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一話 この子誰の子
十一
今夜はみんな引き上げて休むように仙次に伝え、八丁堀へ戻る。
駒井家に直行する。
気分も晴れず、疲れがどっと押し寄せてきて、体が重かった。
しぼられるだろうな。
それがわかっているから余計に足が重くなる。
駒井は屋敷にいた。
黙って報告を聞き、ため息を吐いた。
文四郎は平伏する。
間が怖い。
「甘かったな。武家に連れていくことはわかっていたのだろう。なぜもっと練らなかった。屋敷に入るまでに手を打つべきだった」
「読みが甘かったと悔やんでおります」
「あらゆる場合を想定できねばならん。失敗は許されんのだぞ。凛の赤子をどうするつもりなのだ」
「は・・・」
「連れて行かれた屋敷がわかっているだけは救いだが。町方には手出しできんのだぞ」
「わかっております」
「お奉行にはかるしかあるまいな」
「・・・」
目付の手に委ねることになるのだろうか。
「だが、今のままでは、誰も動かすことはできん。何が要る?」
「はい。大和屋をお縄にするだけの証拠が要ります」
「そうだ。誰もが納得する証拠がなければ、子供は戻って来ん。白をきられればそれまでだからな」
仕切り直しだ。
「おきみの子の手がかりはあったか?」
「いえ」
売られた先は、大和屋の頭の中しかない。
だが、その時、ひらめくものがあった。
文四郎は顔を上げて、駒井を見た。
「佐々木が赤子を連れて行った日がわかれば、大和屋が持ち込んだ日もわかります。その日近くに公儀に世継ぎの届出があった家がわかれば・・・」
大和屋はすぐに赤子を出した。
おそらく佐々木が連れてきたおきみの子もそうに違いない。
「なるほど」
駒井の眉間の縦皺が消えた。
「それはこっちで調べよう。任せておけ」
「ありがとうございます」
「今宵はゆっくり休め」
駒井家を出て、屋敷に帰る。
つけてくる気配があった。
その気配は、真っ直ぐに文四郎に向けられていて、屋敷に近づくほどに強くなってくる。
気付かない方がおかしいくらいのその気配を、文四郎は無視した。
無視されたことが余計に気に触ったのか、その気配は、殺気になり、後ろから襲いかかった。
刃が空を切る音がして、首元をかすめていく。
首を傾けてかわし、その腕を掴もうとしたが、振り切られ、逃した。
ふわりといい香りがした。
刃を振るったその影は、振り返って対峙する。
「ちょっと、あんた、私の子に何してくれてんのよ!」
聞き覚えのある声が、低く叱咤してきた。
「来ると思っていましたよ、姉上」
「私が何も知らないとでも思ってるの? 責任を取りなさい」
「姉上こそ、そんなに大事なら、おれに預けなければよかったのです」
「大事だから預けたのよ」
「本当に姉上の子なら、同心の子も同然。慌てることもないと思いますが」
「減らず口叩くんじゃないわよ!」
構えた懐剣を、容赦なく弟に叩き込んでくる。
「腕は衰えてないようですね」
喉元に突き出された鋭い剣を避けて、今度こそ腕を掴み、後ろに捻った。
肩を捕まえる。
「放しなさい」
「姉上が奉公に上がったは十年も前です」
「そうね。さすがに腕も上がるわね」
「あの子は、誰の子です?」
「私の子よ」
「父親は誰です?」
「それは、まだ言えない。あなたを試しているの。あの子の預け先に相応しいかどうか」
「勝手に決めないでください」
「あの子を早急に取り戻しなさい。さもなければ、あなた、命はないわよ」
「何も知らずに、預かることはできません」
「それでもやって」
姉の声は、押しつけがましいが、懇願するようでもあった。
「頼んだわ」
そう言うと、文四郎の腕を振りきり、鳩尾に肘鉄をくらわして闇に消えていった。
駒井家に直行する。
気分も晴れず、疲れがどっと押し寄せてきて、体が重かった。
しぼられるだろうな。
それがわかっているから余計に足が重くなる。
駒井は屋敷にいた。
黙って報告を聞き、ため息を吐いた。
文四郎は平伏する。
間が怖い。
「甘かったな。武家に連れていくことはわかっていたのだろう。なぜもっと練らなかった。屋敷に入るまでに手を打つべきだった」
「読みが甘かったと悔やんでおります」
「あらゆる場合を想定できねばならん。失敗は許されんのだぞ。凛の赤子をどうするつもりなのだ」
「は・・・」
「連れて行かれた屋敷がわかっているだけは救いだが。町方には手出しできんのだぞ」
「わかっております」
「お奉行にはかるしかあるまいな」
「・・・」
目付の手に委ねることになるのだろうか。
「だが、今のままでは、誰も動かすことはできん。何が要る?」
「はい。大和屋をお縄にするだけの証拠が要ります」
「そうだ。誰もが納得する証拠がなければ、子供は戻って来ん。白をきられればそれまでだからな」
仕切り直しだ。
「おきみの子の手がかりはあったか?」
「いえ」
売られた先は、大和屋の頭の中しかない。
だが、その時、ひらめくものがあった。
文四郎は顔を上げて、駒井を見た。
「佐々木が赤子を連れて行った日がわかれば、大和屋が持ち込んだ日もわかります。その日近くに公儀に世継ぎの届出があった家がわかれば・・・」
大和屋はすぐに赤子を出した。
おそらく佐々木が連れてきたおきみの子もそうに違いない。
「なるほど」
駒井の眉間の縦皺が消えた。
「それはこっちで調べよう。任せておけ」
「ありがとうございます」
「今宵はゆっくり休め」
駒井家を出て、屋敷に帰る。
つけてくる気配があった。
その気配は、真っ直ぐに文四郎に向けられていて、屋敷に近づくほどに強くなってくる。
気付かない方がおかしいくらいのその気配を、文四郎は無視した。
無視されたことが余計に気に触ったのか、その気配は、殺気になり、後ろから襲いかかった。
刃が空を切る音がして、首元をかすめていく。
首を傾けてかわし、その腕を掴もうとしたが、振り切られ、逃した。
ふわりといい香りがした。
刃を振るったその影は、振り返って対峙する。
「ちょっと、あんた、私の子に何してくれてんのよ!」
聞き覚えのある声が、低く叱咤してきた。
「来ると思っていましたよ、姉上」
「私が何も知らないとでも思ってるの? 責任を取りなさい」
「姉上こそ、そんなに大事なら、おれに預けなければよかったのです」
「大事だから預けたのよ」
「本当に姉上の子なら、同心の子も同然。慌てることもないと思いますが」
「減らず口叩くんじゃないわよ!」
構えた懐剣を、容赦なく弟に叩き込んでくる。
「腕は衰えてないようですね」
喉元に突き出された鋭い剣を避けて、今度こそ腕を掴み、後ろに捻った。
肩を捕まえる。
「放しなさい」
「姉上が奉公に上がったは十年も前です」
「そうね。さすがに腕も上がるわね」
「あの子は、誰の子です?」
「私の子よ」
「父親は誰です?」
「それは、まだ言えない。あなたを試しているの。あの子の預け先に相応しいかどうか」
「勝手に決めないでください」
「あの子を早急に取り戻しなさい。さもなければ、あなた、命はないわよ」
「何も知らずに、預かることはできません」
「それでもやって」
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「頼んだわ」
そう言うと、文四郎の腕を振りきり、鳩尾に肘鉄をくらわして闇に消えていった。
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