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一話 この子誰の子
五
「旦那・・・起きてくだせえ。・・・旦那っ」
髪結に頭をととのえてもらうのは、なんでこんなにも気持ちが良いものか。
連夜の寝不足がたたって、つい船を漕いでしまった。
肩を揉んでくれて、頭がすっきりしてくる。
「親分がお見えですよ」
「すまん」
仙次と松吉が苦笑いしている。
寝不足の原因である、当の本人は、上機嫌できゃっきゃ言っている。
夜中に泣くので、おしめを替えてやらなくてはならない。
たどたどしくはあるが、次第にましになって、おしめを替えられるようになっている。
もうすぐ腹が減って泣き出すだろう。
「何かわかったか」
「へい。佐々木さまのお屋敷には、赤子はおりません」
「いないだと? そんなはずは・・・」
「出入りの商人。通いの中間。外へ用事に出てきた奥向きの女中にも話を聞いたのですが、返ってくる答えは同じで。念押ししましたが、子ができない奥方が悋気なたちのようで、どこの女子が産んだかわからないような赤子を屋敷に入れるのは不可能だと皆口をそろえて申しております」
「そうか。じゃあ、別の場所かもしれんな」
赤子を隠して世話するのはできることではない。
こうして世話をする羽目になって、よくわかる。
屋敷にいないというのは本当のことだろう。
「今度は佐々木の身辺を探ってみてくれ。おれも探ってみる」
赤子を抱いて、駒井家に行き、おきみに預ける。
用がなければ、雪江に預けて行くのだが、今朝は聞いておくことがあった。
「聞きたいことがあるんだが・・・」
「はい」
おきみの方でも待ちかねていたようで、文四郎がいても構わず胸をはだけようとする。
お互いが慌てて後ろを向いた。
赤子は乳をくれる人を覚えたのか、泣き方が違う。
甘えたような声に変わり、それでもちゃっかり催促している。
「言いにくいんだが、佐々木どのには、他にその・・・女子を外に囲っているということはないのかな」
顔を見なくてもいい分だけ、切り出しやすくはなる。気は楽だった。
「それは・・・わかりません」
「屋敷の他に、別邸のようなところがあるとか」
佐々木家は小普請組だ。
それほど裕福とも思えないが、内情は外からではわからないものだ。
「すみません。わかりません」
申し訳なさそうに、力ない声だった。
町娘にベラベラと喋ることもないとは思ったが、やはり知らないようだった。
「いや、いいんだ。もし知っているならと思っただけで。・・・あの屋敷には、赤子はいないようだ」
「そうですか・・・」
「行方を探るために、よっぴいて張り込むかもしれんから、こいつを何日か預けっぱなしにするが、いいかな」
「あら、文四郎さん。それは・・・」
隣の部屋で話を聞いていたとみえて、雪江が割り込んで来た。
「お願いできますか、雪江さま」
「あ~あ~」
まるで、いいよ、と言うように、赤子が声を出した。
「わかりました。この子は任せて」
雪江が頷き、胸を叩いた。
「お願いします」
とおきみが言った。
「そうだ。もう一つ聞いておきたいのだが」
「はい」
「赤子を無事に取り戻したとして、どうするつもりだ? 一人で育てていくのかい?」
「・・・」
おきみは即答しなかった。
一人で赤子を育てることは、大変なことなのだ。
「佐々木どのと、一緒に暮らして、育てるのは、難しいと思う。それはわかっているよな」
酷なことだが、現実的にはそういうことだ。
それがわかっているから、おきみは、佐々木と一緒になりたい、ではなく、子供を取り戻したいと言ったのだ。
「私は・・・もう、佐々木さまに頼る気はありません。一人で育てます」
覚悟を決めたのか、きっぱりと言い切った。
「よし。わかった。・・・では、頼みます」
文四郎は、膝を叩いて立ち上がった。
「お気をつけて。朝餉を食べていらっしゃい。用意してありますから」
