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二話 父親の顔
四
「何をするつもりだ」
殺気立つ辰吉をこのまま行かせていいわけはない。
「あいつ、ぶっ飛ばさねえと、おさまりがつかねえ」
やっぱりだ。
「待て。お前が行っては騒ぎになるだけだ。おれが先に行く」
すぐにでも乗り込んでいきそうな辰吉を引っ張って、路地に隠れた。
「いや、八丁堀の旦那が行ったって、本当のことは言わねえさ」
「なんでそう思うんだ。まずは、お前さんの話を聞いてからだな」
腕っぷしの強そうな辰吉の腕を押さえて、路地を抜けていく。
「痛ってえな! 話すことなんざ、何もねえよ!」
文四郎の手を解こうとするが、急所を押さえているため、びくともしない。
二人の後ろには仙次がついて来ている。
逃げられないと悟ったらしく、舌打ちしてついてきた。
どこに連れて行こうか迷ったが、ふと思いついて、仙次を振り返った。
「仙次、仏さんが見つかった場所はどこだい?」
文四郎が着いたときには、もう自身番に移された後だったので、現場を見ていなかった。
「それは・・・こちらです」
路地を抜けたところで前に出て、足早に歩き出した。
仙次の後についていく。
辰吉は急に大人しくなり、黙ってついてきた。
大川のほとり。
川面がキラキラと輝いて、殺しがあったとは思えないほどのどかな風景だ。
「あのあたりでさあ」
仙次が示したあたりは、岸が少し内側に湾曲し、上流から流れが少し緩やかになる。
「室田の旦那は、岸から投げ入れられたせいで、ここに止まったんだろうっておっしゃっていやした。橋の上からなら海に流れていっちまったかもって」
「姉ちゃん・・・」
辰吉が不意に泣き出した。
桔梗屋から離れたせいで、持って行き場がなくなった憤りがあふれたのだろう。
「姉ちゃんは人から恨みを買うような人じゃねえ。あいつがきっと、邪魔になった姉ちゃんを殺したに違いねえんだ」
「なんで、そう思うんだ」
さっきと同じ問いを投げかける。
「あいつは姉ちゃんを捨てたんだ」
「あいつってのは?」
「桔梗屋の若旦那だよ」
「おさよは、桔梗屋の奉公人って言ったな」
「ああ、住み込みで奉公してた」
「捨てたのなら、殺す必要はねえだろう」
「正確には、捨てたのは姉ちゃんの方だが、そう仕向けたのはあいつなんだ」
「どういうことだ」
文四郎は、地面を注意深く見ながら、上流へと歩いていた。
何か痕跡が残っていないか、探しながら聞いている。
「あいつは近々嫁をもらうことになってて、姉ちゃんが邪魔になったんだ」
「・・・」
辰吉の思い込みではないかと思ったが、本人にあたってみる必要がある。
奉公人と主人の恋のもつれが引き起こしたことなのか。
辰吉の話では、何も詳しいことがわからない。
「血は綺麗に洗い流されてた。岸から投げ入れられたとしても、もっと上の方かもしれないな」
と、独り言のように言って、文四郎の後ろについてくる辰吉を見た。
「心当たりは他にないか」
「他? 他には何もねえよ」
「最後に会った時、何か変わったことは?」
「最後に会ったって・・・半年も前だけどな」
「半年前? じゃあわからねえじゃねえか」
文四郎が言うと、辰吉はムッと口を尖らせた。
「お互い住み込みなんだ。滅多に会えねえさ」
「家は?」
「だから奉公先しかねえんだよ。親はいねえし。さっぱりとしていいだろ」
「兄弟は?」
「たった一人の姉ちゃんだった」
「姉一人か。おれと同じだな」
「旦那も?」
辰吉が少し笑った。
「一人になっちまった」
「仇を討とうなんて、思うなよ」
「・・・」
辰吉は返事をしなかった。
「それは、こっちの仕事だからな」
商家の若旦那に、あの殺しはできない。
斬られた首の切り口を思い出していた。
殺気立つ辰吉をこのまま行かせていいわけはない。
