子連れ同心捕物控

かじや みの

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一話 この子誰の子

十五

 人だかりになっている大和屋に駆け込んだ。
 とたんに血の匂いが鼻をつく。

「おう、朝倉か」
 同僚の澤部が振り向いた。同僚と言っても、四十歳を越えている。
 文四郎が関わることは、駒井の許しを得ているから、澤部も承知していた。
「惣兵衛は・・・」
「胸を突かれた。即死だ。背中まで貫通している」
 惣兵衛は帳場で突っ伏していたという。
 血溜まりになっている。
 澤部が顎をしゃくって、見るか、と言った。
 遺体はまだ運ばれていなかった。
 仰向けに寝かされている。
 手を合わせて傷を見た。
 胸をひと刺し、刃物で刺した跡がある。
「刀ですね」
「武家の仕業だ。台帳を盗られたらしい。客先が書かれたものだ。刺される前に出すように脅されたようだ」
 見ていた者が証言したらしい。
 下手人が武家だということは、仙次から聞いた。
 笠をかぶった武士が入っていったと思ったら、間もなく騒ぎとなった。
 再び出てくるまで、それほど経ってはいなかった。
 それは、武士が殺しを目的に店に入ったということだ。
 仙次は文四郎を呼びに行き、手の者が武士を追って行った。
 証拠を消された。
 台帳を調べられては困る者の仕業だ。
「浪人ではなく、歴とした武士だという話だが、台帳がなければ、調べることもできん。心当たりを店の者に聞いてみるしかないが・・・」
 澤部が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「旦那! 大変だ!」
 と飛び込んできたのは、澤部が使っている岡っ引きだ。
「源三が、牢屋で死んだそうです」
「死んだ!?」
「原因はわかっていませんが、殺されたのかもしれやせん」
 牢内の劣悪な環境に耐えられず体を壊して死んでしまう者は多い。
 だが、惣兵衛と同時に命を落とすなど、考えられない。

「親分!」
 今度は、仙次が使っている安吉が飛び込んできた。
「すいやせん。まかれちまいやした」
 荒い息を吐きながら、ガックリと項垂れた。
 武士を追って行って見失ったという。
「いや、無事でよかった」
 文四郎は言った。
 相手は遣い手だ。傷口を見ればわかる。
 下手をすればやられてしまう。
 深追いは危険だった。

 トカゲの尻尾を切るように、証拠、証人が次々に消されていく。
 同心が動き、目付が動き出した。
 大和屋の裏にいる何者かが焦り出したのだろう。

 胸騒ぎがする。
 これで終わるのか・・・。
「あとはお願いします」
 澤部にそう言って、文四郎は弾かれたように大和屋を出て走り出した。
「旦那! どちらに?」
 仙次が追いかけてくる。
「佐々木だ。杞憂ならいいが、気になる」
 走りながら言った。
 大和屋と親しかった佐々木が何か知っているかもしれない。
 そう文四郎も思うならば、証拠を消そうとする者も思うはずだった。

 安吉を撒いてから向かったとしても、武士の方が先に佐々木家に着くだろう。
 屋敷にいなければいいが。
 文四郎は祈りながら走った。



 武家地に入り、佐々木家へひた走ったが、途中の道で、笠をかぶった侍とすれ違った。

「!?」
 血の匂いがした。
「旦那?」
 急に立ち止まった文四郎に、仙次が声をかける。
「先に行ってくれ。手遅れかもしれない」
「へい」
 顔色を変えて走り出した仙次を見送って、侍を振り返った。

 後ろ姿を追う。
 侍が立ち止まった。
「何か用か」
「袖に、血が・・・」
 着流しのすらりと姿のいい侍が振り返る。
 刺すような殺気が押し寄せてきた。
「なんだと? でたらめを申すな」
 ニヤリと歪めた口元だけが、笠の下から見えた。
 若い。
 文四郎と同じくらいか、若いかもしれない。
「差し料を拝見させていただきたいのですが」
「何故だ。無礼であろうが、不浄役人」
「そこを曲げて、ぜひ」
 不浄役人呼ばわりは慣れている。
 あくまでも下手に出る。
「抜けば命はないぞ」
 侍はそう言いながら、左手を鍔にかけ、鯉口を切ろうとした。
 思わず後ずさる。
 そんな文四郎を見ながら、笑いを漏らし、殺気を緩めた。
「だが、あいにく、もうこいつは斬れんのだ。命拾いしたな」
 それは、何人も斬ったために斬れなくなったということなのか。
 刀に血がついていれば、言い逃れはできなくなる。
 だから、見せようとしないのだろう。
「お旗本を斬って、ただで済むとお思いか」
「斬っておらぬ。言いがかりはやめよ」
「ならば、なぜ見せていただけないのですか」
「しつこいな」
「しつこくなければ、同心は務まりません」
「まあ、さもあろう。命知らずは嫌いではない。抜けば命はないと言っただろう」
「斬れるかどうか、試してみますか?」
 挑発するように投げかけた。
「おっと。その手には乗らぬ。危ない危ない」
 侍は笑いだした。
「危うく抜くところであった。お主の名を聞いておこうか」
「朝倉文四郎」
「朝倉?」
 と、笠の縁を持ち上げて、文四郎を見た。
 何かを探るような視線が一瞬強く、文四郎に注がれる。
 侍の口が大きく笑む。
「覚えておこう」
 すぐに、笠を戻したが、それが意味することがなんなのかわからず、気味が悪かった。

「あの家は、放っておいても潰れる」
「潰れる?」
「自覚がないようだな。まあいい、そのうちわかるだろう。目付を動かしたんだろ? 目付に目をつけられた家が生き残るのは難しい。武士にとっては家がすべてだ。子供がいなくて潰れるのも、殺されて潰れるのも同じことだ」
「違う! 生きていればなんとでもなる」
「なるほど、不浄役人は武士ではないか」
 と、顎を上げて笑った。

「お主とはまたどこかで会うだろう。朝倉文四郎」
 背を向けて歩きだした。
「待て!」
 追っていっても、浪人でない限りは、侍を捕まえることはできない。


「旦那!」
 仙次が泣きそうな顔で戻ってきた。
「いけやせん。佐々木家は血の海です」
「くそっ!」
 人をなんだと思ってやがる。
 怒りが沸々と湧いてきて、叫びそうになる。
 その怒りは、何もできなかった己へも向けられている。
「このまま終わると思うな」
 小さくなる背中を睨みながらも、己に言い聞かせるように呟いた。
「必ず尻尾を掴んでやる」

 文四郎は、現場を見るために佐々木家に向かった。

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