子連れ同心捕物控

かじや みの

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一話 この子誰の子

 行き先は、与力の駒井さまのお屋敷だ。

 駒井さまの奥方は、雪江さまと言って、姉とは昵懇じっこんの間柄だった。

 それゆえに、この子は姉が置いていったのだと確証が持てる。

 しかし、と文四郎は走りながら思った。

 駒井家の子供は確か、もう十歳くらいにはなるだろう。
 近頃また生まれたのだろうか。

 赤ん坊は、文四郎が走っているために激しく揺れて、その振動がおかしいらしく、キャッキャと笑っている。

「腹が減ったんじゃねえのかよ」
 誰のために走ってると思ってんだ。

 内心文句を言って、駒井家の門をくぐった。

「文四郎さん、お待ちしていましたよ。ささ、上がってくださいな」

 おとないを入れると、雪江さまが、走り出てきた。

「こっちこっち」

 案内された部屋に、女がいた。

「さあさあ、お腹が空きましたねえ」
 と、雪江が文四郎から赤子を取り上げた。

 若い女だった。
 武家ではない。
 町娘、いや女房だろうが、娘にしか見えなかった。

「文四郎さん」
「はい」

 女を見ている文四郎に、雪江が声をかける。

 腹が減ったことを思い出したのか、赤子が雪江の腕の中で泣き出した。

「はいはい、もうすぐですからねえ」

 女が、胸をはだけようとしていた。

 その時になって、雪江が何を言いたかったのか理解した。

「すいません」
 後ろを向いた。

 女に赤子を渡した雪江に背中を押されて、隣の部屋に入った。

「ご苦労様でした。昨夜、凛さまがあの子を連れていらしたのです」
「姉上が、こちらに?」
「ええ」
「本人がですか」
「信じられませんか?」
「うちには来ませんでした。赤子を置いていっただけで」
 雪江に怒っても仕方がないが、ムッとした言い方になってしまった。

「あの女子を連れてきたのも凛さまです」
「あの人が、母親なのではありませんか?」
「いいえ、それは違うようです。後で、話を聞きますか?」
「ええ、是非。・・・では、いったい誰の子なのでしょう。姉はなんと言っていましたか」
 雪江が笑い出した。

「ごめんなさい。凛さまのお子だとは思わないのですか」
「はあ・・・。まあ、手紙には私の子だとありましたが。想像できなくて・・・。雪江さまもご存知だと思いますが、姉は、嫁ぐことを嫌って、奉公に行くことを選んだ人です」

 文四郎にとって、姉の凛は、男よりも男らしく、正義感が強くて、誰よりも同心に向いている。
 気の強さは天下一品。子供の頃から、姉には泣かされっぱなしだった。
 喧嘩して、一度も勝てたことはない。

 そんな姉だから、男気を出して、訳ありの赤子を預かったのではないかと想像した。

「それでも、女子ですよ。好いた殿御に、一生出会わないということは、断定できません。この世に、絶対ということはないのです」
「それは、わかりますが・・・。雪江さまは、どう思われたのですか。姉に、会われたのでしょう?」
「ええ」
 と言ったきり、黙ってしまった。
 言っても良いのかどうか、迷っているようだった。

「本当は、私にも、よくわからないのです。憶測で言いたくはありません。凛さまに聞くのが一番だと思うのですが・・・」
「姉の居場所は、ご奉公先でいいのですね」
「それが、田安さまはやめられたそうです」
 姉が奉公に行ったのは、御三卿の田安家だったのだ。

「奉公先を変えた? で、どちらに」
「それが、教えてはくれませんでした」
「はあ? なんですか、それは。何も聞けないじゃないですか」

 姉に対して怒りが沸いてきていた。
 勝手すぎる。

「何かあったときは、こちらから出向くと。凛さまが来られるのを待つしかありません」

 赤子を抱いた女が、終わりましたと廊下に座った。

「おきみさん、こちらに」
 雪江が手招きする。

「この方は、朝倉文四郎さんと言って、凛さまの弟です。安心してお話しなさい」

 赤子は大人しく女に抱かれていた。
 女の顔をじっと見ている。

「この子の母親は、あんたではないんだな?」
「はい。違います。乳をやってほしいと、凛さまに頼まれました」
「姉とは、どこで知り合ったのだ」
「・・・」
 文四郎は、詰問口調がきつかったかと思った。
 女が怯えたような表情になったからだ。
 そして、泣き出してしまった。

「あの、お願いがございます。私の子を・・・私の生んだ子を、取り返してくださいませ。お願いでございます」
 赤子を抱く手に力を込め、頭を下げた。

 姉は、赤子だけではなく、厄介ごとも置いていったようだった。
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