「あいつ、ぶっ飛ばさねえと、おさまりがつかねえ」
やっぱりだ。
「待て。お前が行っては騒ぎになるだけだ。おれが先に行く」
すぐにでも乗り込んでいきそうな辰吉を引っ張って、路地に隠れた。
「いや、八丁堀の旦那が行ったって、本当のことは言わねえさ」
「なんでそう思うんだ。まずは、お前さんの話を聞いてからだな」
腕っぷしの強そうな辰吉の腕を押さえて、路地を抜けていく。
「痛ってえな! 話すことなんざ、何もねえよ!」
文四郎の手を解こうとするが、急所を押さえているため、びくともしない。
二人の後ろには仙次がついて来ている。
逃げられないと悟ったらしく、舌打ちしてついてきた。
どこに連れて行こうか迷ったが、ふと思いついて、仙次を振り返った。
「仙次、仏さんが見つかった場所はどこだい?」
文四郎が着いたときには、もう自身番に移された後だったので、現場を見ていなかった。
「それは・・・こちらです」
路地を抜けたところで前に出て、足早に歩き出した。
仙次の後についていく。
辰吉は急に大人しくなり、黙ってついてきた。
大川のほとり。
川面がキラキラと輝いて、殺しがあったとは思えないほどのどかな風景だ。
「あのあたりでさあ」
仙次が示したあたりは、岸が少し内側に湾曲し、上流から流れが少し緩やかになる。
「室田の旦那は、岸から投げ入れられたせいで、ここに止まったんだろうっておっしゃっていやした。橋の上からなら海に流れていっちまったかもって」
「姉ちゃん・・・」
辰吉が不意に泣き出した。
桔梗屋から離れたせいで、持って行き場がなくなった憤りがあふれたのだろう。
「姉ちゃんは人から恨みを買うような人じゃねえ。あいつがきっと、邪魔になった姉ちゃんを殺したに違いねえんだ」
「なんで、そう思うんだ」
さっきと同じ問いを投げかける。
「あいつは姉ちゃんを捨てたんだ」
「あいつってのは?」
「桔梗屋の若旦那だよ」
「おさよは、桔梗屋の奉公人って言ったな」
「ああ、住み込みで奉公してた」
「捨てたのなら、殺す必要はねえだろう」
「正確には、捨てたのは姉ちゃんの方だが、そう仕向けたのはあいつなんだ」
「どういうことだ」
文四郎は、地面を注意深く見ながら、上流へと歩いていた。
何か痕跡が残っていないか、探しながら聞いている。
「あいつは近々嫁をもらうことになってて、姉ちゃんが邪魔になったんだ」
「・・・」
辰吉の思い込みではないかと思ったが、本人にあたってみる必要がある。
奉公人と主人の恋のもつれが引き起こしたことなのか。
辰吉の話では、何も詳しいことがわからない。
「血は綺麗に洗い流されてた。岸から投げ入れられたとしても、もっと上の方かもしれないな」
と、独り言のように言って、文四郎の後ろについてくる辰吉を見た。
「心当たりは他にないか」
「他? 他には何もねえよ」
「最後に会った時、何か変わったことは?」
「最後に会ったって・・・半年も前だけどな」
「半年前? じゃあわからねえじゃねえか」
文四郎が言うと、辰吉はムッと口を尖らせた。
「お互い住み込みなんだ。滅多に会えねえさ」
「家は?」
「だから奉公先しかねえんだよ。親はいねえし。さっぱりとしていいだろ」
「兄弟は?」
「たった一人の姉ちゃんだった」
「姉一人か。おれと同じだな」
「旦那も?」
辰吉が少し笑った。
「一人になっちまった」
「仇を討とうなんて、思うなよ」
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辰吉は返事をしなかった。
「それは、こっちの仕事だからな」
商家の若旦那に、あの殺しはできない。
斬られた首の切り口を思い出していた。
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