一人を無力化したところだった。
両手両足の関節を外され、芋虫のように床を這っている。
これで、屋内の敵は制圧完了である。
「正面制圧完了! 突入!」
「副隊長! 裏口確保しました!」
「近衛騎士団第三隊、推参! アデリシア様! ご無事ですか!」
「ヒルデブラント! どこだ! 返事しろ!」
どうやら本隊が着いたようだ。
やれやれ、ずいぶんと楽をさせてもらった。
「ヒルデブラント様。この度は手伝っていただき、ありがとうございました」
「いえ、微力ながら貢献できて光栄です。コーデリア殿なら一人で制圧できたかもしれませんが……」
「まさか。か弱い一介の侍女が、恐ろしい暴漢三十人も相手にできるわけないじゃないですか」
「またまた、ご謙遜を」
お互い返り血まみれの姿で笑い合う。
冷静に考えると、なかなか酷い絵面だ。
「高そうな服が台無しですね」
「これくらい、大したことありませんよ」
「染み抜きくらいなら承りましょうか?」
「それは、今後も会っていただけるという約束ですか?」
何だか含みがある言い回しだ。
「それはもう、お二人がご成婚のあかつきには、お会いする機会も増えることでしょう」
「できれば個人的にも親睦を深めたいのですが、染み抜きのお礼にいずれお食事でもいかがでしょう」
「あらあら、それでは、まるで遠回しに口説いているように聞こえてしまいますわ」
「それはまあ、遠回しに口説いていますので」
よく見ると、首まで赤くなっている。
返り血で気づかなかった。
今までのやり取りの、どこに惚れる要素があったのやら。
二度ほど殺しかけたのに。
ヒルデブラントは跪き、私を見つめる。
真摯で情熱的な瞳だ。
どうやら、冗談ではなくマジらしい。
「あなたのように強くて、勇気があって、主君に忠実な女性は初めてです」
「まあ、それはそうでしょうね」
「護衛や武人として優秀で容赦がないだけでなく、優しくて、美しい」
「返り血浴びてるときに美しいと言われたのは初めてですね」
「趣味も呼吸も合います」
「それはそう」
改めてヒルデブラントを見て、評価する。
悪くない。
少なくとも、私と同等くらいには強い。
普通の騎士のように戦い方にこだわりがなく、合理的で柔軟だ。
程よく私を立ててくれるのも嬉しい。
私ほどではないが、忠誠心が高いのも好感が持てる。
少なくともお嬢様と殿下のために、命くらいは平気で懸けてくれるようだ。
これより更に高い忠誠心を目指すなら、しっかりと私が教育する必要がある。
いざという時に、妻より主君を選んでくれなければ私が困るのだ。
顔も、まあ、一般的に見てほどほどに美しい部類だ。
私個人は特に顔にはこだわりがない。
しかし、遺伝のことを考えれば、まあ有利だろう。
アデリシアお嬢様のお子様専属の従者は、ほどよく主人を引き立てる程度に美しいのが望ましい。
アデリシアお嬢様とユーリウス殿下はそのうち結婚するわけだから、護衛同士の協力体制が強固なのは良いことだ。
ヒルデブラントはこれから更に重要な地位に昇格するだろうし。
「どうか、結婚を前提にお付き合いして頂けませんか」
「承りました。お付き合いいたしましょう」
「本当ですか? ありがとうございます」
私はヒルデブラントの差し出した手に、自分の手を重ねる。
そう言えば、手をつなぐのも初めてだ。
順番がメチャクチャだな。
「正直、プロポーズを受けて頂けるとは思いもしませんでした。こんな男のどこがよかったんですか?」
「それをあなたが言いますか。まあ、都合が良かったですからね」
「都合が良かった?」
「私、アデリシアお嬢様の産んだお子様の乳母になりたかったので、そろそろ結婚相手が欲しかったんですよ」
私の大概頭のおかしい言葉に、彼は「それは従者の鑑ですね」と答えた。
彼もまた大概であった。