「ありがとうございます。駒井さまは」
「おりますよ」
奉行所に寄らずに話ができるのはありがたかった。
多少は気まずいが、仕方がない。
赤子をしばらく預ってもらうのだ。
「佐々木外記どのの探索をお許しいただきたいのですが」
朝餉を馳走になった後で、座り直して頭を下げた。
相手は旗本、目付の管轄だ。
町方が手出しはできない。
当然公にはできないので、隠密裏に動いてもいいかという意味だ。
駒井は文四郎をじっと見た。
「それは最後の手段だが」
もう使うのか、と問われている。
「はい」
「気取られずにやれるな」
万が一、目付に咎められれば、お奉行にも迷惑がかかるだろう。
「はい。必ず」
駒井は何度も頷いた。
「無理はするな。何かあれば報告せよ」
「は。それほど刻はかからないかと。・・・ごちそうさまでした」
赤子のことには触れなかった。
文四郎は近くの湯屋に行き、女湯の刀かけに刀を預けて風呂に入った。
同僚には会っても、女子が入ってくることはない。
何もなければゆっくり入るところだが、いつもよりも烏の行水で出てきた。
足は、髪結の松吉の店に向かっている。
それほど遠くない。
店は女房のおたかが切り盛りしていた。
おたかは同じ歳ごろの女房の髪を結っていた。
「松吉は戻っているか?」
「もうそろそろ戻ると思います。奥でお待ちになってくださいな」
戻ってきた松吉に、髷を結い直してもらう。
変装など、滅多にしないが、今回は町方だと知られたくない。
同心の髷は、侍と町人の中間のような形の特殊なものだ。
一目でそれと知られてしまう。
髱を出し、髷を横に流すようにして、いなせな感じに仕上げてくれた。
着物も変えて、ちょっと悪っぽいが、どこから見ても町人だ。
「あら、旦那、そのお姿もいいわねえ」
奥から出ていくと、おたかがわざと艶っぽく言った。
「そうか?」
襟をしごいて、胸元を少し開けてみせる。
刀と十手は置いていく。
侍相手に危険だが、懐に匕首をのんでいる。
髪結に頭をととのえてもらうのは、なんでこんなにも気持ちが良いものか。
連夜の寝不足がたたって、つい船を漕いでしまった。
肩を揉んでくれて、頭がすっきりしてくる。
「親分がお見えですよ」
「すまん」
仙次と松吉が苦笑いしている。
寝不足の原因である、当の本人は、上機嫌できゃっきゃ言っている。
夜中に泣くので、おしめを替えてやらなくてはならない。
たどたどしくはあるが、次第にましになって、おしめを替えられるようになっている。
もうすぐ腹が減って泣き出すだろう。
「何かわかったか」
「へい。佐々木さまのお屋敷には、赤子はおりません」
「いないだと? そんなはずは・・・」
「出入りの商人。通いの中間。外へ用事に出てきた奥向きの女中にも話を聞いたのですが、返ってくる答えは同じで。念押ししましたが、子ができない奥方が悋気なたちのようで、どこの女子が産んだかわからないような赤子を屋敷に入れるのは不可能だと皆口をそろえて申しております」
「そうか。じゃあ、別の場所かもしれんな」
赤子を隠して世話するのはできることではない。
こうして世話をする羽目になって、よくわかる。
屋敷にいないというのは本当のことだろう。
「今度は佐々木の身辺を探ってみてくれ。おれも探ってみる」
赤子を抱いて、駒井家に行き、おきみに預ける。
用がなければ、雪江に預けて行くのだが、今朝は聞いておくことがあった。
「聞きたいことがあるんだが・・・」
「はい」
おきみの方でも待ちかねていたようで、文四郎がいても構わず胸をはだけようとする。
お互いが慌てて後ろを向いた。
赤子は乳をくれる人を覚えたのか、泣き方が違う。
甘えたような声に変わり、それでもちゃっかり催促している。
「言いにくいんだが、佐々木どのには、他にその・・・女子を外に囲っているということはないのかな」
顔を見なくてもいい分だけ、切り出しやすくはなる。気は楽だった。
