奥女中は見た〜城を支える女たち〜

かじや みの

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そこそこの女

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「こちらへ」
 と、現れた恰幅のいい女が、おようについてくるようにうながした。

 出入りの商人たちが、品物を納めに来ていた。

 その様子を眺めながら、奥へと足を踏み入れる。

 お千代はいないかと、周りを見回しながらついていく。
 だが、見つける間もなくその部屋についてしまった。

「今日からこの部屋で寝泊まりしてください」

 女中頭だろうか。
 同じ着物を着ているから、それほど上の方の人ではないと思われた。
 それでも、顎をあげて、おように厳しい目を向けている。
 下っ端の女中たちを取りまとめる上役的な人に違いない。

 おようはだだっ広い部屋を見回した。
 今は出払っていて誰もいない。
 仕事中なのだから、当然だ。

「あなたは特に、掃除が得意だと聞いています。間違いありませんね」
「はい」
「掃除の仕方に決まりはありませんから、お任せします」
「はい」
「でも、どこでも入っていいということではありません。指示がありますから従うように」
「はい」
「まあ、いずれはお方さまのお部屋にも呼ばれるかもしれませんが、勝手入ってはなりませんよ。あなたは、この奥では一番の新参者。立場をわきまえてください」
「はい」
「仕事のできる女中が、立て続けにお暇をとってしまったので、あなたにも早く覚えてもらいます」
「はい」
 人手不足なのだろうか。

 どこからともなく、女たちの笑い声が聞こえてきた。
 くぐもった話し声も聞こえてくる。
 近くで、女中たちが無駄話に花を咲かせているらしい。

 休憩中なのだろうが、女中頭の顔が、不快そうに歪んだ。

「では、荷物を置いて。さっそく取り掛かってもらいましょう」
「はい」

 さっきから、はい、しか言っていない。
 何か言ったら、小言を言われそうな感じがしていたし、言うことも思いつかなかった。

「聞きたいことがあるときは、遠慮なく言ってください」
「はい。よろしくお願いいたします」

 また笑い声が聞こえた。



 恰幅のいい女中頭は、みちと言った。

 みちについて部屋を出る。
 隣の広い部屋で、女中が数人、丸くなって話し込んでいる。
 真ん中に丸い菓子入れが置いてあり、つまみながら額を寄せ合って笑っている。

 笑い声の主たちだろう。

 みちは何も言わずに通り過ぎ、おようは軽く会釈して通り過ぎた。

 女たちも会釈を返したが、すぐに自分たちの話に戻っていった。

 通り過ぎてから、みちが振り返って歩く速度を緩めた。
「行儀見習いのつもりで奥勤めを軽く見ている人も多いのです。あなたは違いますよね」
 さっきの人たちのことを言っているのだろうか。

 それとも、おようの返事に誠意がこもっていないと受け取られたのかもしれない。

「もちろんです。お家のために精一杯努めさせていただきます」
 はっきりとそう言うと、みちは満足そうにうなずいた。



 みちに、千代のことを聞こうかと思ったが、そもそも仕事が違うのでやめた。

 千代はおそらく、お方さまに近いところにいるに違いない。
 慌てなくても、その時がくれば会えるだろう。

 掃除道具の場所を教えてもらい、外の水場へと案内された。

 井戸の周りに、女中たちがたくさんいた。
 もう一仕事終えて、雑巾を洗ったり、道具の片付けをしているようだった。

「こちらは、今日から勤められるおようどのです。よろしく頼みましたよ」

 みちの言葉で、一斉に視線が集まった。

 全員が手を止めて、おようをじっと見つめている。

 圧がすごくて狼狽えたが、よろしくお願いします、と頭を下げた。

「朝の掃除は一通り終わっています。ですが、気になるところがあれば、綺麗にしていただいて構いません。中にいると気づかないことも、外から来た人には見えることがありますからね」
「はい」
「では」

 みちとは、ここでお別れのようだった。

 去っていく後ろ姿を見送って、見えなくなると、

「まあ、そこそこね」
 と、誰かが言った。

 おようは振り返って、女中たちの顔を見ながら、はい? と首をかしげた。
 何を言われているのかわからない。

 返事はなく、興味なさそうに各々の仕事に戻っている。

「あの・・・」
 おようが言いかけると、すすっと近寄ってきた女中が、顔を近づけてきた。
「おめでとうございます」
 とニコニコして囁いた。
「え? どういうこと?」
 ますます訳がわからない。

「ここには、お殿さまのお目にとまりたいだけで来る人もいるのです。信じられないでしょ? そういう人はすぐにわかります。美人で気取っちゃってるのよ。あなたはそうじゃないみたい。そこそこってことは、そういうことなのです」
「こらぁ、おさきさん、喋ってないで仕事仕事」
 おさきと呼ばれた女中は、待ってえ、と仲間たちに声をかける。
「だって、説明してあげないと」
 くるくるとよく動く目でおようを見た。
 そして、グッと声をひそめ、また顔を近づける。
「いじめられないってことですよ」
 そう言って、急いで仕事に戻っていく。

 もう水場からあっという間に女中たちがいなくなっていた。

 そこそこの女は、いじめられないってことなのね。

 おようは呆然と立ち尽くし、今の話を腑に落とす。

(いいこと、よね)

 美人じゃなくてよかったと思えたのは、初めてのことだった。

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