1 / 76
1話 四兄妹
一 新一郎の刀(一)
しおりを挟む
お家が断絶し、屋敷を出されてから、もう十年が経とうとしていた。
立花新一郎は腕を伸ばしてあくびをした。
もう少し寝ようか、とまた寝床に横になる。
長屋の一人住まいである。
気楽なものだった。
二十四になっている。
十四歳のとき、家族が突然バラバラになった。
新一郎は四兄妹の長男である。
次男、荘次郎は十二歳で商家に。
三男、洋三郎は十歳で町医者に、それぞれ貰われていった。
それ以来一度も会っていない。
今どこにいるのかも知らない。
(もう皆立派な大人だな)
末の妹、波蕗は十年前、まだ五歳だった。
(波蕗は十五か・・・)
大きくなっ姿を、新一郎は想像できなかった。
母親の実家に預けられているはずだったが、その家がどこにあるのか知らなかった。
新一郎たち三兄弟とは、母親が違うのだ。
近頃、弟たちのことが気になって仕方がない。
暮らしが落ち着いたということもあるだろう。
新一郎自身は、立花家の剣術指南をしていた神谷甚兵衛に引き取られ、神谷道場の住み込み弟子として暮らし始めた。
しかし、五年前、甚兵衛の死とともに道場が潰れた。
跡取りがなく、その後を束ねる人がいなかったからだ。
分裂して、高弟たちはそれぞれの道場を立ち上げたのだった。
新一郎の居場所がまたなくなった。
この長屋に引っ越してきたのもそれからで、町人ながら道場に通っていた岡っ引きの親分仙次と仲良くなり、世話してもらった。
仙次は、孤独な身の上の新一郎を気にかけてくれて、何かと世話を焼いてくれる。
生業は、しがない用心棒で、仙次の仕事を助けたり、仙次の紹介で、商家の用心棒をすることもあった。
そんなとき、荘次郎の店にばったり出くわす、ということもあるのではないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
だが、期待と裏腹に、まったくそんな機会はやってこない。
あるときは、怪我をしたり、近所の子供が麻疹にかかったりして、誰かが医者を呼びにいくとき、ひょっとして洋三郎が往診に来はしないかと思ったりする。
そしてこちらもそんな気配はまったくなく、月日ばかりが過ぎていくのだった。
(探すべきだな)
長男にありがちな、のんびりおっとり気質の新一郎は思い始めている。
偶然に頼らず、もうそろそろ、弟たちの消息を尋ねてもいいだろう。
立花家は一万石の旗本に毛が生えたような大名だった。
十年前、新一郎にしては突然のことで、何がなんだかわからないまま、父は他家にお預けになり、戻ってこなかった。
謹厳実直な父が、何か悪いことをするなどど、寝耳に水もいいところだった。
なぜこんなことになったのか、真相を探ろうにも、子供にはどうしていいかわからなかった。
ただ茫然と、されるがままに、家族が散り散りになり、家がなくなるのを見ていることしかできなかった。
(今なら・・・)
やってもいいかもしれないと思うようになっている。
そうしなければ、いつまでも澱のように心の底に溜まったままの思いにケリをつけることができない。
何から手をつけていいか、今もわからないことに変わりはないが、まずは弟たちだということははっきりしている。
一人でできることは限られている。
それに、皆の消息が知りたかった。
(親分に頼るしかないかな)
思考はいつもそこにだどりつき、先には進まないのだ。
親分に頼ると言っても、ただでさえ忙しい岡っ引きの仕事の合間に、頼み事なんてできない。
(やっぱり己でやらなきゃな)
寝ようと思ったが、目が冴えてきて起き上がった。
家の中に居たって、弟たちは見つからない。
立花新一郎は腕を伸ばしてあくびをした。
もう少し寝ようか、とまた寝床に横になる。
長屋の一人住まいである。
気楽なものだった。
二十四になっている。
十四歳のとき、家族が突然バラバラになった。
新一郎は四兄妹の長男である。
次男、荘次郎は十二歳で商家に。
三男、洋三郎は十歳で町医者に、それぞれ貰われていった。
それ以来一度も会っていない。
今どこにいるのかも知らない。
(もう皆立派な大人だな)
末の妹、波蕗は十年前、まだ五歳だった。
(波蕗は十五か・・・)
大きくなっ姿を、新一郎は想像できなかった。
母親の実家に預けられているはずだったが、その家がどこにあるのか知らなかった。
新一郎たち三兄弟とは、母親が違うのだ。
近頃、弟たちのことが気になって仕方がない。
暮らしが落ち着いたということもあるだろう。
新一郎自身は、立花家の剣術指南をしていた神谷甚兵衛に引き取られ、神谷道場の住み込み弟子として暮らし始めた。
しかし、五年前、甚兵衛の死とともに道場が潰れた。
跡取りがなく、その後を束ねる人がいなかったからだ。
分裂して、高弟たちはそれぞれの道場を立ち上げたのだった。
新一郎の居場所がまたなくなった。
この長屋に引っ越してきたのもそれからで、町人ながら道場に通っていた岡っ引きの親分仙次と仲良くなり、世話してもらった。
仙次は、孤独な身の上の新一郎を気にかけてくれて、何かと世話を焼いてくれる。
生業は、しがない用心棒で、仙次の仕事を助けたり、仙次の紹介で、商家の用心棒をすることもあった。
そんなとき、荘次郎の店にばったり出くわす、ということもあるのではないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
だが、期待と裏腹に、まったくそんな機会はやってこない。
あるときは、怪我をしたり、近所の子供が麻疹にかかったりして、誰かが医者を呼びにいくとき、ひょっとして洋三郎が往診に来はしないかと思ったりする。
そしてこちらもそんな気配はまったくなく、月日ばかりが過ぎていくのだった。
(探すべきだな)
長男にありがちな、のんびりおっとり気質の新一郎は思い始めている。
偶然に頼らず、もうそろそろ、弟たちの消息を尋ねてもいいだろう。
立花家は一万石の旗本に毛が生えたような大名だった。
十年前、新一郎にしては突然のことで、何がなんだかわからないまま、父は他家にお預けになり、戻ってこなかった。
謹厳実直な父が、何か悪いことをするなどど、寝耳に水もいいところだった。
なぜこんなことになったのか、真相を探ろうにも、子供にはどうしていいかわからなかった。
ただ茫然と、されるがままに、家族が散り散りになり、家がなくなるのを見ていることしかできなかった。
(今なら・・・)
やってもいいかもしれないと思うようになっている。
そうしなければ、いつまでも澱のように心の底に溜まったままの思いにケリをつけることができない。
何から手をつけていいか、今もわからないことに変わりはないが、まずは弟たちだということははっきりしている。
一人でできることは限られている。
それに、皆の消息が知りたかった。
(親分に頼るしかないかな)
思考はいつもそこにだどりつき、先には進まないのだ。
親分に頼ると言っても、ただでさえ忙しい岡っ引きの仕事の合間に、頼み事なんてできない。
(やっぱり己でやらなきゃな)
寝ようと思ったが、目が冴えてきて起き上がった。
家の中に居たって、弟たちは見つからない。
1
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる