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4話 天女の行方
二 相州伝対美濃伝(四)
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鳥居の屋敷へは、駕籠で行く。
主計が駕籠に乗り、花ふぶきを抱えていくのだ。
その朝、主計は泣きながら、花ふぶきに頬ずりした。
「娘を嫁にやる気分だ。どうしてもやらなねばならぬのか」
恨めしげに新一郎を睨んだ。
「鳥居さまは、きっと大事にしてくれるはずです」
「気休めを申すな。家宝を差し出すなぞ、こんな屈辱はないのだぞ」
負けを認めたのと同じことだ。
それをあえてしようと言うのだ。
「父上さま、私にもお貸しくださいませ」
波蕗が、主計をたしなめるように言い、手を伸ばした。
「いってらっしゃい、花ふぶき」
可憐な拵を装着し、おめかししたように見える刀を、大事そうに抱えて言った。
「あなたは、立花家を救うために生まれたのです。そのお役目を全うするのですよ。兄上さま、よろしくお願いします」
花ふぶきを捧げるように持ち、新一郎に渡した。
その顔は、誇らしげに見えた。
主計の乗った駕籠を警護するように、新一郎が脇を歩いた。
何事もなく、大目付の屋敷に着き、主計と新一郎が部屋に通された。
鳥居は、高崎から聞いて想像していた姿とは違って、優男と言ってもいいくらいに線が細く、声も高かった。
「本当にあったのだな? どこに隠しておった? あの折には拵しかなかったぞ」
挨拶を交わすと、すぐに、主計の傍にある刀袋を指して言った。
「は。あの後、見つかりましてございます。この者が探し出しました」
と、後ろに控える新一郎を示した。
「見つかってそれほど経ってはおりませぬ。立花家の者の他に、この花ふぶきを目にした者はおりませぬ」
「おお、そうか」
鳥居の声は、興奮のためか、少しうわずった。
「早う見せよ」
「恐れながら・・・」
新一郎がすかさず口を挟んだ。
「その前に、お約束していただかねばなりませぬ」
これは取引だ。
はいそうですかと、渡すわけにはいかない。
「その方は、何者か・・・いや、立花だな? 立花石見の息子であろう」
「は。立花新一郎と申します」
「花ふぶきの持ち主は、その方か?」
「はい」
「約束とは、立花家の罪は不問にいたすということか?」
「さようにございます」
「そのようなことは、わかっておる。武士に二言はない」
「それだけではございませぬ。この花ふぶきが、価値のない物だとしても、約束をお守りくださるか、ということです」
「なに? 価値がない?」
鳥居の顔が険しくなる。
そういう顔になると、いかつい雰囲気が表に出てくるようだった。
「花ふぶきは、隠れ刀と言われております。いわゆる影の刀。これ一振だけでは、価値がありませぬ」
「なんだと?!」
「新一郎」
不穏な空気に、主計が思わず名を呼んだ。
「それでも、ご所望されますか」
鳥居を真っ直ぐに見て言った。
「・・・」
睨んでくる。
怯まずに続けた。
「これは、立花家の家宝。差し出すからには、約束を守っていただきます」
「・・・」
「手にいれる価値がないと思われたのなら、そのままお返しくださってかまいませぬ」
「それは、渡したくないゆえの、戯言か?」
「約束を、反故にされたくないだけです」
「刀の価値いかんに関わらず、立花を許せ、ということだな?」
「はい」
「どちらが咎められておるかわからぬな」
ふっと頬を緩めて笑った。
「わかった。約束は守る。・・・しかし、その方らは、敵同士ではなかったのか。表と裏の争いで、その方の家が潰れたのであろう」
そっちこそ、立花家を潰そうとしておいて、何を言うのかと思ったが、黙った。
「その敵を助けるということか」
「立花家には、もはや表も裏もありませぬ。いつまでもこだわることではないと、思っております」
「ほう。水に流したか」
「些細なことです」
「主計どの、この者が申したことはまことか。価値がないというのは。・・・どうなのだ」
今度は主計に目をやった。
