子連れ同心捕物控

かじや みの

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一話 この子誰の子

十二

 朝、髪結の松吉に、いつもの髷に戻してもらった。
 昨夜はさすがに眠りが浅くて、頭がぼんやりしている。
 赤子を大和屋に置いてきたときの感触が思い出されて、後悔に苛まれたのだ。
 大事にされているとは思うものの、人の子を、物のように取引する後味の悪さは、なかなか消えてはくれなかった。
 今もそれはチクチクと胸を刺してくる。

「やっぱりこの方が落ち着くよ」
「そうですかい? お似合いでしたがね」
「よせやい」
「お疲れのようで。もう終わりですか」
「いや、これからだ」
 もう面が割れてしまっているから、町人の姿でない方がいい。
 姉には悪いが、ここは、駒井の調べを待ちつつ、じっくりやるしかないと思っている。
 下手に動いて大和屋を刺激するのは避けたい。

 いつものように風呂屋に行き、仙次の店に寄った。
「旦那。すいやせん。お伺いもせず・・・」
「いいんだ。疲れてるだろう。それに、駒井さまのお屋敷に行く必要がないから、朝飯が食えんのだ」
 と苦笑いした。
「すぐにお持ちしますよ、旦那」
 およねが調理場から顔を出した。

「是が非でも阻止するべきでした」
 仙次も気になっているらしい。
「いや、いい。下手に警戒されても困る。だが、張り込みは続けてほしい。大和屋の尻尾を掴むしか今のところ方法がないんだ」
 大和屋は、証拠はないと言い切った。
 その大和屋から、証拠を出させるのは至難の業だということはわかったが、タネはまいた。
「佐々木を見張ってくれないか」
「佐々木ですか?」
「ああ。佐々木と大和屋が接触したら、知らせてほしい」
「どういうことです?」

 取引が成立すれば、もう、親とは縁も切れる。
 大和屋は赤子を持ち込んだ者の名前も所も聞かなかった。
 だが、怪しい人物ではないことを確かめるために、一応その人物の素性を調べるはずだった。
 竹蔵の場合は特に、佐々木との接点があるのかどうか疑って必ず調べる。
 そう思って、文四郎は竹蔵のふりをして長屋まで戻った。
 二人に接点はある。
 おきみのことで話をしている。
 大和屋は佐々木に確認し、釘を刺すだろう。
 さすがの大和屋も、佐々木が持ち込んだ子と、竹蔵が持ち込んだ子が同じになるとは思い至らないはずだ。
 なぜなら、大和屋にとって、親が誰かはどうでもいいことだから。
 だが、それで話は終わりになるとは思われない。
 佐々木が竹蔵の話を聞いて、気がつくだろう。
 大和屋が見た竹蔵と、佐々木が見た竹蔵が違うということに。
 おきみの赤子は自分が持ち込んだのだ。
 本物の竹蔵に、そんな真似はできない。

「動きますかね」
 仙次が険しい顔になってうなった。
「動かなければそれでいいが、奴らはそれほど甘くはないだろう」
 自信たっぷりの大和屋の顔を思い浮かべる。
 おそらく完璧主義だろうから、汚点は残すまい。
「竹蔵の方はおれがやる。だが、佐々木との接触が先だ。案外早く動くかもしれねえ」
「すぐに手配を」
 仙次が慌てて出ていった。

 文四郎は朝飯をわざとゆっくり食べて、町廻りに戻った。



 佐々木と大和屋が会ったという知らせを受けて、竹蔵の長屋へ向かった。
 あれから数日が経っている。

 夕刻。
 竹蔵はまだ、仕事から帰っていない。
 夕飯の煮炊きをするいい匂いが漏れてくる。
 だんだん暗くなってきて、道で遊んでいた子供も、家の中に入っていく。

 おきみと、竹蔵と、赤子と三人で、この長屋で暮らすことになる。
 そうなってほしい。

 竹蔵には知らせていないし、同心が中に勝手に入って噂になってもいけないから、長屋の入り口が見える場所で隠れて待つ。

 仙次がそばに寄ってきた。
「竹蔵です」
 暗くなって、顔ははっきりとわからないが、見覚えのある影が長屋に入っていく。
 仙次が、家に入るのを見届けるために、後を追った。

 突然男の怒鳴り声と悲鳴が聞こえ、文四郎は走った。
 中に入って待ち伏せしていたのか。

 戸が開け放たれていて、二つの影が揉みあっていた。
 仙次が飛び込んだのだ。
 男の手に刃物が光っている。
「竹蔵は無事か!」
「へえ」
 隅のほうから声がした。
 刃物を持っている手を文四郎が掴むと、仙次が離れた。
 男を外へ引っ張り出す。

 男の動きは俊敏で、文四郎の手を振り切り、刃物を構え直すとぶつかるように突進してきた。
 十手を抜いて、刃を受け止める。
 だが、根元まで押さえ込む前にすり抜けて、なかなかとらえさせない。
 男は逃げもせず向かってきた。
 この動きは素人ではない。
 修羅場に慣れている者のそれだ。
「竹蔵に何の用だ」
「殺すつもりはありませんよ。聞きたいことがあるだけで」
「何を聞く?」
「お町の旦那に言うことはねえ」
「それは、おれのことかい?」
「ま、まさか・・・」
「まさか、忘れてねえよな」
 思い当たったのか、男の動きが止まった。
 すかさず、刃物を十手で叩き落とし、肩を打った。
 膝をついた男に、仙次が飛びかかって縄をうつ。
 文四郎は、男のほっかむりを取った。
 睨みつける目が合う。
 薄暗がりではっきり見えなくても声と姿形で見当がついていた。
 大和屋で、はじめに応対に出た男だ。
「あいにく、偽物の竹蔵はおれだ」
「ちっ!」
 男が悔しげに舌打ちした。
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