割れ鍋に綴じ蓋。
なかなか上手く行きそうな伴侶が見つかったので、反逆者には感謝したいものである。
ラムベルト公爵令嬢であるアデリシアお嬢様に仕える侍女である。
私の一族は曾祖父母の代からラムベルト公爵家に仕えている。
アデリシアお嬢様が産まれる前から、私がお嬢様専属の侍女となることが決まっていた。
おおよそ侍女として必要な技術は全て叩き込まれた、生粋の侍女である。
侍女の仕事は素晴らしい。
とりわけ、アデリシアお嬢様の侍女というのは、この世で一番栄誉ある仕事だ。
なぜならば、アデリシアお嬢様が世界で一番のお嬢様だからだ。
さて、アデリシアお嬢様には婚約者がいる。
この国の王太子、お嬢様より二歳年下のユーリウス殿下である。
ユーリウス殿下もまた、最高の婚約者であらせられる。
なにせ、殿下はお嬢様のことを世界一愛していて、お嬢様も殿下のことを世界一愛しておられるからだ。
その二人の微笑ましくも睦まじいラブラブっぷりを一番近くで楽しめるのだから、やはりアデリシアお嬢様の侍女は最高の仕事だ。
この命尽きるまで、私がお嬢様をお守りする。
なんなら死んだ後も守護霊になって、お二人の子孫を見守り続けたい。
そうなったら最高なのにな、と考える日々である。
そんな世界一のカップルであるお嬢様と殿下だが、それを快く思わない不届き者も存在する。
ラムベルト公爵家の政敵である、スカム侯爵家を中心とした一派だ。
お嬢様と殿下の婚約が決まって以降、彼らは幾度となく妨害をしかけてきた。
まったく、政治などという取るに足らない理由でお嬢様の恋路を邪魔するなんて万死に値すると思うのだけど。
最初は取るに足らない嫌がらせだった。
しかし、殿下が王立学園に入学したその日から、巨大な陰謀が動き始めた。
アデリシアお嬢様を婚約破棄させようという計画だ。
スカム侯爵派の側近で壁を作り、情報を操作し、じっくりとアデリシアお嬢様の悪い噂を流し。
学年違いのため、なかなか一緒にいられないアデリシアお嬢様の代わりに、見た目だけはそこそこ美しい侯爵家遠縁の男爵令嬢を充てがい。
三年の準備期間を使って、分断を図った。
そして、クライマックスは全生徒参加のダンスパーティーを使った、冤罪騒ぎだ。
アデリシアお嬢様が男爵令嬢のアクセサリーを盗んだと告発し、王太子殿下の婚約者にふさわしくないと騒ぎ立てた。
しかし──
「アデリシアが無実なのを知ってるよ。ずっと見てたから」
「そ、そんなの、別にすごくも何ともないわ。私だってユーリウスしか見てなかったし。だから、あなたがずっと見てたのくらい、知ってたわよ」
「嬉しい」
「ふ、ふん……私も、少しは喜んであげるわ」
しばらくイチャつけなかった分、アデリシアお嬢様とユーリウス殿下の想いは深まっていた。
二人を婚約破棄させようと目論んだ連中の作戦は、失敗に終わった。
無理もない。
お嬢様と殿下は、部外者からは不仲そうに見えただろう。
しかしその実、ツンデレ熱愛令嬢と無口溺愛王子のカップルだ。
噂ごときで引き裂けると思った時点で無理がある。
真実の恋人ヅラした田舎娘と、親友ヅラした有象無象どもの目論見は潰えた。
後は、国王陛下からの沙汰を待つばかり……とはならなかった。
公爵家の諜報員に探らせていた情報により、私は予備計画の存在を掴んでいた。
王都にあるアデリシアお嬢様の邸宅を強襲し、誘拐ないし殺害。
貞操か生命のどちらかを奪えれば、王太子妃候補第二位のスカム侯爵令嬢が繰り上がりで婚約者に昇格する。
下手人の汚名は、寝取り役の男爵令嬢に押しつける。
振られた腹いせの凶行という筋書きだ。
男爵令嬢には申し開きの機会を与えることなく、即座に処刑。
婚約解消騒ぎの首謀者も男爵令嬢であり、自称側近たちはあくまでも騙されていたと証言。