刀に関しては、主計の目は確かだということはわかっているのだろう。
「価値がないと断定はできませぬ。しかし、影の刀というのはまことです。一度、ご覧になってみればおわかりになりましょう」
主計は、傍の花ふぶきを袋から出して、差し出した。
近習の侍が、受け取って、鳥居に渡す。
「おお。・・・では、拝見いたす」
懐紙を懐から出して、膝前に置き、それから鞘を払った。
懐紙を取り上げ、刀身を乗せ、慣れた手つきで角度を変えながら眺めている。
その間は、むろん無言だ。
鞘に収めてから、口をひらく。
「相州伝の写しか。五頭龍と天女のう・・・面白いな」
鳥居の顔から険しさが消え、満足げな笑みがもれた。
「名刀ばかりが刀ではない。価値がないとは言い切れぬ。古来、写しは数多く作られておる。写しが作られることで技が磨かれ、工夫が生まれる。・・・人と同じで、刀もどれ一つとして同じものはない。ゆえに面白い。新しい刀に出会うとワクワクする。・・・そうだな、主計どの」
「その通りにございます」
「その瞬間がたまらんのだ」
「まさに」
「・・・」
「いかがいたした。柄にもないことを申したかの」
新一郎が呆然としているのを見咎めて、鳥居が言った。
「いえ、鳥居さまを、誤解しておりました」
「なに? 鬼か何かだと思われておったか」
鳥居が豪快に笑った。
「そう思われても致し方ないな。まあ、良い。花ふぶきは預かっておく。悪いようにはせぬゆえ、安心いたせ」
ありがたき幸せ、と主計が平伏した。
取り上げられて、幸せも何もないように思うが、新一郎もそれに倣った。
「花ふぶきは、影だと申したな。ということは、対になる刀があるということになるが、その刀はそなたが持っておるのだな?」
本題は、まだ終わっていない、といいたげに、鳥居の目が鋭くなった。
「その刀は、相州伝であろう」
「はい」
「それは本物か?」
主計を見て、念を押す。
「は」
「見てみたい。見せてくれぬか」
「・・・」
そう来るのは想定済みだ。
「それが、只今手元にございませぬ」
「ない? いかがしたのだ」
「奪われました」
「奪われた? 戯言ではあるまいな」
鳥居の顔から笑みが完全に消えて、怒ったように顔色まで変わっている。
「嘘ではございませぬ。弟に怪我を負わせ、花ふぶきをよこせと脅してきました」
「なんだと?! 何者の仕業かわかっておるのか」
「はい。町奉行の土岐さまです」
鳥居は驚かなかった。
かわりに舌打ちし、
「土岐ならやりかねん」
と吐き捨てた。
鳥居の屋敷を出たとき、もうすでに日が傾きかけていた。
花ふぶきが立花家を離れてしまった。
これで終わった、という寂しさと、まだ終わらないという焦燥とが、交互に去来する。
屋敷はもうすぐそこ、というところで、路地に人影が動くのを目の端にとらえた。
「先に戻ってください」
そう駕籠に声をかけ、新一郎は立ち止まった。
「どこへ行っていた。ずいぶん遅かったじゃねえか」
浪人が待ちかねたように姿を現した。
「あのお方が、あんたをどうしても消したいらしいんでね。・・・そいつは無事だったのか」
と、美濃伝の刀を指差した。
「ああ、業物だからな」
「そいつの名を聞いていいか」
「志津三郎兼氏」
「美濃伝か。なるほど」
浪人はニヤリと口元を歪めた。
「相手に不足なし」
一撃で仕留めると言っていた。
やはり居合で来るのか。
今度も耐えられるとは限らない。
だが、避ける気はなかった。
真っ向勝負でいく。
それが礼儀だ。
刀に対しても、剣士に対しても。
浪人が動く。
前回と同じで来るとみた。
刀を折って、そのままの勢いで斬ってくるはずだ。
凄まじい斬撃。
新一郎も同じ、美濃伝で迎え撃つ。
鋼のぶつかり合う音と、衝撃が腕に伝わる。
が、前回には聞かなかった甲高い音がして、ふっと圧力が弱まった。
「!」
刀身が弾け飛んだ。
同時に浪人が握っていた柄も弾かれて飛ぶ。
押さえ込む力がなくなり、上に舞い上がった美濃伝は、翻って、動揺を隠せない浪人を袈裟に斬り下げた。
倒れる浪人を、新一郎も呆然と見た。
相州伝が折れた?!
