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一話 この子誰の子
八
駒井家に着き、訪を入れる。
現れた雪江が、まあ、と驚いた顔になった。
手短に説明したのだが、少ない言葉でも、機転が効く雪江は、何も言わずに奥へとまた戻った。
竹蔵は恐縮して小さくなっている。
まさか、八丁堀の与力の屋敷に行くことになるとは思ってもみなかっただろう。
「あなたは、もしや、岡っ引きの親分さんですか」
と文四郎を見る目が変わっている。
「まあ、そんなもんだ」
雪江が赤子を抱いて戻ってきた。
「どうぞ。お上がりください」
竹蔵が赤子を見て、血相を変えて近寄った。
姉の子は、きょとんと目を丸くして竹蔵をじっと見ていた。
「その子は・・・」
雪江が笑った。
「私の子です。歳をとってから生まれたせいか、お乳の出が悪くて、おきみさんに来てもらいました。すみませんね」
「おきみは本当にこちらに・・・」
「ええ、そうですよ」
竹蔵はヘナヘナと座り込んだ。
安心したのか、力が抜けたらしい。
奥の部屋で、おきみが神妙な面持ちで座っていた。
「竹蔵さん」
「おきみ、ひどいじゃないか。黙っていなくなるなんて」
「ごめんなさい」
「とにかく、無事でよかった」
竹蔵が、俯いたおきみの手をとり、おしいただくようにした。
さして嬉しそうでもないおきみの顔を、文四郎は見ていた。
「聞きたいことがあるんだが」
文四郎がおきみに声をかけた。
「はい」
「まずは、まだ赤子の行方はわかっていない。手がかりを追っているところだ」
「え? 赤子は佐々木家にいるのでは?」
竹蔵が驚きの声を上げた。
「それが、佐々木の屋敷にはいないんだ」
「そんな・・・じゃあ、どこに?」
「それをこれから探るところだ」
文四郎は迷った。
竹蔵がいるところで、こんな話をしていいものか。
その迷いを、おきみは察したのか、
「お聞きになりたいこととは、なんでしょうか」
と、文四郎を促してきた。
それでも、迷っていると、
「私の子の、父親でしょうか」
「・・・」
おきみの顔は、今まで見たことがないほど、目元がキリッとつり上がっている。
「竹蔵さんを、ここへ連れてこられたのは、そういうことでしょう」
「文四郎さん」
雪江が、顔を出した。
「誰が父親かなんて、どうでもいいことです。暴き立てても、捜査には関わりがありません。そうでしょう?」
いつになく、きつい口調で割り込んできた。
「・・・」
竹蔵は、二人の剣幕に恐れをなして縮こまっている。
文四郎にしても、父親を暴きたいわけではない。
ただ、おきみの態度が引っ掛かっているだけなのだが、それをどう説明すればいいのか、上手い言葉が見つからない。
「わかった。なら聞きはすまい」
「いいのです。子供の父親は竹蔵さんです」
おきみがきっぱりと言った。
「はじめに、佐々木さまと言ったのは、連れて行ったのが佐々木さまだからです。竹蔵さんには関わりがないと思って」
「それはわかる」
連れて行かれたのが佐々木家なら、そう言うだろう。
「咎め立てはしない。おれが聞きたいのは、竹蔵という男がいながら、どうして佐々木とちぎったのか、だ」
「・・・」
「これも、捜査とは関わりがないことだし、聞くことでもない気はするが」
「・・・」
「話したくなければ、話す必要はない」
言ってしまってから、文四郎は後悔している。
だから慌てて付け加えた。
何も知らない男が、女心に踏み入っていいものかどうか。
おきみは佐々木と、一度ではない関係を持っている。
それは、佐々木の口ぶりからもわかるのだ。
手籠にされたわけではない。
そして、そのことを竹蔵も知っている。
知らなければ、そのまま闇の中でいいとも思うが、ここは、二人のためにも明らかにした方がいいという気がした。
今度は雪江も口を挟んでこない。
