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二話 父親の顔
五
辰吉を連れて番屋に戻ると、遅いぞと室田にまた叱られた。
その間に、桔梗屋が来たらしい。
「桔梗屋は、これ以上関わり合いになりたくねえそうだ」
それは、おさよの遺体を引き取らないということだ。
「旦那寺はねえのか」
辰吉に聞いている。
「家もねえのに、寺なんかあるか」
桔梗屋の話を聞いて、かっとなり、口調がぞんざいになっている。
だが、室田はそんな辰吉を叱ったりしなかった。
「まあ、そうだろうな。親方と話し合って決めろ。おれが口添えしてやる」
文四郎には厳しいが、悪い人ではない。
「室田さん、桔梗屋と話したのですか」
「ああ。丁寧に頭を下げていったよ。弟がいるんだから、こちらがしゃしゃり出るこたあねえと」
もしあのとき、辰吉が出ていかなかったら、顔を合わせていただろう。
道ですれ違わなかったのは、文四郎たちが川沿いに向かってから、店を出たということか。
それは、桔梗屋にとっては、幸いだったに違いない。
辰吉に面と向かえば、喧嘩を売られて騒ぎになっていたかもしれないのだから。
「あの野郎は外面がいいんだ」
辰吉は、吐き捨てるように横を向く。
「桔梗屋に怪しい節はありませんでしたか」
「なんだ。疑っているのか」
「・・・」
文四郎は辰吉の顔を見たが、黙った。
「白とは言い切れんが、黒とも言い切れん。少々冷たい気はしたが、手をかけたとは思えんな」
室田が見解を述べた。
調べてみないとわからないが、室田も下手人は違うと思っているようだ。
「そんなこと、わかるもんか」
「やけに突っかかるな。まあ、落ち着けと言ったって難しいだろうがな」
「・・・」
「おれに桔梗屋を探らせて下さい」
そうすることで、辰吉の気持ちがおさまるならそうするべきだ。
「当たり前だ。やってみろ。当たってみなければ何もわからんからな」
「はい」
「おれもついてっていいか」
辰吉がすがるような目で見てくる。
「それは・・・」
文四郎が言いかけたとき、職人の一団が入ってきた。
大工の棟梁が、弟子を数人つれて来たのだ。
番屋の中が急に狭くなったように感じた。
「親方。申し訳ねえ」
辰吉が、おさよに手を合わせた棟梁に頭を下げた。
ちょうど父親くらいの年格好の、恰幅のいい男だった。
「何をいってやがる。おめえはかわいい弟子だ。子供みてえなもんだ。だったら兄弟も身内みてえなもんだろ」
文四郎は、棟梁の言葉を聞き、番屋を出た。
辰吉は、いい親代わりを持っている。
あとはまかせておけばよかった。
「旦那、どちらへ」
仙次が後からついてくる。
「桔梗屋へ行ってみる。仙次はおさよと桔梗屋の評判を聞き込んでくれ」
何か忘れているような気がしたが、足早にもと来た道を急いだ。
店から死人を出したせいか、桔梗屋は思ったよりもひっそりと静かだった。
呉服を扱う店は、女の客が多い。
なくても生活に困る物でもないから、噂に左右されやすい商いとも言えるだろう。
縁起が悪いと敬遠されたのかもしれない。
番頭が戸惑ったような顔で奥に引っ込んだ。
「番屋でお話ししましたが」
露骨に嫌な顔をされた。
「大旦那はいねえのかい?」
奥に通されて、若旦那と向き合うと言った。
嫌な顔をされることは慣れている。
大旦那が出てこないのが気になっていたのだ。
「京に買い付けに行っておりまして・・・しばらく留守にしております」
若旦那は、仕方がないとため息をつきながら言った。
大旦那の留守の出来事に戸惑い、憔悴しているようだった。
目が泣いた後のように充血している。
気弱そうに目をそらしている若旦那の姿に、辰吉が言うような悪党とは、とても思えなかった。
「おさよに変わったところはなかったかい? 気になったことはなんでもいいから話してくんな」
「どうしてこんなことになったのか、私にもさっぱりわかりません。室田さまにも話しましたが、とんと思い当たることはありません。気立ても良くて、働き者で、恨まれることもないと思います。女中にもお聞きになりますか?」
それでも、商人らしく、澱みなく答えた。
「そうだな。あとで呼んでもらおう。弟の辰吉の話では、近々祝言をあげるとか。おさよは捨てられたと言っていたが、本当なのか」
若旦那の顔があからさまに歪んだ。
はっきり言い過ぎたかと思うほど、長い沈黙があった。
「失礼します」
と声がして、女中がお茶を運んできた。
「おたね、八丁堀の旦那が聞きたいことがあるそうだ」
「はい。なんでしょう」
三十歳くらいの小柄な女が、文四郎を見上げた。
若旦那は、女中の手前、文四郎の問いに答えず、だんまりを通した。
文四郎も、それ以上踏み込まず、桔梗屋を出た。
結局、何もわからずじまいだった。
仙次の報告を待つしかなさそうだ。
踏み込むには、まだ情報が足りない。
町廻りに戻り、歩きながら、通り魔か、出先で何かに巻き込まれた可能性の方が大きいと思い始めていた。
おさよは昨日、夕方から行き先を告げずに店を出て、戻ってこなかったという。
「怒っているだろうな」
もう夕方になっている。
