子連れ同心捕物控

かじや みの

文字の大きさ
5 / 27
一話 この子誰の子

「旦那・・・起きてくだせえ。・・・旦那っ」

 髪結に頭をととのえてもらうのは、なんでこんなにも気持ちが良いものか。

 連夜の寝不足がたたって、つい船を漕いでしまった。
 肩を揉んでくれて、頭がすっきりしてくる。

「親分がお見えですよ」
「すまん」

 仙次と松吉が苦笑いしている。

 寝不足の原因である、当の本人は、上機嫌できゃっきゃ言っている。
 夜中に泣くので、おしめを替えてやらなくてはならない。
 たどたどしくはあるが、次第にましになって、おしめを替えられるようになっている。
 もうすぐ腹が減って泣き出すだろう。

「何かわかったか」
「へい。佐々木さまのお屋敷には、赤子はおりません」
「いないだと? そんなはずは・・・」
「出入りの商人。通いの中間。外へ用事に出てきた奥向きの女中にも話を聞いたのですが、返ってくる答えは同じで。念押ししましたが、子ができない奥方が悋気なたちのようで、どこの女子が産んだかわからないような赤子を屋敷に入れるのは不可能だと皆口をそろえて申しております」
「そうか。じゃあ、別の場所かもしれんな」
 赤子を隠して世話するのはできることではない。
 こうして世話をする羽目になって、よくわかる。
 屋敷にいないというのは本当のことだろう。
「今度は佐々木の身辺を探ってみてくれ。おれも探ってみる」



 赤子を抱いて、駒井家に行き、おきみに預ける。
 用がなければ、雪江に預けて行くのだが、今朝は聞いておくことがあった。

「聞きたいことがあるんだが・・・」
「はい」
 おきみの方でも待ちかねていたようで、文四郎がいても構わず胸をはだけようとする。
 お互いが慌てて後ろを向いた。
 赤子は乳をくれる人を覚えたのか、泣き方が違う。
 甘えたような声に変わり、それでもちゃっかり催促している。

「言いにくいんだが、佐々木どのには、他にその・・・女子を外に囲っているということはないのかな」
 顔を見なくてもいい分だけ、切り出しやすくはなる。気は楽だった。
「それは・・・わかりません」
「屋敷の他に、別邸のようなところがあるとか」
 佐々木家は小普請組だ。
 それほど裕福とも思えないが、内情は外からではわからないものだ。
「すみません。わかりません」
 申し訳なさそうに、力ない声だった。
 町娘にベラベラと喋ることもないとは思ったが、やはり知らないようだった。
「いや、いいんだ。もし知っているならと思っただけで。・・・あの屋敷には、赤子はいないようだ」
「そうですか・・・」
「行方を探るために、よっぴいて張り込むかもしれんから、こいつを何日か預けっぱなしにするが、いいかな」

「あら、文四郎さん。それは・・・」
 隣の部屋で話を聞いていたとみえて、雪江が割り込んで来た。
「お願いできますか、雪江さま」
「あ~あ~」
 まるで、いいよ、と言うように、赤子が声を出した。
「わかりました。この子は任せて」
 雪江が頷き、胸を叩いた。

「お願いします」
 とおきみが言った。
「そうだ。もう一つ聞いておきたいのだが」
「はい」
「赤子を無事に取り戻したとして、どうするつもりだ? 一人で育てていくのかい?」
「・・・」
 おきみは即答しなかった。
 一人で赤子を育てることは、大変なことなのだ。
「佐々木どのと、一緒に暮らして、育てるのは、難しいと思う。それはわかっているよな」
 酷なことだが、現実的にはそういうことだ。
 それがわかっているから、おきみは、佐々木と一緒になりたい、ではなく、子供を取り戻したいと言ったのだ。

「私は・・・もう、佐々木さまに頼る気はありません。一人で育てます」
 覚悟を決めたのか、きっぱりと言い切った。
「よし。わかった。・・・では、頼みます」
 文四郎は、膝を叩いて立ち上がった。
「お気をつけて。朝餉を食べていらっしゃい。用意してありますから」
「ありがとうございます。駒井さまは」
「おりますよ」
 奉行所に寄らずに話ができるのはありがたかった。
 多少は気まずいが、仕方がない。
 赤子をしばらく預ってもらうのだ。


「佐々木外記どのの探索をお許しいただきたいのですが」
 朝餉を馳走になった後で、座り直して頭を下げた。
 相手は旗本、目付の管轄だ。
 町方が手出しはできない。
 当然公にはできないので、隠密裏に動いてもいいかという意味だ。

 駒井は文四郎をじっと見た。
「それは最後の手段だが」
 もう使うのか、と問われている。
「はい」
「気取られずにやれるな」
 万が一、目付に咎められれば、お奉行にも迷惑がかかるだろう。
「はい。必ず」
 駒井は何度も頷いた。
「無理はするな。何かあれば報告せよ」
「は。それほど刻はかからないかと。・・・ごちそうさまでした」
 赤子のことには触れなかった。


 文四郎は近くの湯屋に行き、女湯の刀かけに刀を預けて風呂に入った。
 同僚には会っても、女子が入ってくることはない。
 何もなければゆっくり入るところだが、いつもよりも烏の行水で出てきた。

 足は、髪結の松吉の店に向かっている。
 それほど遠くない。
 店は女房のおたかが切り盛りしていた。
 おたかは同じ歳ごろの女房の髪を結っていた。
「松吉は戻っているか?」
「もうそろそろ戻ると思います。奥でお待ちになってくださいな」

 戻ってきた松吉に、髷を結い直してもらう。
 変装など、滅多にしないが、今回は町方だと知られたくない。
 同心の髷は、侍と町人の中間のような形の特殊なものだ。
 一目でそれと知られてしまう。

 たぼを出し、髷を横に流すようにして、いなせな感じに仕上げてくれた。

 着物も変えて、ちょっと悪っぽいが、どこから見ても町人だ。
「あら、旦那、そのお姿もいいわねえ」
 奥から出ていくと、おたかがわざと艶っぽく言った。
「そうか?」
 襟をしごいて、胸元を少し開けてみせる。

 刀と十手は置いていく。
 侍相手に危険だが、懐に匕首をのんでいる。

感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。