「それに、おきみは、子供を一人で育てると言った。なぜだ。竹蔵と所帯を持つのではないのか。子供が竹蔵の子なら、なおさらだ」
竹蔵の顔がみるみる赤くなっていく。
「ごめんなさい」
唇をかみしめていたおきみの目から涙がこぼれた。
「竹蔵さんとは、所帯が持てないんです」
「持てない?」
「諦めた方がいいと思っていたときに、佐々木さまに声をかけられました。竹蔵さんを忘れられるならと、佐々木さまの言葉に乗ったのです」
「乗ったって、遊ばれるのがわかっていて乗ったのか」
「はい。遊びだから、です」
「・・・。わからんな」
文四郎には、遊びでもいいという女心がわからない。
「忘れたかったのです。でも、そのときは、忘れられても一時で、後悔しか残らなくて・・・竹蔵さんにも申し訳なくて・・・でもやっぱり、私は竹蔵さんがよくて・・・だから、所帯が持てなくても、一人でもいいから子供を育てたいと思うようになったんです。でも、遅かった。私はあの子を捨ててしまいました。佐々木家で育ててもらえるなら、その方がいいと思って。竹蔵さんにもそう言いました。私がばかでした。ごめんなさい」
切れ切れに、時々しゃくりあげながら、おきみが言った。
「なぜ、所帯が持てないんだ」
おきみから顔を背けて辛そうに黙っている竹蔵に問う。
「ごめん。おきみは悪くない。おれが情けないから・・・」
「独り立ちするまで、所帯を持つなと、親方に言われているのです」
おきみが言った。
好きあった二人には酷な言いつけだろう。
「おい、竹蔵!」
文四郎は竹蔵を怒鳴りつけた。
「赤子を取り戻したらどうするつもりだ!」
「・・・」
竹蔵は、その厳しい視線を撥ねつけるように、力を込めて、文四郎を見返してきた。
「おきみと所帯を持ちます! そう親方に掛け合います!」
「よし! 待ってろ!」
立ち上がった文四郎は、思い出したように振り返った。
「おきみ、佐々木にはどこで声をかけられたんだ」
「口入屋の大和屋さんです。仕事を探しに行っていて、そこで・・・」
それは、佐々木が赤子を売ったと言ったお店の名だった。
現れた雪江が、まあ、と驚いた顔になった。
手短に説明したのだが、少ない言葉でも、機転が効く雪江は、何も言わずに奥へとまた戻った。
竹蔵は恐縮して小さくなっている。
まさか、八丁堀の与力の屋敷に行くことになるとは思ってもみなかっただろう。
「あなたは、もしや、岡っ引きの親分さんですか」
と文四郎を見る目が変わっている。
「まあ、そんなもんだ」
雪江が赤子を抱いて戻ってきた。
「どうぞ。お上がりください」
竹蔵が赤子を見て、血相を変えて近寄った。
姉の子は、きょとんと目を丸くして竹蔵をじっと見ていた。
「その子は・・・」
雪江が笑った。
「私の子です。歳をとってから生まれたせいか、お乳の出が悪くて、おきみさんに来てもらいました。すみませんね」
「おきみは本当にこちらに・・・」
「ええ、そうですよ」
竹蔵はヘナヘナと座り込んだ。
安心したのか、力が抜けたらしい。
奥の部屋で、おきみが神妙な面持ちで座っていた。
「竹蔵さん」
「おきみ、ひどいじゃないか。黙っていなくなるなんて」
「ごめんなさい」
「とにかく、無事でよかった」
竹蔵が、俯いたおきみの手をとり、おしいただくようにした。
さして嬉しそうでもないおきみの顔を、文四郎は見ていた。
「聞きたいことがあるんだが」
文四郎がおきみに声をかけた。
「はい」
「まずは、まだ赤子の行方はわかっていない。手がかりを追っているところだ」
「え? 赤子は佐々木家にいるのでは?」
竹蔵が驚きの声を上げた。
「それが、佐々木の屋敷にはいないんだ」
「そんな・・・じゃあ、どこに?」
「それをこれから探るところだ」
文四郎は迷った。
竹蔵がいるところで、こんな話をしていいものか。
その迷いを、おきみは察したのか、
「お聞きになりたいこととは、なんでしょうか」
と、文四郎を促してきた。
それでも、迷っていると、
「私の子の、父親でしょうか」