田鶴の怖い顔を思い浮かべて、道場の門をくぐった。
その間に、桔梗屋が来たらしい。
「桔梗屋は、これ以上関わり合いになりたくねえそうだ」
それは、おさよの遺体を引き取らないということだ。
「旦那寺はねえのか」
辰吉に聞いている。
「家もねえのに、寺なんかあるか」
桔梗屋の話を聞いて、かっとなり、口調がぞんざいになっている。
だが、室田はそんな辰吉を叱ったりしなかった。
「まあ、そうだろうな。親方と話し合って決めろ。おれが口添えしてやる」
文四郎には厳しいが、悪い人ではない。
「室田さん、桔梗屋と話したのですか」
「ああ。丁寧に頭を下げていったよ。弟がいるんだから、こちらがしゃしゃり出るこたあねえと」
もしあのとき、辰吉が出ていかなかったら、顔を合わせていただろう。
道ですれ違わなかったのは、文四郎たちが川沿いに向かってから、店を出たということか。
それは、桔梗屋にとっては、幸いだったに違いない。
辰吉に面と向かえば、喧嘩を売られて騒ぎになっていたかもしれないのだから。
「あの野郎は外面がいいんだ」
辰吉は、吐き捨てるように横を向く。
「桔梗屋に怪しい節はありませんでしたか」
「なんだ。疑っているのか」
「・・・」
文四郎は辰吉の顔を見たが、黙った。
「白とは言い切れんが、黒とも言い切れん。少々冷たい気はしたが、手をかけたとは思えんな」
室田が見解を述べた。
調べてみないとわからないが、室田も下手人は違うと思っているようだ。
「そんなこと、わかるもんか」
「やけに突っかかるな。まあ、落ち着けと言ったって難しいだろうがな」
「・・・」
「おれに桔梗屋を探らせて下さい」
そうすることで、辰吉の気持ちがおさまるならそうするべきだ。
「当たり前だ。やってみろ。当たってみなければ何もわからんからな」
「はい」
「おれもついてっていいか」
辰吉がすがるような目で見てくる。
「それは・・・」
文四郎が言いかけたとき、職人の一団が入ってきた。
大工の棟梁が、弟子を数人つれて来たのだ。
番屋の中が急に狭くなったように感じた。
「親方。申し訳ねえ」
辰吉が、おさよに手を合わせた棟梁に頭を下げた。
ちょうど父親くらいの年格好の、恰幅のいい男だった。
「何をいってやがる。おめえはかわいい弟子だ。子供みてえなもんだ。だったら兄弟も身内みてえなもんだろ」
文四郎は、棟梁の言葉を聞き、番屋を出た。
辰吉は、いい親代わりを持っている。
あとはまかせておけばよかった。
「旦那、どちらへ」
仙次が後からついてくる。
「桔梗屋へ行ってみる。仙次はおさよと桔梗屋の評判を聞き込んでくれ」
何か忘れているような気がしたが、足早にもと来た道を急いだ。
店から死人を出したせいか、桔梗屋は思ったよりもひっそりと静かだった。
呉服を扱う店は、女の客が多い。
なくても生活に困る物でもないから、噂に左右されやすい商いとも言えるだろう。
縁起が悪いと敬遠されたのかもしれない。
番頭が戸惑ったような顔で奥に引っ込んだ。
「番屋でお話ししましたが」
露骨に嫌な顔をされた。
「大旦那はいねえのかい?」
奥に通されて、若旦那と向き合うと言った。
嫌な顔をされることは慣れている。
大旦那が出てこないのが気になっていたのだ。
「京に買い付けに行っておりまして・・・しばらく留守にしております」
若旦那は、仕方がないとため息をつきながら言った。
大旦那の留守の出来事に戸惑い、憔悴しているようだった。
目が泣いた後のように充血している。
気弱そうに目をそらしている若旦那の姿に、辰吉が言うような悪党とは、とても思えなかった。
「おさよに変わったところはなかったかい? 気になったことはなんでもいいから話してくんな」
「どうしてこんなことになったのか、私にもさっぱりわかりません。室田さまにも話しましたが、とんと思い当たることはありません。気立ても良くて、働き者で、恨まれることもないと思います。女中にもお聞きになりますか?」
それでも、商人らしく、澱みなく答えた。
「そうだな。あとで呼んでもらおう。弟の辰吉の話では、近々祝言をあげるとか。おさよは捨てられたと言っていたが、本当なのか」
若旦那の顔があからさまに歪んだ。
はっきり言い過ぎたかと思うほど、長い沈黙があった。
「失礼します」
と声がして、女中がお茶を運んできた。
「おたね、八丁堀の旦那が聞きたいことがあるそうだ」
「はい。なんでしょう」
三十歳くらいの小柄な女が、文四郎を見上げた。
若旦那は、女中の手前、文四郎の問いに答えず、だんまりを通した。
文四郎も、それ以上踏み込まず、桔梗屋を出た。
結局、何もわからずじまいだった。
仙次の報告を待つしかなさそうだ。
踏み込むには、まだ情報が足りない。
町廻りに戻り、歩きながら、通り魔か、出先で何かに巻き込まれた可能性の方が大きいと思い始めていた。
おさよは昨日、夕方から行き先を告げずに店を出て、戻ってこなかったという。
「怒っているだろうな」
もう夕方になっている。
田鶴の怖い顔を思い浮かべて、道場の門をくぐった。
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