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一話 この子誰の子
十三
お縄にした男は源三といって、番頭でも手代でもなく、大和屋惣兵衛がどこからか連れてきて、そばに置いている男だという。
用心棒のような役割なのだろう。
大和屋を見張っていたのに、見落としていたのだ。
「叩けば埃が出る男ですが、今のところ、何も話していません」
仙次の店で飯を食っている。
確かに、得体の知れない男だった。
それだけで、大和屋が何か危ないことをしていると物語っているが、竹蔵を脅したというだけで大和屋に縄はかけられない。
源三が捕まったことで、何か動きがあればいいのだが。
それとも、つついてみるか。
「大和屋はどうしてる?」
「そちらも何も変わったところはありやせん。源三一人いなくなったと言って、騒ぐこともないのでしょう」
「乗り込んでみるか」
この先いくら張っていても、無駄なような気がする。
警戒して控えるはずだ。
「一人では不安だから、ついてきてくれるかい?」
「旦那、それはもちもんですが、大丈夫ですか?」
「何がだ? 駒井さまには今度のことでは自由にやっていいと許しは得ている」
日本橋界隈は、文四郎の管轄外だったが、武家が絡んでいることもあり、初めから話は通してもらっている。
「それはそうですが・・・」
仙次も感じているのかもしれない。
この件は、奥が深く、一筋縄ではいかないと。
そして、危険な匂いがすると、岡っ引きの勘が働くのだろう。
「斯波家の方はどうだ?」
文四郎は話題を変えた。
斯波家は一千石の旗本で、姉の子が持ち込まれた家だった。
「届が出される前に、なんとかしたかったんだが・・・」
「屋敷の者には、親戚筋から養子に貰い受けたという触れ込みだそうで・・・。なんともやりきれません」
仙次が表情を曇らせた。
文四郎の胸も痛む。
悪事を暴くためとはいえ、片棒を担いだ身だった。
後悔の念に苛まれて、このところ眠りが浅くなっていた。
斯波家が金で買ったとはいうものの、ぬか喜びさせてしまったのだ。
金が動いたという証拠はないが、大和屋が金を出した以上は、もっと高額な金が渡っているはずだった。
だが、こちらは駒井の調べを待ってからだ。
早い方が傷が浅くてすむが、勝手に乗り込めない。
「すぐに行かれますか」
「ああ。早い方がいい」
文四郎は、ぬるくなった茶を飲み干した。
大和屋の店先に、同心姿で立つのは初めてだった。
暖簾を跳ね上げて、正面から入る。
仙次には、外で待機していてもらう。
惣兵衛は帳場にいた。
「商売繁盛でなによりだ」
文四郎は店の中を見回して言った。
口入は信用の商売だから、客が多いのは信用されている証拠だ。
惣兵衛が怪訝な目で文四郎を見た。上から下まで眺めて目を細める。
「いつもと違う旦那のようですが・・・」
文四郎は上がり框に腰掛けて、惣兵衛の方へ身を乗り出した。
「あの子はいくらになった?」
人がいるところで言ってみる。
さすがに驚いた惣兵衛が、文四郎のそばまできた。
素早く袂にお捻りを落とす。
袖の下だ。
「なるほど。偽物はあなたさまでしたか」
小声で囁く。
その顔は、あの夜に見た油断ならない主人の顔になっている。
「源三をお縄にしたのもあなたさまですね」
「ああ」
「私としたことが、まんまと騙されましたな」
「騙しちゃいねえよ。あれはおれの子だ。返してもらおうか。今更しらを切っても遅いぜ」
「・・・」
「まだ、どこへやったか忘れてねえよな」
「ええ。ですが、それは無理というもの。先方でももはや返しますまい」
「金をそっくり返してもか。おれが直接行くぜ」
「・・・」
惣兵衛が睨んできた。
「やめてくれませんかね。そんなこと、信用をなくしてしまいます」
「だろうな。だが、そんな商売はご法度だ。今すぐやめることだ。やめねえなら、お縄にする」
「・・・」
「もらった金は、すべておめえさんの懐かい? 誰かさんのところへ流れていやしねえだろうな」
文四郎は言いながら、惣兵衛を観察する。
これは口から出まかせだが、この強かな男を動かすには、このくらい吹っかける必要がある。
確証はないが、大和屋の後ろに誰かいるのなら、炙り出せるかもしれない。
人の弱みにつけ込んで、甘い汁を吸う輩を。
いなければいないでいいが、これは賭けでもあった。
「・・・」
惣兵衛は黙ったままだった。
考え込んでいるようだ。
