子連れ同心捕物控

かじや みの

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二話 父親の顔

 辰吉を連れて番屋に戻ると、遅いぞと室田にまた叱られた。
 その間に、桔梗屋が来たらしい。

「桔梗屋は、これ以上関わり合いになりたくねえそうだ」

 それは、おさよの遺体を引き取らないということだ。

「旦那寺はねえのか」

 辰吉に聞いている。

「家もねえのに、寺なんかあるか」

 桔梗屋の話を聞いて、かっとなり、口調がぞんざいになっている。

 だが、室田はそんな辰吉を叱ったりしなかった。
「まあ、そうだろうな。親方と話し合って決めろ。おれが口添えしてやる」
 文四郎には厳しいが、悪い人ではない。

「室田さん、桔梗屋と話したのですか」

「ああ。丁寧に頭を下げていったよ。弟がいるんだから、こちらがしゃしゃり出るこたあねえと」

 もしあのとき、辰吉が出ていかなかったら、顔を合わせていただろう。
 道ですれ違わなかったのは、文四郎たちが川沿いに向かってから、店を出たということか。

 それは、桔梗屋にとっては、幸いだったに違いない。
 辰吉に面と向かえば、喧嘩を売られて騒ぎになっていたかもしれないのだから。

「あの野郎は外面がいいんだ」
 辰吉は、吐き捨てるように横を向く。

「桔梗屋に怪しい節はありませんでしたか」
「なんだ。疑っているのか」
「・・・」
 文四郎は辰吉の顔を見たが、黙った。

「白とは言い切れんが、黒とも言い切れん。少々冷たい気はしたが、手をかけたとは思えんな」
 室田が見解を述べた。
 調べてみないとわからないが、室田も下手人は違うと思っているようだ。

「そんなこと、わかるもんか」
「やけに突っかかるな。まあ、落ち着けと言ったって難しいだろうがな」
「・・・」
「おれに桔梗屋を探らせて下さい」
 そうすることで、辰吉の気持ちがおさまるならそうするべきだ。
「当たり前だ。やってみろ。当たってみなければ何もわからんからな」
「はい」
「おれもついてっていいか」
 辰吉がすがるような目で見てくる。

「それは・・・」
 文四郎が言いかけたとき、職人の一団が入ってきた。
 大工の棟梁が、弟子を数人つれて来たのだ。

 番屋の中が急に狭くなったように感じた。

「親方。申し訳ねえ」
 辰吉が、おさよに手を合わせた棟梁に頭を下げた。
 ちょうど父親くらいの年格好の、恰幅のいい男だった。

「何をいってやがる。おめえはかわいい弟子だ。子供みてえなもんだ。だったら兄弟も身内みてえなもんだろ」

 文四郎は、棟梁の言葉を聞き、番屋を出た。

 辰吉は、いい親代わりを持っている。
 あとはまかせておけばよかった。

「旦那、どちらへ」

 仙次が後からついてくる。

「桔梗屋へ行ってみる。仙次はおさよと桔梗屋の評判を聞き込んでくれ」

 何か忘れているような気がしたが、足早にもと来た道を急いだ。



 店から死人を出したせいか、桔梗屋は思ったよりもひっそりと静かだった。

 呉服を扱う店は、女の客が多い。
 なくても生活に困る物でもないから、噂に左右されやすい商いとも言えるだろう。
 縁起が悪いと敬遠されたのかもしれない。

 番頭が戸惑ったような顔で奥に引っ込んだ。


「番屋でお話ししましたが」
 露骨に嫌な顔をされた。

「大旦那はいねえのかい?」

 奥に通されて、若旦那と向き合うと言った。
 嫌な顔をされることは慣れている。

 大旦那が出てこないのが気になっていたのだ。

「京に買い付けに行っておりまして・・・しばらく留守にしております」
 若旦那は、仕方がないとため息をつきながら言った。

 大旦那の留守の出来事に戸惑い、憔悴しているようだった。
 目が泣いた後のように充血している。

 気弱そうに目をそらしている若旦那の姿に、辰吉が言うような悪党とは、とても思えなかった。

「おさよに変わったところはなかったかい? 気になったことはなんでもいいから話してくんな」
「どうしてこんなことになったのか、私にもさっぱりわかりません。室田さまにも話しましたが、とんと思い当たることはありません。気立ても良くて、働き者で、恨まれることもないと思います。女中にもお聞きになりますか?」
 それでも、商人らしく、澱みなく答えた。

「そうだな。あとで呼んでもらおう。弟の辰吉の話では、近々祝言をあげるとか。おさよは捨てられたと言っていたが、本当なのか」

 若旦那の顔があからさまに歪んだ。

 はっきり言い過ぎたかと思うほど、長い沈黙があった。

「失礼します」
 と声がして、女中がお茶を運んできた。

「おたね、八丁堀の旦那が聞きたいことがあるそうだ」
「はい。なんでしょう」

 三十歳くらいの小柄な女が、文四郎を見上げた。

 若旦那は、女中の手前、文四郎の問いに答えず、だんまりを通した。

 文四郎も、それ以上踏み込まず、桔梗屋を出た。



 結局、何もわからずじまいだった。

 仙次の報告を待つしかなさそうだ。
 踏み込むには、まだ情報が足りない。

 町廻りに戻り、歩きながら、通り魔か、出先で何かに巻き込まれた可能性の方が大きいと思い始めていた。

 おさよは昨日、夕方から行き先を告げずに店を出て、戻ってこなかったという。



「怒っているだろうな」

 もう夕方になっている。

 田鶴の怖い顔を思い浮かべて、道場の門をくぐった。
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