辺りを見回して、弾け飛んだ刀身を探した。
傾いた日を受けて、きらりと光るものを見つけて拾い上げる。
「相州伝じゃない・・・」
思わず呟きが漏れた。
浪人が敗れるかもしれないと、取り上げられたのだろう。
怒りが沸々と湧いてくる。
(決着をつけてやる)
対決するときが近いことを肌で感じながら、立ち尽くした。
主計が駕籠に乗り、花ふぶきを抱えていくのだ。
その朝、主計は泣きながら、花ふぶきに頬ずりした。
「娘を嫁にやる気分だ。どうしてもやらなねばならぬのか」
恨めしげに新一郎を睨んだ。
「鳥居さまは、きっと大事にしてくれるはずです」
「気休めを申すな。家宝を差し出すなぞ、こんな屈辱はないのだぞ」
負けを認めたのと同じことだ。
それをあえてしようと言うのだ。
「父上さま、私にもお貸しくださいませ」
波蕗が、主計をたしなめるように言い、手を伸ばした。
「いってらっしゃい、花ふぶき」
可憐な拵を装着し、おめかししたように見える刀を、大事そうに抱えて言った。
「あなたは、立花家を救うために生まれたのです。そのお役目を全うするのですよ。兄上さま、よろしくお願いします」
花ふぶきを捧げるように持ち、新一郎に渡した。
その顔は、誇らしげに見えた。
主計の乗った駕籠を警護するように、新一郎が脇を歩いた。
何事もなく、大目付の屋敷に着き、主計と新一郎が部屋に通された。
鳥居は、高崎から聞いて想像していた姿とは違って、優男と言ってもいいくらいに線が細く、声も高かった。
「本当にあったのだな? どこに隠しておった? あの折には拵しかなかったぞ」
挨拶を交わすと、すぐに、主計の傍にある刀袋を指して言った。
「は。あの後、見つかりましてございます。この者が探し出しました」
と、後ろに控える新一郎を示した。
「見つかってそれほど経ってはおりませぬ。立花家の者の他に、この花ふぶきを目にした者はおりませぬ」
「おお、そうか」
鳥居の声は、興奮のためか、少しうわずった。
「早う見せよ」
「恐れながら・・・」
新一郎がすかさず口を挟んだ。
「その前に、お約束していただかねばなりませぬ」
これは取引だ。
はいそうですかと、渡すわけにはいかない。
「その方は、何者か・・・いや、立花だな? 立花石見の息子であろう」
「は。立花新一郎と申します」
「花ふぶきの持ち主は、その方か?」
「はい」
「約束とは、立花家の罪は不問にいたすということか?」
「さようにございます」
「そのようなことは、わかっておる。武士に二言はない」
「それだけではございませぬ。この花ふぶきが、価値のない物だとしても、約束をお守りくださるか、ということです」
「なに? 価値がない?」
鳥居の顔が険しくなる。
そういう顔になると、いかつい雰囲気が表に出てくるようだった。
「花ふぶきは、隠れ刀と言われております。いわゆる影の刀。これ一振だけでは、価値がありませぬ」
「なんだと?!」
「新一郎」
不穏な空気に、主計が思わず名を呼んだ。
「それでも、ご所望されますか」
鳥居を真っ直ぐに見て言った。
「・・・」
睨んでくる。
怯まずに続けた。
「これは、立花家の家宝。差し出すからには、約束を守っていただきます」
「・・・」
「手にいれる価値がないと思われたのなら、そのままお返しくださってかまいませぬ」
「それは、渡したくないゆえの、戯言か?」
「約束を、反故にされたくないだけです」
「刀の価値いかんに関わらず、立花を許せ、ということだな?」
「はい」
「どちらが咎められておるかわからぬな」
ふっと頬を緩めて笑った。
「わかった。約束は守る。・・・しかし、その方らは、敵同士ではなかったのか。表と裏の争いで、その方の家が潰れたのであろう」
そっちこそ、立花家を潰そうとしておいて、何を言うのかと思ったが、黙った。
「その敵を助けるということか」
「立花家には、もはや表も裏もありませぬ。いつまでもこだわることではないと、思っております」
「ほう。水に流したか」
「些細なことです」
「主計どの、この者が申したことはまことか。価値がないというのは。・・・どうなのだ」
今度は主計に目をやった。
刀に関しては、主計の目は確かだということはわかっているのだろう。
「価値がないと断定はできませぬ。しかし、影の刀というのはまことです。一度、ご覧になってみればおわかりになりましょう」