それにより、権力の座からの脱落を最小限に防ぐ。
既に全貌を握られているという点を除けば、無駄のない良い計画だ。
不憫なのは、トカゲの尻尾扱いの男爵令嬢である。
王妃という夢に釣られて利用された果てに、王都で刃傷沙汰を起こした凶賊として処刑とは、哀れな末路だ。
しかし、まあ、うちの可愛いお嬢様から恋人を寝取ろうとしたのだ。
そのくらいの罰は甘んじて受け入れて頂きたい。
王都の数カ所に伏せられていた、スカム侯爵家の私兵が動いた。
その報告を受け、私は敢えて護衛を半分帰宅させた。
一つは襲撃者を油断させるため。
もう一つは、帰宅させた彼女たちに密かにスカム侯爵家のアジトを急襲させ、証拠を押さえるためだ。
情報によれば、襲撃者は三十人程度。
少々手間ではあるが、私一人で充分対処できる人数だ。
流石に、全員生け捕りは難しいだろうが。
まあ、リーダー格さえ捕獲すれば充分だろう。
既に、アデリシアお嬢様は他の護衛とともに地下室に避難済み。
地下室に入るには、私のいる部屋の面倒な仕掛けを操作する必要がある。
「つまり、お嬢様を害したければ、この私、ラムベルト公爵家筆頭侍女コーデリアを倒す必要がございます。ご了承くださいませ」
私は侵入者たちの視線に、膝折礼で応じた。
黒ずくめの一団は、黒塗りの刃を抜いて、私を包囲する。
今のところ、この部屋に四人、隣の大部屋に六人。
足音から考えて、邸宅内に最低あと十人。
残り十人は外か。
討ち漏らしたくはないので、警戒させないように静かに仕留めなければ。
「ご丁寧に標的の居場所を教えてくれたんだ。感謝するぜ」
「おい! こっちだ! 集まれ!」
「筆頭だか何だか知らねえが、たかが女一人だ。やっちまえ!」
やれやれ、無粋な殿方たちですね。
一見丸腰の女一人に、余裕なくガッつきすぎです。
まあ、丸腰じゃないんですけどね。
「ぐァッ!?」
「何だ──うゲぇッ!?」
右袖に仕込んでいた飛針が、回り込もうとしていた男の左目、喉、右手に突き刺さる。
左足の蹴り上げとともにスカートに隠していた流星錘が正面の男の鳩尾を強打。
一人は絶命、一人は気絶。
あらあら、鍛え方が足りませんね。
襲撃者はもっと手練れを選ばなければ。
「なっ!? 気をつけろ! 武器を持ってる!」
「暗器かっ!? こいつ、ただの女じゃねえぞ!」
いやいや。
護衛が他にもいるのに、一人で立ちはだかる女なんて。
ただの女だと考える方が馬鹿ですが。
襲撃前に情報収集しなかったんでしょうか?
残り二人がタイミングを合わせて切り掛かってくる。
私は剣の軌道を読んですり抜けた。
振り向きざまに、くいっと流星錘の紐を引く。
「おぶッ!? ごぼ、ごぼ……」
「いッ!? 兄貴!? こいつ、俺の腕を!」
剣を持った腕を流星錘に絡めとられ、その男は仲間の喉笛を引き裂くはめになった。
喉を斬られた男は、血を吐きながら膝をつく。
しかし、ただではやられなかった。
倒れる直前に、流星錘の紐を切断する。
ほう、根性が座ったのもいますね。
引き戻すのが一瞬間に合わなかった。
「くそぉ! 兄貴の仇!」
最後の一人が切り掛かってきた。
怒りのせいで、筋肉の動きは更に読みやすくなっている。
余裕を持って避け、股下を潜って背後に回る。
紐の切れ端を、男の首に巻き付ける。
私はそのまま背負うように紐を引っぱり、男の体を持ち上げた。
「お……、ォ……、が……ッ」
剣の落ちる金属音。
私の背中で男が足掻く。
しかし、首に食い込んだ紐は容易には解けない。
足をばたつかせるも、床には届かない。
あとは絶命を待つのみ、と思った瞬間、殺気を感じた。
私はとっさに男を盾にする。
三つの風切り音。
三本の矢が男に突き刺さり、それがトドメになった。
「チッ、仕損じたか!」
「交代! 再装填急げ!」
弓?
