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一話 この子誰の子
十七
駒井から呼び出されたのは翌日のことだった。
対応が早いと思ったら、向こうから来たのだという。
訪を入れると、雪江が赤子を抱いて出てきた。
「文四郎さん。戻ってきましたよ。ほら、大ちゃん」
はい、と手渡されて戸惑ったが、覚えのある重さとそのぬくもりが、腕に伝わってくる。
何事もなかったかのように、すやすや眠っていた。
「帰ってきたか・・・よかった・・・」
涙がにじんで声が震えた。
最近、人の死ばかりに遭遇するから、この命のぬくもりが、何にも代え難い奇跡に思えた。
文四郎がきつく抱きしめてしまったので、寝ていた赤子が目を覚まして泣き出した。
抱き心地が気に入らなかったようだ。
「あらあら」
「おれを忘れやがったな、こいつ」
雪江に手渡しながら、おきみの子は?と訊いた。
「ええ。戻ってきましたよ」
雪江も涙ぐんでいる。
「そうか。よかった」
文四郎は、表情を引き締めた。
今から鷲鼻と話をしなければならない。
「遅くなりました」
部屋の外で膝をつき、声をかけた。
「入れ」
駒井の声が応じ、中に入る。
上座に鷲鼻こと目付の近藤が座って、腕を組んでいた。
「赤子を取り戻していただき、ありがたく存じます」
まずは平伏した。
「うむ、いや、こちらもおかげで不正を暴くことができた」
「不正ですか」
「不正でなくて何なのだ。武家たるもの、家名に泥を塗るような行為は許されぬ。子を金で買うなどあってはならぬ。そうだな、駒井どの」
「は」
駒井が頭を下げている。
「お取り潰しに?」
大和屋と佐々木を殺した侍が言っていた。
「不服か?」
近藤が冷めた目を向けてきた。
「情けは無用。子を取り戻せと言ったのはそちらだろう。知ったからには捨ておけぬ」
「・・・」
「養子を迎える手立てなど、いくらでもあるものを、はかる場所を間違えた。乗せられたと言うべきだろうな」
「黒幕がおります」
「同感だ」
「罰せられるべきは、後ろで糸を操る者です。それゆえ、寛大な措置をと申し上げました」
近藤の赤い唇が、わずかに歪んだ。
「安心いたせと言って良いかどうかわからぬが、大和屋が死に、帳面もないとなれば、これ以上は手繰れぬ。当方としては、これで手詰まりだ」
「・・・」
もっと潰せたはずだが、ここまでだから、ありがたく思えといいだげな近藤に、不快な気持ちになるのを隠せず、反発をこめた目で睨んでしまった。
その目を受けて、近藤の笑みが大きくなる。
「いい目をしている。徒目付に欲しいくらいだ。・・・むろん、その黒幕も容赦はせぬ。その方、下手人にあったそうだな」
侍との詳しいやりとりを、近藤に話した。
「名は聞き出せませんでしたが、お旗本か、どこかのご家中か、身分の高そうな若い侍でした」
「ほう、なぜそう思う」
「着ているものが、上等なもので、何となく・・・」
「何となく、か」
「・・・」
「いや、馬鹿にしておらぬぞ。勘は大事だ。信じよう。だがそれだけでは探せぬが・・・」
近藤は腕を組み直した。
「面が割れているだけでも良しとしておこう」
「佐々木家との接点はなさそうでした。見たことのない侍だと」
「目付だと言って開けさせたそうだな」
「はい。探索するとしても、我々には、手が出せません」
「旗本屋敷に勝手に入ったのではないのか」
「・・・」
いちいち気に触ることを言う。
「あの折はやむを得ませんでした」
「咎めてはおらん。我々は、今同じ件を追っているのだ。目付だの町方だのと争っている場合ではない」
駒井が文四郎の代わりに頭を下げている。
「そちらで、下手人の探索をしていただけるのでしょうか」
「無論だ。その方らは何をする?」
「大和屋を今一度洗います」
「そうだな。それで良い」
「どこかに痕跡が残っているかもしれません」
「何かわかったら知らせてもらおうか」
「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」
「何をだ」
「その侍は、相当に腕が立ちます」
「わかった。肝に銘じておく。確かに、あの斬り口は尋常ではなかった。今後は配下の徒目付、原田を通して話を聞く。異存あるまいな」
近藤が、駒井と文四郎を交互に見て言った。
「はい」
原田は、佐々木家で会った徒目付だという。
親玉が、いちいち出張る必要はない。
文四郎にとってもその方がよかった。
夜だから、遠慮するべきだと思ったが、雪江がいいと言うので、おきみのいる部屋に入った。
おきみが赤子を抱いていた。
「朝倉さま、ありがとうございました」
「いや、おれは何も・・・」
文四郎がしたことはほとんどない。
実際に動き、赤子を取り戻したのは目付だ。
おきみの子は、姉の子よりも一回り大きく、よく見ると、おきみによく似ていた。
佐々木に似れば、美男子になるだろうが、やはり竹蔵かな、と寝顔を見ながら思った。
「間違いないようだな」
「はい。幸せにございます」
と、言葉を詰まらせている。
「竹蔵と三人で暮らせ」
「はい」
「できるな。竹蔵の尻を叩いてやれ」
「はい」
と笑った。
おきみの顔は、つきものが落ちたようにすっきりと穏やかだった。
文四郎さん、と姉の子を抱いている雪江が声をかけた。
「どうします? 今夜は連れて帰りますか」
「そうだな・・・」
今夜は、親子水入らずにしてやろうか。
雪江は、寝ている赤子を、襷がけの要領で、文四郎の背中にくくりつけた。
「この方が、抱っこするよりも楽ですよ」