主計は、傍の花ふぶきを袋から出して、差し出した。
近習の侍が、受け取って、鳥居に渡す。
「おお。・・・では、拝見いたす」
懐紙を懐から出して、膝前に置き、それから鞘を払った。
懐紙を取り上げ、刀身を乗せ、慣れた手つきで角度を変えながら眺めている。
その間は、むろん無言だ。
鞘に収めてから、口をひらく。
「相州伝の写しか。五頭龍と天女のう・・・面白いな」
鳥居の顔から険しさが消え、満足げな笑みがもれた。
「名刀ばかりが刀ではない。価値がないとは言い切れぬ。古来、写しは数多く作られておる。写しが作られることで技が磨かれ、工夫が生まれる。・・・人と同じで、刀もどれ一つとして同じものはない。ゆえに面白い。新しい刀に出会うとワクワクする。・・・そうだな、主計どの」
「その通りにございます」
「その瞬間がたまらんのだ」
「まさに」
「・・・」
「いかがいたした。柄にもないことを申したかの」
新一郎が呆然としているのを見咎めて、鳥居が言った。
「いえ、鳥居さまを、誤解しておりました」
「なに? 鬼か何かだと思われておったか」
鳥居が豪快に笑った。
「そう思われても致し方ないな。まあ、良い。花ふぶきは預かっておく。悪いようにはせぬゆえ、安心いたせ」
ありがたき幸せ、と主計が平伏した。
取り上げられて、幸せも何もないように思うが、新一郎もそれに倣った。
「花ふぶきは、影だと申したな。ということは、対になる刀があるということになるが、その刀はそなたが持っておるのだな?」
本題は、まだ終わっていない、といいたげに、鳥居の目が鋭くなった。
「その刀は、相州伝であろう」
「はい」
「それは本物か?」
主計を見て、念を押す。
「は」
「見てみたい。見せてくれぬか」
「・・・」
そう来るのは想定済みだ。
「それが、只今手元にございませぬ」
「ない? いかがしたのだ」
「奪われました」
「奪われた? 戯言ではあるまいな」
鳥居の顔から笑みが完全に消えて、怒ったように顔色まで変わっている。
「嘘ではございませぬ。弟に怪我を負わせ、花ふぶきをよこせと脅してきました」
「なんだと?! 何者の仕業かわかっておるのか」
「はい。町奉行の土岐さまです」
鳥居は驚かなかった。
かわりに舌打ちし、
「土岐ならやりかねん」
と吐き捨てた。
鳥居の屋敷を出たとき、もうすでに日が傾きかけていた。
花ふぶきが立花家を離れてしまった。
これで終わった、という寂しさと、まだ終わらないという焦燥とが、交互に去来する。
屋敷はもうすぐそこ、というところで、路地に人影が動くのを目の端にとらえた。
「先に戻ってください」
そう駕籠に声をかけ、新一郎は立ち止まった。
「どこへ行っていた。ずいぶん遅かったじゃねえか」
浪人が待ちかねたように姿を現した。
「あのお方が、あんたをどうしても消したいらしいんでね。・・・そいつは無事だったのか」
と、美濃伝の刀を指差した。
「ああ、業物だからな」
「そいつの名を聞いていいか」
「志津三郎兼氏」
「美濃伝か。なるほど」
浪人はニヤリと口元を歪めた。
「相手に不足なし」
一撃で仕留めると言っていた。
やはり居合で来るのか。
今度も耐えられるとは限らない。
だが、避ける気はなかった。
真っ向勝負でいく。
それが礼儀だ。
刀に対しても、剣士に対しても。
浪人が動く。
前回と同じで来るとみた。
刀を折って、そのままの勢いで斬ってくるはずだ。
凄まじい斬撃。
新一郎も同じ、美濃伝で迎え撃つ。
鋼のぶつかり合う音と、衝撃が腕に伝わる。
が、前回には聞かなかった甲高い音がして、ふっと圧力が弱まった。
「!」
刀身が弾け飛んだ。
同時に浪人が握っていた柄も弾かれて飛ぶ。
押さえ込む力がなくなり、上に舞い上がった美濃伝は、翻って、動揺を隠せない浪人を袈裟に斬り下げた。
倒れる浪人を、新一郎も呆然と見た。
相州伝が折れた?!
辺りを見回して、弾け飛んだ刀身を探した。
傾いた日を受けて、きらりと光るものを見つけて拾い上げる。
「相州伝じゃない・・・」
思わず呟きが漏れた。
浪人が敗れるかもしれないと、取り上げられたのだろう。
怒りが沸々と湧いてくる。
(決着をつけてやる)
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