「子供を返すなら、見逃してやってもいいんだぜ。また来る」
文四郎はそう言って立った。
用心棒のような役割なのだろう。
大和屋を見張っていたのに、見落としていたのだ。
「叩けば埃が出る男ですが、今のところ、何も話していません」
仙次の店で飯を食っている。
確かに、得体の知れない男だった。
それだけで、大和屋が何か危ないことをしていると物語っているが、竹蔵を脅したというだけで大和屋に縄はかけられない。
源三が捕まったことで、何か動きがあればいいのだが。
それとも、つついてみるか。
「大和屋はどうしてる?」
「そちらも何も変わったところはありやせん。源三一人いなくなったと言って、騒ぐこともないのでしょう」
「乗り込んでみるか」
この先いくら張っていても、無駄なような気がする。
警戒して控えるはずだ。
「一人では不安だから、ついてきてくれるかい?」
「旦那、それはもちもんですが、大丈夫ですか?」
「何がだ? 駒井さまには今度のことでは自由にやっていいと許しは得ている」
日本橋界隈は、文四郎の管轄外だったが、武家が絡んでいることもあり、初めから話は通してもらっている。
「それはそうですが・・・」
仙次も感じているのかもしれない。
この件は、奥が深く、一筋縄ではいかないと。
そして、危険な匂いがすると、岡っ引きの勘が働くのだろう。
「斯波家の方はどうだ?」
文四郎は話題を変えた。
斯波家は一千石の旗本で、姉の子が持ち込まれた家だった。
「届が出される前に、なんとかしたかったんだが・・・」
「屋敷の者には、親戚筋から養子に貰い受けたという触れ込みだそうで・・・。なんともやりきれません」
仙次が表情を曇らせた。
文四郎の胸も痛む。
悪事を暴くためとはいえ、片棒を担いだ身だった。
後悔の念に苛まれて、このところ眠りが浅くなっていた。
斯波家が金で買ったとはいうものの、ぬか喜びさせてしまったのだ。
金が動いたという証拠はないが、大和屋が金を出した以上は、もっと高額な金が渡っているはずだった。
だが、こちらは駒井の調べを待ってからだ。
早い方が傷が浅くてすむが、勝手に乗り込めない。
「すぐに行かれますか」
「ああ。早い方がいい」
文四郎は、ぬるくなった茶を飲み干した。
大和屋の店先に、同心姿で立つのは初めてだった。
暖簾を跳ね上げて、正面から入る。
仙次には、外で待機していてもらう。
惣兵衛は帳場にいた。
「商売繁盛でなによりだ」
文四郎は店の中を見回して言った。
口入は信用の商売だから、客が多いのは信用されている証拠だ。
惣兵衛が怪訝な目で文四郎を見た。上から下まで眺めて目を細める。
「いつもと違う旦那のようですが・・・」
文四郎は上がり框に腰掛けて、惣兵衛の方へ身を乗り出した。
「あの子はいくらになった?」
人がいるところで言ってみる。
さすがに驚いた惣兵衛が、文四郎のそばまできた。
素早く袂にお捻りを落とす。
袖の下だ。
「なるほど。偽物はあなたさまでしたか」
小声で囁く。
その顔は、あの夜に見た油断ならない主人の顔になっている。
「源三をお縄にしたのもあなたさまですね」
「ああ」
「私としたことが、まんまと騙されましたな」
「騙しちゃいねえよ。あれはおれの子だ。返してもらおうか。今更しらを切っても遅いぜ」
「・・・」
「まだ、どこへやったか忘れてねえよな」
「ええ。ですが、それは無理というもの。先方でももはや返しますまい」
「金をそっくり返してもか。おれが直接行くぜ」
「・・・」
惣兵衛が睨んできた。
「やめてくれませんかね。そんなこと、信用をなくしてしまいます」
「だろうな。だが、そんな商売はご法度だ。今すぐやめることだ。やめねえなら、お縄にする」
「・・・」
「もらった金は、すべておめえさんの懐かい? 誰かさんのところへ流れていやしねえだろうな」
文四郎は言いながら、惣兵衛を観察する。
これは口から出まかせだが、この強かな男を動かすには、このくらい吹っかける必要がある。
確証はないが、大和屋の後ろに誰かいるのなら、炙り出せるかもしれない。
人の弱みにつけ込んで、甘い汁を吸う輩を。
いなければいないでいいが、これは賭けでもあった。
「・・・」
惣兵衛は黙ったままだった。
考え込んでいるようだ。
「子供を返すなら、見逃してやってもいいんだぜ。また来る」
文四郎はそう言って立った。
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