いや、射撃直前にわずかな金属音。
クロスボウか。
死体をかざしながら、確認する。
大部屋との間で、テーブルをバリケード代わりにして、クロスボウが狙っている。
私を狙っているのが三丁。
再装填中が三丁。
男の胴体を貫通するほどの威力はないようだが、死体一つで全身をカバーするのは難しい。
毒の可能性を考慮すると、かするのは危険だ。
弾切れまで粘るのは非現実的だ。
こちらの飛び道具は、飛針が左袖に三本、短剣がブーツに一本ずつ。
投擲だけでバリケード越しに六人殺すのは難しい。
なかなかまずい状況だ。
やれやれ、あまりリスクは負いたくないのですが。
腹を括るとしますか。
そう思った瞬間、再装填中だった三人の後頭部に、次々に黒塗りの刃が突き刺さった。
「何者!?」
クロスボウのうち二丁が振り向く。
チャンスだ。
私は死体を盾に突撃する。
一人がこちらに射撃するが、目線で射線は読めている。
先読みして死体で受け止めると、用済みになった死体は投げ捨てた。
「くっ、来るな!」
「う、うわぁ、撃て撃て撃て!」
残り二人も慌てて振り返るが、既に白兵戦の間合いだ。
矢はむなしく壁や天井に突き刺さる。
私はテーブルを飛び越え、彼らの背後に着地した。
「ば、化物!」
「ひいぃぃぃぃぃい!」
「怯むな! 殺せ! 殺ッ……おごッ!?」
鉄板入りのブーツが、一人目の顎を砕く。
剣を抜こうとした二人目の手を飛針が貫き、壁に縫い付ける。
一目散に逃げようとした最後の一人が、廊下に出た瞬間に、首をへし折られて倒れた。
廊下に誰かいる。
足音はしなかった。
再装填中の三人を殺したのも、そいつか。
仲間割れ?
それとも第三勢力か?
まあ何でもいい。
少しはやるようだから、こんな雑魚どもよりは楽しめるでしょう。
ブーツから短剣を抜き、両手に構える。
投擲や射撃を警戒し、四足獣のような姿勢で音もなく部屋を駆けた。
ドアを通り抜ける。
そのまま足首を刈るつもりで、床すれすれを薙ぐ。
誰もいない。
視線を上げる。
さらに上へ。
目が合った。
その男は、コウモリのように梁からぶら下がって、私を見下ろしていた。
他の男と違い、白い、騎士団の制服。
顔も隠していない。
貴族然とした、整った顔立ちだ。
首魁の可能性が高い。
生け捕りにすべきだろう。
壁に短剣を投擲。
窓枠を蹴って跳躍。
壁に突き刺さった短剣の柄を足場に、梁の上へ。
白服は驚愕の面持ちで、しかし冷静にくるりと反転し、梁の上に立った。
「待って下さい。誤解です」
「言い訳は後ほど、拷問の際にたっぷり承ります」
逃げ場のない梁の上。
短剣と徒手の違いはあるものの、構えは互いに左前の猫足立ち。
二呼吸だけ整えた後、私が先に動いた。
侍女としての訓練により、崖っぷちであろうと船上であろうと、平地と同様に動ける。
幅五センチの梁の上は、私にとってはただの廊下と同義だ。
心臓を狙った突きを、白服は胸を反らして避ける。
しかし、それはフェイント。
バランスを崩したところを狙って、回し蹴りを放つ。
狙いは重心である腰。
回避は不可能。
受ければ落下必至。
白服は、更に胸を反らし、倒れ込んだ。
私の蹴りが空を切る。
白服は倒れながら梁を掴んだ。
倒れた勢いのまま指を支点にスイングし、私の背後に着地する。
「待って下さい。僕は敵ではありません」
そう言って、何かを胸の前に翳す。
徽章。
近衛騎士団。
第三隊、ということは、王太子殿下専属のものだ。
それを認識し、私は白服の喉を掻き切る寸前で手を止めた。
ふむ。
そう言えば、アデリシアお嬢様とユーリウス殿下のイチャイチャを見るのに忙しくて、背景に焦点を合わせたことがなかったけれど、確かにこういう顔が殿下の護衛に混じっていた気もする。
「アデリシア様の専属侍女のコーデリア殿とお見受けします。僕は近衛騎士団第三隊所属、ヒルデブラント・カイナンです。アデリシア様はご無事ですか?」
