【完結】隠れ刀 花ふぶき

かじや みの

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3話 立花家の危機

二 敵か味方か(五)

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 佐野は今日は非番で屋敷にいるという。
 取次の者が戻ってくる間、外で待たされていたが、程なく中へ通された。

 佐野家は旗本である。
 目付という役職についているということは、能力次第で出世していける、見込みがあるということだ。

 人が近づいてくる気配に、手をついて、頭を低くする。
 こちらは浪人であり、本来ならば、屋敷にあげられる身分ではない。
 庭先でも優遇されているのに、佐野は新一郎を部屋にあげた。

「新一郎、水臭いじゃないか。頭を上げてくれよ」
 佐野の膝が目の前でつかれた。
 上座に座るのではなく、真っ直ぐにそばに寄ってきた。
「平四郎・・・」
 新一郎も名前で呼びかける。
 顔をあげた。
 懐かしい顔がそこにあった。
「よく来てくれたな。浪人だというから、もっと落ちぶれているのかと思ったが、変わらないじゃないか。いや、苦味走った感じが大人っぽくなった」
「それは皆そうだろう。平四郎は立派になったな。本来なら、来れた義理じゃない」
「よせや」
 と、悪びれもせず、勢いよく左腕を叩かれた。
 新一郎が顔を顰めたのを見て、どうした、と友の腕をとり、着物の袖をまくった。
 二の腕に、布が巻かれている。
「斬られたのか」
「・・・」
 新一郎は、思わず込み上げてきた笑いを堪えた。
「なんだ。その顔は」
 平四郎も笑っている。
「そういう、遠慮のないところ、変わらないな」
「十年経ったって、中身は何も変わらないさ。おれが一番小さくて、剣術も得意じゃなかったが、それなりに背も伸びたしな」

「角谷も昔と変わってなかった」
「京蔵のところに行ったのか?」
 と拗ねた顔になった。
「奴は相変わらずだらしない。あんなだからお役にもつけないんだ。・・・おれのところに先に来て欲しかったな」
「どっちだっていいだろう」
「いいや、良くない。奴のことろに行ったって何もわからなかっただろう?」
「確かに、何もわからなかった」
「そうだろ。今立花の置かれている状況もわかってない」
「蟄居のことは知っていたが・・・」
「今日来たのは、それだろ? 新一郎の身も危ないのか。穏やかじゃないな」
「ああ。何か知っていることはないか? 役目がら、耳にすることもあるんじゃないかと思って。角谷から、お前が目付をしていると聞いたんだ」
「・・・」
「処分が下される前になんとかしたい。一刻の猶予もない。教えてくれないかな。立花家を潰したくないんだ」
「ちょっと待て。今の立花は裏だろう?お前の家は、乗っ取られたんじゃないか」
「そういうことになるが・・・」
「今の立花が潰れたっていいんじゃないか?」
 角谷も、そんなことを言っていた。
「いや、そうはいかない。波蕗が・・・妹があの家にいるんだ」
「・・・」
「その妹も、行方がわからなくなっている」
 佐野が目を逸らした。

「新一郎」
 目を逸らしたまま、言った。
 体ごと横を向いて、庭を眺めている。
「お家を再興しろ。おれが手を貸してやる。旧禄は無理かもしれないが、旗本でもいいだろう?お家が戻れば、妹を引き取ればいい。・・・それに、お前が戻ってきてくれるなら、心強い」
「それは・・・」
「戻って来いよ。昔のように、連んで遊んだり、学んだりしようじゃないか」
「平四郎・・・」
「どうだ。いい話だと思うが。お前がいないと、調子が狂うんだ」
「再興なんて、できると思うか。そんな簡単なことじゃないだろう」
「おれに任せておけ。悪いようにはしない」
「・・・」
 佐野の横顔が、苦しげに歪んでいる。
 下を向いた。
 重い沈黙がきた。
 そして不意に笑い出した。

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