熟睡しているのか、背中にくくりつけられている間も、起きなかった。
対応が早いと思ったら、向こうから来たのだという。
訪を入れると、雪江が赤子を抱いて出てきた。
「文四郎さん。戻ってきましたよ。ほら、大ちゃん」
はい、と手渡されて戸惑ったが、覚えのある重さとそのぬくもりが、腕に伝わってくる。
何事もなかったかのように、すやすや眠っていた。
「帰ってきたか・・・よかった・・・」
涙がにじんで声が震えた。
最近、人の死ばかりに遭遇するから、この命のぬくもりが、何にも代え難い奇跡に思えた。
文四郎がきつく抱きしめてしまったので、寝ていた赤子が目を覚まして泣き出した。
抱き心地が気に入らなかったようだ。
「あらあら」
「おれを忘れやがったな、こいつ」
雪江に手渡しながら、おきみの子は?と訊いた。
「ええ。戻ってきましたよ」
雪江も涙ぐんでいる。
「そうか。よかった」
文四郎は、表情を引き締めた。
今から鷲鼻と話をしなければならない。
「遅くなりました」
部屋の外で膝をつき、声をかけた。
「入れ」
駒井の声が応じ、中に入る。
上座に鷲鼻こと目付の近藤が座って、腕を組んでいた。
「赤子を取り戻していただき、ありがたく存じます」
まずは平伏した。
「うむ、いや、こちらもおかげで不正を暴くことができた」
「不正ですか」
「不正でなくて何なのだ。武家たるもの、家名に泥を塗るような行為は許されぬ。子を金で買うなどあってはならぬ。そうだな、駒井どの」
「は」
駒井が頭を下げている。
「お取り潰しに?」
大和屋と佐々木を殺した侍が言っていた。
「不服か?」
近藤が冷めた目を向けてきた。
「情けは無用。子を取り戻せと言ったのはそちらだろう。知ったからには捨ておけぬ」
「・・・」
「養子を迎える手立てなど、いくらでもあるものを、はかる場所を間違えた。乗せられたと言うべきだろうな」
「黒幕がおります」
「同感だ」
「罰せられるべきは、後ろで糸を操る者です。それゆえ、寛大な措置をと申し上げました」
近藤の赤い唇が、わずかに歪んだ。
「安心いたせと言って良いかどうかわからぬが、大和屋が死に、帳面もないとなれば、これ以上は手繰れぬ。当方としては、これで手詰まりだ」
「・・・」
もっと潰せたはずだが、ここまでだから、ありがたく思えといいだげな近藤に、不快な気持ちになるのを隠せず、反発をこめた目で睨んでしまった。
その目を受けて、近藤の笑みが大きくなる。
「いい目をしている。徒目付に欲しいくらいだ。・・・むろん、その黒幕も容赦はせぬ。その方、下手人にあったそうだな」
侍との詳しいやりとりを、近藤に話した。
「名は聞き出せませんでしたが、お旗本か、どこかのご家中か、身分の高そうな若い侍でした」
「ほう、なぜそう思う」
「着ているものが、上等なもので、何となく・・・」
「何となく、か」
「・・・」
「いや、馬鹿にしておらぬぞ。勘は大事だ。信じよう。だがそれだけでは探せぬが・・・」
近藤は腕を組み直した。
「面が割れているだけでも良しとしておこう」
「佐々木家との接点はなさそうでした。見たことのない侍だと」
「目付だと言って開けさせたそうだな」
「はい。探索するとしても、我々には、手が出せません」
「旗本屋敷に勝手に入ったのではないのか」
「・・・」
いちいち気に触ることを言う。
「あの折はやむを得ませんでした」
「咎めてはおらん。我々は、今同じ件を追っているのだ。目付だの町方だのと争っている場合ではない」
駒井が文四郎の代わりに頭を下げている。
「そちらで、下手人の探索をしていただけるのでしょうか」
「無論だ。その方らは何をする?」
「大和屋を今一度洗います」
「そうだな。それで良い」
「どこかに痕跡が残っているかもしれません」
「何かわかったら知らせてもらおうか」
「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」
「何をだ」
「その侍は、相当に腕が立ちます」
「わかった。肝に銘じておく。確かに、あの斬り口は尋常ではなかった。今後は配下の徒目付、原田を通して話を聞く。異存あるまいな」
近藤が、駒井と文四郎を交互に見て言った。
「はい」
原田は、佐々木家で会った徒目付だという。
親玉が、いちいち出張る必要はない。
文四郎にとってもその方がよかった。
夜だから、遠慮するべきだと思ったが、雪江がいいと言うので、おきみのいる部屋に入った。
おきみが赤子を抱いていた。
「朝倉さま、ありがとうございました」
「いや、おれは何も・・・」
文四郎がしたことはほとんどない。
実際に動き、赤子を取り戻したのは目付だ。
おきみの子は、姉の子よりも一回り大きく、よく見ると、おきみによく似ていた。
佐々木に似れば、美男子になるだろうが、やはり竹蔵かな、と寝顔を見ながら思った。
「間違いないようだな」
「はい。幸せにございます」
と、言葉を詰まらせている。
「竹蔵と三人で暮らせ」
「はい」
「できるな。竹蔵の尻を叩いてやれ」
「はい」
と笑った。
おきみの顔は、つきものが落ちたようにすっきりと穏やかだった。
文四郎さん、と姉の子を抱いている雪江が声をかけた。
「どうします? 今夜は連れて帰りますか」
「そうだな・・・」
今夜は、親子水入らずにしてやろうか。
雪江は、寝ている赤子を、襷がけの要領で、文四郎の背中にくくりつけた。
「この方が、抱っこするよりも楽ですよ」
熟睡しているのか、背中にくくりつけられている間も、起きなかった。
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