「無事です。現在、安全な場所に隠れて頂いております」
「それはよかった。僕はユーリウス殿下の命で、本隊に先がけて参りました。伝令兼加勢だと思って下さい」
「本隊がいらっしゃるのですか?」
「ええ、こちらの諜報部がスカム侯爵派の襲撃を察知しましたので」
「それはありがたい」
ちょうど和解できたところで、増援がやってきた。
廊下の両側に五人ずつ。
挟撃されている。
私とヒルデブラントは飛び降り、不意打ちできっちり一人ずつ昏倒させる。
話の続きは、仕事しながらやるとしよう。
私たちは背中合わせに構えた。
「ところで、ヒルデブラント様。なぜあなた一人で?」
「市街地では僕が一番速いのと、鍵を開けずに家に入るのが得意なので」
喋りながら、私は襲撃者の膝を蹴り砕く。
ヒルデブラントも、剣撃を避けながら腕をへし折り、剣を奪っていた。
なかなか器用な人だ。
「便利な特技をお持ちですね。この屋敷にはどこから?」
「天井を一部剥がしてしまいました。後ほど修理を手配いたしますので、お許しください」
「緊急時ですので、仕方ありませんね」
「ありがとうございます。お詫びの印に、こちらをどうぞ」
奪った剣で一人斬り伏せた後、その柄を私に差し出す。
あら、お優しい。
私は遠慮なく受け取り、先頭の男の首を刎ねた。
あと八人。
「カイナンと言えば、子爵家ですか」
「はい。三男坊ですので、何とか剣の腕を騎士団に認めて頂いて、糊口をしのいでおります」
「またまた、ご謙遜を。なかなか才能豊かでいらっしゃるようにお見受けしますが?」
「僕なんか、先輩方に比べればまだまだですよ」
そうは言うが、私より五つは若く見えるのに、近衛所属。
しかも、王太子殿下の護衛に選ばれたり、単独で敵中突破を任されるほど信頼されている。
先ほど戦った手応えから考えても、実力は確かだ。
ヒルデブラントは喋りながら次の一人を殴り倒し、剣をもう一本奪っていた。
こちらの最後尾がドアの裏に隠れるのが見える。
弦を引く音。
クロスボウだ。
射手が顔を出した瞬間に、短剣が眉間に、鏢が喉に突き刺さる。
短剣は私のだが、鏢はヒルデブラントのものだろう。
「おや、ヒルデブラント様は暗器もいけるクチですか?」
「騎士としては邪道かもしれませんが、護衛ならば一通り習得しておいた方が、いざ暗器と対峙した時に有利かと思いましたので」
「素晴らしい向上心ですね。さすが、ユーリウス殿下の騎士です」
斬撃を受け流し、そのまま刃を滑らせて指を削ぐ。
敵の取り落とした剣を蹴り上げ、左手でキャッチする。
指を押さえて悲鳴を上げる男の側頭部に、剣の石突きを叩き込んだ。
ヒルデブラントも袖に仕込んでいた鎖分銅で相手を絡めとり、動きを封じた隙に一人斬り倒していた。
あと二人。
残った刺客たちが恐怖に顔を歪める。
「なんだこいつら……女しかいない、楽な仕事って言われたのに、こんなの聞いてねえよぉ!」
「あ、ああ、助けてくれぇ! 俺は雇われただけなんだぁ!」
戦意喪失したようだけど、助けてやる義理はない。
そもそも、生存しても拷問が待っているのだ。
「助けるわけないじゃないですか。ユーリウス殿下の婚約者を狙ったんですから、相応の罰を受けていただかないと」
「あら、話が分かる騎士様」
説得は通じないと悟ったのか、襲撃者たちは一目散に逃げ出す。
普通に走っても逃げれるはずがないのに。
侍女式高速走法を使って追い抜き、振り返る。
私が微笑むと、男は蒼白を通り越して紫色になった。
剣を叩き落とし、喉をつかんで持ち上げる。
握力と自重で頸部を圧迫されながら、男は力なく足掻く。
脳への酸素供給を絶たれ、しばらくすると男は動かなくなった。
捕虜一名追加である。
振り返ると、ヒルデブラントも最後の一人を無力化したところだった。
両手両足の関節を外され、芋虫のように床を這っている。
これで、屋内の敵は制圧完了である。