「それは・・・わかりません」
「屋敷の他に、別邸のようなところがあるとか」
佐々木家は小普請組だ。
それほど裕福とも思えないが、内情は外からではわからないものだ。
「すみません。わかりません」
申し訳なさそうに、力ない声だった。
町娘にベラベラと喋ることもないとは思ったが、やはり知らないようだった。
「いや、いいんだ。もし知っているならと思っただけで。・・・あの屋敷には、赤子はいないようだ」
「そうですか・・・」
「行方を探るために、よっぴいて張り込むかもしれんから、こいつを何日か預けっぱなしにするが、いいかな」
「あら、文四郎さん。それは・・・」
隣の部屋で話を聞いていたとみえて、雪江が割り込んで来た。
「お願いできますか、雪江さま」
「あ~あ~」
まるで、いいよ、と言うように、赤子が声を出した。
「わかりました。この子は任せて」
雪江が頷き、胸を叩いた。
「お願いします」
とおきみが言った。
「そうだ。もう一つ聞いておきたいのだが」
「はい」
「赤子を無事に取り戻したとして、どうするつもりだ? 一人で育てていくのかい?」
「・・・」
おきみは即答しなかった。
一人で赤子を育てることは、大変なことなのだ。
「佐々木どのと、一緒に暮らして、育てるのは、難しいと思う。それはわかっているよな」
酷なことだが、現実的にはそういうことだ。
それがわかっているから、おきみは、佐々木と一緒になりたい、ではなく、子供を取り戻したいと言ったのだ。
「私は・・・もう、佐々木さまに頼る気はありません。一人で育てます」
覚悟を決めたのか、きっぱりと言い切った。
「よし。わかった。・・・では、頼みます」
文四郎は、膝を叩いて立ち上がった。
「お気をつけて。朝餉を食べていらっしゃい。用意してありますから」
「ありがとうございます。駒井さまは」
「おりますよ」
奉行所に寄らずに話ができるのはありがたかった。
多少は気まずいが、仕方がない。
赤子をしばらく預ってもらうのだ。
「佐々木外記どのの探索をお許しいただきたいのですが」
朝餉を馳走になった後で、座り直して頭を下げた。
相手は旗本、目付の管轄だ。
町方が手出しはできない。
当然公にはできないので、隠密裏に動いてもいいかという意味だ。
駒井は文四郎をじっと見た。
「それは最後の手段だが」
もう使うのか、と問われている。
「はい」
「気取られずにやれるな」
万が一、目付に咎められれば、お奉行にも迷惑がかかるだろう。
「はい。必ず」
駒井は何度も頷いた。
「無理はするな。何かあれば報告せよ」
「は。それほど刻はかからないかと。・・・ごちそうさまでした」
赤子のことには触れなかった。
文四郎は近くの湯屋に行き、女湯の刀かけに刀を預けて風呂に入った。
同僚には会っても、女子が入ってくることはない。
何もなければゆっくり入るところだが、いつもよりも烏の行水で出てきた。
足は、髪結の松吉の店に向かっている。
それほど遠くない。
店は女房のおたかが切り盛りしていた。
おたかは同じ歳ごろの女房の髪を結っていた。
「松吉は戻っているか?」
「もうそろそろ戻ると思います。奥でお待ちになってくださいな」
戻ってきた松吉に、髷を結い直してもらう。
変装など、滅多にしないが、今回は町方だと知られたくない。
同心の髷は、侍と町人の中間のような形の特殊なものだ。
一目でそれと知られてしまう。
髱を出し、髷を横に流すようにして、いなせな感じに仕上げてくれた。
着物も変えて、ちょっと悪っぽいが、どこから見ても町人だ。
「あら、旦那、そのお姿もいいわねえ」
奥から出ていくと、おたかがわざと艶っぽく言った。
「そうか?」
襟をしごいて、胸元を少し開けてみせる。
刀と十手は置いていく。
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