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五 一発の銃声
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山道に入り、次第に速度が緩む。
目を開ける気力もなく、ぐったりと力を抜いたまま、若殿に体を預けていた。
水の流れる音が大きくなってきた。
川だろう。
馬が足を止めた。
体がぐらりと傾いて降ろされた。
担がれている。
力を使い果たして、もうどこにも力が入らない。
地面に降ろされるが、何かが敷かれているのか、石や土の感触が直に伝わってこなかった。
まだ揺れている気がする。
若殿が離れていった。
馬の蹄の音が聞こえてくる。
やっと追いついて来てくれたんだ。
猿轡が外されて、その代わりに冷たい水が唇に触れた。
半身を起こされて、水を飲ませてくれる。
やっと人心地ついた気がする。
「かたじけのうございます」
目を開けると、若殿の顔がすぐ近くにあった。
やっぱり笑っている。
「これしきで伸びてどうする」
「姫さま!」
馬から飛び降りてきた姫さまが駆け寄ってきた。
「大事ございませぬか?」
若殿から代わって、姫さまの顔が、心配そうに覗き込んでくる。
うんうん頷くけれど、腰が抜けたようになって動けなかった。
それにしても、息も切らしていない姫さまの体力、凄すぎるでしょ。
「あら、これ、若殿のかしら?」
姫さまが私の下に敷かれている物を見て言った。
それは、先程まで若殿が着ていた羽織だった。
「若、速すぎますぞ。抜け駆けはやめてくださいと何度言わせるのです。何かあったらどうするのですか!」
若殿と年が近そうな近習が文句を言っている。
いつものことらしい。
若殿は生返事で、何やら草むらの中を探しているようだった。
「少し休んで、登るのですか?」
「ああ」
「姫さまにはご無理かと」
「そうだなあ」
何かを見つけたのか、おっ!と声をあげている。
「若!・・・」
「ここに来てまで説教はよせ」
と近習に行ってから、子供のような笑顔になって、こちらに戻ってくる。
「姫に贈り物じゃ」
私の目の前に両手を差し出した。
てのなかに何かあるようだ。
「ほれ」
開けられた手のひらに乗っていたのは、大きな蛙だった。
ぎゃーーー!!
私は泡を吹いて仰向けにのけぞった。
若殿と、姫さまの笑い声が弾けた。
「蛙じゃ。蛙じゃ」
なんて失礼な!
「ここからは歩いて行く」
「本当に行かれるのですか」
「姫にはここで休んでいただけばよかろう」
みんなの視線が私に集まった。
「そのうちに回復されるであろうし」
若殿はどうしても山登りがしたいらしい。
「一刻で戻れる。本当は姫にも見て欲しかったのだが・・・一緒に来たい者はおるか?」
私は、姫さまを見て言った。
「茜、行ってきたらどう?」
姫さまが驚いた顔になる。
「行って来なさい。わらわは佐伯がいてくれれば良い。のう?」
佐伯さまを見たが、どことなく心配そうな気配だ。
それはそうかもしれないが、私はそれがいいと確信した。
「では、お供させていただきます」
姫さまが頭を下げた。
若殿と山に登るのは、姫さまと、近習が一人に決まった。
この山は、若殿が国元に戻るたびに登る山なのだという。
城下が一望でき、眺めがとても良いのだとか。
その景色を眺めながら、若殿と姫さまがお話しなさる姿が目に浮かぶようだと思った。
姫さまはどんな判断を下されるのだろう。
もう、私は私に戻ろう。
姫さまが何と言おうと、もう姫さまにはなれない。
茜に戻って、のんびり暮らすのよ。
私は自分の思いつきに満足して、一人でニタニタ笑っていた。
佐伯さまが気味悪がっていたかもしれない。
何とも晴れ晴れとした思いに浸っていた時、姫さまを行かせたことを後悔することになる。
一発の銃声が、山の中に響いた。
目を開ける気力もなく、ぐったりと力を抜いたまま、若殿に体を預けていた。
水の流れる音が大きくなってきた。
川だろう。
馬が足を止めた。
体がぐらりと傾いて降ろされた。
担がれている。
力を使い果たして、もうどこにも力が入らない。
地面に降ろされるが、何かが敷かれているのか、石や土の感触が直に伝わってこなかった。
まだ揺れている気がする。
若殿が離れていった。
馬の蹄の音が聞こえてくる。
やっと追いついて来てくれたんだ。
猿轡が外されて、その代わりに冷たい水が唇に触れた。
半身を起こされて、水を飲ませてくれる。
やっと人心地ついた気がする。
「かたじけのうございます」
目を開けると、若殿の顔がすぐ近くにあった。
やっぱり笑っている。
「これしきで伸びてどうする」
「姫さま!」
馬から飛び降りてきた姫さまが駆け寄ってきた。
「大事ございませぬか?」
若殿から代わって、姫さまの顔が、心配そうに覗き込んでくる。
うんうん頷くけれど、腰が抜けたようになって動けなかった。
それにしても、息も切らしていない姫さまの体力、凄すぎるでしょ。
「あら、これ、若殿のかしら?」
姫さまが私の下に敷かれている物を見て言った。
それは、先程まで若殿が着ていた羽織だった。
「若、速すぎますぞ。抜け駆けはやめてくださいと何度言わせるのです。何かあったらどうするのですか!」
若殿と年が近そうな近習が文句を言っている。
いつものことらしい。
若殿は生返事で、何やら草むらの中を探しているようだった。
「少し休んで、登るのですか?」
「ああ」
「姫さまにはご無理かと」
「そうだなあ」
何かを見つけたのか、おっ!と声をあげている。
「若!・・・」
「ここに来てまで説教はよせ」
と近習に行ってから、子供のような笑顔になって、こちらに戻ってくる。
「姫に贈り物じゃ」
私の目の前に両手を差し出した。
てのなかに何かあるようだ。
「ほれ」
開けられた手のひらに乗っていたのは、大きな蛙だった。
ぎゃーーー!!
私は泡を吹いて仰向けにのけぞった。
若殿と、姫さまの笑い声が弾けた。
「蛙じゃ。蛙じゃ」
なんて失礼な!
「ここからは歩いて行く」
「本当に行かれるのですか」
「姫にはここで休んでいただけばよかろう」
みんなの視線が私に集まった。
「そのうちに回復されるであろうし」
若殿はどうしても山登りがしたいらしい。
「一刻で戻れる。本当は姫にも見て欲しかったのだが・・・一緒に来たい者はおるか?」
私は、姫さまを見て言った。
「茜、行ってきたらどう?」
姫さまが驚いた顔になる。
「行って来なさい。わらわは佐伯がいてくれれば良い。のう?」
佐伯さまを見たが、どことなく心配そうな気配だ。
それはそうかもしれないが、私はそれがいいと確信した。
「では、お供させていただきます」
姫さまが頭を下げた。
若殿と山に登るのは、姫さまと、近習が一人に決まった。
この山は、若殿が国元に戻るたびに登る山なのだという。
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その景色を眺めながら、若殿と姫さまがお話しなさる姿が目に浮かぶようだと思った。
姫さまはどんな判断を下されるのだろう。
もう、私は私に戻ろう。
姫さまが何と言おうと、もう姫さまにはなれない。
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私は自分の思いつきに満足して、一人でニタニタ笑っていた。
佐伯さまが気味悪がっていたかもしれない。
何とも晴れ晴れとした思いに浸っていた時、姫さまを行かせたことを後悔することになる。
一発の銃声が、山の中に響いた。
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