「正面制圧完了! 突入!」
「副隊長! 裏口確保しました!」
「近衛騎士団第三隊、推参! アデリシア様! ご無事ですか!」
「ヒルデブラント! どこだ! 返事しろ!」
どうやら本隊が着いたようだ。
やれやれ、ずいぶんと楽をさせてもらった。
「ヒルデブラント様。この度は手伝っていただき、ありがとうございました」
「いえ、微力ながら貢献できて光栄です。コーデリア殿なら一人で制圧できたかもしれませんが……」
「まさか。か弱い一介の侍女が、恐ろしい暴漢三十人も相手にできるわけないじゃないですか」
「またまた、ご謙遜を」
お互い返り血まみれの姿で笑い合う。
冷静に考えると、なかなか酷い絵面だ。
「高そうな服が台無しですね」
「これくらい、大したことありませんよ」
「染み抜きくらいなら承りましょうか?」
「それは、今後も会っていただけるという約束ですか?」
何だか含みがある言い回しだ。
「それはもう、お二人がご成婚のあかつきには、お会いする機会も増えることでしょう」
「できれば個人的にも親睦を深めたいのですが、染み抜きのお礼にいずれお食事でもいかがでしょう」
「あらあら、それでは、まるで遠回しに口説いているように聞こえてしまいますわ」
「それはまあ、遠回しに口説いていますので」
よく見ると、首まで赤くなっている。
返り血で気づかなかった。
今までのやり取りの、どこに惚れる要素があったのやら。
二度ほど殺しかけたのに。
ヒルデブラントは跪き、私を見つめる。
真摯で情熱的な瞳だ。
どうやら、冗談ではなくマジらしい。
「あなたのように強くて、勇気があって、主君に忠実な女性は初めてです」
「まあ、それはそうでしょうね」
「護衛や武人として優秀で容赦がないだけでなく、優しくて、美しい」
「返り血浴びてるときに美しいと言われたのは初めてですね」
「趣味も呼吸も合います」
「それはそう」
改めてヒルデブラントを見て、評価する。
悪くない。
少なくとも、私と同等くらいには強い。
普通の騎士のように戦い方にこだわりがなく、合理的で柔軟だ。
程よく私を立ててくれるのも嬉しい。
私ほどではないが、忠誠心が高いのも好感が持てる。
少なくともお嬢様と殿下のために、命くらいは平気で懸けてくれるようだ。
これより更に高い忠誠心を目指すなら、しっかりと私が教育する必要がある。
いざという時に、妻より主君を選んでくれなければ私が困るのだ。
顔も、まあ、一般的に見てほどほどに美しい部類だ。
私個人は特に顔にはこだわりがない。
しかし、遺伝のことを考えれば、まあ有利だろう。
アデリシアお嬢様のお子様専属の従者は、ほどよく主人を引き立てる程度に美しいのが望ましい。
アデリシアお嬢様とユーリウス殿下はそのうち結婚するわけだから、護衛同士の協力体制が強固なのは良いことだ。
ヒルデブラントはこれから更に重要な地位に昇格するだろうし。
「どうか、結婚を前提にお付き合いして頂けませんか」
「承りました。お付き合いいたしましょう」
「本当ですか? ありがとうございます」
私はヒルデブラントの差し出した手に、自分の手を重ねる。
そう言えば、手をつなぐのも初めてだ。
順番がメチャクチャだな。
「正直、プロポーズを受けて頂けるとは思いもしませんでした。こんな男のどこがよかったんですか?」
「それをあなたが言いますか。まあ、都合が良かったですからね」
「都合が良かった?」
「私、アデリシアお嬢様の産んだお子様の乳母になりたかったので、そろそろ結婚相手が欲しかったんですよ」
私の大概頭のおかしい言葉に、彼は「それは従者の鑑ですね」と答えた。
彼もまた大概であった。
割れ鍋に綴じ蓋。
なかなか上手く行きそうな伴侶が見つかったので、反逆者には感謝したいものである。
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