「・・・」
おきみの顔は、今まで見たことがないほど、目元がキリッとつり上がっている。
「竹蔵さんを、ここへ連れてこられたのは、そういうことでしょう」
「文四郎さん」
雪江が、顔を出した。
「誰が父親かなんて、どうでもいいことです。暴き立てても、捜査には関わりがありません。そうでしょう?」
いつになく、きつい口調で割り込んできた。
「・・・」
竹蔵は、二人の剣幕に恐れをなして縮こまっている。
文四郎にしても、父親を暴きたいわけではない。
ただ、おきみの態度が引っ掛かっているだけなのだが、それをどう説明すればいいのか、上手い言葉が見つからない。
「わかった。なら聞きはすまい」
「いいのです。子供の父親は竹蔵さんです」
おきみがきっぱりと言った。
「はじめに、佐々木さまと言ったのは、連れて行ったのが佐々木さまだからです。竹蔵さんには関わりがないと思って」
「それはわかる」
連れて行かれたのが佐々木家なら、そう言うだろう。
「咎め立てはしない。おれが聞きたいのは、竹蔵という男がいながら、どうして佐々木とちぎったのか、だ」
「・・・」
「これも、捜査とは関わりがないことだし、聞くことでもない気はするが」
「・・・」
「話したくなければ、話す必要はない」
言ってしまってから、文四郎は後悔している。
だから慌てて付け加えた。
何も知らない男が、女心に踏み入っていいものかどうか。
おきみは佐々木と、一度ではない関係を持っている。
それは、佐々木の口ぶりからもわかるのだ。
手籠にされたわけではない。
そして、そのことを竹蔵も知っている。
知らなければ、そのまま闇の中でいいとも思うが、ここは、二人のためにも明らかにした方がいいという気がした。
今度は雪江も口を挟んでこない。
「それに、おきみは、子供を一人で育てると言った。なぜだ。竹蔵と所帯を持つのではないのか。子供が竹蔵の子なら、なおさらだ」
竹蔵の顔がみるみる赤くなっていく。
「ごめんなさい」
唇をかみしめていたおきみの目から涙がこぼれた。
「竹蔵さんとは、所帯が持てないんです」
「持てない?」
「諦めた方がいいと思っていたときに、佐々木さまに声をかけられました。竹蔵さんを忘れられるならと、佐々木さまの言葉に乗ったのです」
「乗ったって、遊ばれるのがわかっていて乗ったのか」
「はい。遊びだから、です」
「・・・。わからんな」
文四郎には、遊びでもいいという女心がわからない。
「忘れたかったのです。でも、そのときは、忘れられても一時で、後悔しか残らなくて・・・竹蔵さんにも申し訳なくて・・・でもやっぱり、私は竹蔵さんがよくて・・・だから、所帯が持てなくても、一人でもいいから子供を育てたいと思うようになったんです。でも、遅かった。私はあの子を捨ててしまいました。佐々木家で育ててもらえるなら、その方がいいと思って。竹蔵さんにもそう言いました。私がばかでした。ごめんなさい」
切れ切れに、時々しゃくりあげながら、おきみが言った。
「なぜ、所帯が持てないんだ」
おきみから顔を背けて辛そうに黙っている竹蔵に問う。
「ごめん。おきみは悪くない。おれが情けないから・・・」
「独り立ちするまで、所帯を持つなと、親方に言われているのです」
おきみが言った。
好きあった二人には酷な言いつけだろう。
「おい、竹蔵!」
文四郎は竹蔵を怒鳴りつけた。
「赤子を取り戻したらどうするつもりだ!」
「・・・」
竹蔵は、その厳しい視線を撥ねつけるように、力を込めて、文四郎を見返してきた。
「おきみと所帯を持ちます! そう親方に掛け合います!」
「よし! 待ってろ!」
立ち上がった文四郎は、思い出したように振り返った。
「おきみ、佐々木にはどこで声をかけられたんだ」
「口入屋の大和屋さんです。仕事を探しに行っていて、そこで・・・」
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